フレンドをボコボコにしてみた

 

「おはよう、チープ」


 今日僕が向かい合っているのは安斎ではなく、チープだ。


「よぉ、早速来てくれたか。まぁ、冒険者登録は済ませたみたいで重畳だが……ちょっと色々聞かなきゃならねえことが多すぎてな?!」


 僕に聞きたいこと……。


「エトナ? メト? それとも、アースかな?」


「待て、全員……いや、エトナは分かる。それも聞きたいことの一つだ。だけど、メトとアースって誰だよ」


「エトナはA級冒険者、メトはそれよりちょっと弱いくらいの強さ、アースはそれよりちょっと弱いくらいの強さ、かな? あ、でも、状況によってはアースが一番強いのかな? メトは強さ自体まだあんまり分かってないからねぇ……だけど、うーん、ホムンクルスかぁ……」


「……待て。ちょっと待て。影刃と同じくらいの強さのやつが二人? それにホムンクルスだと? 何を言ってんだお前は? 何イベントをクリアしやがった?」


「二人、はちょっと違うね。ホムンクルスは一人で数えるとして、アースは一匹じゃないかな。数え方としては」


 ホムンクルスは、うーん。一体? いや、一人でいいかな。やっぱり。


「……待てよ、メトって奴がホムンクルスだな? アースは何だ?」


腐敗土竜アースドラゴン・ゾンビだけど」


 チープは硬直した。


「…………お、お前、お前それ、アボン荒野の土竜アースドラゴンじゃねえだろうなぁ?!」


「うん、そうだよ」


「てめえええええええええッ!! えッ?! 嘘だろッ!?」


 チープが混乱している。ここはひとつ落ち着けてあげよう。


「……嘘じゃないんだぜ?」


「うぜえええええええええッ!!」


 ……そんなに、うざいかなぁ。


「はぁ、分かった。分かっちまったから、取り敢えず、そうだな……アボン荒野に行こう。そこでアースを見せてくれ。いいか?」


「うん、全然良いよ」


 というわけで、僕たちはアボン荒野へと向かった。




 ♢




「おっしゃ、着いたな。お前も結構早くなったんじゃねえか?」


「いや、AGIにはそれほど振ってないかな。INTとMPに結構振ってる」


 テイマーだからね。


「そうか。まぁ、そこは常識的な魔法型みたいで何よりだ」


 テイマーだからね。


「それじゃあ、早速出してくれるか?」


「うん、従魔空間テイムド・ハウス。おいで、アース」


 今は訳あってアースしか入っていない空間からアースを呼び出した。

 現れたのは茶色い巨体。強固な鱗と、竜にも似た尾、鋭利な五本の爪、鼻のあたりと、皮膚の所々がどす黒く染まり、その中で赤い血管のようなものがドクドクと脈を打っている、どこかグロテスクな姿。


「……なぁ、キモいんだけど」


「キュゥ……」


 アースは項垂れた。


「おい! アースが悲しんだだろッ! 謝れよッ!」


「……お前、キャラ変わってね?」


「いや、別に。アースも演技はこれくらいにしてね」


「キュッ!」


 勢いよく顔を上げるアース。


「……なんかもう、嫌になってきたんだが」


 逆に項垂れるチープ。


「ほら、元気出しなよ。それに、まだ話はあるんでしょ?」


「……ああ、まあな。取り敢えず、従魔がスキルを使ってるって話だが、これは問題ない。野生のモンスターにもSPは蓄積してるってのは、知ってるやつは知ってる情報だからな」


