第134話 敵の秘密研究所に突入します!

とある場所の地下研究所。


「時間超越転送装置29号、稼働開始」

そのエルフがスイッチを押すと、装置は音もなく動き始め、そして――

ブンッ

一瞬空間が揺らぎ、そこに先程までは無かった小さな何かが現れた。


「む? 今回のは随分と小さいな。我は一体何を送ってきたのだ?」

怪訝そうな顔をしたエルフは、一緒に現れた冊子をパラパラとめくり、


「そうか、そういう事か! うむ、流石我よな。確かにこれこそが今我が最も必要としている物。もし聖樹が『魔力横領装置11号』の存在に気付いたのだとしたら、いずれ我の存在にも気付くやもしれん。そうなれば我への魔力供給の停止も有りうるであろう。それにしてもこれ程までに小型化出来るとは、一体どのような構造に・・・いやそれは今考えるべき事ではない。まずは急ぎ送信部の取り付けに――」


そこでエルフは動きを止め、考え始める。

「だが待て、聖樹の代わりとなる魔力供給源、か・・・」


そのまま暫く悩み、そして何かを思い付いた彼はパンと手を打って顔を上げた。

「おぉ、そうだったそうだった。そもそも我は聖樹の前にダンジョンコアからダンジョンの魔力を得ようとしていたのであったな。よし、そうと決まれば早速以前行ったあのダンジョン――む、何と言う名だったか――おお思い出した」


そしてエルフは魔道具とその他雑多なものをボックスに詰め込み、

「いざ行かん、フィラストダンジョンへ!」

フィラストダンジョンへと転移していったのである。




フォウに操化身アバターを渡してからは暫くのんびりと過ごし、夏休みもそろそろ中盤。

まあその間にもちょっとした出来事が幾つかあったんだけどね。

「さあてと、あの主人公ヒーローの物語も一巻から全部再読し終わったし、そろそろ何か・・・ん、通信? 誰だろ」

突然の通信具のコール、掛けてきたのは――

「はい、どうしましたモリスさん」

久し振りのモリスさん。

『やあカルア君、今いいかい?』

「はい、家でゴロゴロしてたので大丈夫です」

『そっか、それじゃあ――』


そして部屋の中に感じる魔力反応。


「カルア君・・・来ちゃった」

「はい、こんにちはモリスさん」

「あははは、もう普通に転移を感知されちゃってるなぁ。まったく、脅かしがいのない弟子だよ君は」


すみません、それもう慣れちゃいました。


「いやあしかし今日も暑いねえ。もう毎日が夏真っ盛りって感じだよ。といっても君の『冷却』魔法のお陰で今年の夏は快適に過ごしているんだけどね。去年までは部屋を冷やすのに『氷』魔法を使ってたからさ、室温の調節とか溶けた水の処理とか湿度対策とか・・・色々面倒だったんだよねえ」


ああそっか、確かにそうかも。

去年の僕は自分の家を『氷』魔法で冷やすなんて夢のまた夢だったから、そんな事考えもしなかったなあ。


「それが今年は凄い事になってるからねえ」

「えっ、凄い事ですか?」

「そうさ。ミカ君のところで試験的に作り始めた室温調整具が大ヒットしててね。ロベリー式で魔石に属性付与してるからまだ競合はいないし、口コミで注文が殺到してるんだよ」


確かにみんな欲しがりそう。夜とか暑いと寝苦しいし。


「まあまだテスト機みたいなものだから改善点も多いし効率とかもイマイチなんだけど、それでも欲しがる人は多くてね。特にお金を持ってる人は『改善されたら買い直せばいいだけ』って考えてるからさ、そういう層に売れまくってるんだよ。結構な高値を付けてるけどねぇ・・・。ああそうそう、君にもマージンが入るようになってるからね。ところでこの部屋も快適な室温だけど、カルア君はどんな感じで室温調整してるの?」


ふふー、うちのはちょっと自信作ですよモリスさん。


「この家は防犯用にって外壁に沿って界壁を展開する結界を付与してるんです。あ、でも普通に出入り出来るように、扉と窓は鍵と連動して展開する別の結界にしてあるんですけどね。それで、戦闘スーツの温度調整と同じように、結界の内側の気温を調整しながら空気を循環する付与を結界に追加したんですよ」

