闘技大会への招待状

 三人で並んで街を歩いていると、やけに視線が集まる。その原因は恐らくエトナとメトだろう。誰が見ても美少女と言える容姿をした二人を連れて歩く僕は多くの男の嫉妬の対象になる。


「あ、ネクロさん。あそこの焼き鳥美味しそうですよ?」


 暗に食べたいと言っているエトナに僕は呆れるが、やっぱり僕の可愛い従魔だ。甘やかしてしまいたくなる。


「……良いよ。メトも食べるよね?」


「マスター、私は食事を必要としません」


 色々とネットで調べたが、基本的にホムンクルスは食事を必要としない。


「うん、だけど味覚はあるし食べようと思えば食べられるよね?」


「……それはそうですが」


 何故か不服そうなメトを連れて先に店に歩いていったエトナの元へ向かう。


「私はタレを二本で……お二人は何を頼みます?」


 後ろから来た僕たちにエトナは振り向かずとも気付いた。


「僕はタレを一本でいいよ。メトは?」


「……では、塩を一本頂きます」


 目を逸らしてメトは言った。


「あいよッ! タレ三本に塩一本ねッ!」


 威勢の良い確認に僕がただ頷いて返すと、店主は鳥肉の刺さった四本の串を差し出した。


「メト、もしかして焼き鳥とか苦手?」


 メトに塩味の鳥肉が刺さった串を渡す。


「いえ、そういう訳ではありませんが……従魔となった私が主であるネクロ様と共に食事を頂くのは……」


 あー、なるほど。そういう風に教育されてるのか。


「うーん、内ではあんまり気にしなくて良いよ。僕はそういう礼儀とかは厳しくないからさ。自分にできないことを他人に強要する気は無いよ」


「そーですよ。私を見習ってください」


 エトナはちょっと残念すぎるけどね。


「……分かりました。頂きます」


 そう言ってメトは焼き鳥を頬張った。最初は仏頂面だったが、噛み締めるたびに表情が解れていく。


「…………美味しいです」


「あはは、でしょ?」


 そう言って僕も焼き鳥を頬張った。



「────ネクロ様、で合っていますか?」



 突如背後から掛けられた声。少し驚きながらもゆっくりと振り向いた。


「ん、合ってるけど……君は?」


 そこの立っていたのは長い黒髪の女だった。特徴のある顔立ちではないが整ってはいる。この世界には不相応なスーツのような物を着ている。


「申し遅れました。私はガネウス闘技会からの使者、ヘルメールです」


 ガネウス闘技会……聞いたことないけど。


「が、ガネウス闘技会ですか?! 遂に私にも声が掛か────」


「違います」


 嬉しそうに声を上げたエトナをヘルメールと名乗った女は否定した。


「ガネウス闘技会より、我が闘技場で行われる闘技大会の次元の旅人部門への招待をネクロ様に送らせて頂きます。ネクロ様の職業は魔物使いモンスターテイマーとのことですが、従魔は三体まで連れていくことが出来ますのでご安心ください」


 僕の職業まで知ってる……どうやって知ったんだろう。


「ねぇ、僕のことどうやって知ったのか聞いても良い?」


「我が会に所属している次元の旅人からの情報です。裏も取れているので間違いはないと判断しました」


 あー、ロアの一件で知られちゃったのかな。掲示板でもちょっと騒ぎになってたしね。そこまで大きな騒ぎにはならなかったけど。

 ただ、今でもネン湿原の平原には凄く強いオーガがいるっていう話は有名だけどね。


「うーん、そっか。返事は今しないとダメ?」


「いえ、問題ありません。ただ、ここで返事を頂けない場合はこの招待状にサインをしてガネウス闘技場まで届けに来て頂く必要があります」


 ガネウス闘技場……一体、どこにあるんだ。


「ねぇ、エトナ。その闘技場って何処にあるの?」


「え? えっと、ここから船で港町のウオバンに行くじゃないですか。そこから東に真っ直ぐ行った先にあるサーディアって街です。結構大きいですよ」


 ファスティア、セカンディア、サーディア。三つ目の街か。


「うん、分かったよ。最後に聞くけど、開催はいつかな?」


「サーディアで行われる闘技祭の日です。つまり、二週間後ということになりますね。ただ、招待をここで受けて頂けない場合は一週間以内に闘技場、若しくはサーディアのギルドに申し込みをして頂く必要があります」


