禁忌と使役

 

 眼が覚めると、そこはベッドの上。見慣れない木製の部屋の中だった。

 辺りを見渡すと、リンゴをカットしているエトナの姿がある。どうやらここは宿屋の様だ。


「……あ、起きましたか。おはようございます」


「おはよう、エトナ」


 ベッドから身を起こした僕に気付いたエトナに挨拶を返し、そのままベッドから降りた僕は、朝の日差しが差し込む窓の外側を眺めた。

 窓の向こうには、見慣れた街の風景があった。ここはファスティアだ。


「それじゃあ、色々話しましょうか」


「うん。早速だけど、僕からでいい?」


 エトナは切ったリンゴを皿に盛り、頷いた。


「まぁ、信じられないかもしれないけど……僕はこの世界の人間ではないんだ」


 僕達はプレイヤー、この世界の住人とは違う。


「……えっと、次元の旅人さん、ですか?」


 いや、あれ? もしかして、プレイヤーの存在ってNPCに認知されてる?


「…………それって、プレイヤーのことであってる?」


「あ、はい。自分のことをそう名乗る方も多いそうですね」


 これは、確定だね。


「因みに、次元の旅人っていつからいるの?」


「えっと、存在自体は昔から確認されていましたが……実際に現れ始めたのは半年ほど前からですかね。その頃から、この街に沢山の次元の旅人が現れるようになったそうです」


「……なるほどね」


 完全に僕たちプレイヤーのことで間違いないね。


「あ、でも。その半年前に現れた人たちは、一ヶ月ほどで全員どこかに姿を消してしまいました」


 半年前に現れ、一ヶ月ほどで姿を消した次元の旅人達……βベータプレイヤーか。


「それから、その三ヶ月後くらいに半年前とは比べ物にならない程の沢山の次元の旅人達が姿を現したそうです。その中には半年前の人たちの姿も有ったとか」


 なるほどね……


「じゃあ、意外と次元の旅人って言うのは有り触れた存在なんだね」


「いや、流石に有り触れてはいないと思いますけど……まぁ、数は多いかもですね。特に、このファスティアでは」


 全プレイヤーのスタート地点であるファスティアには異常なまでに人が、そしてプレイヤーが集まっている。ファスティアと言う街も、昔は大きさの割にあまり人が居なかった設定らしいが、プレイヤーが出現し始めてからこの世界の住人も集まったそうだ。活気のある場所には人が集まると言うことだろう。


「まぁ、それでね。僕がこの世界で行動できる時間は限られているんだ。次元の旅人には、そういう制約がある、残念なことにね」


「……つまり、次元の旅人さんは早死にするってことですか?」


「いや、そういう意味じゃない。僕たちは睡眠時間がとても長いんだよ。しかも、一度眠ると起こされても起きない」


「えっと……つまり、次元の旅人さんは寝坊助さんなんですね?」


 なんか、凄く頭悪そうだね。


「……まぁ、そういうことかな。因みに、僕たちはこの長い眠りのことを『ログアウト』と呼ぶんだ。普通の睡眠とは分けてね」


「ろ、ろぐあうと……なんだか頭が痛くなりますね」


 おばあちゃんかな? それとも頭が悪いのかな?


「兎に角、僕はこのログアウトの関係上、長くこの世界には居られず、同時に長い間この世界にいない時がある」


 その言葉は、エトナの顔を曇らせた。


「…………もしかして、一生会えなくなることも、あるんですか?」


 確かに、僕がこのゲームを辞めれば一生会えなくなるだろう。


「無いよ。あったとしても、僕たちのどちらかが死んだ時くらいだ」


「……信じていい、ですか?」


「勿論、僕は約束は守る男だからね」


 数秒の沈黙の後、エトナは頷いた。


「……分かりました、ネクロさん。信じます」


 良かった。従魔からの信頼がないテイマーなんてなんの価値もないからね。


「それで、僕からの話は終わりかな。取り敢えず、君の話を聞きたい」


「はい。えっと、何から話せばいいんですかね……取り敢えず、私の種族からですね。知っての通り、私は人間ではないです。今はステータスを見せる手段が無いんですが……」


 いや、僕にはその手段がある。


「僕は解析スキャンを持ってるからステータスを通常通りにしてくれたら見えるよ。今はなんか種族が人間になってるし、細工されてるみたいだけど」


「あ、それは私のスキルの影響ですね。ちょっと待ってください…………これでよし、解除しました!」


 成る程、やっぱりそういうスキルだったんだね。


「そのスキルって名前とかレベルとか、ステータスの表示を自由に弄れるの?」


「はい。あり得ないですけど、レベル1000とかの表示もできますよ」


「へぇ、便利だね。僕も欲しいな」


「うーん、これは職業スキルなので無理じゃないですかね?」


 そっか、それは残念だ。そんなことより……、


解析スキャン


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Race:影を歩く者シャッテン・ゲンガー Lv.67

Job:影の暗殺者シャドウ・アサシン Lv.23

Name:エトナ・アーベント

HP:357

MP:382

STR:412

VIT:288

INT:285

MND:345

AGI:728

SP:70


■スキル

□パッシブ

【HP自動回復:SLv.7】

【MP自動回復:SLv.7】

【気配遮断:SLv.9】

【気配察知:SLv.8】

【魔力視認:SLv.4】

……etc.