 へぇ、そうなんだ。


「次に、土竜のゾンビ化だが……もういい。考えるのはやめた。一応聞いとくが、使ったのは蘇生擬きネクロマンス・ゾンビだよな?」


「うん、それは間違いないよ」


「おっけ、そこは取り敢えず運ゲーで説明がつく。それで……どうやって土竜を倒したんだ? あぁ、言い忘れてたが、言いたくないことがあれば言わなくていいぞ」


「うん。まぁ、仲間たちと倒したよ」


「それはエトナとメトだな?」


 ん? 違うね。


「いや、僕が土竜を倒した仲間は、アスコル、レタム、ボルドロ、ロアだよ」


「おい、急に新しい登場人物出やがったな。誰だ?」


 誰、かぁ。まぁ、説明するよりこうした方が早いかな。


『グォオオオオオオオオオオオッッ!!!』


 ご存知、音魔術だ。これでロアの咆哮を再現すれば……来た。


「クァ。クァッ、クァッ? (主か。何か用があったか?)」


 ボルドロだ。現在、三匹の意向で彼らをアボン荒野で放し飼いにしている。ロアと同じようなことだ。アースだけは僕に着いてくることを望んだのでいつもは従魔空間テイムド・ハウスに入れている。


「いや、用ってほどでは無いけど……暇なら皆を呼んでもらえる?」


「クァッ!」


 ボルドロは頷くと、凄まじい速度でどこかに消えていった。


「……なぁ、今のなんだ?」


「ボルドロだよ?」


「……岩禿鷲ロックバルチャーだったか、そっかぁ、なんか異常に早えなぁ」


「まぁ、ボルドロは速さが自慢だからね」


 あの速度で突撃するのがボルドロの最強戦術である。


「こんな奴が、あと二匹いるってことか?」


「まぁ、そうだね。うん」


「こいつらいたら、ロアの戦いなんて余裕だったんじゃねえのか?」


「いや、あれはロアの試練だからね。結局、居なくても余裕だったけど」


 攻撃が通っても直ぐに回復するのでどうにもならなかったんじゃないかな、とは思う。それに、もしやばくなっても、ロアなら逃げるくらい余裕だろうし。


「まぁ、そうか。次は影刃とホムンクルスの話だ」


「うん、エトナとメトだね」


「どうやって仲間になった?」


 どうやって? どうやって、そりゃ……


「テイムでしょ」


 チープは硬直した。


「……まぁ、おう。ホムンクルスは分かるぜ。影刃はどうした?」


「え、テイムでしょ」


 チープは再び硬直した。


「……もう、お前怖いわ。話通じないもん」


「いや、本当にテ……なんてね。冗談だよ」


 チープだから安心して話そうとしたが、よくよく考えればエトナのことを話すのは、エトナに聞いてからの方がいいだろう。流石に正体は魔物、とか軽々しく告げられない。


「…………だよな? うん、そうだよな。良かった。良かったわ。ナイス冗談だわマジでブチ殺すぞてめえ」


 真顔で恐ろしいことを言うチープに僕は一歩後退り、それを守るように三体の魔物が出現した。そう、彼らだ。


「お、おい。何だこいつら」


「紹介しよう。飛んでるのが岩禿鷲ロックバルチャーのボルドロ。地面から顔を出してるのが大蚯蚓ジャイアントワームのレタム。背中から黒い炎が噴き出してるのが大蠍のアスコル。まぁ、見た目で分かるかもだけど、全員ゾンビね」


 チープは沈黙した。


「ねぇ、チープ? 聴いてる?」


 僕の必死の問いかけを無視してチープは言った。


「………………藪蛇、だったなぁ」


 白い目をして、チープは、言った。






「うん。それで、他には?」


「…………おう。まぁ、もうこれ以上は何も聞かねえわ。俺の精神が保たねえ。あ、でも一つ頼めるか? 最近、腕が鈍っててなぁ? 手頃な相手が欲しいんだが……」


 チープは口角を上げて言った。


「そいつらの誰かと戦わせてくれねえか? あ、勿論アース以外な」


 アースは流石に無理か。うーん、となると誰がいいかな? 取り敢えずチープのレベルと合わせて判断しよう。解析スキャン


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 人間ヒューマン (チープ) Lv.49 *Player