 あ、待てよ。闘技祭ってのは聞いたことあるよ。確か、三ヶ月に一回あるお祭りみたいなもので、国中の強者を集めて闘技場で競わせるってやつだ。

 そもそも、次元の旅人ならばギルドで申し込めば参加はできる。だけど、態々招待が届いたってことは……、


「もしかして、僕ってシード?」


「はい。シード枠として招待させて頂きました」


 なるほどね。ある程度の強さは保証済みだから予選とかはすっ飛ばしていきなり強者との戦闘に放り込まれる訳だ。


「うん、分かった。今ここで受けたいところだけど……もし用事が入ったら迷惑かけちゃうし、自分で招待状は渡しに行くよ」


「了解致しました。それでは失礼します」


 綺麗なお辞儀を見せてヘルメールという女は去っていった。


「うー、ネクロさん羨ましいです……」


「僕は次元の旅人だから声が掛かっただけだよ。それに、僕よりエトナの方が強いんだから、いつかエトナにも声が掛かるよ。A級冒険者だしね」


 そう、エトナは天下のA級冒険者なのだ。めちゃくちゃ強いのである。


「だけど、そうだね……」


 使える従魔は三体。それで、エトナとメトは世間にはただの人間で通してるから出せない。となると、アースとロアに加えて……あと一体。あと一体誰かを加える必要がある。


「良し、大会が始まるまでに強い魔物をテイムしよう」


 僕は決意を固め、歩き始めた。




 ♢




 ということで、やって来ました紅の森レッド・フォレスト


「にしても、赤いね。ここは」


 言葉の通り、この森は赤く染め上げられている。葉っぱだけでなく、木の幹から根まで全てだ。落ち葉で覆われた地面も当然赤いし、何ならその間からチラリと見える地面すらも赤い。

 居るだけで気が滅入りそうになるこの森から例の王級魔物は発見されたらしい。


「そうですね。原因は判明していませんが、大抵こういうのは魔物の仕業であることが多いです」


 成る程ねぇ、と息を吐くと、僕達の目の前に体が赤い甲殻で覆われた三メートル程の熊が木々の間から出現した。

 地形だけじゃなく、魔物まで真っ赤なのかよ。この森は。


「メト、お願い」


「了解です、マスター。……破天ハテン


 メトの拳は赤いオーラを纏い、Lv.32の紅殻熊こうかくぐまに直撃した。

 数秒間動きを止めた熊は、目を見開くと突然に爆発四散した。


「……今の、なに?」


「破天。本来は体内に衝撃を与えて防御を無視して上まで吹き飛ばす技です。威力が高すぎてこうなりましたが……」


 あぁ、うん。そう。


 人の見た目をした従魔ってみんな強いのかな……。


「あ、ネクロさん。向こうに何か居ますよ。でっかいです」


 エトナの気配察知が一体の魔物を捉えた。


 僕たちがその魔物の気配がする方に向かうと……最悪の事態に直面した。具体的に言うなら、王級の魔物に襲われている冒険者たちに邂逅した。


「はぁ……二人とも、行こうか」


「はい、マスター」


「はい、ネクロさん」


 僕は冒険者たちの方に駆け出し、赤い巨人が踏み潰そうとしている剣士の男を闇腕ダークアームでギリギリ救い出した。


「何だこの黒いのはッ!? 新手かッ!」


「ハズレ。僕たちは味方だよ」


 狂乱する男を宥めるように言ったが、それは逆効果だった。


「馬鹿野郎ッ!! このデカブツには絶対勝てねえッ!! 俺たちが抑える。だから、今すぐに逃げろッ!!」


「そうだッ! こいつは化け物だぞ?! 見掛け倒しじゃねえんだッ!!」


「……私たちはB級冒険者です。邪魔だから、逃げて下さい」


 僕たちを助けるために自分の命を懸けようとする善人な冒険者たちだったが、その願いは叶いそうにも無かった。


「ウォオオオッッッ!!! ウォォオオオオオオオッッ!!!!」


「うるさ────ッ」


 その原因は、巨人の咆哮によって僕たちを取り囲むように現れた赤い獣たちである。

 鋭い角を持ったサイに、二本の大きな牙が口からはみ出ている虎、群れて一つの塊となっている狼。そして、彼らは漏れなく全員が真っ赤に染まっていた。


「はぁ……これは結構ヘビィだね」


 僕は溜息を吐いて状況を確認した。巨人と三十匹程度の魔物の軍勢。アースを呼び出して巨人を任せたいところだが、こういう時に限ってアースがいない。今はボルドロ達のいるアボン荒野に置いてきている。


「エトナ、メト。二人であの巨人を抑えられる?」


「それは勿論できますけど……」


「マスターが危険です」


 うん。確かに今の僕一人で強力な魔物を三十匹も抑えるのは難しい……今の僕じゃ、ね。


「僕を信じてよ。それに、この人たちも手伝ってくれる……よね?」


 僕は後ろで怯えている冒険者たちに問いかけた。


「お、おう。勿論だっ! だ、だが、勝算はあるのか?」


「……あはは」


 目を逸らして笑ってみると、リーダー格の男がダラダラと汗を垂らす。


「お、おいっ! 信じるからなッ?!」


 さて、あいつらをどうにしないといけない。現在の僕のレベルは46,余りのSPは150でAPは190……良し、決めた。僕はステータスを一瞬で割り振り、スキルポイントを一点に注いだ。


