戦力増強とアースドラゴン

 ここはネン平原、レッサーオーガやオークが跋扈する魔物の楽園だ。現在はそんな悪夢の平原を昇り立ての太陽が眩しく照らしている。オーガ・ゾンビのロアは鬱陶しそうに眉を顰めていた。


「おはよう、ロア」


「グオ」


 ロアは一鳴きした。挨拶のつもりだろう。因みに、仲間が云々と言った割にエトナとメトは来ていない。何でも、ダンジョンから宿屋に移り住んだばかりのメトは色々と生活用品が足りていないらしい。


「全く、エトナは酷いよね。かけがえのない仲間のロアに対して『え? ロアですか? オーガですよね?しかも……腐ってますよ?』とか言って今回の特訓を拒否したんだよ? いや、エトナだけじゃない。メトもだ。メトもさり気なくエトナの側に立って喋ることなく拒否したんだ。ありえなくない? ありえないよね?」


「グオ」


 ロアは一鳴きした。さっきよりも鬱陶しそうに返事をしているのは気のせいだろうか。まぁ、こんなことをやっててもしょうがない。


「じゃあ、早速始めようか。取り敢えずSP振っとくね……あ、何か希望はある?」


「グオ……グォオ、グゥオオ。 (私は……レッサーオーガ達を統率したいです)」


 なるほどね。仲間を増やしたい訳だ。なんか意外だね、あんまり群れを作るの好きじゃなさそうなのに。

 まぁでも、それなら話は簡単だ。咆哮のスキルを一つ上げれば格下の同種族を服従させられるようになる。あ、因みに咆哮は人族は取得できないよ。その種族によって取得できないスキルっていうのは結構ある。【高速飛行】とかね。これは元から飛べる種族しか取得できない。


「おっけー、とりあえず残りのSPは……丁度30だね。咆哮を上げとくから、これで自分より弱いレッサーオーガは言うことを聞かせられるようになったと思うよ」


「グオ」


 ロアは自分の体内で成長した力を自覚したのか、満足そうに頷いた。……オーガ、笑うと結構怖い。いや、笑わなくても十分に怖い顔はしてるけど。


「よし、それじゃ今からちょっと移動するよ」


 そう言って僕はロアの背中に張り付いた。筋肉質な体は、ゾンビ化した影響か死んだように冷たくなっていた。いや、まぁ、死んではいるけど。


「グ、グオ?」


 困惑したように鳴くロア。この図体でその声はちょっと間抜けだ。


「いや、君に運んでもらうのが一番早いからね。それじゃ、あっちに真っ直ぐ走ってね」


「…………グオ」


 暫しの沈黙を経て、ロアは背中に張り付いていた僕を引っ剥がし、その腕に僕を抱いた。所謂お姫様抱っこだ。まさかオーガにお姫様抱っこをしてもらえる機会があるとは思わなかった。正しく、僥倖だ。

 そして、大きな腕の中で僕が姿勢を整えると、ロアは僕の指差した方角に全力で走り出した。跳躍ジャンプスキルも上手く活用している。




 特に変わることのない景色を15分程度眺めていると、ついに目的地に到着した。荒々しく舞う砂粒に、張り付くように強い日差し。地面はかなり熱く、靴越しでも温度が伝わってくる。ロアも顔をしかめている。


「ほら、あいつ。あの蠍、倒そうよ。強いけど、経験値は美味しいらしいよ?」


 そう言いながら僕は蠍を解析スキャンした。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 大蠍 (Nameless) Lv.32


 《閲覧権限がありません》


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 うん、強い。


「……グオ」


 諦めたように目を閉じたロアは、重々しく斧を構え、自己強化セルフブーストを掛け始めた。それに合わせて僕も強化魔法を掛けた。


「じゃあ、行くよ? 僕が動きを抑えるから、必殺の一撃をおねがい」


「グオッ!! グォオオオオオオオッ!!!」


 大きく咆哮を上げたロアに蠍の目線が向く。さっきの咆哮は恐らく自己強化の咆哮だろう。


闇腕ダークアームッ! 闇槍ダークランスッ!」


 先行するロアを追って蠍に近付き、全力で拘束魔法を唱えた。その後に発動した闇槍ダークランスは殆ど効いていないようだ。だが、闇の腕が蠍に纏わりついて拘束には成功している。


「グォォオオオッ!!!


