テイムとフロアボス

 

 数時間後、僕は南のダンジョン『石畳の迷宮』に辿り着いた。めっちゃ歩いた。


「はぁ……あんまり戦ってないのに疲れたよ」


 そういえば、このダンジョンはまだクリアされていないらしい。

 僕はここまで来るのが面倒な上に報酬もそんなに美味しくないらしいから攻略されていないんじゃないかな、と予想している。



 準備が完了した僕は山の麓にあるダンジョン、石畳の迷宮に僕は足を踏み入れた。


 ボロボロの木の扉を開いて中に入ると、切り抜かれた石の洞窟が僕を出迎えた。少し奥に骸骨が歩いているのが見える。ここはアンデッドが多いダンジョンなのかもしれない。


 あ、戦闘の前にステータスを割り振ろうかな。


 今手元にあるAPは200、SPは240だ。

 考えた結果、AGIに40、VITに10、MNDに10、HPに30、MPに60、INTに50振った。

 SPはHP,MP自動回復をLv.3まで上げ、残りで闇魔術をレベル3にした。

 残りの90SPは温存しておく。


 逃走用のAGIともしもの時の耐久力を上げ、残りを魔法攻撃用に振った感じだ。


「よし、じゃあ行こうか」


 周囲を確認して、暗い洞窟の奥を徘徊するスケルトンにナイフを投げ付けた。

 ナイフは頭蓋骨を貫き破壊した。結果、スケルトンはカタカタと崩れ落ちた。


 なるほど、結構弱いっぽいね。


 雑魚敵の戦力分析を終えた僕はナイフを回収し、先へ進む。




 スケルトンを瞬殺しながら暫く進むと、何やら物々しい感じの扉を発見した。恐らく一層のボス部屋だろう。


 戦闘に備え、死霊術でスケルトンを五体呼び出しておく。


 こんな寂れたダンジョンの一層のボスだ。そこまで強くは無いだろう。流石に死霊術で召喚したスケルトンだけで倒せることはないだろうけど。


「良し、じゃあ行くよ。スケルトン達」


 MPが回復した僕が少し重いドアを開けると、そこには、半身が青い筋肉質な肉体で、半身が深い青色の氷で出来た大きめの馬が佇んでいた。控えめに言っても強そうな馬の後ろには、下へと続く階段があった。


 馬と目が合う、と同時に解析スキャンする。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 氷結の蒼馬フローズン・ブルーホース (Nameless) Lv.43 *Unique


 《閲覧権限がありません》


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 え、なにこいつLv.43って何? しかもユニークモンスター? 絶対勝てないじゃん。

 なんでこんな寂れたダンジョンの一層フロアボスがユニーク化してたかは知らないけど、このダンジョンの踏破者が出ないのはこいつが原因だろうね。


「みんな、逃げるよ。こいつは勝てない」


 そう言ってドアを開けようとする、が。


「開かない……?」


 正直、予想はしていた。

 ボス部屋の入り口はボスを倒すまで開かない。ありがちな設定だ。


 焦る僕に追い打ちをかける様に氷馬がヒヒィンと嘶いた。

 すると、地下への階段の前に大きな氷壁が出現した。


 ……入り口、出口、共に閉鎖。脱出は不可能だ。


 となると、後はこの氷馬と戦うしかない、か。


「みんな、戦うよ。徹底抗戦だ」


 レベル差28の絶望ボスバトルが今、幕を開けた。



 覚悟を決めた僕の雰囲気を悟ったのか、氷馬がニタリと嗤った。

 そのムカつく馬面を今すぐにぶっ飛ばしてやりたい、だけど我慢だ。


「全員、突撃だ」


 取り敢えず、相手の攻撃方法を見たい。

 場合によっては無効化できる手段があるかもしれないし、そうでなくても何かしらの弱点が分かるかもしれない。

 自分より強い相手に勝つには、先ず相手をよく知ることだ。



 スケルトン達が氷馬に突撃して行く。死霊術のスキルレベルが低い僕は、召喚したスケルトン達に簡単な武器を持たせることもできない。要するに無手での突撃だ。


 スケルトンの突撃を見た氷馬は嗤い、そして嘶いた。

 すると、氷馬の周囲に三つの魔法陣が浮かび、そこから氷の槍が射出された。

 射出された槍は突撃するスケルトン達を貫き、砕き、破壊した。


 五体いたスケルトンのうち、三体が死んだ。


 その死を悼む暇もなく、三つの魔法陣が再度展開され、同じように三本の氷槍が射出された。そのうちの二本はスケルトンに、一本は僕に向かっている。


 魔法陣の発生から攻撃を予期していた僕は簡単に回避したが、碌な知能も与えられていないスケルトン達は避けることができなかった。つまり、二体とも死亡した。


 これが、こいつのメインの戦い方なのだろうか。

 考えている間にも魔法陣が展開される。射出された氷槍を三つ回避する。


 氷馬が嘶く。魔法陣が展開される。氷槍が射出される。


 一、二、三、とステップを踏んで回避する。

 氷槍の避け方も何となく分かってきた。だけど、これはきっと様子見だ。僕には相手のレベルが分かるが、相手には僕のレベルは見えていないだろう。つまり、相手は僕を警戒してこの行動を取っている。若しくは遊んでいるだけかもしれないが。


