ボス狩り

 翌朝、トーストを頂いた僕は歯を磨き、顔を洗って速攻でVRベッドに入ろうとしていた。

 その時、僕のスマホから音が鳴った。メールだ。


『安斎:なぁ、買ってくれよぉ……』


 まだ言ってたのかこいつは、と溜息を吐きかけたが僕は思い出した。

 そういえばCOOを買ったんだった。


『黒羽:もう買ったよ、COO』


 黒羽、と言うのは僕の名前だ。フルネームは黒羽くろはね まこと


『安斎:マジで?! え、今からできる? やろうぜ』


『黒羽:いいよ、丁度今やろうとしてたところだし』


『安斎:やったぜ。お前、ファスティアにいるよな?』


『黒羽:最初の街のことなら多分そうだよ』


『安斎:おっけ、じゃあ中央の噴水で待ち合わせな』


『黒羽:分かったよ』


『安斎:プレイヤーネームはチープな』


『黒羽:お似合いだね、僕はネクロだよ』


『安斎:おう、覚悟しとけ』



 メールを終了した僕はスマホを机の上に放り投げ、VRベッドにダイブして電源を起動した。準備完了を知らせる機械音声を確認した僕はすかさず唱えた。


「I refuse reality」






 ♦︎




 COOの世界に入り込んだ僕は早速待ち合わせの場所へと向かった。


 噴水の周りにいる人物を片っ端から解析スキャンしていく。

 五人目くらいでチープという名前のプレイヤーを一人発見した。


「おはよう、チープ」


「お、ネクロか。遅刻だぞ」


 時間なんて決めて無かっただろ。


「……それで、今日はどうするの?」


「取り敢えず初心者たるお前のレベル上げだな。お前、ジョブはなんだ?」


 ジョブ、職業のことだ。


魔物使いモンスターテイマーだよ、今のところ仲間はいないけどね」


 それを聞いたチープは無駄にイケメンに作り込んである顔を歪めた。


「う、うわぁ……完全に地雷職じゃねぇか」


「地雷職……弱いの?」


「まぁ、弱いな。それにモンスターを仲間にする難易度が高すぎる」


 んー、レベル差があるとできないとかだろうか。


「そんなに難易度が高いの?」


「高い。まずテイムの成功条件だが、相手がテイムされることを認めることだ」


 え、そうなんだ。確率だと思ってたよ。


「当然だが、モンスターは何も無しにテイムを認めることは無い。つまり、瀕死まで痛めつけて半強制的に認めさせる必要がある。だけど、テイマーってのは本体の能力は基本的に高くないんだよ。だから瀕死に追い込むことすら厳しい。更に、瀕死に追い込んだところでそのモンスターがプライドが高いやつならテイムはされないよな。もう一つ言っとくと、友好度が低いと命令が効きづらくなる。だが、基本的にテイマーとモンスターの友好度は低い。当たり前だよな、瀕死になるまでボコボコにされた奴の言うことなんて聞きたい奴は居ない……っとまぁ、そんなところだな。まぁ、こんなことは言いたくないが、キャラリセするのもアリだと思うぜ」


 ……絶望も絶望だね。でも、諦めるつもりはないかな。


「これでも、育成ゲームは結構やり込んでる方なんだ。確かに、このゲームは今まで僕がプレイした中で最高難易度かもしれないけど…………まぁ、僕が諦める理由にはならないかな」