 SPを注いだスキルは僕の愛用している……【闇魔術】だ。


 スキルレベルが8になった闇魔術には当然八つのスキルがある。


闇棘ダークスパイク


 唱えると、僕の足元から無数の闇の棘が生え始め、それはザクザクと音を立てて三十匹以上はいる魔物の群れの方へと向かっていく。

 危険を察知して逃げ始めた魔物たちだったが時既に遅く、逃げ遅れた数体の魔物は足元から生え出た無数の黒い棘に串刺しにされて死んだ。


 あと二十数体ってところかな。


「っと、闇刃ダークカッターッ!」


 油断したところに飛び込んできた赤い虎に闇の刃を発射した。漆黒の刃は虎の首と胴体を一瞬で切断した。この魔法が僕の持つ技の中では最も威力が高い。


 しかし、二つの魔法で数を減らされた魔物達は僕のことを警戒し、距離を取られてしまった。だけど、距離を取られたのは好都合だ。余裕ができたってことだからね。


「……闇騎ダークウォーリアー


 瞬間、僕の影がボコボコと湧き上がり、闇が人の形を取ったような、影が立体的になったような、そんな形容し難いナニカが、鎧を纏い、剣を持って現れた。


「掛ける十、ってね」


 しかも、その数は一体ではない。ドバドバと影から溢れ出た闇は一つではなく、十体の戦士となった。十体も闇騎ダークウォーリアーを出すのはMPの消費がかなり激しいが、今の僕のMPは200もある。二十体生み出しても問題ないくらいだ。


「さぁ、僕の闇騎ダークウォーリアー達。進軍するんだ」


 僕の言葉に従い、十体の闇で出来た戦士達は警戒して後退っている魔物達の方に進み始めた。ジリジリと下がる魔物達だったが、その中から一際大きくて強そうな赤いサイの魔物が飛び出してきた。


「ブウゥォオオオオッッ!!!」


 赤サイが大きな角を闇騎ダークウォーリアーの一人に叩きつける。剣で受け止めようとする闇騎ダークウォーリアーは耐えられず、消滅してしまった。

 だが、その場には九体の闇騎ダークウォーリアーが残っている。


「今だッ、仕留めろッ!」


 僕の言葉に従い、闇騎ダークウォーリアー達が一斉にサイに襲いかかる。漆黒の剣を振り下ろし、サイの肉を削ぎ取っていく。

 闇騎ダークウォーリアーの剣の刃は闇刃ダークカッターと同じ切れ味だ。つまり、大抵のものは斬れてしまうのだ。今正に、闇騎ダークウォーリアーの剣がサイの首を斬り落とした。


「さて、後は……」


 虎に続いてサイと強力な魔物は狩り終わった。後は大した力も無い赤い狼の群れだけだ。


闇騎ダークウォーリアー、残党狩りだ。適当に倒しといてよ」


 僕が命令を出すと、彼らは同時に動き出し、鎧を纏っている割に早いスピードで狼を追いかけていった。冒険者達も何とか自分に襲いかかってくる分は対処できたみたいだ。


「エトナ、メト、こっちは終わったよ」


 僕が手を振って言うと、エトナは苦しそうに言った。


「こっちは結構キツイですッ、大きいし硬いし、攻めづらいッ!」


「マスター、救援を要請します」


 エトナがちょこまかと動き周り、影に潜伏しては現れて斬りつけを繰り返し、真紅の巨人クリムゾン・ジャイアントの注意を引きつけて回避に徹していた。

 対してメトは攻撃役として立ち回り、隙の出来た巨人の体に何度も拳を叩きつけていた。メトの拳術には体内に鎧等を無視して直接ダメージを与える技があるのでダメージは通っているようだったが、その度に超高熱の鱗に触れることになるので寧ろメトの方がダメージを受けている。


「おっけー、先ずはメト。君の能力を忘れてない?」


「土魔術ですか? 土魔術はどの技もこの巨人に通用するとは思えませんが」


 僕はその言葉に首を振った。


「違うよ。君の体に埋め込まれた大地の精霊核アースエレメンタル・コアの力だよ」


 ホムンクルスであるメトの核は、大地の精霊アースエレメンタルコアが素材の一つとして使われている。その能力は単純だ。


「そういうことですか。分かりました」


 僕の意図を理解したメトが手を真紅の巨人クリムゾン・ジャイアントの方に向けると、巨人の足元が水面のようにゆらゆらと揺らめき始めた。


「グッ、グオォ!?」


 数秒後、赤い土の地面は泥のように変化し、巨人は深い泥の沼へと沈んでいく。しかし、超高熱の鱗を持つ巨人は泥を焦がし、固めていく。


「……詰みです」


 メトが泥沼の中でもがいている肩まで浸かった巨人に手を翳すと、巨人が浸かっている泥沼はジワジワと赤い半透明の石に変化した。


 そう、大地の精霊核アースエレメンタル・コアの持つ能力は土や石などの大地としての力を持つもの性質や形を好きなように変化させるというものだ。

 エトナと戦った時に足元を金属に変換したのもあれの能力である。


「その石は赤狼石。耐熱性が高く強度も十分の有り触れた石です。……詰みです。貴方はもうそこから出られません」


「グォォァアアアアアアッッ!!!」


 硬い赤色の石の中に閉じ込められた巨人は、体を震わせて赤狼石の牢獄を破壊しようとするが、一切壊れる気配は無い。


「……終わり、ですね」


 紅の森レッド・フォレストに巣食う巨人との戦いは、呆気なく終わりを告げた。

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