□アクティブ

【闇魔術:SLv.7】

【暗殺術:SLv.8】

【短剣術:SLv.6】

【体術:SLv.5】

【剣術:SLv.4】

……etc.


□特殊スキル

影を歩く者シャッテン・ゲンガー

影の暗殺者シャドウ・アサシン


■称号

『二つ名:影刃』


■状態

【従魔:ネクロ】

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 ……取り敢えず異常な強さだってことは分かるよ。


「どうでしたか? ネクロさん」


「あぁ、うん。滅茶苦茶な強さだね。僕がこの世界で見た中では一番だよ」


 まぁ、まだ僕はこの世界に来たばっかりなんだけどね。


「ふふん、そうでしょうそうでしょう! 師匠に鍛えてもらった甲斐があるってものですよ!」


 ……師匠?


「エトナ、師匠なんていたの?」


「はい。師匠は私の何倍も強いんですよ」


 そう語るエトナの表情は誇らしげだった。その師匠とは中々親密な関係にあるのだろう。是非とも仲良くしておきたいね。


「へぇ、その師匠にもいつか会いに行きたいね」


「勿論、構いませんよ。今でも週二くらいのペースで鍛えてもらってるので、会おうと思えばいつでも会いに行けますよ。修行以外でもちょくちょく顔を出してますしね」


 あ、まだ鍛えては貰ってるんだね。


「そっか、それは良かったよ。結構仲が良いんだね」


「はい。そもそも、私がこの街に入れたのも師匠のお陰ですから」


「師匠のお陰?」


 人の形をして街に入れば特に問題は無さそうだけどね。


「この国って、結構審査が厳しいんです。更に言うと、身分を証明する物を持っていないと審査が厳しくなるんですよ。その審査の中に魔道具による種族の検査というものがありまして……それをされると、いくらステータスを隠していても種族はバレてしまうんですよね」


 なるほどね、ステータスを弄っていても問答無用で魔物だとバレちゃうわけだね。


「じゃあ、誰かの影に潜伏して行くのも駄目なの?」


「その場合は門を通る瞬間に魔力を検知されてバレますね。体は隠せても、魔力を隠すことはできないので」


「だったら、どうやって門を通ったの? どうあがいてもバレるようにしか思えないんだけど」


 もう、僕の脳みそでは他の手段は思いつかないな。後は身分証明書の偽造くらいか。


「えっと……権力ですね」


 ……権力?


「師匠はS級冒険者って言う奴らしいです。S級以上の冒険者は連れも含めて様々な審査を免除できます。あとは行列に並ぶ必要も無いですね」


 なるほど、S級冒険者は国からの信頼も厚いんだね。流石に審査もしないのはどうかと思うけど。


「てことは、師匠って人間?」


「いや、魔物です。ていうか、ドラゴンです」


 あー、うん。


「……もう疲れたから、そこは突っ込まないでおくよ。それで、今は街の出入りができてるってことは身分証明書はもう作ったってことかな?」


「はい、家とか無いので住民票とかは無いですが、冒険者登録をしてギルドカードを作りましたよ」


 ……ギルドカード、僕も早く作らないとね。


「因みに、エトナのランクは何?」


「ふふん、私はA級冒険者ですよっ!」


 胸を張って答えるエトナ。自慢したかったのだろう。


「A級か、凄いね」


 自慢しているということは、きっと『A級』は凄いんだろう。だったら褒めてあげないとね。それも魔物使いモンスターテイマーの務めだ。


「いやいや、それ程でも無いですよ?」


 何で疑問形? もっと褒めろということかな。


「うん、凄い。エトナは最高だよ。ところで、エトナの話はこれで終わりかな?」


「……まぁ、こんなところですかね」


 何故かエトナは不服そうだ。何が気に食わないのだろうか。


「うん、ありがとね。師匠にはいつか会いに行くよ」


「はい、是非お願いします」


 さて、これで一段落かな。


 心が穏やかになった僕は自然に窓の外を眺めた。

 燃える朝日が僕に活力を与える。うん、素晴らしい朝だ。 VRMMO内でここまで完璧な朝日を創れるとはね。VRMMO内で一夜を過ごした甲斐があるというもの……いや、待てよ。