 《閲覧権限がありません》


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ねぇ、チープってやっぱり、結構強い?」


「まぁ、そこそこだな。言っても二番目か三番目くらいには強いクランの副リーダーだぜ、俺。蒼月の双剣、略して『蒼剣』と言えば俺のことだ」




 チープは自慢気に言った。実際、自慢できるほどの実力ではあるのだろう。


「一応聞いとくけど、殺しは無しだよね?」


「当たり前だ」


 だったら……うーん、そうだね。


「二対一とかどう? 一対一だと、あんまり丁度良くないんだよね」


 一番レベルが高いアスコルでも35だ。


「そうか、なるほどな。……いや、全員来い。三対一でいい。余裕だ」


「へぇ……いいの? まぁでも、そうだね……そこまで言うなら、僕が勝った時に何か貰える? 僕が貰って嬉しいやつね」


「別に良いぜ? どうせ俺が勝つからな?」


 チープがうざったいドヤ顔で言うので、僕は宣言した。


「よし、皆準備はいいね?」


 というわけで三匹を見ると、10m程距離を離した後に一斉にコクリと頷いたので全員の了承は取れた。


「じゃあ、レディー……ファイトッ!」


「早えな?! まぁでも、俺はいつでもいいけどよッ!」


 合図と同時に動き出す両者。だが、先手は青い刀身を持つ双剣を抜いたチープだった。チープは双剣をクロスして構えると、こう叫んだ。


双斬撃波クロス・スラッシュウェーブッ!」


 まだ5m程の距離があった両者だが、双剣から放たれた光の斬撃が先頭のアスコルを襲う。だが、アスコルは瞬時に青く透き通った美しい結晶と化し、大木も一撃で斬り裂きそうな斬撃を軽い傷だけで凌いだ。更に、その傷も高速再生によって一瞬で完治する。


「おいおい、こりゃ化け物だな、っと!」


 ボルドロが反撃とばかりに風烈刃ハリケーンカッターを飛ばすが、軽く避けられる。しかし、その先からは凄まじい勢いで水が噴き出し、更に突然軽くなったチープの体は遥か上空へと叩き上げられた。


「クケェェェェェッ!!」


 そこに突撃する猛スピードの鳥、ボルドロだ。結晶化した硬い頭は大岩も簡単に破壊できるだろう。そんな突撃を目の前にしたチープは……。


「しょうがねぇな、こりゃ。……合刃クロス蒼撃アスル・ゴルぺ


 瞬間、チープの二つの剣が交わり、一つの両手剣と化した。その剣から放たれた青い軌跡を残す一撃は、ボルドロの結晶化した頭でさえも弾いた。


「これを使ったからには……さっさと終わらせねえとな」


 チープは剣を構え直し、後ろから結晶化した鋏を振り下ろすアスコルに打ち付けた。結晶化した部分を攻撃された為に深いダメージこそ無いが、その衝撃は大きく、アスコルを10m程離れた大岩まで打ち付けた。


 だが、チープは安心する暇も無い。


 レタムの溶解液が足元から噴射され、チープの靴を溶かしきった。チープが慌てて反撃しようとするも、既にレタムはそこに居らず、地中のどこかへと消えていた。


「おい、狡いだろこいつッ!」


「あはは、確かにね。でも、そんなこと言ってる場合かな?」


 チープの後ろを指差して言った僕の言葉にチープは慌てて振り返るが、そこには誰もいない。代わりに上空からボルドロが奇襲してきただけだった。


「ふざけんなッ! 蒼撃アスル・ゴルぺッ!」


 青い軌跡を伴う強力な一撃は、ぶつかる寸前だったボルドロには当たらず、思いっきり空を切った。何故なら、ボルドロは当たる直前で縦に急旋回したからだ。

 チープの眼前、空中で一回転し、エネルギーをある程度保ったまま隙を晒しているチープに突撃するボルドロ。


瞬歩ステップッ!? やべッ──」


 当たる直前、ギリギリで回避したチープを待ち受けていたのは振り下ろされる結晶の鋏だった。クリスタルのように美しいその鋏はチープに直撃し、挟めはしないものの、凄まじい勢いで吹き飛ばした。