 また氷槍が襲い来る。数は同じく三つだ。様子見にしても氷槍を三つしか出せないのは確定と見て良いだろう。


「一、二、三……闇槍ダークランス


 攻撃を回避し、新しく覚えた魔法をぶっ放す。名前通り、闇球ダークボールの槍版みたいなものだ。コストは闇球ダークボールよりも高いが、威力も当然上だ。


 発生した闇の槍を見た氷馬が嘶くと氷壁が現れ、闇槍ダークランスを防いだ。

 闇槍ダークランスは氷壁にヒビを作って消えていった。


 防がれたことは残念だけど……防ぐ価値のある攻撃ではあったってことかな。

 つまり、あれを当て続ければいつかはあの馬を倒せるかもしれない。


闇槍ダークランス


 槍を回避し、槍を放つ。


 槍と槍の攻防、氷と闇が散る戦場。持久戦のようになってきたこの状況に僕は少しの希望を見出していたのだったが……その希望は淡く散った。


 もう何度目かも分からない闇槍ダークランスを氷槍で相殺した馬が嗤った。嗤って、そして、僕に突撃した。


闇腕ダークアームッ!!!」


 闇の腕が馬の影から無数に生え出て、馬の足を掴んだ。

 簡単に千切られた闇腕ダークアーム達だったが、猛スピードから一瞬動きを止められた氷馬は完全にバランスを崩し、そのまま転倒した。


闇槍ダークランスッ! 闇槍ダークランスッ! 闇槍ダークランスッ!」


 僕は半狂乱になって闇槍ダークランスを乱射した……氷壁に。


 一発だけでは軽くヒビを入れるだけだが……三発あれば崩壊寸前までなら持っていける。

 三発の槍が直撃し、崩れそうになった氷壁に思い切りナイフを突き立てる。


 バリィッ! と音を立てて崩壊する氷壁の奥へと走り、階段を降りようとして……絶望した。



 地下へと続く階段、その地下から氷で創られた騎士が列を成して登ってきたのだ。


 階段から跳び退き、氷馬の方を振り返った。

 そこには今までで最大のニヤケ面をした馬と、その両脇に控えた二体の氷騎士の姿があった。つまり、地下から現れた氷騎士もこのクソ馬が召喚したということだろう。


 階段を登りきった氷騎士達が僕を包囲する。氷馬はただそれを眺めている。



 打開する手段は…………無い。



 きっと、僕は頑張った方だろう。


 迫り来る氷騎士、嗤う氷馬、枯渇した魔力。

 そして、遂に……氷騎士の剣が僕の脳天に振り下ろされた。




「────させません」



 瞬間、氷騎士の剣は吹き飛び、続けて首も弾け飛んだ。

 思わず声の方に振り向いた僕の視界には、理解しがたい光景が広がっていた。


 僕の影から黒いナニカが上半身を突き出していたのだ。


 それは人型で、その身体は漆黒に染まっていた。そして、右腕は大きな鎌のような形状になっている。完全に人外だが、僕には分かった。彼女は……エトナだ。


「ありがとう、エトナ」


「…………なんで、分かったんですか?」


 呆然と尋ねるエトナの右腕は大鎌からただの腕に戻っていた。


「君の声……それと、色だよ」


「色……ですか?」


「うん、色だよ。君があの熊を倒した時の手と、同じ色だ」


 あの時、エトナの手は真っ黒に染まっていた。深い闇のような漆黒だった。


「…………ネクロ、さん。私……」


「ストップだよ、エトナ。取り敢えずはあの馬だ」


 きっと、エトナは見られたくなかったのだろう。この姿を。


 ……まぁ、当然かもしれないね。全身真っ黒で右腕を大鎌のような異形に変えられる……人外、化物だ。そんな恐ろしい姿を見られることを、エトナは恐れていたのだろう。


「そう、ですね。あの馬を、やりましょう」


 エトナは僕の影の中から完全に這い出ると、もう一度右腕を大鎌に変形させた。

 そして、完全に怯えきっている氷馬へと凄まじい速度で迫り、大鎌を振り下ろした。氷壁がエトナの前に現れたが、それは障害になることは無く簡単に切り裂かれ、馬の顔面に凄惨な傷跡が刻まれた。