 ……もしかして、だけどさ。


「エトナ、僕って昨日の夜にあそこから運ばれてきたんだよね」


「え? はい、そうですよ?」


 ……やっぱり、そうか。つまり僕はゲーム内で一夜を過ごしてしまった訳か。

 というか、こういうのって強制ログアウト的なのってないのかな? ゲーム内で寝てしまうって色々問題がある気がするんだけど。実際僕は晩飯をすっぽかしたし。


 そして、僕は今から朝ご飯を食べに行かなきゃいけないんだけど……。


「エトナ、二度寝していい?」


「ほぇ?! もうぐっすり寝ましたよね? また寝ちゃうんですか……?」


 不安そうに首を傾げて尋ねたエトナ。

 まぁ、こんなに直ぐに寝てしまったら流石にエトナも寂しいかもしれない。


「うーん……じゃあ、二十分だけ寝ていい?」


 二十分あればパンを食べて歯を磨いて顔を洗うくらいは出来るだろう。


「二十分……ですか?」


「うん、たったの二十分だよ」


 暫く考え込むような素振りを見せたエトナだったが、結局は僕の言葉に頷いた。


「分かりました、でも、二十分だけですよ」


「勿論だよ。僕は約束は守る男なんだ」


 きちんと約束したことを僕は破ったことがない、と、思う。多分。


「じゃあ、おやすみ。エトナ」


「はい、おやすみなさい」


 宿屋のベッドの中、僕はログアウトを選択した。






 ♦︎




 体が、少し怠い。きっとVRベッドの中で寝たからだろう。

 VRベッドでの完全な睡眠は不可能だからね。


 取り敢えず朝食を摂るとしよう。

 僕の部屋のドアを開け、リビングへと向かう。


 菓子パンをキッチンにある籠から取り出し、牛乳をコップに注ぐ。

 夏だというのに設置されたままのコタツに入り、菓子パンの袋を開けた。


「あ、おはよー。お兄ちゃん」


「んぐっ……おはよう、みのる


 口の中のパンを牛乳で流し込み、僕の妹……みのるに朝の挨拶を返した。


「お兄ちゃん、昨日の晩御飯すっぽかしたよね?」


「うん。ちょっと、事情があってね」


 まさかゲーム内で気絶するとは思わなかった。それも長時間。


「もぅ……食べないなら先に言ってよね」


「ごめん。実」


 情けない話だが、僕のご飯は基本的に妹が作っている。

 親はどうしたというと、休日以外は夜遅くにしか帰ってこない母はまだしも、海外によく飛んでいる父は全くと言っていいほど帰ってこない。


 共働きの両親だが、二人とも好きで自分の仕事をしているらしく、互いに辞める気は無いそうだ。


「別に良いけど……今度からは気を付けてね」


「うん、勿論だよ」


 なんとか妹の怒りを抑え切った僕は、もぐもぐと菓子パンを食べ始めた。

 そして、妹がリビングを去ったのを確認してポケットからスマホを取り出す。


 何をするかと言えば、とりあえずは連絡の確認。何か重要な連絡があるかもしれないからね。スマホ片手に食事とは行儀が悪いが、時間がないから仕方ないのだ。




 ……一通り確認したけど、安斎からのCOOの誘い以外はないみたいだね。まぁ、残念ながら安斎の誘いは断らせてもらおう。今日はエトナの相手をしないといけないからね。


 さて、ごちそうさま。後は歯を磨いて顔を洗うだけだ。

 シャカシャカ、と音を立てて歯を磨き、バシャバシャ、と音を立てて顔を洗う。


 よし、やることは全部やったし……VRベッドに入って、ログインだ。






 ♦︎




 ログインが完了し、僕はCOOの世界に入り込んだ。


「おはよう、エトナ」


「お、意外と早かったですね。15分です」


 ……計ってたんだね。


「じゃあ、早速どこか冒険に行こうか。どこか行きたいところはある?」


「ん〜、特には無いですけど……あ、昨日のダンジョンを完全制覇します?」


 そういえば、昨日は攻略できず仕舞いだったね。


「いいね。今日の目標は『石畳の迷宮』の完全攻略にしよう」


 それに、あそこは未だ誰も制覇できていない。ダンジョンの最初の踏破者になれるのは、気分が良いことだろう。


 諸々の準備を済ませた僕たちは、石畳の迷宮に向けて出発した。






 ♢




 そこそこ長い距離を歩き、ついに『石畳の迷宮』に到着した。

 因みに、エトナは僕の影の中に潜伏している。途中までは一緒に歩いていたのだが、途中で歩くのに飽きたとか疲れたとかなんとか。


「着いたよ、エトナ」


「うふふ、分かってますよ」


 そう言うとエトナは、僕の影からヌルッと出現した。

 ……まぁ、許可はしてるんだけどさ、何となく嫌だよね。寄生されてるみたいで。


「じゃあ、行こうか」


「はい、行きましょう」


 ボロボロの木の扉を開け、切り抜かれた様な石の洞窟の中に侵入する


