元・帝国最強の剣士

 階段を降りた先にはいつも通りの扉が待ち構えていた。しかし、最後のボスの割に今まであった威圧感というものが伝わってこない。


「……ネクロさん、この扉。何だかさっきまでとは違いますよ」


「そうだね。こう、のしかかってくるような威圧感みたいなのが全然無いね」


 まぁ、取り敢えず入ってみないことには何も進まない。


「メト、お願い」


「了解しました、マスター。……開けます」


 少し緊張した面持ちで、メトは思い切り扉を開けた。



「────待っていたよ。君たちがここに来るまでの道のりを、ずっと見てたんだ」



 そこには、赤い髪と目の普通の少年が地面に胡座をかいて座っていた。パッと見た感じ、17歳とかそこら辺だろうか。だけど、どう見たって魔物には見えない。


「先ず、君たちの疑問を晴らしておく」


 そう言うと、少年は口を開けて自分の顔を指差した。


「僕はグールだ。聞いたことあるだろ? 人間を食べる魔物、グールだ」


 真っ赤な少年の口内には、人間のものにしては些か鋭過ぎる牙があった。


「グール、ね」


 僕はその単語を口の中で転がしながら、取り敢えずの思いで解析スキャンした。


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 グール (ストラ・スレスト) Lv.87


 《閲覧権限がありません》


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「……ぇ」


 レベル、八十七? エトナですら六十台だぞ?


「あれ、そんなに驚くことかい? グールって、一般的な魔物のはずだけど」


「……いや、ごめん。何でもないよ」


 こいつ……正真正銘化け物だ。死霊術でアンデッドにされても、レベルというのは元のままなんだ。それなのに、レベル87ってことは、相当生前に戦ってたことになる。だけど、それなのにこんな子供みたいな見た目をしてるって、おかしい。


 死体をそのままグールやゾンビのアンデッドにすると、見た目は当然その死体の状態のままになる。若返ったりなんてしないんだ。


 つまり、この赤髪の少年は人だった頃から異常だったってことになる。その歳でレベルを87まで上げるとか、普通はできない。


「……君の、人だった時の話について聞きたいな。生まれてから、国を作るまでの話を」


 赤髪の少年、ストラ・スレストは快く頷いた。


「先ず、僕はかなり特殊な固有スキルを持ってバリウス帝国に生まれた。そのスキルの名は血魂昇禍ブラッディソウル。能力は、僕自身の命を……つまり、寿命を消費してその分だけのステータスを一時的に得られるスキルだった……あ、勿論寿命なんて無い今は使えないけどね?」


 固有スキルというのは唯一無二で他の誰も持っていないスキルだ。極稀に、固有スキルを持って生まれてくる子がいるという設定らしい。にしても、最悪のスキルだね。言ってしまえば、命の前借りだ。


「それで、その力を使って帝国の兵士として上り詰めていき……気付けば、十五歳で帝国最強の剣士になっていた。今もあるのか知らないけど、帝国十傑っていう帝国の中でも最強の戦士を十人集めた組織の第二位になれた」


 帝国十傑……確か、今もまだあったはずだ。高レベルのプレイヤー達が帝国十傑の一人に軽くあしらわれてボコられてた動画は僕も見た。圧倒的だった。


「度重なる険しい戦いの中で、異常にレベルが上がって、能力を使わなくても剣技と身体能力だけで大抵の相手には勝てるようになってた。まぁ、流石に僕の仲間……同じ帝国十傑相手には勝てなかったけど」


 ふぅ、とストラは一息吐いた。


「だけど、その辺りで僕は気付いた。いや、耐えられなくなったんだ。……帝国の闇の部分に、ね」


 帝国の闇の部分、何だろうか。


「今はどうか知らないけど……あの時の帝国は、強者至上主義なところがあったんだ。だから、弱者は追いやられ、スラム街で暮らした。そして僕は、虐げられる貧民達を、弱者だと突き放された民を、見捨てることは出来なかった。目を背け続けることは、出来なかった」


 ストラの言葉に段々と力が籠っていき、遂には傷が付くほど拳を握りしめた。


「そして僕は、帝国人の中でも僕を慕ってくれる人や帝国から逃げたい人を集めた。その中には、同じ帝国十傑のメンバーも一人いた。そして僕は、ある日の夜に貧民達を集めて約二千人で国から逃亡した」


 ストラはフッと息を吐き、落ち着いた。


「勿論、国から逃げる道は直ぐに閉ざされたし、追っ手も居た。だけど、僕の仲間にも優秀な人は多くて、ギリギリで何とかなった」


「へぇ、帝国十傑は襲ってこなかったの?」


「いやいや、勿論襲ってきたさ。特にキツかったのは僕の仲間にいる一人を除いた全ての帝国十傑が……つまり、帝国最強の十人の内の八人が同時に襲ってきた時だ」


 ストラは笑いながら話を進めた。


「しかも、あの時は僕以外は連戦と連日の移動で疲れ切ってて、民衆を守るための戦力も残したら僕以外に戦えるのが居なくて……一人で、帝国十傑を八人同時に相手することになったんだ」


