第130話 連峰の黒い悪魔を殲滅したら…
海に出て6日めの午後。
「ああっピノさん!
ついにその時がやってきた。
「ようやく海を渡ったって事ね。んー長かったぁ!」
いやそうでもない。もし普通の船だったら、風に恵まれたとしてもこの10倍以上の日数が掛かっていただろうから。
「そうですね。もう少しスピードが出せるようにしようかな」
つくづく常識の通じないふたりである。
「さあ、私の夏休みは明日で終わりだし、急いで上陸しよ」
「はいっ! ・・・そうか、ピノさんとの冒険も明日が最後なんだ」
「そうね・・・って、しんみりするのは終わってからにして、今日と明日、目一杯楽しもう!」
「そうですねっ!」
船が陸地に近付くにつれ、徐々に海岸の様子が見えてきた。
ふたりは砂浜や港があって人里があるのを想像していたが、目に入る海岸は見渡す限り断崖絶壁。どこにも上陸出来そうな所はない。
「これはまた凄い景色ね」
岸壁はまさに壁、それも遥か見上げる程の高さである。
「じゃあ崖の上に移動しますね」
だがカルアは特に気にする事無く操舵、船は岩壁に沿って垂直に移動を始めた。
まるでワイヤーの無いエレベーターのように。
途中巣作りをしていた
「うーん、見える範囲に町や村は無さそうかな。どうしようかカルア君」
崖の上は一面岩場と草原でかなり先まで見通せるが、見える範囲には何処にも建物らしきものが無い。
「そうですね・・・出来るとしたら、『とりあえず方向だけ決めて進む』『俯瞰で広い範囲を探る』『高度を上げて空から見下ろす』くらいかな」
「なかなか悩ましい3択ね」
とりあえず進むというのはピノの嗜好に合っているが、あまり時間が無い今としてはちょっと選択しづらい。
かといって俯瞰というのは先に答えを聞いてしまうみたいでドキドキ感が薄れるし。
とすると若干グレー気味ではあるが、
「高い所から見下ろしてみようか。船の高度を『ゆっくり』上げてくれる?」
最小範囲での情報収集に留めるのがベター。
ゆっくりと高度を上げる船の中で、ピノとカルアは目を凝らして人工物を探し始めた。
やがて――
「あ、右の方に村っぽいのがあるよ」
「こっちにも何か・・・左の方に城壁っぽいのが」
お互いがお互いの見つけたものを確認し、
「右に行くと村、左に行くと都市、ってところかな」
「そうですね。どっちに行きましょうか」
「「うーーん・・・」」
ふたりで方針を考える。
「都市の方に行きたいけど、結構大きな都市みたいだから入口で色々訊かれる可能性があるのよね。海を越えてきたなんて答えられないし」
「冒険者です、って答えるのは?」
「海を越えたこの辺りでも私達と同じ冒険者制度があるのかな? それにあったとしても同じカードを使ってるのかも・・・逆に怪しまれちゃったり?」
「そっかあ・・・あ、じゃあ最初に村に行って情報収集するってのは?」
「それよ! カルア君天才!!」
カルアの操舵で船は地上へと戻り、そのまま村に向かって陸路を進み始めた。
――いい加減『船』と呼ぶのが辛くなってきた。
「誰かに見られて『家が動いてる!』とか騒がれたりしないかな?」
「大丈夫です、さっき船の『隠蔽』を起動させておいたから」
「ふふっ、『隠蔽』まで・・・ホントやりたい放題なんだから」
しばらく進むと、左側に村へと続く街道らしきものが見えてきた。
「あれはきっと村と街を結んでいる道ね」
「ですね。それなりにしっかりした道みたいだから、人の行き来は結構多いのかな?」
「もしかしたらあの村は農業が盛んなのかもね」
「ああなるほど。フタツメの街とノルトの農園みたいな関係か」
更に進むとその推測が正しい事が分かった。
村を中心に広大な穀物畑や野菜畑が広がっていたのだ。
海岸からここまで草原を通ってきたが、ここから先は一面畑。
街道を通るか空中を行くしかないだろう。
という事で一旦街道に出たカルアだったが、
「あらら、道、塞いじゃいますね」
街道は馬車がすれ違える程の広さがあったが、船は小さな家程の大きさがあるため道幅いっぱいを使ってしまう。
「じゃあ船での移動はここまでにして、あとは歩いて行こうか」
上陸して陸路を進み海が見えない辺りまで来たふたりは、ようやくここで船を下りた。
「あれ? 涼しい?」
「ホントだ。ずっと南に進んできたのにどうしてだろう」
「ですよね。イズミさんの島はもっと暑かったのに」
あたりは少し肌寒さを感じる程度の気温で、まるで春か秋のようだ。
「遠く離れると季節も違うのかなあ」
「そうかもね。でも涼しくて気持ちいい風。歩くのにちょうどいいかも」
「そうですね。じゃあ行きましょうか」
船を収納してふたりは村へと歩き始めた。
始めはのんびりと。変わらない景色に飽き始めると徐々に足早に。
そして、
「着いたぁ」
最終的には馬の駆け足よりも速い速度で歩き、程なく村へと到着した。
畑で農作業を行っていた村人から驚きの視線を浴びながら。
「あれ、あんた達見ない顔だね。姉弟かい? それとも随分可愛い若夫婦かい?」
村に入ったふたりは、共同井戸で野菜を洗っているおばちゃん達の目に留まったようだ。
「こんにちはー、私達はふたりであちこち旅をしてるんですよ」
「ほう、そうかいそうかい。この村は見て珍しい物は無いけど野菜が自慢なんだ。一年中色々な野菜を作ってるんだよ」
「うわぁ、野菜大好きです! 村の周りの畑も凄く立派ですよね」
ズキュゥゥゥーーーン!!