 更に、吹き飛ばされた先にいるのはレタム。レタムは正面に魔法陣を作り出し、そこから鋭い水の刃を無数に射出した。


風爆弾ウィンドボムッ!」

「クケェッ!! 《風爆弾ウィンドボムッ!!》」


 暴風を呼び起こし無理やり軌道を変えて回避するチープだったが、軌道を変えた先で更に風を起こされ元のルートに戻された。


「ぐっ……ッ!」


 レタムの水刃に引き裂かれたチープは苦悶の声を上げる。


「……ここだッ!」


 背後から忍び寄るアスコルの鋏をいつの間にか二つに戻っていた剣を交差させて受け止め、弾き返した。更にチープは剣をバツの字に交差させたまま何かを呟くと、クロスした斬撃が青い光となって放たれ、アスコルの体に深い傷をつけた。


「お前も分かってんだよッ! 双衛刃クロスガードッ!」


 剣をクロスさせて構えるチープにボルドロが突撃する。剣はボルドロの頭と激しくせめぎ合う。しかし、それを見ていたレタムが地面を水魔術で泥濘ませた。


「うぉッ!? 地面が急に……水かッ!」


 結果、チープは踏ん張れずに双剣の守りを突破され、ボルドロの頭突きをモロに受ける。大きく吹き飛ばされたチープは20m程の深さの谷に落とされた。


 その後、谷底から何かを叫ぶ声が聞こえ、直ぐにチープが飛び出してきた。恐らく大跳躍ハイジャンプだろう。

 だが、飛び上がったチープが着地した瞬間、ボルドロが襲い、慌てて回避したチープはまた谷底に落ちてしまう。

 落ち行くチープをアスコルが上から覗き、鋏を掲げると、アスコルの周囲に石の槍が何本か現れ、チープに向けて放たれた。

 その内の一本をモロに食らったチープは谷底でもんどりうって苦しんだ。だが、その隙を見逃すほど魔物は甘くはない。レタムがヒョッコリと谷の壁から顔を出すと、溶解液をチープに吐き出した。

 溶けていく体にチープは苦痛を覚えながらも、なんとか跳躍して上に登ろうとするが、ボルドロの風魔術で叩き落される。


 すると、どこから持ってきたのかアスコルが大岩を谷の上から……、


「し、死ぬッ! ネクロッ! 死ぬからッ! 終わりッ! 降参だッ!」


 降参宣言を聞いた僕は大岩を落とそうとするアスコルを止めようとするが、一歩間に合わず、チープを三メートル程もある大岩が襲った。


 ……どごーん。




 ♢




「マジで死ぬかと思ったじゃねーかッ!」


 あの後、スキルの効果でギリギリ生きながらえていたチープは僕に文句を垂れていた。全く情けのない事である。


「うん。それで、僕は何が貰えるのかな?」


「こ、こいつ……いや、いい。落ち着けチープ。約束は約束だ。良し。いいだろう、お前にはコレをやる。多分、結構使えるぞ?」


 そう言ってチープが渡したのは卵だった。


「えっと、何これ」


「モンスターの卵だな。中身は謎。ダンジョンで手に入れたんだが、解析スキャンしてもモンスターの卵としか分からなかった」


 なるほどね。僕にうってつけのアイテムではあるけど……


「僕が貰ってもいいの?」


「ああ、全然良い。元々お前に渡すつもりだったしな。そもそも、俺は育てるのとか面倒臭くて孵化させる気にもならねえわ」


「……そうだね。じゃあ、ありがたくもらうよ」


「おう、そうしろ」


 チープから卵を受け取り、もう一度よく観察してみる。卵はマダラ模様の縦に50センチはある、大きな卵だ。


「それで、どうやって孵化させるの?」


「もっとけばいつか孵化する。それと、あっためたら早くなるらしいな。ただ、気を付けなきゃいけねえのは、生まれた時に真っ先に自分を見させる事だ。そうしねえと、他の奴が親になるからな」