「ひ、一人でですか?!」


 今まで黙っていたエトナが思わず声を上げた。


「そう、一人で。特に一位と三位の奴が強くて、しつこくて、どれだけ寿命を削って戦っても倒れなくて……本当に死ぬかと思ったよ。あはは!」


 何というか、凄過ぎて言葉も出ない。僕からすれば、何笑ってんだって感じだ。


「それからは、順調に事が進んだんだ。僕たちはバレにくい不毛の荒れ地に逃げ込んだんだけど、僕の仲間は優秀な人が多くてさ、どうやったのか知らないけど、気付いたら家が建ってて、食糧が配られてて、草木が生い茂ってて……それで、半年もそこで暮らす頃にはもう国と言っても遜色無いほどに成長してた。今考えたら、帝国の産業関連の技術者とか能力者は結構根こそぎ連れて行っちゃったんだと思う」


 なるほど。そりゃあ、躍起になって追っ手を出すよね。


「まぁ、しばらく経ってから帝国に発見された頃には既に帝王は変わってて、その帝王もこんな不毛の土地に建てられた国なんて欲しくなかったのか、僕らの国は放置されることになった」


「へぇ……あれ、じゃあ何で死んだの?」


「あはは、忘れたのかい? 僕の能力だよ。自分の寿命を消費して一時的に強くなる能力だ。僕は、それを頻繁に使い過ぎてたのさ。だから、22歳で突然ぽっくり逝っちゃったんだ」


 いや、ん? 今なんて言った?


「……22歳?」


「そう、22歳だよ? あ、見た目で勘違いしてたのか。多分だけど、能力を発動してる間は見た目が老いることは無いんだと思う。……代わりに寿命は普通より削れるけどさ」


 なるほど、能力発動中はステータスが上がるだけじゃなくて老いもしないのか。いや、寧ろ超高速で老いてるんだろうか?


「……そういえば、何で二代目の国王にラディアーナは選ばれたの?」


「僕が死んだ後のことは分からないけど……ラディアーナはみんなから好かれてたから、多分民衆の意思で決まったんだと思う」


 へぇ、まぁ、確かに穏やかで人の良さそうな感じはしたね。


「……さて、他に何か聞きたいことがあるなら言って」


 僕たちは顔を見合わせ、沈黙を貫いた。


「無いなら……始めようか」


 ストラはヒョイと立ち上がり、腰に挿した剣を抜いて構えた。その動き一つ取っても洗練されたもので、素人目に見てもストラの強さと修練の跡が伝わってきた。


「元帝国十傑、『狂剣』が一人。初代トゥピゼ国王、ストラ・スラスト」


 ストラは剣を僕らの方に向けて真剣な表情で言った。


魔物使いモンスターテイマー、ネクロ」


 僕は自分の職業をまるで二つ名のように言って二本の短剣を構えた。


「参るッ!」

「行くよッ!」


 僕たちは同時に言葉を発し、互いに真逆の行動を取った。ストラは剣を持って僕たちに突っ込み、僕は短剣を構えつつも数歩後ろに下がった。


「ッ! この人速すぎますッ!」


「そりゃあ速いさ。僕は元帝国最強の剣士なんだよ?」


 ストラの速度は異常だ。全体の動きの速さではエトナが優っているが、剣を振る速度はストラの方が勝っている。レベルか、修練か。いや、その両方だろう。

 しかし、どのような要因にしてもエトナが押されているという事実に変わりはない。


闇腕ダークアームッ!」


「無駄だ。そんな力で掴まれたところで何の意味も無い」


 ストラの影から無数の闇の腕が生え、足を掴んだが邪魔にすらなっていない。


「くッ、速すぎッ…………ぁ」


 ストラの猛攻がエトナを襲い続け、遂にエトナの防御に綻びが生まれた。


頸弄拳ケイロウケン


「甘いッ!」


 そして、その綻びにストラの剣が突き刺されようとした瞬間、メトがエトナの前に出て拳を突き出した。しかし、ストラは咄嗟に体をズラしたため、拳は掠るだけだ。


「そのままじゃ、いつまで経っても僕は倒せない。崩滅の剣ディストラクション・ソード


 一瞬で距離を取ったストラが剣を掲げると、剣は赤黒い光を放ちはじめた。


崩滅の刃ディストラクション・スラッシュ


 そして、言葉とともにストラが剣を振るうと、その刃から剣を纏う光と同じ色の赤黒い斬撃が飛ばされた。


暗影斬ダークシャドウスラッシュッ!」


 それを迎え撃つのは黒い刃の形となったエトナの腕だ。漆黒の腕に更に黒いオーラを纏った刃の腕で、赤黒い斬撃を迎え撃った。


「いつまで耐えられるかい? 崩滅の刃ディストラクション・スラッシュ


暗影斬ダークシャドウスラッシュッ!」


崩滅の刃ディストラクション・スラッシュ


暗影斬ダークシャドウスラッシュッ!」


 激しい斬撃の応酬に僕はただ見ていることしかできない。


崩滅ディストラクションッ、そうか、君も居たねッ!」


「貴方の好きにはさせません。破天ハテンッ!」


 押されているエトナを見たメトは直ぐにストラに駆け寄って拳を叩き込む。が、何度振るってもその拳は避けられる。


「……僕も、何か」


 何かしなければ、と思っても僕に出来ることは無い。攻撃しても邪魔になるだけだし、闇腕ダークアーム程度の妨害は無駄だと分かったし、闇騎ダークウォーリアーを召喚するのもまた邪魔になるだけだ。


