真紅の巨人、その犠牲者。

 ♦︎……ドらどラ視点


「えー、どうも皆さんこんにちは。ドらどラです」


 俺はDry Rad Lion、略してドらどラ。自分で言うのも何だが、登録者87万人の大手ストリーマーだ。配信を開始できていることを確認し、いつも通りの挨拶を済ませた。


「今日はですね、紅の森レッド・フォレストを探索していきたいと思います。ただ、今日はいつもとは少し違って……」


 そう言って俺は背後を振り向き、約三十人程のプレイヤー達を写した。


「はい、というわけで今回は俺のリスナー達と一緒にこの森を探索したいと思います。それで、何で今回はこんな大人数での探索になったかということなんですが……」


 瞬間、気配察知が発動して茂みからリスナーの一人に飛びかかる赤い狼を察知した。


「きゃあッ!」


 茶髪の女魔法使いに飛びかかった赤い狼を俺は一瞬で真っ二つにした。


「はい、大丈夫。気配察知は持ってるので不意打ちにも問題無く対処できます。ただ、皆さん油断はしないようにお願いしますね?」


「は、はい! ありがとうございます!」


 咄嗟に俺の腕に抱きついてきた女魔法使いを退かしてチャット欄を見ると、嫉妬に狂った男達の罵声が飛び交っていた。

 俺は思わず乾いた笑いを零してしまったが、直ぐに気を取り直して森を進み始めた。


「あ、そうだった。何でこんな大人数でこの森を探索するかという話ですが、簡単な理由です。まぁ、知っている人も多いかも知れませんが……今日、俺たちはこの森のエリアボスを倒しに来ました」


 俺はニヤリと笑い、指を一本立てた。


「じゃあ、そのエリアボスに出会うまではそいつの情報でも話しましょうか」


 後ろの方ではリスナー達が警戒しながらも話をして交流を深めているので、俺はリスナー達に向けてエリアボスの話をすることにした。


「先ず、そのボスの名前は真紅の巨人クリムゾン・ジャイアント。見た目は名前通りで、真紅の鱗に身を包んだ巨人です」


 俺は気配察知で周囲を警戒しながら歩いていく。


「その真紅の巨人クリムゾン・ジャイアントの体は全身が超高熱で、素手で触れれば一瞬でドロッと溶けてしまいます。因みに、この森とここに住むモンスターが全員真っ赤になっているのはこいつが発する熱に耐えられるように進化していった結果らしいですね」


 巨人の話をすると、チャット欄はいい感じに盛り上がり始めた。


「更に、こいつは体から熱風や炎を吹き出すことも出来るんですが……」


 そう言って俺は人差し指を立てた。


「こいつの最も厄介なところは、エリアボス特有とも言えますが咆哮で近くにいる魔物達を仲間として呼び出すところにあります。その咆哮で大体十匹から三十匹程度のモンスターが加勢に来てしまいます。そうなると、四人くらいで挑めば囲まれて終わりです」


「え? そんなことしてくるんですか?」


 俺が配信を見ているみんなに話していると、後ろから驚いたような声があがった。どうやら、話は一段落ついたらしい。


「うん。大体は赤狼レッドウルフなんだけど、偶に赤虎レッドタイガーとか赤犀レッドライノとか、そこら辺の厄介なモンスターが来ると、十人いてもキツイです」


「へー、勝てるか不安になってきましたねー」


 どこかのほほんとした雰囲気の男が言う。確か、こいつは双剣使いでそこそこレベルが高かったから採用したリグラとかいう奴だ。


「まぁ、その為に沢山のリスナーさん達から高レベルの方を三十人も募集させて頂いたので……流石にどうにかなると思いたいですけどね」


 ただ、このエリアボスが討伐されたという情報を聞いたことが二回しか無い。どっちもプレイヤーの中では最強格の人が混じっている。


「と、言っていると……この足音と気配は……見てください、あれが真紅の巨人クリムゾン・ジャイアントです」


 俺は約200m程離れた場所に巨人を発見した。かなり遠巻きだが、その巨大さによって十分に視認できている。ただ、流石に森の中なのでこのままだと見失いかねない。


「遠くから見ても圧巻ですね……良し、急いでいきましょう!」


 俺は圧倒されているリスナー達を連れて巨人の元に急いだ。




 数分後、道中で襲いかかってきた雑魚モンスター達を倒しつつ、漸く巨人の元に辿り着いた。何とか気付かれずに足元まで忍び寄った俺たちは、茂みに隠れて合図と同時に攻撃することに決めていた。