 ある程度近付いたロアは天高く舞い上がった。空に向けられた斧の周りには赤いオーラが漂っている。恐らくアレが必殺の一撃だ。

 それを見た蠍が必死に拘束を振り解いて逃げようとするが、自分の影から生えた腕を千切った側から新しい腕が生えてくるのでキリがない。それに気付いた蠍は拘束されながらも僕に鋏を向けた。


 だが、5mは離れている僕には届かない。……いや、違う。土魔術だ。


闇雲ダーククラウド


 漆黒の雲が3mはある蠍を覆った。

 雲の中から岩の塊が物凄い速度で飛ばされてきたが、それは僕の頰を掠めるだけだった。暗闇に囚われた蠍は僕の位置を捕捉できなかったのだろう。


「グォオオオオオオオッッ!!!」


 雄叫びの直後、ベギッ! と凄まじい勢いで落ちてきたロアの斧が蠍に叩きつけられた音が聞こえた。黒い雲が晴れた後、残されていたのはボロボロになった上に燃え盛っている蠍と、まだ少し動くそれを躊躇なく貪り食うロアだけだった。


 《レベルが[35]に上昇しました》


 《SP,APを[10]ずつ取得しました》


 あ、僕もレベルが上がった。ロアを解析スキャンすると、ロアも上がっているようだった。


「おっけー、ナイスだよ。この調子で行ってみようか」


「グオ!」


 自信がついたのか、さっきよりも元気な返事をロアは返した。




 ♢




 太陽がかなり昇り、日差しは更に強くなっていた。

次元の旅人プレイヤー】のスキルでメニューを表示し、時間を確認すると、もう13時になっていた。そろそろ時間だが、進捗は上々だ。


 先ず、ロアのレベルは35まで上がった。正直、ここまで上がるとは思ってなかったけど、後半は連携にも慣れ、狩りのスピードもかなり上がっていたから順当な結果ではあるかも知れない。

 次に、僕のレベルも結構上がった。今のレベルは38だ。


 そして最後、これが一番大きな戦果かも知れない。後半はロアも満腹になり、死体を平らげることもできなくなっていた。なので、敵を倒すたびに僕が《蘇生擬きネクロマンス・ゾンビ》を掛けていた。結果、予想通り九割以上失敗に終わった。だが、強力なモンスターを仲間ゾンビにすることが出来た。


 先ず、一体目。ご存知、大蠍おおさそりさん。名前はアスコル。ロアの攻撃の影響で背中が大きくひび割れており、黒く染まった傷跡からは黒い炎が噴き出している。

 能力だが、最初から土魔術を覚えている上に、AGIとMP以外のステータスは高い為、かなり強力。SPを振るのが楽しみだ。


 二体目、大蚯蚓ジャイアントワーム。名前はレタム。ロアにタコ殴りにされた所為か、身体中に打撲の痕があり、黒い斑模様になっている。

 水魔術を使い、更には溶解液を吐き出して来る。こいつの相手をするのは本当に大変だった。水で地面を濡らし、泥濘ぬかるませる。そして足を取られたところを溶解液で溶かす。かなりウザい。ただ、本体の戦闘力はそこまで無いので魔法も溶解液も効かない相手には無力だ。


 そして最後、岩禿鷲ロックバルチャーだ。名前はボルドロ。ロアの投げつけた斧により、胸元に大きな穴が開いていた。現在は黒いドロドロとした何かで埋められている。

 岩と名が付く割に風魔術を使い、石より硬い頭が特徴だ。ツルツルに見えて少しだけ表面がトゲトゲしている頭で突撃し、相手の皮膚を破壊し、骨を砕く。それを風魔術でブーストして避けられない勢いで突っ込んで来るのが最悪だ。