「まぁ、知ってるとは思うけど最初は雑魚しかいないから……僕の召喚したアンデッド達にやらせるよ。ボス部屋に着くまでは雑談でもしてようか」


 そう言って僕はスケルトンを一体ずつ召喚していく。同時に召喚することもできるのだが、そうするとMPが無駄に嵩んでしまうのだ。


「別に良いですけど……私がやった方が早いですよ?」


「いや、死霊術のスキルレベルを上げたいんだ。手は出さなくていいよ」


 僕たちが話している間にも、召喚したスケルトン達はダンジョンのスケルトン達を倒していく……敵も味方もスケルトンだからややこしいね、これ。


 敵との見分けが付かないスケルトンを召喚しながら奥へと進んでいく。エトナと話しながら歩いていると、心なしか前回よりも早く一層のボス部屋に到着した。


「あ、もう着いたね。前回よりも早かったかな」


「そうですか? それより、ボスは私がやっていいですか?」


 ……意外と戦闘狂なのかな、エトナって。


「まぁ、ボスはいいよ。ダンジョン攻略が目的だから、サクッといこう」


「本当ですか?! じゃあ早速行きますね!」


 いや、早くない? まだ僕は準備してないよ?


 だが、それを言葉に出す前にエトナはボス部屋に突っ込んで行った。


「ちょっと待って、エトナ。まだ準備してな…………凄いね」


 急いでボス部屋の中に入ると、そこには頭蓋骨を撥ね飛ばされた重装備のスケルトンの姿があった。



 《レベルが19に上昇しました》


 《SP,APを[10]ずつ取得しました》



「あ、ネクロさん! もう終わりましたよ! サクッといきましょー!」


「……うん、エトナ。戦闘開始の合図を僕が下した時以外は基本的に戦闘禁止ね。命の危険がある時とかは別だけど、止むを得ない理由がある時以外は基本禁止で」


 嬉しそうに近づいて来たエトナの顔が固まる。エトナの笑顔は少しずつ悲しげな表情に歪んでいく。


「別に、エトナを責めている訳じゃないよ。先に言ってなかった僕が悪いからね」


「すみません……」


 エトナの青い瞳に涙が滲んでいく。何かのトラウマを思い出させてしまったのかも知れない。叱ったりするのは出来るだけ控えるべきだろうか。


「大丈夫だよ、エトナ。やっちゃダメなことや、やった方がいいこと、そういうのはこれから覚えていくんだから」


 そもそも、僕が本気で叱るのは三度目からだと決めている。加えて言うなら、本気で覚えようとした上で間違えてしまったのなら叱らないつもりだ。


「……怒って無いですか?」


 ……もう一つ加えて言うなら、僕は自分の従魔に怒らないと決めている。怒るのは自分の為で、叱るのは相手の為。これを履き違えるのは主として最も愚かなことだ。


「勿論だよ。魔物使いモンスターテイマーが自分の従魔に怒りの感情を向けるのは、最も愚かなことだからね」


 それと、怒られない為に行動するっていう思考パターンを植え付けてしまうのは危険だ。恐怖から逃れる為に命令に従う魔物とその主の間に絆や信頼は無い。


「……分かりました。ネクロさん」


 頷くエトナの瞳には溢れんばかりの涙が溜まっていた。

 本当に、何が琴線に触れたのかな。そういえば前にここに来た時もエトナは泣いていた。だけど、今度はダメだ。


「それと、エトナ。泣いちゃダメだ」


 僕は涙を手で拭い、エトナを強く抱きしめた。


「そう、ですね。約束、しましたから、ね」


 僕はエトナが落ち着くまでの間、この状態で過ごした。




 ♢




「あ、またボス部屋ですね。これで何体目でしょうか?」


 エトナが落ち着きを取り戻し、探索を再開した僕たちは既に七体のフロアボスを討伐していた。


 当然、七体ものフロアボスを倒した僕のレベルは27まで上がっている。APは120、SPは210余っていたのだが、APはINTに60、MPに40、HPに20振った。SPは土魔術を取得し、SLv.5まで上げる為の150SPを消費した。SPは兎も角、APはすっからかんだ。


「これまでに七体倒してるから、八体目だね」


 因みに、エトナをテイムした影響で魔物使いモンスターテイマーのレベルが6になってた。このお陰で同時召喚数が上がったり、従魔に対するバフとかを取得したんだけど……まぁ、今は関係ないかな。従魔はどうせ一人だし、エトナは強すぎてバフなんてもはや必要無いし。


「もう七体も倒してましたか……じゃあ、開けますね」


 最初はボス部屋を見るなり単騎で突っ込んでいたエトナも、ボス部屋に侵入する際にはきちんと確認を取る様になった。成長である。


「うん、行こうか」


 重厚なドアが開き、その先にある大きめの広間の中央に立派な金属製のガーゴイルが鎮座しているのが目に入った。そのガーゴイルを七体の石製のガーゴイルが守る様に囲んでいた。