「……そうか、お前がそう言うんなら構わねえけどな」


 そう言って街門に向かって歩き出したチープだったが、途中で振り向き、再度僕に話しかけてきた。


「なぁ、お前。もしかしてだけどこのゲーム買った理由って……」


「勿論、テイマーがあるからだよ」


 自信満々に僕は告げた。


「……盲点だったな。ジョブ紹介くらいしとくべきだったか」


 トボトボと歩き出したチープを追って、僕は街の外を目指した。






 ♢




 辿り着いた場所は湿原だった。

 ぷよぷよしたスライムが元気に跳ね回っているのが見える。


「へぇ、こっち側はスライムが出るんだね」


「こっち側って……お前どこでやってたんだ?」


「えっと、魔獣の森ビースト・ウッズだったかな。角兎とか出るところだよ」


 僕がそう告げると、チープは無駄に整わせた顔を歪ませて言った。


「そこ、初心者が行く場所じゃないぞ……よく死ななかったな」


「運が良かったんだよ」


 実際、茂みに隠れながら移動していたとはいえ魔獣が跋扈する森の中で偶然見つからないとは限らないしね。


「そういうもんかぁ? ていうか、チュートリアルで最初はネン湿原を勧められるハズなんだけどな。無視したのか?」


 チュートリアル。


「いや、僕は飛ばしちゃったんだよね。チュートリアル」


「……マジかよ。もしかしてお前、冒険者登録もしてない?」


「うん」


 数秒の沈黙が流れる。


「うん、じゃねーよ……お前、ギルドカード持ってないのかよ……」


「もしかして、持ってないとヤバい?」


「もしかしなくてもヤバいわ。お前街から出るのにも苦労しただろ」


 ……物凄く苦労したよ。


「つ、通行許可証貰ったから……」


「それの効果、3日で切れるからな。毎回毎回、通行許可証を貰うのも面倒臭いだろ? それに、冒険者ギルドは結構便利だぞ。悪いこと言わねえから登録しとけ」


 ……うん、これは素直に登録した方がいいね。


「そうだね、後で登録しとくよ」


「それが良いぜ。じゃあ、取り敢えず……ステータス見せてくれ」


 僕は自分のステータスをウィンドウにして表示させた。チープには勿論閲覧許可を出してある。


「へー、レベル6か。意外と進んでるな。誰も使役してないのは痛いが」


「そうだね。でもまぁ、テイマーとして成長の余地があるってことだよ」


「それはレベルもだけどな。俺とのレベル差は36あるぞ」


 つまり、さらっと自慢してきたチープのレベルは42ってことだね。


「御託はいいから早くレベル上げをしようよ」


「はいはい、分かったよ。つってもあのスライム達を殺戮するだけだけどな」


 まぁ、そうだろうね。


「それで、一定数のスライムを倒したらボスみたいなやつが出てくるんだよ。なんか……まぁ、でっかいスライムな。そいつは俺がある程度弱らせるからお前はトドメを刺せ」


「ありがたいけど……いいの? そういうの」


 正直、養殖とかは好きじゃないんだけどなぁ……まぁ、ここまで着いてきたし、今更断るのも申し訳ないから今回だけは頼もうかな。だけど、出来るだけ自分の力で戦いたいね。


「ん? 別にいいんだよ。COOは序盤はソロだとキツイからな」


 言われてみれば、確かにそんな気はする。角兎ホーンラビットとか大猪ビッグボアとかね。


「じゃ、始め……る前にフレンド登録とパーティを組むぞ」


 あー、そういうのあるんだね。MMOだとありがちな奴かな。


「分かったよ、どうすればいいの……あ、これを了承するだけでいいの?」


 どうすればいいか尋ねようとした瞬間、目の前にフレンド登録の許可を求めるウィンドウが出現したので了承しておく、続いてパーティ登録も許可しておいた。


「よし、完璧だな。それじゃあ狩りまくるぞ」


 そう言うとチープは長めの双剣を鞘から取り出してスライムに向かって駆けていった。


「それじゃあ、僕も行こうかな」


 僕はチープとは違う方向に進むことにした。





 ぷよぷよとしたスライムが目の前で跳ねている。あれを枕にして寝たら気持ち良さそうだ。明らかに敵対心が無いスライムに刃を突き立てるには躊躇があるが、下手な情は不要だろう。そもそも、僕は既に兎だって殺したんだ。


 ……よし、殺ろう。


 無防備に跳ね回る水色の不定形にナイフを振り下ろす。

 ナイフは簡単にめり込み、一瞬でスライムは真っ二つになった。


「え、こんなに弱いの?」


「おう、スライムはめっちゃ弱いぞ。勿論、経験値は少ないけどな」


 突然背後から現れたチープ曰く、スライムは弱い代わりに魔力の溜まり場から簡単に発生し、魔力を餌に繁殖するらしいので絶滅することはほぼありえないらしい。


「なるほどね」


 言葉を返しながらナイフを振り下ろす。


 一つ、二つ、三つ……脳死でスライムを殺戮して行く。

 20分も経つ頃には百体以上は倒していた。




「おい、来たぞネクロッ!!! ナイフを構えろ!」


 突然チープが叫び出したのを聞いてそちらを見ると、青い巨大なスライムがチープに向かって突撃していた。


「ネクロッ! まだ手を出すなよッ! 自分の身だけ警戒しとけ!!」


「了解だよ、チープ」


 チープが華麗に巨大スライムの攻撃を避け、剣戟をスライムにお見舞いするのをただ僕は眺めていた。暇なのでそこら辺のスライムを狩りながら見守っていると、突如魔力が巨大スライムに集まり始め、巨大スライムの体が青から深い紫に染まった。