 うん、それは面白くないね。


「じゃあ、そんなところで。俺はこの後も予定があるから、もう行くぞ」


「うん。またね」


 そのまま凄まじい勢いで走って行くチープを見届けた後、僕はボルドロに頼んでファスティアの近くまで運んで貰った。




 ♢




「ねぇ、僕に足りないモノって何かな?」


 三人で並んで歩く中、特に話題もなかったので話を切り出した。


「足りないモノですか? 強さ的な意味ですよね?」


「うん、勿論」


 そこそこ強くなったとは思うけど、正直方向性が決まってないところはある。


「うーん、なんですかね〜? 筋力?」


 何? 筋トレでもしろって?


「……装備ではないでしょうか」


「あー、確かにそうですね。なんですか? そのボロいナイフ」


 酷いなぁ。この初期ナイフ、結構気に入ってるのに。


「なんですか? って、僕が初期から使ってるお気に入りのナイフだけど」


「そ、そうですか……でも、弱いですよ?」


「マスター、弱いです」


 ボロクソ言うじゃん。


「良いよ、分かった。そこまで言うなら装備を新調しよう」


 僕が今着てる服も初期装備の地味なやつだしね。一応色だけは黒にしたけど。


「そういえば、君たちってどんな装備持ってるの?」


「んー、私はこの黒い服は自動修復オートリペア防刃アンチエッジに、魔力吸収素材を使ってますね。このナイフは単にめちゃくちゃ鋭いのと、刃こぼれしにくいだけです」


「色々付いてるんだね。それで、魔力吸収素材って?」


「その名の通り魔力を吸収しやすい素材で、魔法を受けた時にダメージを減らしてくれますね。吸収した魔力は修復に使われます」


 じゃあ、実質物理にも魔法にも耐性があるってことだね。いや、強くない?


「……じゃあ、メトは?」


「私は剣を魔法で作れるので武器は持ちませんが……この服は自動修復オートリペア魔力強化マナ・ブーストを持っています」


魔力強化マナ・ブースト?」


「はい。魔力を注ぐと防御力が上がります。限界はありますが、注いだ分だけ強くなるのでかなり有用です」


 何それ、めっちゃ欲しい。


「二人とも自動修復を持ってるけど、そんなにありふれた物なの?」


「うーん、そこまでありふれてる訳では無いですけど……まぁ、匂いや汚れも勝手に落ちますし、洗濯の必要も無いので戦闘以外でも便利ですから、人気は高いですよね」


 洗濯も要らないのか。ていうか、この世界で洗濯するっていう発想が無かったよ。


「じゃあ、僕も自動修復オートリペアは欲しいな」


 魔力強化マナ・ブーストも欲しいけど、そこまでMPが多いわけでもないしやめておく。


「そうですね、じゃあ……あの店にとりあえず行きましょうか」


 そう言ってエトナが指差したのは虹色の服の看板が目立つ、『ナタリア付与服店』という店だった。虹色の服は様々な付与エンチャントを指しているのだろう。


「いらっしゃいませ」


 店に入って直ぐに聞こえてきたのは、落ち着いた女の声だった。


「あ、お久しぶりですナタリアさん! エトナです。覚えてますか?」


「勿論覚えていますよ。貴女ほど綺麗な女の子は珍しいですからねぇ」


 ナタリアと呼ばれた中年の女は、エトナと顔見知りのようだ。


「えっと、今日はそこのネクロさんの服を見繕って欲しいんですけど……」


「こんにちは。自動修復オートリペア付きで戦闘にも使える服が欲しくて来たよ。色は出来れば黒がいいな。無ければ灰色」


「あら、戦闘服。だったらそうねぇ……これとかどうかしら」


 そう言ってナタリアが差し出したのはオーダー通りの黒い服とズボンだった。


「これはどうですか? 闇蜥蜴が素材で、自動修復オートリペアは勿論、闇属性親和と気配遮断までありますよ」


 一応、解析スキャンしてみよう。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『闇蜥蜴の皮服』


【VIT:35-MND:35】

 闇蜥蜴の素材で作られた服。

 黒く染まったその服は闇の中へと貴方を誘う。


 [自動修復オートリペア:SLv.2、闇属性親和:SLv.1、気配遮断:SLv.2]