「あの真ん中の大きいのがボスかな。エトナはあいつを頼むよ」


「うふふ、私に全部任せても良いんですよ?」


 まぁ、それが一番楽なんだろうけど。


「それじゃあ僕自身の成長にはならないから。勿論、仲間の成長を一番に願ってはいるけどね」


「仕方ないですね。じゃあさっさとあのボスを片付けるとします」


 そう言ってエトナは中央の金属製ガーゴイルに突っ込んでいった。まぁ、エトナなら万が一も無いだろうし、僕は落ち着いて取り巻きを処理しようかな。


「行け、スケルトン」


 石の槍を持ったスケルトン達がエトナを狙おうとした取り巻きのガーゴイル達に突っ込んでいく。因みに、あの石槍は僕が新たに取得した土魔術で作った物だよ。


闇球ダークボール……闇槍ダークランス闇槍ダークランス闇槍ダークランス


 スケルトンが群がり身動きが取れない取り巻きのガーゴイルに向けて闇球ダークボールを放つ。ガーゴイルはなんとか身を捩って回避し、闇球ダークボールは地面に衝突し、爆発し、そこらに闇をぶち撒けた。結果、ガーゴイルの視界は一瞬だけ闇に囚われる。その隙を狙ってそこそこ火力のある闇槍ダークランスを三連続で射出した。


「ガァアアアアアッッ!!」


 怨嗟の声を上げて滅びていく取り巻きのガーゴイル。良かった、この程度の魔物なら僕の魔法でも通じるみたいだね。『称号:下克上』の影響もあるだろうけど。


闇腕ダークアーム闇槍ダークランス闇槍ダークランス闇槍ダークランス


 次に狙いを定めたガーゴイルは闇球ダークボール当てるには少し距離が遠く、簡単に回避されてしまいそうだった為、今度は闇腕ダークアームでガーゴイルの動きを完全に封じてから三連撃で倒した。このやり方は少しMP消費が多くなるけど、確実ではある。



 こうして僕は安定したやり方でガーゴイルを狩り続けた。


「エトナ、終わったよ」


「私も終わりましたよ! あ、レベルは上がりましたか?」


 どうやらエトナもボスを倒したところだったらしい。


「うん、レベルは29になったよ」


 加えて『称号:石畳の迷宮の踏破者』と『称号:ダンジョンハンター』も取得した。

 効果はAP,SP+150ずつと、ダンジョンモンスターから得られる経験値が1.5倍らしい。


「お、もうすぐ30ですね……じゃあ、行きましょうか」


「いや、もうクリアしたんじゃないの?」


 行きましょうか、と言ったエトナの姿は来た道とは真反対の壁に向けられていた。


「いえ、あそこの壁の向こうに道が続いています。その先に何があるかは知りませんけど……ね?」


 エトナは一瞬で壁を破壊し、その先にある道を確認すると、ドヤ顔で僕に振り向いた。ちょっとだけ僕はイラッとした。


「本当だね……じゃあ、行こうか」



 エトナと共に破壊された壁の奥へと進んで行く。その先には動かないゴーレムやガーゴイルが点在し、書類が散らばった研究所の様な空間に辿り着いた。


「エトナ、ここは一体……」


「うーん、私にも分かりません。ゴーレムとかの研究をしてるのは何となく分かりますけど」


 だが、この異様な空間の中でも最も異様な存在は部屋の中央に立っている少女だ。暗い橙色の髪を持ち、瞼を閉じて微動だにしない。


「……ねぇ、もしかしてだけど、あの女の子もゴーレム?」


「はい、多分その一種ですね。ホムンクルスとか言う奴じゃないでしょうか? 私も実物を見たのは初めてなので、詳しくは分かりませんけど」


「……取り敢えず、色々調べてみよう」


 僕が情報を収集の為に床に落ちている書類に手を伸ばしたその時、研究所の奥にある扉が開いた。


 扉から現れた者達は黒いローブに身を包み、フードで顔を隠し、片手に持った杖を僕らに向けていた。黒いローブの集団の奥にはフードを被っていない年老いた白髪の男が偉そうに構えている。


 何者かは知らないけど、いい雰囲気では無いことは確かだ。


「エトナ、多分敵だ」


「間違いなく敵ですね。あの人たち、殺意ビンビンですよ」


 僕らも武器を構え、いつでも戦える態勢を整えた。

 そんな僕らに白髪の男が語りかける。


「……貴様ら、どうやって蒼き獣を下した? どうやってここを見つけた? 蒼き獣は並大抵の人間が勝てる強さでは無い筈だ。それにここは只の『石畳の迷宮』として世間一般では旨味の無いダンジョンとして知られている。アレを倒せる程の強者が来る筈も無い」