「準備は良い? ……良し、行くぞッ!!!」


 強化ミスリルの剣を構え、茂みから飛び出した。


自己強化セルフブーストッ、朱斬剣ヴァーミリオンソードッ!」


 俺は自分を魔法で強化し、更に魔法で剣にHP吸収効果と威力上昇効果を付けた。


「食らえッ、重殴斬ヘビースラッシュッ!!」


 そして、威力の上がった剣をスキルで重くし、俺の持ちうる最強の威力を巨人に叩き込んだ。


「……グォ?」


 しかし、剣は巨人の鱗に僅かに傷を付けただけで終わった。しかも、その傷すら一瞬で再生してしまったのだ。


「いやいや……これ、マズイでしょ」


 固すぎる。全てはその一言に尽きた。


「グォォ……グォオオオオオオオォッ!!!」


 俺に攻撃され、周囲をプレイヤー達が取り囲んでいるのを見た巨人は、どこか面倒臭そうに咆哮を上げた。すると、木々の間から沢山のモンスターが顔を出し始めた。


「…………二十体くらいか?」


 冷静そうに呟いたのは俺と同じ片手剣使いのシン、というプレイヤーだった。彼は俺たちの中では一番レベルが高く、俺は密かに頼りにしていた。


「そうですね、取り敢えず先に話していたグループに分かれましょう! 雑魚処理班はシンさんの方に、巨人処理班は俺の方に集合して戦闘を開始して下さいッ!」


 巨人処理班に二十人、雑魚処理班に十人だ。シンさんもいるので雑魚処理は直ぐに終わるだろうけど……問題は巨人だ。


「取り敢えず、雑魚処理班と合流するまでは死なないことを一番に考えて下さい。相手の攻撃を絶対に回避するように意識して下さいッ!」


 そう言って俺は巨人と向き合った。俺が話している間、巨人は詰まらなそうに俺たちを観察していた。……舐められている。間違いなく、俺たちは遊ばれている。


「……向こうは様子を見ているようなので、全員で一斉に攻撃します。自分の中で最大の攻撃力をあいつにぶつけて下さいッ!」


 そう言って俺は念の為にもう一度強化をかけ直し、更に剣にもう一つ効果を付与して斬りかかった。他のプレイヤー達もそれぞれの攻撃を開始している。


重殴斬ヘビースラッシュッ!」


水刃ウォーターカッターッ!」


豪炎焦槌バーニング・ハンマーッ!」


破城大剣撃キャッスル・ブレイクッ!」


岩石砲ロックキャノンッ!」


 攻撃に次ぐ攻撃によって土煙が巻き起こり、様々なスキルや魔法のエフェクトで前が見えなくなる。魔法に剣技、多様なスキルで攻められ続けた真紅の巨人クリムゾン・ジャイアント