「はは、既に完成形がここにあったか・・・まあ半分覚悟はしてたけどさ。あっそうだ、今度ロベリー君とミカ君を連れてくるから、この家の付与を見せてあげてくれるかい。でね、それはともかくとしてここからが本題なんだけどさ、今日僕が来たのはね・・・」


はは、僕が答える前に次の話に移っちゃったよ。別に拒否するつもりはないけど。


「この間の聖樹に取り付けられてたっていう魔道具、あれの解析が終わったんだ。それでね、あの魔道具が取り込んだ魔力の送り先が判明したんだよ」




・・・ビックリ。

思った以上に凄い話だった。


「場所はここ。フタツメの向こうの山を二つ越えたあたりだから、馬車だと1週間くらいかかるかなぁ」

モリスさんが地図を広げながら説明してくれた。

このあたり・・・近くにちょうどいい転移スポットがないから、自力で行くしかなさそうかな。


「だったら僕の船で行きましょうか」

「カルア君の船・・・ってピノ君と海を渡ったっていう、あの『船』?」

「ええ。あれだったら山だって越えられるし」

「・・・そう言えばあれ、空も飛べちゃう『船より凄い何か』だったねぇ」




街の外に出て船を取り出して、

「ここが入り口です。どうぞ」

モリスさんと一緒に船の中へ。


「へぇ、これが船の中かぁ。外観も『これのどこが船!?』って感じだったけど、中もやっぱり裏切らないねえ」

あたりをキョロキョロ見回すモリスさん。

とりあえず目立たないように、船に『隠蔽』を発動して、と。

「じゃあ動かしますね」


垂直上昇っ!


「おおーーーー・・・浮いた浮いた、ははっ、これは凄い、またこれも国とかにバレたら凄い危険だよカルア君!!」

「ええーー、でも多分これミレアさんとロベリーさんだったら同じの作れますよ?」

「あ・・・ああぁそうかぁ、何だかこの調子で守らなきゃいけない対象がどんどん増えていきそうな・・・はは、誰か僕の事を守ってくれる人、いないかなぁ・・・」


暫くくたっとなってたモリスさんだけど、

「まっそれは今考えても仕方ないか。後で校長やオートカも巻き込んで一緒に考えよっと。さて、じゃあいよいよ出発だけど・・・カルア君、今日のところは現地の確認だけだよ。安全第一で行くからね」