 明らかに強化が入ったようだが、それを見たチープは嬉しそうに笑った。


「よっしゃ、HP三分の一切ったぜッ! 双千斬そうせんざんッ!!」


 双千斬、スキル名を叫んだチープの体からは青いオーラが迸り、目にも留まらぬ速さで双剣をスライムに斬りつけ始めた。


 その光景を静かに眺めていると、チープが突然こっちを向いて叫んだ。


「ネクロ、あいつに魔法を撃ち続けろ!」


 現在レベル8の僕はMPもそこそこ増えて十発までなら撃てるようになっている。

 まだAPは殆ど振っていないが、そろそろ振るべきだろうか。


闇球ダークボール闇球ダークボール闇球ダークボール……」


 文字通り連打したが、十発撃ち込んでも死ななかった。なので、巨大スライムに近付いてナイフで斬りつける。少し危険だけど、待ってるのは得意じゃないんだ。


「おい、危ねえぞネクロ!」


「大丈夫、これは訓練でもあるしね」


 いつまでも自分より弱いものと戦っているだけでは成長しない。だから、強い敵とギリギリの状況で戦うんだ。それで戦闘スキルが磨かれることを願ってね。


「んー、あんまり強くないね。正直もうちょっと強いのを期待してたんだけど……期待外れかな。レベル8の僕に翻弄されてる時点で恥じるべきだよね」


「……いや、スライム相手に何言ってんだお前」


 テイマーには魔物と意思疎通を交わす能力がある。要するにこれは挑発だ。余りにも安い挑発だし、スライム相手に挑発が効くかは知らないが、まあやるだけ得だから試しておいて良いだろう。


「ピキ、ピキキ。(何だ、お前)」


 あ、完全に僕がロックオンされた。


「挑発、効いたみたいだよチープ。やっぱり、スライムって頭も弱いんだね」


「ピ、ピキイイイイイイイイイイイ!!!(こ、殺すうううううううう!!!)」


 ……なんか、さらにキレてるんだけど。まぁ、結果オーライってことで。


 さっきよりも動きが早く、だが直線的で荒くもなった突進が僕を襲う。だけど、動きが単調になった巨大スライムの動きは簡単に読むことができた。


 スッ、と簡単に突進を躱す。

 うん、これで避けながら斬りつけることもできるようになったね。


 ……よし、闇球ダークボール一発分の魔力が溜まった、どーん!


 紫色の球体が紫色のスライムにぶつかって爆ぜる。

 スライムが怯んだ隙にナイフで何度も表面を斬り刻む。

 効いているようには見えないけどダメージは確かに通っているらしい。


「ピ、ピキ、ピキイイイイ……」


 あ、マズい死んじゃう、テイムしないと。

 そう思い指先を巨大スライムに向けた。


「僕の仲間になる気はある? あるなら助けてあげるけど」


 魔力が溜まった僕はその指先に紫色の球体を発生させた。


「ピ、ピキ、ピキィ……ピキィ!(お、お前に、従うくらいなら……死ぬ!)」


「そっか、残念」


 指先に発生させた闇球ダークボールを射出し、巨大スライムを絶命させた。


 ……やっぱり、テイマーの道は厳しそうだ。


 悟ったような気持ちになっていると、脳内にいつもの無機質な声が響いた。レベルアップだ。


 《レベルが[15]に上昇しました》


 《SP、APを[70]ずつ取得しました》


 《『称号:ネン湿原の踏破者』を取得しました》


 《『称号:スライム狩り』を取得しました》


 お、7レベルも上がったね。そろそろSPもAPも振らないと溜まっていくばっかりだ。余裕があるとも言えるかもしれないけど。

 取り敢えず、称号を確認しよう。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『称号:ネン湿原の踏破者』

 ネン湿原を踏破した者に与えられる称号。

 [称号獲得時にSP、APを100ずつ取得する]


『称号:スライム狩り』

 スライムを一定数狩ったものに与えられる称号。

 [スライムに与えるダメージが20%増加する]


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 スライム狩りは正直あんまりいらないかな。でも、踏破の報酬は異常に美味いね。これは、どんどん攻略を進めていけと言う運営の意思なのかな。


「お、俺も1レベ上がったわ。ネクロは?」


「7レベ上がって、15レベルになったよ」


「そっかそっか、意外と上がったみたいで何よりだわ」


 満足気に頷くチープ。


「そういえば、お前はこの辺の地理は分かってんのか?」


 地理、か。苦手なんだよねぇ。


「うん、苦手かな」


「……すまん、何言ってるのか分からんが、どうせ知らんだろ。と言うわけでこの俺が直々に説明してやる」


「無駄に偉そうだね」


「うるさい。説明するぞ。……まず、ファスティアから西に真っ直ぐ行くとネン湿原、つまりここだ。ここは見ての通りスライムくらいしか出ない上に、相当狩ってなきゃボスも出現しないから正に初心者向け、ゲームを開始して真っ先に来るフィールドなんだ。チュートリアルでも言われるようにな」