 蒼き獣……一層に居たあのユニークモンスターの馬のことかな。


「青い馬のことなら普通に倒したよ。それと、ここを攻略したのは別に何の意図もないよ。ただ単純に攻略したかっただけだよ。僕は冒険者だからね」


「…………要はここを見つけたのは偶然と言うことか。到底信じられる話では無いな。大方、何処ぞの組織に頼まれて我らを滅ぼしに来たんだろうが……無駄だ。返り討ちにしてやろう」


 言い終わると男は、他の黒ローブよりも一際大きな杖を掲げて何かを詠唱した。


「……目覚めろ、エメト。滅ぼし尽くせ」


 男の言葉と同時に、部屋の中央に立っていたホムンクルスの少女の瞼が開き、綺麗な琥珀色の瞳が僕を見つめた。


「……ッ! ネクロさん、マズいですッ! あのホムンクルス、とっても強いですッ!」


 それはマズいね。エトナから見て『とっても強い』ってことは僕じゃ到底敵わないってことだ。


「エトナ、一人で勝てそう?」


「はい、恐らく勝てます。でもネクロさんを守りながらだと苦しいですね……来ますッ!」


 僕を目掛けて突っ込んで来た少女にエトナが立ちはだかる。

 少女はエトナに行く手を阻まれると、立ち止まって口を開いた。


「……申し訳ないですが、排除します」


『申し訳ないですが』……? 彼女自身の意思では僕たちを攻撃したくないってことだろうか。にしても、ゴーレムなのに自我があるなんて……ホムンクルスは凄いね。


「無駄口を叩くな。さっさと殺せ」


 白髪の言葉と同時にエメトは金属製の剣を魔法で創り出し、それを持ってエトナに斬りかかった。


「甘いですねッ!」


 だが、エトナは軽く身を捩るだけでそれを回避する。更にそこから手を地面に着くと、少女の足元から鋭い闇の刃が出現……しない。


「なるほど、地面が金属に……やりますね」


 言われて見ると、少女の足元は鉄のような金属で覆われていた。土魔術とかだろうか。


「……ッフ、当然だ。エメトには様々な戦闘パターンを記憶させている。手を地面に着いて発動する魔法など、地面を起点とするものしかない。大地の精霊の力を持つエメトに地面を起点とする攻撃など効かぬものと思え」


「だったら、これでッ!!」


 エトナの腕が漆黒に染まり、長く鋭い刃に形を変えた。


「ほぅ、貴様……人間では無かったか。化け物め」


「ッ! 貴方なんかに言われても、何とも思いません!!」


 漆黒の刃がエメトを何度も斬りつけるが、剣でなされ、隆起する地面に防がれと、ギリギリで凌がれ続けている。

 この戦闘に介入するのは厳しいね。邪魔になるだけだ。


「……だけど、強化魔法くらいなら」


 今の僕に出来るのは職業スキル【魔物使いモンスターテイマー】……通称、従魔術による強化だけだ。先ずは、速度強化。


「『我が従魔よ、我らが為に風となれ。速度強化スピードブースト』」


 エトナの体が一瞬だけ緑色に輝き、速度が僅かに上昇したように見える。


「『我が従魔よ、我らが為に剣となれ。攻撃力上昇アタックブースト』」


 エトナの体が赤く輝く。見た目では分からないが、攻撃力が僅かに上昇した筈だ。


「『我が従魔よ、我らが為に盾となれ。防御力上昇ディフェンスブースト』」


 今度は青色に輝いた。これも見た目では分からないが、文字通りの防御バフだ。


「……貴様、何やら小賢しいことをしているな? エメトのデータを取れるいい機会だと思ったが……観察は他の者に任せるとしよう」


 男は周りにいた黒いローブの者達に何かを伝えると、真っ直ぐ僕の方に歩いて来た。


「……しかし、そうか。先程の強化魔術で分かったぞ。片や強力な魔物、片や無力な人間、妙な組み合わせだとは思ったが……魔物使いだったか」


 まぁ、その強化魔術は誤差程度でしか無いけどね。


「正解、僕は魔物使いだよ」


 僕は腕を大きく開いて答えた。エトナの言葉を信じるなら、エメトには勝てる筈だ。だったら僕は時間を稼いでエトナを待つしかない。


「やはりそうか。だが、貴様に何が出来る? 同じ人間であるこの私にならば勝てるとでも思っているのか?」


「さぁね。でも、やってみなきゃ分からない……まぁ、少なくとも、土の中に篭って出てこないモグラくらいなら倒せると思うけどね」


 まぁ、僕自身は実際そこまで強くないし負けると思うけど。


「……そうか、随分と生意気な口を叩くんだな? 小僧ッ!」


 顔を真っ赤にした白髪の男が叫んだ。やっぱり歳を取ると怒りっぽくなるのかな。


「エメトッ!! さっさとその娘を殺せッ! この小僧を二人掛かりで嬲り殺してやる為になァ!!」


 その声を聞いたエメトは苦々しい表情をした後に少しだけ動きが早くなる。さっきまでは本気じゃなかったってことか? だったら、ある程度は抵抗が出来る?