 最初に強烈な風の刃を発射されそうになった時には死ぬかと思ったが、ロアの咆哮のお陰で助かった。ロア曰く、知っている技だったらしい。


 因みに、光属性耐性は先に振ってある。燃えちゃうからね。


「じゃあ、そろそろ帰ッ──」

 そろそろ切り上げようと思い、ロアに声を掛けた瞬間、地面から勢い良く何かが飛び出してきた。

 それは、岩のような鱗で全身を覆い、竜のように長い尻尾と、鋭く伸びた五本の爪。硬い鱗に覆われて開かない眼。そして、細長く伸びた鼻。

 立派な翼も、凶悪な牙も無いそれは、竜のようで竜では無い。正に土竜アースドラゴンだった。

 解析スキャンの結果は土竜アースドラゴンLv.53。さて、ボス戦の始まりだ。


「全員構えて。戦闘が始まるよ」


 冷静に僕はナイフを構え、そして冷静にロアの後ろに回った。


「ロアとアスコルが前衛、ロアがメインでアスコルはフォローをお願い。レタムは隙を見て地中から奇襲、離脱を繰り返して。ボルドロは空中から全員のサポートをお願い。……来るよッ」


 ピクピクと鼻を動かし、僕たちのことを把握した土竜は即座に地中に潜った。全員が警戒する中、突然僕の立っていた地面が蠢き出し、そこから土竜が勢い良く飛び出してきた。土竜はギリギリで回避した僕に鋭い爪を振り翳した。


「グォオオッ!!」


 避けられない位置にいた僕の前に飛び出したロアは、鋼鉄の斧で五本の爪を迎え撃った。


「キュウウゥゥゥ……」


 土竜は弾かれた自分の爪を眺め、恨めしそうにロアを睨みつけた。


「グォォオオオオオッ!!」


 しかし、そんなことは知らんとばかりにロアは斬りかかった。

 迎え撃つ爪、振り下ろされる斧。一進一退の攻防を僕たちはただ眺めていた訳では無かった。爪が弾かれ、土竜に隙ができた瞬間、空からは風の刃が、地面からは溶解液が襲いかかる。


「キュッ、キュウウウッ!」


 が、ダメだ。少しは効いているようだがまともなダメージは入っていない。


 クソ、何か打開策は無いのか? 溶解液でも解けず、風の刃でも切り裂けない、無敵の鎧。唯一あの鱗を突破できそうなロアは完全に警戒され、攻撃を当てられそうにも無い。


 ジリ貧。このままじゃ負けるのは僕たちだ。


「待てよ……そうだ」


 もう一度あいつの特徴を洗い直す。

 頑強な鱗、力強い尻尾、五本の鋭く長い爪に、閉じた目、そして細長い鼻。


 ……分かった。


 閉ざされた目を見れば簡単に分かる話だが、奴は視覚に頼っていない。だったら、どうやって僕らを認識している?

 それは、本当の土竜の特徴通りなら、細かな振動を感知する特殊な器官、立体的に匂いを捉える優れた嗅覚だ。そして、ミミズが這う音や、地上を歩く動物の音すら聴き分けられる聴覚。

 嗅覚はどうする手段もない。ならば、音だ。音とは振動。この音魔術で鬼畜ボスモンスターを攻略してやる。


 だが、音魔術を使うとしてもいつ使うべきか? 確かに音魔術は爆音を出せるが、離れた位置から発動しても意味は薄いだろう。だから、狙うのは地中に潜る瞬間だ。土竜の動きを見るに、飛び出して来る位置は複数あるが、必ず決まった位置から出てくる。

 だから、僕はレタムに調べさせた。結果、予想通りのことが分かった。

 地下にはこの土竜が普段使うトンネルが掘られている。複雑な構造をしているらしいがそこまで大きくはなく、そのトンネルを利用して高速で移動しているらしい。これだ。このトンネルを利用する。