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 成る程ね。うん、便利そうではあるかな。でも、一つ分からないことがある。


「闇属性親和って?」


「ふふふ、私が教えてあげましょう。闇属性に対する防御力が上がったり、消費MPが減ったり効果が上がったりですね。取り敢えず、闇属性に関することが大体強化されるってことです」


「この服だと、闇属性に対する防御力が一割増加し、消費MPが一割減少し、闇属性の攻撃力が一割増加します。闇属性を扱う方でしたら非常に強力ですよ」


 へぇ、じゃあ結構使えるね。


「うん、じゃあこれで。いくらかな?」


「118000サクになります」


 12万か。


「これでいいかな」


「はい、確かに頂きました。またお越し下さいませ」


「はーい、また来ますね〜!」


 ひらひらと手を振って僕たちは店を出た。





 次に来たのは武器屋だ。


「……どうも」


 カウンターの奥に無言で佇んでいる青年を見続けていると、耐えきれなくなったのか目を逸らしながら口を開いた。


「どうもです! 短剣を求めて来ました!」


 エトナが直球で要件を言うと、青年は無言で右側の棚を指差した。そこには様々な短剣が並んでいた。僕はそれを眺めるフリをしながら、全てを解析スキャンしていった。


「じゃあ、これと……これとかどうかな?」


 余りに高いものを除いて最も良さそうなのはこれだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


鋼を断つものカリュプス・クーペ


【STR:55】

 腕利きの店主が魂を込めて作った一品。

 鈍色の輝きを放つその刀身は岩を切り裂き、鋼を断つ。


 [鋭利シャープネスのルーン:SLv.3、頑丈デューラボのルーン:SLV.2、魔力強化マナ・ブースト:SLv.2]


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 短剣にしては長い刀身を持つ鈍色のダガーだ。順当にいけばこれが一番強いし使いやすそうなんだけど、もう一つ気になったものがある。それがこれだ。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


猛り喰らうものフュリアス・イーター


【STR:18-stage:1-EXP:0/1000】

 血のように赤く染まった刀身は、血を求め、肉を喰らい、魂を砕く。

 ……しかし、その暴虐の刃はいつか所持者にすらも牙を剥くだろう。


 [自動修復オートリペア:SLv.1、自己進化セルフエヴォルブ:SLv.1]


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 30センチ程度の赤い刀身は大きく剃り、鋭い刃の反対側はギザギザとした形状になっており、ソードブレイカーとしての役割を持っている。見た目は非常にカッコいい。ただ、説明文は地雷臭しかしない。


「……良いものを選んだな。だが、そっちはやめておいた方がいい」


「それって、この赤いのだよね?」


「……そうだ」


 店主は、赤い短剣を軽く振り回す僕に呆れながら言った。


「まぁ、大丈夫だよ。僕は次元の旅人だ。だから、何かあっても死なないし、この剣を次元の狭間に放棄してくるくらい屁でも無いことだよ」


 次元の狭間インベントリにね。


「……そこまで言うならいいだろう。だが、お前の仲間に牙を剥くことが無いように、それだけは気を付けろ」


「……うん、分かったよ」


 僕の仲間、牙を剥かれたところで大体平気そうなんだけど。


「それで、代金はいくらかな?」


「……230000」


 23万。結構高い。


「はい、これでいいかな」


「……毎度あり。本当に、気を付けろよ」


 本当に気を付けろとか言うなら、なんで棚に並べてるんだよ。


「うん、またね」


 さっきのようにヒラヒラと手を振って僕たちは店を出た。




 ♢




 僕らは今、ファスティアの次の都、セカンディアを歩いている。

 セカンディアはファスティアよりも狭いが、流通の中継地としてかなりの人が入ってくる。しかし、ファスティアと比べると周辺のモンスターも危険で、人も少ない為、冒険者の存在が重宝される街だ。