「ねぇ、あの娘。完璧に支配できてる訳じゃないよね?」


「……なんだと?」


 少し顔色が元に戻っている白髪に尋ねた。


「いや、だってさ。完璧に支配できてたら最初の『滅ぼし尽くせ』で僕たちを殺しに来てた筈だよ。それも、今みたいな本気で」


 こちらを気にしているせいか、少し押され始めているエトナを見て言った。


「……今は本気で殺しに掛かっているだろうが。これが完璧な支配の証拠だ」


「いや、違う。多分、命令による強制の度合いは言葉に込められた感情の強さで決まるんじゃないかな」


 最初の『滅ぼし尽くせ』には大した感情も篭っていなかった。次の『さっさと殺せ』には多少の苛立ちが篭っていた。そして、最後の命令には強い怒りの感情が篭っていた。


「……確かにそうだ。お前の言う通りだ、小僧。エメトは極限まで人に似せ、知能を高めることで自身の判断で最良の選択を可能にしたホムンクルスだ。だが、エメトは理性を持つと同時に感情を持ってしまった。これが命令を無視しようとする原因だろう……だが、それがどうした。結局のところ命令を最後まで無視は出来ない。私の声を聞けば命令を聞く他ないのだッ!!」


「そうだね。君の声を聞けば、結局命令に背くことはできない。その通りだ」


 僕のSPは余っていた60と2レベル分の20、称号による150で230ある。そして、僕はその内の210SPを消費し、を取得した。


「……終わりだ、小僧。エメトは直にあの小娘を殺すだろう。だが、その前に貴様の腕くらいは捥いでや────」


 僕に指先を向けた白髪の声が途中で搔き消える。


「────ッ! ────────ッ!!」


 何か言ってるようだけど、僕には何も聞こえない。それはきっと、彼にとっても同じだろう。


「何言ってるか分からないね。もっと大きな声で喋ってよ、モグラさん」


「────ッ!! ────────ッ!!!」


 まぁ、声の大きさなんて関係なく音は聞こえなくなる。それが【音魔術】の取得によって得られるこのスキル、消音ミュートの正体だ。但し、音が聞こえないだけであって、魔法とかは問題なく発動する。だから、そんなにゆったりとしている暇はない。