 作戦は、決まった。


「ロア、僕が闇腕ダークアームで拘束する! その隙を狙えッ!」


 嘘だ。拘束したところでどうせ逃げられることは分かっている。だが、その逃げられることこそが狙いだ。


闇腕ダークアーム闇腕ダークアーム闇腕ダークアームッ!!」


 地中から奇襲するように現れた土竜の影から漆黒の腕が出現し、土竜の巨体を拘束する。だが、ロアが全力で近づいているのを確認すると、土竜は拘束を一瞬で引き千切り、僕が隣にいるにも関わらず地中に逃げ出した。

 土竜の体がすっぽりとトンネルに入り込んだ瞬間、僕は創音サウンドを発動した。


 キィイイイイイインッ!!! という超高音が、爆発的な音量でトンネルの中に鳴り響く。その爆音はトンネルの中で何度も反響し、土竜の鼓膜を破壊する。


「キュウウウウウウウウウッッ!!!」


 堪らず爆音の響くトンネルから地上に飛び出した土竜。だが、その上空には赤いオーラを放つ鋼鉄の斧を持った、オーガの姿があった。


闇腕ダークアームッ!」


 自分の真上で太陽と重なるオーガを認識してしまった土竜は、急いで地中に潜ろうとする。だが、その瞬間を漆黒の腕は捉えた。

 地下に潜ろうとした土竜の動きが阻害される。引き千切ろうとした瞬間、ボルドロの石頭が激突しバランスを崩される。直ぐに態勢を立て直し、再度潜ろうと下を向く土竜だが、その地中から噴出した高圧の水流で頭をかち上げられる。そして、上を向いた一瞬。その一瞬の間に、燃え盛る斧が土竜の鼻頭に直撃した。


「キュウウウウウウウウウッッッッ!!!!!」


 敏感な特殊器官のある鼻頭を最高の一撃で潰された土竜は絶叫し、悶絶し、潰れた鼻が燃えていることにも気付かずに地面をゴロゴロと転げ回る。


「グォ、グォオ、グォオオオオオオッッ!!!」


 その無防備な醜態をロアは見逃さず、必殺の斧が潰れた鼻を更に潰し、念押しとばかりにもう一度振り下ろされた斧は鼻そのものを斬り落とした。


「キュ、キュイ、キュウゥゥ……」


 最も大事な部位を斬り落とされた土竜は、痛みに悶え苦しみ、抵抗することもままならずに僕たちにタコ殴りにされ、消えそうな悲鳴を上げながら穏やかに絶命した。


 《レベルが[40]に上昇しました》


 《SP,APを[20]ずつ取得しました》


 《『称号:Unique Boss Killer』を取得しました》


 称号の効果は、ユニークモンスターとの遭遇率が大きく上がり、ついでに100ずつSP,APを貰えるとのことだった。


「はぁ……これで漸く一段──」


 《ユニークボスモンスターの討伐に成功しました。ワールドアナウンスによる討伐者の公表を許可しますか?》


 え、何これ。よく分かんないけど、目立つ必要も無いし[いいえ]で。


 《ワールドアナウンスです。ユニークボスモンスター、『アボン荒野の土竜アースドラゴン』がプレイヤーによって討伐されました》


 《また、討伐者が匿名を希望したため、名前は公表されません》


 はぁ、なんか、更に疲れた。最後にこれだけやって後はさっさと帰ろう。


「『円環の理に未だ導かれぬ者よ、死を以って偽りの生を取り戻せ。蘇生擬きネクロマンス・ゾンビ』」


 レベル差もある上に、鼻も欠損している。スキルレベルは4のまま。超低確率だがやって損は無いので一応やっておいた。


「……うん、ダメみたいだね。じゃ、みんな行こ──」



 鼻のあった位置が黒く染まった土竜アースドラゴンの巨体が、むくりと起き上がった。





 ……ヤバい、超低確率引いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る