 流石に巨人の圧倒的な耐久力を持ってもこの猛攻には耐えきれるはずがない。


「……やったか?」


 誰かが、無用な一言を呟いた。嫌な予感がした。土煙が、スキルのエフェクトが、魔法の光が、徐々に消えていく。巨人の姿が露わになっていく。


「…………グォォ」


 いた。土煙の中には、さっきまでと変わらぬ仁王立ちで俺たちを睨みつける巨人がいた。だが、その姿は俺たちの知っている巨人では無かった。


「……なん、だ? 何だよ、あれ」


 それは、美しい宝石のようだった。


「……おい、おいおい……嘘だろ」


 それは、赤く透き通っていてどこか神秘的だった。


「……俺、このスキル知ってるぞ。確か、これって……」


 それは、半透明で綺麗な赤色をしていた。



「────結晶化、だろ」



 それは、炎を閉じ込めたように真っ赤な結晶の巨人だった。


「ふ、ふざけんなよッ! 何で結晶化をエリアボスのこいつが使えんだよッ!」


「じょ、情報にねぇ、情報にねぇぞッ!!」


「傷が、傷がどこにも付いてませんッ!」


「こんなの倒せる訳ねぇだろッ! こんなのチートだろうがッ!」


 まるで芸術作品のように美しい赤い結晶の巨人は、ゆっくりと元の姿へと戻っていった。


「……全員、落ち着け。結晶化はMP消費が激しいスキルだ。それも、全身結晶化なんてことをすればかなりのMPを消費する。だから、倒すのは決して不可能じゃない」


 そこには、いつの間にか合流していた雑魚処理班のリーダー、シンが立っていた。


「……そうだ。みんな、シンの言う通りだ。攻撃し続ければいずれ勝つことはできる。それに、あいつは異常に硬いが態々結晶化を使ったってことは俺たちの猛攻を浴び続ければ危なかったってことだ。俺たちにも、チャンスはあるッ!」


 俺とシンの言葉に、リスナーのみんなは少しずつ希望を取り戻していく。


「そ、そうだよなッ、倒せねえボスなんて存在しないからなッ!」


「えぇ、きっとみんなで協力すれば勝てますよね! 私、信じてますっ!」


「行ける。なんか勝てる気がしてきた。よっしゃ、みんなで勝つぞッ!!」


 さっきまでは絶望していたリスナー達は、もう完全に希望を取り戻していた。


「良し、じゃあ皆んなで同時に行、く……ぞ?」


 奮起し、同時に襲いかかろうとした瞬間、赤い大きな何かが飛来した。


「な、なんだ今の?」


「お、おいッ、シャクレルスがやられたぞッ!」


「ゲネイオンもだッ、同時に殺されたッ!」


 飛来した赤い大きな何か、それは紛れもなくさっきの巨人の体を構成していた赤い結晶だった。


「な、何だこれ……結晶か? 熱ッ、やっぱりさっきの────」


 リスナー達の一人が結晶に近付いた、その瞬間だった。


「ば、爆発したッ?! 結晶が爆発したぞッ!!」


 そう、爆発したのだ。リスナーが結晶に近付いたその瞬間、結晶は更に熱を増し、溢れんばかりの炎が結晶の中に満ちたかと思えば一瞬で爆発し、周囲に超高温の炎を撒き散らした。


「お、おいッ、あいつッ、自分の鱗を結晶化して剥ぎ取ってるぞッ!」


「し、しかも結晶が真っ赤になって……来るぞッ!」


 自分の鱗を結晶化し剥ぎ取った巨人は、それを俺たちの方に凄まじいスピードで投げつけた。


「チェルキーッ!! クソッ、回復魔法をッ!」


「ば、馬鹿ッ、近付くんじゃないッ!」


 結晶が直撃し、体の半分が弾け飛んだチェルキーという女剣士に焦った様子で男は近付いた。当然、弾け飛んだ女の近くの地面には赤熱した結晶が突き刺さっている。だが、周囲の警告も聞かずに近付いた男は当然……ッ!


「が、ガナンドーッ!! 近付くなってあれほど言ったのにッ!」


 結晶に近付いたガナンドという男は、爆発した結晶によってぐちゃぐちゃに吹き飛ばされ、残った肉片も爆発と同時に撒き散らされた超高熱の炎で灰になった。


「く、クソッ、みんなッ、一斉に行くぞッ!! ビビってたら殺されるッ!!」


 俺の言葉で全員が動き出し、巨人にプレイヤー達が殺到する。


「……グォ」


 新たに結晶化した鱗を剥ぎ取った巨人だが、プレイヤー達は目前まで来ている。しかし、巨人は落ち着いた様子で一鳴きすると……、


「と、跳びやがったッ?!」


 紅の森の木々をも跳び越える大ジャンプを披露した。


「ま、マズイッ、また来るぞッ!」


 しかも、跳躍した巨人は俺たちから距離を取りつつも空中で赤い結晶を投擲した。


「クソッ、マルコスがやられたッ!!」


「それよりもッ、早く近付かねえと次の結晶が来────」


 マルコスがやられ、警告をしようとした男も次の結晶を投げつけられて殺された。しかも、連続して投擲される赤い結晶の爆発で、もはや逃げ場を無くした俺たちは次々に殺され、ものの数分で残り五人になっていた。