「あー、聞こえないんだけど、何となく言ってること分かる気がするな」


「────ッ?! ────ッ! ──────ッ!!」


 まぁ、分かるわけないんだけど。


「あ、分かったよ。こう言ってるんだねッ!」


『エメト、今すぐ攻撃を停止しろッ!!』


 白髪の男はそう叫んだ。


「────ッ?! ────────ッ!?」


「ッ?! こ、攻撃を停止します」


「ど、どういうことですか?!」


 白髪、エメト、エトナ、黒ローブ達。漏れなく全員混乱している。


『どういうことだと思う?』


 僕の口から発せられたのは白髪の声だ。


「え?! ネクロさん?! ネクロさんだけど、ネクロさんじゃない?」


 なんか、頭の弱そうなこと言ってる子がいるけど、取り敢えず無視しよう。


「これが合計210SPもはたいて買った音魔術の第二の力、創音サウンドだ」


「音魔術だと……?」


 黒ローブ達から初めて言葉が聞こえる。


「文字通り、音を操る魔術だよ。まぁ、例えばこういうこともできる」


 そう言って僕がパン、と手を叩くと黒ローブ達のいる場所から耳を塞ぎたくなる程の大きさの破裂音が響いた。


「ぐぁあああッ!! 何だこれはッ!?」


「う、うるさいですッ!!」


 音の中心地にいた黒ローブ達は勿論、近くにいたエトナやエメトも耳を塞いでいる。


「まぁ、こういう魔術だよ。分かったでしょ? それと、こういうことも出来るよ」


 そう言うと、僕は意味も無く指を鳴らした。


『エメトッ! お前に対する命令権を全て破棄するッ!!』


 膝をつき、項垂れていた白髪のだらしなく空いた口から、その様子に相応しくない大声が発せられた。


「あははっ、面白いよね、これ。僕も結構気に入ったよ。主に悪戯用にね」


「ネクロさん。その悪戯の矛先、私じゃないですよね?」


 ジト目で僕を睨むエトナを無視し、エメトに向き直る。


「ということで、君は自由になった訳だけど……これからどうする?」


「どう、する……分かりません。私は命令を受けて行動したことしかありません」


 まぁ、予想はしてた。


「だったら、僕たちと一緒に来ない? まぁ多分、そこそこ楽しいよ。それに、嫌になったらいつでも言っていいから」


 僕の言葉に悩むエメト。だが、数秒間俯いて後、決心したような表情で顔を上げて口を開いた。


「ふ、巫山戯るな小僧ッ!!! 我がエメトを奪うだと?! 調子に乗るなッ!!」


 いつの間にか消音ミュートの効果が切れ、立ち直っていた白髪が指先を僕に突きつけた。


「エメトの手など借りずとも、私の手でお前を殺してやるッ!!」


 白髪から詠唱と共に放たれる風の刃。三つに分かれたそれは、鋭く、速い。


「……エトナ」


「はいッ!!」


 射出された銃弾のような勢いで飛び出したエトナは、僕の目では追えない速度で風の刃に迫り、その腕を漆黒の刃に変えて打ち消した。


「ば、馬鹿なッ!? 幾ら何でも速すぎるッ!!」


 確かに、エメトと戦っている時もここまでの速度は無かった。もしかすると、ホムンクルスの少女に同情し、無意識に手加減していたのかも知れない。


「さよならです」


 表情を驚愕に染めた白髪の首を、無慈悲な黒刃が刈り取った。


「……グロ注意だね、これは」


 仮想世界と分かっていても、結構えげつない光景だった。現実なら確実に吐いてる自信がある。


「エトナ、こいつ等って逮捕できるのかな?」


「え? はい。ホムンクルスの創造は禁忌なので、重罪ですね。この資料の山を証拠に捕まえられると思いますよ」


 ……だったら、あの白髪殺さなくて良かったのに。


 無意味な後悔が胸に募るが、それを振り払い心を出来るだけ無に近づけた。


「おっけー、だったらそいつ等は捕まえて国に突き出そう」


「了解です、ネクロさん」


 エトナは僕に微笑みかけた後、黒ローブ達に振り向いた。


「抵抗したら躊躇なく殺すので、よろしくお願いします」


 右腕が刃になったまま言うエトナに怖気付いたのか、黒ローブ達は顔を青く染めて何度も頷いた。


「よし、こいつ等はこれで一件落着かな。それで、エメト。どうするの?」


「……はい、着いていきます。私のやりたいことが、見つかるまで」


 その答えに、僕は思わず笑みがこぼした。


「良かった。それじゃあ契約しようか」


「……契約ですか?」


 首を傾げるエメトに僕は頷いた。


「うん、契約だ。僕は魔物使いモンスターテイマーだからね。勿論、契約の内容は話し合って決めるから、安心して欲しい」


 エトナと交わした親愛の契約ファミリア・コントラクトのような契約は結構特殊なタイプで、契約内容を決められないが、普通の契約は細かに契約内容を決めることが出来る。


「いえ、そうではなくて……私は既に所有者が居るので、新たに契約はできないと思います」


 ……まじ?


「それってもしかして、あいつら?」


「はい、ここの者達は全員、私の所有者として登録されています。命令権は先程放棄されたのでありませんが、所有者としての登録は解消されていません」


 それなら、話が早いね。


「ねぇ、君たち。登録の解消、出来るよね?」


 僕は微笑んで問いかけた。しかし、彼らは青い顔をしてブルブルと震えて居る。


「……もしかして、出来ない?」


「は、はい。我々のリーダーであるクラジェア様なら可能でしたが、もう、既にお亡くなりに……」


 そう言って黒ローブの一人が指差した先には、首から上がない男の姿があった。


 あいつ、やっぱり殺さない方が良かったじゃん……良かったじゃん……ッ!


「そっか、分かったよ。……あれ、これって、君たちを殺せばいける奴?」


 天才的閃きに思わず自分の手を叩くが、それを止める声が一つ。


「お、お待ちくださいッ! そのようなことをせずとも、魔物使いモンスターテイマーは名前を書き換えることで契約を上書きする術があったはずですッ!!」


 契約を上書き……あ、これか。


「『新生の契約ネーミング・コントラクト』」


「そう、それですッ! 多分!」


 必死に頷く黒ローブを見て、確信を持つ。


「じゃあ、契約内容を決めようか」


「はい、お願いします」


 お願いします……?


「取り敢えず、契約の更新は月に一回、生殺与奪に関わる命令の禁止とかでいいかな?」


「はい、問題ありません」


 ……まぁ、いいけどさ。


「あとは性的な命令の禁止とか、契約期間を過ぎても続くような命令の禁止とか」


「はい、問題ありません」


「うーん、僕はこのくらいしか思いつかないけど、他にあるかな?」


「いえ、特にありません」


 いや、いいんだけど、いいんだけどさぁ……。


「……そんな雑に決めていいの? まぁ、僕は別にいいんだけど……じゃあ、早速始めようか」


 そうして僕が詠唱を見直し始めた時。


「ネクロさん」


 と、邪魔が入った。


「どうした。エトナ?」


「名前はどうするんですか?」


 ……考えてなかった。


「エメト、だから……メトとかでいいかな」


 あんまり大きく変えるのも違和感あるし。


 完璧だ、と思いエメト達の表情を伺うと、すごく微妙な表情をしていた。


「ネクロさん……雑です……雑ネクロさんです……」


 ……雑ネクロって何だよ。

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