「ヒヒィイイインッ!!!」


 氷馬が震える足で壁際へと後退りし、大声で泣き叫んだ。


「……もう、遅いです」


 エトナの右腕の大鎌は、無抵抗の氷馬の首を残酷にも切り飛ばした。



 《レベルが[18]に上昇しました》


 《SP、APを[30]ずつ取得しました》


 《『称号:Unique Killer』を取得しました》



 脳内に、無機質な音声が響いた。そこまでレベルが上がらなかったのは戦闘貢献度が低いとかそんな理由だろう。なんにしても、素直に喜べないレベルアップだ。


「……ネクロ、さん」


 震えた声でエトナが僕に語りかける。


「私が……怖い、ですよね」


「いや、別に?」


 これは本当のことだ。正直、驚きはした。だが、恐怖はない。

 ゲーム内でこれ以上の異形を何度も見てきたからだ。


「……でもッ! 私はネクロさん達とは違う……魔物、なんです」


「知ってるよ」


 全身真っ黒の体を変形させられる人間なんてどこにもいないだろう……多分。


「……そもそも、僕は魔物使いモンスターテイマーなんだ。そんな僕が、真っ黒なだけの君を怖がる訳がない」


 まぁ、怖く無いのはゲーム内だからだけどね。


「そ、そんなの嘘に決まってますッ!」


「嘘じゃないよ。僕は君が怖くない」


 これは、本当だ。


「だったら……だったらッ! 貴方を、試してあげます」


 え、何? 戦闘だったら勝ち目ないんだけど。


「まぁ、直接戦闘じゃなければ大体何でもいいよ」


「安心してください……貴方を試すのは『恐怖』です」


 恐怖? バッドステータスの一種だろうか。


「…………後悔しても、遅いですから」


 エトナが叫んだ瞬間、エトナの真っ黒な体……その顔に当たる部分が蠢き始め、それから直ぐに人の姿の時と同じような青い瞳が二つだけ現れた。

 その青い瞳に思わず僕が注視すると、ぞわぞわと悪寒が僕を襲った。

 その感覚は時間が経つ毎に増していき、常に大きな不安を感じ続けるような恐怖と、ブルブルと体を震え上がらせる様な寒気となって僕の精神を揺さぶり続けた。


 ーー膝を突き、恐怖に負けて叫びたい。


 ーーこの部屋を飛び出して、この寒気ごと全てを吐き出してしまいたい。


 正直、こんなリアルな恐怖や寒気を再現できる現代のVR技術には開いた口が塞がらない。この感覚が幻想のものだと分かっていても抑えきれない。

 だけど、僕はそんな感情を抑え切って折れかけた膝を真っ直ぐと伸ばした。

 そして、この恐怖の元凶であると思われる青い瞳にしっかりと目を合わせた。


「……ッ! まだ、まだですッ! 私は、魔物だからッ!」


 形成された青い瞳から何一つ人と変わらない、透明の涙を流した。

 それと同時に、更に深い恐怖が僕へと伸し掛かった。だけど、進んだ。

 まるで実体を持った様に重い重圧となったその恐怖も、エトナの元へと向かう僕の足を止める理由にはならなかった。


「なんで、なんでッ! なんで止まらないのッ?! なんで……なんでッ!!」


「教えてあげるよ。エトナ」


 激しい頭痛と吐き気、意識が朦朧とする。


「僕が、君を仲間にするって決めたからだ」


 二重三重にブレる視界の中で、可能な限りエトナを中心に定める。


「……そんなの…………嘘、ですよ」


「嘘じゃないよ、エトナ。魔物使いモンスターテイマーには自分の従魔を管理する責任がある。だから、エトナ。泣いてる仲間がいるなんて、僕のプライドが許さないんだ」


 もう、エトナは手の届く距離にいる。


「だから、泣かないで」


 エトナの漆黒の体を強く、優しく、抱きしめた。


「……ネクロ、さん。分かりました」


 エトナが頷くと同時に、漆黒の肉体は徐々に色を取り戻していく。

 やがて、エトナは魔獣の森ビースト・ウッズで出会った頃と同じ、澄んだ黒い髪に深い蒼の目を持った少女の姿を取り戻した。


「……もう、泣きません。私は、一人じゃないから」


 そう決意を口にした少女の顔には、綺麗な笑みが浮かんでいた。


「…………契約しよう、エトナ」


 深い沈黙を打ち破って僕は提案した。


「契約しましょう、ネクロさん」


 了承を得た僕は、一つ頷いてエトナの手を握った。


「『我は汝が魂を認め、汝は我が魂を認める』」


 エトナの手を通じてエトナの魔力が伝わってくる。

 それと同時に僕の体から魔力が抜けていくことにも気付いた。


「『我等は永きを共に生きる友であり、汝は親愛なる従者である』」


 少しづつ、エトナの存在が近づいてくるのを感じる。


「『故に契約せよ。我を守る盾となり、敵を貫く矛となることを』」


 エトナの息を呑む音が聞こえる。


「『親愛の契約ファミリア・コントラクト』」


 瞬間、握られたエトナの手に魔力が迸り、その手の甲には青く光る紋章が刻まれた。

 それを確認した僕は、疲労、頭痛、吐き気……様々な理由から気絶した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る