 ごめん、僕そのチュートリアル受けてないんだよね。


「次に、北に行くと黒樫ダークオークの森。ネン湿原よりは難易度が上がり、ゴブリンやコボルトが偶にいる。レベル1だと厳しいだろうが、まだ集団で襲って来るほどの群れが存在して居ないだけマシだ。ネン湿原の次に来るべき場所だろうな」


 なるほど、二番目のフィールドってことね。


「そして、東に行くと魔獣の森ビースト・ウッズ。お前が何故か最初に行ったところだな」


 いや、何故かって言われてもね。


「ここは知っての通り難易度が高い。レベル1でここに来れば99%は死ぬ。お前は残りの1%だったみたいだけどな」


 100人に1人って意外といるね。


「……なんかアホなこと考えてそうだから訂正しておくが、100人に1人が運が良ければ生還できるってところだな。倒すまで行くのは1%どころか小数点以下だ」


 思考を読まれた上にアホ呼ばわりされたんだけど。


「じゃあ、話すぞ。この森は北の黒樫ダークオークの森と繋がっている。だから、偶にうっかり北から流れて来てポックリ逝く奴が居る。基本的にそんな事故でもなければ入らないのが魔獣の森ビースト・ウッズだ。名前の通り、この森は魔獣で溢れている。角兎ホーンラビット大猪ビッグボア、運が悪ければ暗黒熊ダークネス・ベアー、もっと悪ければエリアボスだ。まだ未確認だけどな」


 エリアボス、さっきの大きいスライムみたいなのか。


「この森の何が一番厄介かって、角兎ホーンラビットだ。他の厄介な敵と戦っている間にあのクソウサギに奇襲される。茂みから突然出て来てこんにちはだ。角が見えた時には死んでると思った方が良い。大体その時にはもう刺さってるからな」


 確かに、エトナも結構危なかったよね。


「そして、最後が南の荒野……アボン荒野だ」


 アボン荒野、初耳だ。


「ここは俺も一回しか行ったことがないが、高レベルのゴブリンに群れで襲われ、空からは鳥が強襲し、地面からでかいミミズみたいなのが出てくる。一番最悪なのが蠍だ。3mくらいの蠍が襲ってくる。しかもあいつら物理面でも強いくせに土魔法も使ってくる。あそこだけは無理だ」


 うん、話を聞くだけでも行きたくなくなるね。


「……それでチープ、これからどうするの?」


「ん? あー、特に考えてなかったな」


 チープは考え込んだ後、ニヤケ顔で僕に提案した。


「千層ダンジョンにでも行くか?」


「何? 千層ダンジョンって」


「エノルロンド王国にあるダンジョンだよ。地下深くまで伸びてるらしいけど未だに最下層まで到達した者がいないもんで千層ダンジョンって名付けられたらしい」


 へぇ、王国の中にダンジョンがあるんだ。すごいね。


「今は何層まで到達してるの?」


「確か128層だったかな? 先代の勇者が挑戦した結果らしい」


 最高で128層か、絶対千層も無いと思うんだけど。


「へぇ、すごいね。それで、そこに行くの?」


「いや、冗談のつもりだったんだけどな。難易度がめちゃくちゃ高いから俺とかお前が行ける場所じゃない」


 なんだ、行かないのか。レベルが50くらいになったら行ってみようかな。


「そうだな……ファスティアの南の方にあるダンジョンにでも行くか?」


「いいね、ダンジョン。一度は行ってみたいところだよ」


 僕は千層ダンジョンに行く気満々だったんだけどね。

 と、出発する準備をしようとしたあたりでチープの動きが固まる。

 そのままギギギ、と音が立ちそうなほどぎこちない動きで僕を見ると、こう言った。


「…………すまん、クラン長に呼ばれたから落ちなきゃいけねぇ」


 申し訳無さそうに言うチープを少し揶揄いたくなったが、グッと堪えた。


「いや、別にいいよ。元々いつまでやるだなんて予定は無かったしね」


「ありがてぇ……じゃあ、またな」


 走り去るチープに手を振って別れを告げた。


「さて、じゃあ南のダンジョン、行こうかな」


 ファスティアの南にあるというダンジョンを目指して、僕は歩き出した。

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