「……いや、あるはずだ」


 考えろ、今足りていないものは何だ? どうすればあの男を倒せる? 何が、何が足りていないのか、何があればいいのか。それを、考えろ。


 防御力? 違う、今のところ攻撃は避けきれている。無くてもどうにか出来るはずだ。だったら、攻撃力? 違う、攻撃が当たりすらしていないのに威力だけ高めてもしょうがない。


「……分かった」


 必要なのは、速度。スピードだ。攻撃は当たる寸前で躱されている。だったら、避けられないくらいのスピードで攻撃すればいい。単純な話だ。


 でも、どうやって? いやいや、僕にはその問題を簡単に解決できる特権がある。


「……スキルショップ」


 僕はスキルショップを開き、元から目を付けていたあるスキルを取得した。ついでに、ステータスもINTをメインに割り振っておいた。


「エトナ、メト。ちょっと体の調子がおかしくなると思うから気を付けてね!」


 僕は二人に警告しつつ、新しいスキルに集中した。


「ね、ネクロさんッ?! っと、本当に容赦ないですねッ!」


「容赦無いって、僕に言われても僕の体は自動で動くんだからどうしようもないさ」


 僕が取得した新スキル、新しい魔法。音魔術と同じく100SPも使って買ったスキルがこれだ。



「────加速クイック



 二人に指先を向けてそう言うと、ストラに押されていた二人の様子がおかしくなり、気が付けば逆に押し始めていた。


「ね、ネクロさんッ! 何これ、なんか、なんか速いですよッ?!」


「マスター、肉体に異常が生じています。通常の2.21倍の速度を観測しました」


 そう。それもそのはずだ。それが僕が100SPを犠牲に取得した能力。



「────時魔術の力だよ」



 時魔術。それは、文字通り時間を操る魔法。とはいえ、全体的に魔力の消費が激しいので、ずっと使うっていうのは難しい。そしてこの加速クイックは文字通り加速する力。それは、単にAGIを上げるだけでなく、対象の時間そのものを加速させる。移動速度は当然として、回復速度や思考速度もだ。


「なるほど。時魔術の加速クイックか……そんなものまで使えるなんて、魔物使いモンスターテイマーから魔術士に転職した方が良いんじゃない?」


「あはは、残念だけど僕はこの職業ジョブを気に入ってるんだ」


 余裕そうな声色で言ったストラだが、その頬には冷や汗が伝っている。


影像斬舞シャドウ・ダンス


 二倍の速度になったエトナは、残像のような影を残しながらナイフと腕の刃を振るい続ける。


「くッ、見えないッ! 姿が、捉えられないッ!」


 早すぎる動きとエトナに重なるように生まれる残像の影に翻弄され、段々とストラの体に傷が増えていく。しかも、エトナが作り出した影は自由にエトナが潜ることができるので、ストラの攻撃が当たりそうになっても簡単に回避される。


「ぐぁッ、後ろからもッ?!」


 更に、後ろからメトが凄まじい速度の拳を叩きつける。一溜りもなく吹き飛んだストラは壁まで叩き続けられた。


崩滅の加護ディストラクション・ブレスッ!!」


 立ち上がったストラの肉体そのものが段々と赤黒い光を放ちながら崩れ始める。もしかして、自分の命を犠牲にして自分を強化してるのか?

 どれだけ自己犠牲能力が好きなんだ。


「ま、マズイですメトさん。早く倒さないとあれはッ!」


「分かっています。同時に仕掛けましょう」


 さて、僕にはあと一回だけ敵を妨害出来る切り札を残している。それは……



「────創音サウンド



 時魔術と同じく、100SPで取得した大魔術だ。


「ぐぁッ!!??」


 ストラの耳の中で鼓膜が余裕で壊れる程の爆音が鳴り響いた。


「……い、今ですッ!」


 二人も一瞬聞こえた大きな音に驚いたようだが、目の前で隙を晒したストラを見過ごす訳も無かった。


致命の刃クリティカル・エッジッ!」


覇王拳ハオウケン


 エトナの赤く光るナイフが、メトの黒いオーラを放つ拳が、同時にストラに叩き込まれた。


「……ぁ、ぁぁ……漸く、か……漸く、僕たちは、ここから……」


 二人の一撃を叩き込まれたストラの体はもはや動かない。更に、自分の能力で体は崩壊が進んでいる。もう、死は近いだろう。


「……あり、がと……本当、に……感謝、している……ラディアーナ、を…………トゥピゼ国、を……その民を……救ってくれて、本当に……ありがとう……」


 苦しそうにしながらも、救われたような表情で、ストラは言った。その瞳からツーっと涙が伝うと……ストラの体は完全に消滅した。

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