「了解です」

「うん、じゃあ、しゅっぱぁーーつ!!」

「はい、・・・発進!」


そう言えばこの船、まだ名前付けてなかったなぁ。

そうだ、今度ピノさんと一緒に考えよっと・・・




「ははは、中々快適な空の旅じゃないか」

「あれ? そう言えばいつも水面とか地面から少し浮くくらいの移動ばかりだったから、こうして完全に『空を飛ぶ』って初めてな気がする」

「そうなのかい? ああ、じゃあ君がずっと『船』って言い張ってたのって、それが原因って事なのかな」

「そうかも」


そんな会話をしながらも『船』は進む。

「ねえカルア君、そろそろあれやってみせてくれよ。ほら、床とか壁の『透明化』」

「いいですよ」

コンソールを操作して、

「ポチっとな」


「おおーーーっ、凄い凄い! まさに360度スクリーンって奴だ! ちょっと足元の不安感がハンパ無いけど――ヒュッってなるけど――でもこれ爽快だねえ」


天井・壁・床をすべて透明にしたから、僕たちの回りにはコンソールと操縦席、それに後ろのテーブルセットしか無いように見える。

もちろん『隠蔽』が掛けてあるから、外からはそれらも全部見えないんだけどね。




そんな感じで飛び続け、目的地に到着したのはお昼頃。

「んーー、この辺りのはずなんだけどなあ」

サンドイッチをモグモグしながら、モリスさんが眼下を眺める。

「それっぽい建物とか見えないですねえ」

僕はピノさんが握ってくれたおにぎり。


空いてる方の手でコンソールを操作して俯瞰レーダーを表示。

「地面の下まで範囲指定して、『建造物』っと・・・あ、これかな?」

目の前に浮かぶスクリーンに表示されたのは、地面の下に広がる四角い建造物。

それを目の前の景色と重ね合わせ、そのあたりをモリスさんとふたりで探して探して・・・


「あっあそこ。ほら見てごらんよ、木と木の隙間に煙突みたいな何かが見えないかい?」

モリスさんが何か見つけたみたい。ええっと、あのあたりかな・・・

「・・・あ、見えました。でも近くに着陸できそうな場所がないなぁ」


ちょっと悩んでると、

「そんなの簡単だよ。『船』を収納しちゃってさ、僕達は落っこちる前に地面付近に転移すればいいじゃない」

「ああ! なるほど!!」

流石モリスさん。言われてみれば簡単な事なんだけど、言われるまで全然思い付かなかったよ。


「じゃあカルア君、目標から少し離れたあのあたり、あそこが転移先ね。君が船を『収納』したら、僕が君を連れて転移するから」

「はいっ」

「よし、じゃあ『船』を収納して」

「はいっ『収納』」


一瞬の浮遊感、そして、

シュンッ

次の瞬間、森を見下ろしていた目の前の景色は、森の中のそれへと変化した。

「よし、着地成功だね」



さっき見つけた煙突っぽい何か。それがあったところに向けて歩き出す。

「カルア君、君の得意な可動結界を張って隠蔽も掛けておこうか」

言われた通りふたり用くらいのサイズの結界を展開して隠蔽。

「相変わらず大したものだねぇ。僕も一応出来なくはないんだけど、これ移動させるのに結構な集中力が必要になるんだよね。こんなに自然体で座標を変化させられるとか・・・もう意味分かんないや」


「うーん、戦闘スーツとか撲撲ボコボコ棒とか、それに木馬とか船とか・・・あちこちで『ベクトル』を使ってたから」

すっかり使い慣れちゃったんだ・・・便利だし。



そんな話をしながら進んでいくと、

「あった、これだね」

すぐ向こうに扉のついた細い何か建っているのが見えた。

「細長い・・・小屋?」

「んーー、上から見た時は煙突っぽく見えたし、出入り口兼通気口ってところかなぁ。それよりこれ、かなり強力な結界が張ってあるよ」

「あ、ホントだ。でもこの結界・・・何か、変?」


どことなく校長先生の結界に似てるけど、ちょっと感じが違うような・・・

あれ? でもこれってどこかで・・・


「あれぇ、さっきから解析しようとしてるけど・・・何だろう、受け付けてくれないなぁ」

「ううん・・・これと似た結界、どこかで見たような・・・」

「そうなのかい? よぉしカルア君、いつどこで見たのかよーく思い出してみよう。何かヒントに繋がるかも」


んーーー、結構最近だったような気がするんだよなぁ。

だとすると夏休みに入ってから?

夏休みに行った所っていうと、ドワーフの里と・・・あっ!

「思い出した! エルフの森の結界だ!」

そうだ、『入場許可証』が無いと通れない、あの森の結界。

ちょっと雰囲気が違うけど、どことなくあの結界と似た感じがするんだ。


僕の声にモリスさんはちょっと考え、

「だったらここはラーバル君の出番かな。よし、じゃあ早速ラーバル君に訊いてみよう・・・ああそうだ、次はもう『転移』で跳んでこれるんだし、通信で説明するよりも直接話して連れてきちゃう方が早いかな」


そう言ってモリスさんは通信具を取り出し、

「いやぁラーバル君、今何処? ・・・うんちょっと話したい事があって。ああよかった、じゃあ――」

シュンッ


「来ちゃった」

「ぶうわぁあうっ!?」

ガタガタガタッ・・・ガタンッ!!


突然現れた僕たちを見て、椅子ごとひっくり返る校長先生。

あ、これ楽しいかも。

そっか、モリスさんが僕に求めてたのってこのリアクションだったんだ・・・

いや、やらないけどね。




「まったく心臓に悪い・・・エルフの最期がビックリ死とか笑えなさすぎる」

ブツブツと愚痴を溢しながら椅子を起こして座り直す校長先生。

「それでモリスさん、それにカルア君も今日は一体どうしました?」

見た目は平静だけど、いつもだったらニコやかにソファに場所を移してくれるから、きっと内心は怒ってるんだろうなぁ。


一方のモリスさんはいたずらが想像以上に成功したのがよほど嬉しかったみたいで、物凄いニコニコ顔。

「うん、実はね・・・聖樹の魔力を横取りしていた犯人の居場所を突き止めた」

ガタガタガタッ・・・ガタンッ!!