「や、やっと近付けたってのに……ッ」


「もう五人しか残ってねぇッ!」


 残ったメンバーは最初の女魔法使いにシン、そして俺と男が二人だ。


「でも、もうやるしか無い。行くぞッ、皆んなッ!!」


 何度この号令を繰り返したか分からないが、それでもタイミングというのは合わせる必要がある。俺が最初に音頭をとって突撃した。


「グォオッ!!」


 が、鬱陶しいとばかりに結晶を投げつけられる。


「甘いッ、その攻撃はもう何回も見てるッ!! 風烈刃ハリケーンカッターッ!」


 投げつけられた結晶を瞬歩ステップで避け、その後の爆発を大跳躍ハイジャンプで回避しつつ巨人の眼前まで跳び上がり、左手から強烈な風の刃を発射する。


「グォオオッ!!」


 如何に耐久力の異常なこいつでも、眼球に風烈刃ハリケーンカッターを浴びれば流石に怯みはする筈だ。それに、巨人の弱点は眼だって相場が決まってる。


「今だッ、皆んなッ!!」


 隙が出来た巨人に全員で攻撃する。魔法が、剣が、槍が、スキルが、様々な攻撃が一瞬にして巨人を襲い、次々と超高熱の体に傷をつけていく。


「まだまだッ、円斬撃サークルスラッシュッ!!」


 空中で落ちながらも円斬撃サークルスラッシュで回転しながら斬撃を食らわせ、顔面から腹までのラインに傷をつけた。


「行きますッ、焦炎落石バーニング・メテオッ!!」


 トドメの一撃とばかりに空に浮かんだ魔法陣から巨大な岩石が炎を纏い、巨人を目掛けて落ちてくる。


「……グォオオオオオオオッッ!!!」


 爆炎、土煙、それらが俺たちの視界を遮った。しかし、今度は巨人も悲鳴をあげている。どうにか、どうにか倒れてくれ。


「……グゥ、オォ」


 視界が晴れた。そこには、膝を突く巨人の姿があった。巨人は傷だらけで、肩の鱗は剥げて少し潰れている。


「あと、もう少し、もう少しかッ!」


 興奮して一人で突撃する男を、どこか俺は諦めたように見ていた。


「グォオッ!!」


「ぐぁああああああッ!!」


 立ち上がった巨人が大きな腕で薙ぎ払い、突撃した男を吹き飛ばした。


「ドラドラ、これは……」


「そう、だな。もう、無理かな……」


 男を吹き飛ばした巨人。さっきまで傷だらけで膝を突いていた巨人。あと少しで倒せるはずだった巨人。


「そ、そんな……もう、傷が……」


 そう、その巨人は、既に全ての傷が塞がり、潰れた肩も再生し終わっていた。


「……大体、十五秒程度で完治か」


「そう、だな。勝てなかった、かぁ……」


 俺は呆然とした様子で吹き飛ばさらた男が巨人に食われるのを見ていた。


「や、やめろッ! 俺を食うんじゃ────」


 食われた。


「ぼ、僕はまだ死にたくな────」


 食われた。


「た、助けてッ、ドらどラさんッ!」


 食われた。


 そして遂に、巨人の視線が俺の方に向いた。シンは既にいない。どうやら逃げられたようだ。おめでとう、と賛辞を贈ってやりたい。

 巨人が俺の体を掴み、持ち上げた。既に抵抗する気力は無い。


 さて、俺も食われるか……いや、待てよ。食われる?


「…………まさかッ」


 倒した相手を、食らう? 普通のことだが引っ掛かる。だが、そもそもこいつは最初から異常だった。聞いていた話とは比べ物にならない強さ。異常だ。明らかに異常だ。


 そして、こんなことが昔にも一度あった。あの時、少しこの界隈を騒がせたあの出来事。


「……解析スキャン


 そこに表示されていたのは、予想通りのレベルと……予想通りの表示だった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 真紅の巨人クリムゾン・ジャイアント (グラン) Lv.53


 ■状態

【従魔:ネクロ】


 《閲覧権限がありません》


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……やっぱり、か。やっぱり、またお前か、ネクロオォオオオオオオッッ!!!」


 真紅の巨人クリムゾン・ジャイアントが無慈悲に俺を食らう直前、俺は顔も性別も知らないプレイヤーの名を魂の限りに叫んだ。


「……でも、やっぱり……配信的には、最高……かも……」


 俺は巨人に噛み砕かれながら呟き、息絶えた。

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