「よう、あんたら他所の冒険者かい? この街で稼ぐのは止めときな」


 冒険者ギルドの前を通り過ぎる瞬間、赤髪の女に呼び止められた。荒い喋り方に、薄汚れた皮の鎧、使い古された様子の剣。間違いなく、冒険者だ。


「赤髪さん、どうしてですか?」


 早速名付けを済ませた様子のエトナは尋ねた。


「簡単な話さ。この街の近くには王級の魔物が出るからね。その化け物にたった三人で遭遇したら潰されて終わりさ」


「へぇ……その魔物って?」


真紅の巨人クリムゾン・ジャイアントだ。紅の森レッド・フォレストで出る」


「んー、聞いたことないなぁ」


 多分、紅の森レッド・フォレストのエリアボスかな? 名前だけでも強そうなモンスターだ。これは期待して良いかもしれない。


「……あんた、絵本を読んだことも無いのかい。真紅の巨人クリムゾン・ジャイアントは文字通りの真っ赤な巨人で、赫鱗かくりんっていう赤く輝く超高熱の鱗を纏ってるのさ」


 超高熱の鱗に身を包んだ巨人……素手じゃ触れなそうだね。


「ネクロさん、どうやら結構厄介そうですよ?」


 ……まぁ、確かに聞いた感じはそうだね。流石は王級って感じ。僕は魔物の等級については良く知らないけど。


「でも、折角なら行ってみたいよね?」


「ふふふ、ネクロさんならそう言うと思ってましたよっ!」


 嬉しそうにエトナが言った。メトの表情はどこか呆れているようにも見える。


「マスター、真紅の巨人クリムゾン・ジャイアントのデータは私の記憶にあります。宿屋に戻って情報を共有しましょう。王級の魔物は危険です」


 流石はメト。何でも知ってるホムンクルスだ。多分、作った人たちに色んな情報をインストールされたんだろう。


「おっけー、分かった。じゃあ行こうか。赤髪さんもありがとね」


 あんたらも気をつけなよ、と言って手を振る赤髪に別れを告げて僕たちは先に宿を取った。





「……はぁ、やっと落ち着けるよ」


 僕はベッドに倒れこんで言った。ファスティアからセカンディアはそこそこ疲労の溜まる道のりだったのだ。


「やっと一段落しましたね。ネクロさん」


「そうだねー、本当に疲れたよ」


 ゲーム内なのに何でここまで疲れなきゃいけないんだろうか。悪態をつきそうになったがこの道を選んだのは僕なのでやめておいた。


「…………ちょっとだけ休もうかな」


 休む。と言ってもログアウトするにはまだ早い。


「ん? もう寝るんですか?」


 僕は静かに首を振った。


「いや、真紅の巨人クリムゾン・ジャイアントは明日倒しに行くってことだよ。今日はちょっと、セカンディアをぶらぶら歩くことにするよ」


「おー、観光ですか? 良いですねっ! 行きましょう!」


 エトナが意気揚々と立ち上がった。


「ん? エトナも着いて来るの?」


「え、はい。勿論ですよ。従魔ですから、ご主人様を守る義務があるんですよ」


 ……ロアの育成の時は来なかったくせによく言うよ。


「じゃあ、メトも行こうか」


「了解しました」


 メトはスッと立ち上がり、扉を開けた。気が早いなぁ。


「そんな直ぐに行く気は無かったんだけど……まぁ、いっか」


 別に部屋に居ても掲示板見るくらいしかやることないしね。


 僕たちは部屋に入って数分で宿を出た。

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