「なっ、何ですってーーーーっ!?」


勢いよく跳ね上がりそうになってバランスを崩し、さっきとまったく同じ動きで椅子ごと引っくり返った校長先生。

僕達の視界からは消えたけど、その叫びは部屋中に響き渡り――

そしてモリスさんはますます笑顔になった・・・あーあ。




今度は椅子も直さずモリスさんに詰め寄った校長先生。

その校長先生に催促されるがまま、僕達はさっきの場所へと戻ってきた。

「ふむ、あれがその建物ですか・・・確かにあの結界、カルア君の言う通り森の結界に似ている・・・」


「そうなんだよ、もう僕にもお手上げでさ・・・どうだいラーバル君。あの結界、君だったら何とか出来るかい?」

「ちょっと待ってください・・・うん、これだったら・・・ああでも感知される恐れがあるから強制解除するという訳には・・・だったら許可証と同じパターンの魔力を流してあげれば・・・よし、小さな歪みが出来た」


暫く集中していた校長先生だったけど、やがて建物から目を離し、穏やかな笑顔でこちらを向いた。

「お? もしかして上手く行きそう?」

「ええ、今からあの扉の向こうに転移します」

「おおっ、流石はラーバル君だ。じゃあよろしく頼むよ」

「はいっ、では行きます」

シュンッ

そして僕達は校長先生の転移によって建物の中へ。


「え? ・・・あれ? ・・・ラーバル君? カルア君?」

ただひとり、モリスさんをその場に残して・・・




「もう、僕ひとりだけ置いてくなんてひどいじゃないかラーバル君!」

「いえ、扉の向こうには3人で入れる程の広さがなかったので」


校長先生の言う通り、扉の向こうは小さな家の玄関くらいの広さしかなった。

そこに転移するとすぐ、校長先生は建物の中全体を把握して誰もいないのを確認してから、その場に僕を残して階段を降りて行った。

それから僕と一緒にモリスさんの元へと戻り、今度こそこうして3人一緒に階段下の部屋へと転移してきたのだから、言ってる事に間違いはないんだけど・・・


でも入口前で待機してただけの僕をわざわざ連れてったってのは、やっぱりさっきのモリスさんへの仕返し、なんだろうなぁ。


「さて、先程も言いましたが、中には誰もいないようです。それにどうやら防犯装置らしきものも無いようですので、今のうちに中の調査を行いましょう」

「うん、今回そこまで踏み込むつもりはなかったけど、誰もいないのなら好都合ってやつだよ。徹底的に家捜し――おっと、調査をしようじゃないか」


今僕たちがいるここは、多分生活するためだけの部屋かな。

ベッドとかテーブル、それと小さなキッチンしかない。

「先程の空間把握で、この向こうに大きな部屋があるのが視えました」

そう言って校長先生が扉を開けると、その向こうには様々な器具やよく分からない何かの部品みたいなものが乱雑に並んだ部屋が。

そう、これはまるで――

「「「研究室、か・・・」」」


「いいですか、ここにあるものには絶対に触らないで下さい。もし戻ってきた犯人が我々が侵入していた事に気付いたら、この研究所を破棄して姿を隠す恐れもありますからね」


僕達は足元に気を付けながら部屋の中を見て回る。

「うーん、一番気になるのは部屋の中央にあるこの魔道具っぽい何かだけど・・・見た感じ、転送装置っぽいかなぁ」

「ええ、私もそう感じました。あ、ちょっと待ってください・・・これは!」

「お? 何か分かったのかい?」

「ええ。恐らく前回稼働した際の魔力の残滓だと思いますが、これは時空間魔法の・・・やはり何かを転送、というか遠隔地から取り寄せた? だがこれは空間だけでなく・・・」


話の途中で考え込む校長先生。でもすぐに顔を上げて、

「今は時間がない。考えるのは後にして調査を進めましょう」

部屋の調査を再開した。



お? このテーブルには何か資料みたいなのが――

「ええっ、これって!?」

うそ・・・だってこれ・・・まさか・・・


「どうしましたカルア君?」

「何かイイモノ見つけたのかい?」

「これ、なんですけど・・・」

近寄ってきた校長先生とモリスさんに、ちょっと震える指でテーブルのそれを指差すと、ふたりはそれに視線を移し表情を強張らせた。

そこに書かれていたのは・・・



◇◇◇

半流体型人造兵士 Typeテーセン

取扱マニュアル

第1版

◇◇◇

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