おばちゃん達の様子にヒトツメの奥様方を思い出したカルアは柔らかい笑みを浮かべ、良質な食材の予感にピノは極上の笑顔で食いついた。
ふたりのその様子はおばちゃん達のハートを直撃!
この大陸の初めての村の訪問は、好感度MAXから始まったのである。
「ほらほら、こっちも食べてごらん」
「わっ、凄く瑞々しい」
「だろ? それを一晩漬け込んだのがこれさね」
「ええっ、生なのに凄く味が締まって、それに食感も」
そうして始まった漬け物の大試食会。
これまで食べてきた塩漬けや酢漬けとは違う、ギュッと詰まった旨味とポリポリ楽しい食感に、ふたりは夢中になって食べ続けた。
「ほら、漬け物にはやっぱりご飯さね。採れたばかりの新米だから美味しいよー」
「ホントだ。漬け物の塩気とご飯の甘みがベストマッチ!」
「はっはっは、そうだろうそうだろう。この米は餅や菓子によく使われる品種だけど、漬け物にはよく合うんだよ」
「うん、すっごく美味しいや。でもお米がお菓子になるんですか?」
「ああ。甘い菓子やしょっぱい菓子があるから後で出してやるよ」
「こっちはナスの漬け物だ。口の中でキュッキュしてちょっと面白いよ」
「変わり種と言えばこの長芋もいけるよ」
「あたしゃやっぱり大根かねえ」
「こいつは子メロンさね。摘果した果物なんかも漬け物に出来るんだ」
食べてばかりでは申し訳ないとピノも色々一品料理を並べ、井戸端は
「これはお嬢ちゃんの故郷の料理かい? こいつはまた変わった味付けだねえ」
「ああ、初めての味だけど旨いねえ。こんな料理上手なお嬢ちゃんと一緒なんて、あんたは幸せもんだねえ」
「はいっ、ピノさんのご飯はいつもすっごく美味しいです」
「もうっ、カルア君ったら」
おばちゃん達の言う『一緒』を『一緒に旅をする』と受け取ったふたりだが、そんな訳はない。
この受け答えで、おばちゃん達はピノとカルアの関係を夫婦と断定した。
「はっはっは。何だったらこの村に住み着いちまったらどうだい? 毎日ここの野菜を食べてたら子供だってすぐに出来るさね」
「「んぶふうっ!!」」
一部満更誤解とも言えない誤解を孕みながらも楽しい時間が流れる井戸端。
だがその時、そのおばちゃん達を絶望の淵に追いやる出来事が発生する。
「たっ大変だぁ!! 山の向こうから黒い悪魔が!!」
ピノ達が入ってきたのと反対側の入口から、一人の村人が血相を変えて飛び込んで来たのだ。
「「「「「なっ!?」」」」」
飛び込んで来た男が指さす方向を見るや、その場にへたり込むおばちゃん達。
「なんてこった・・・」
「はは、終わりだ」
「あたし達も、村も街も、全て・・・」
「ああ・・・今度は何人死ぬんだろうね」
「うう、あああぁぁぁ・・・」
突然の変化についていけないピノとカルア。
「あ、あの・・・大丈夫ですか? それに、何があったんですか?」
訳が分からないが、何か大変な事が起こったらしい事だけは分かる。
心配になっておばちゃんのひとりに問いかけた。
「ああすまないね。驚かしちまったようだ」
おばちゃんはカルアに力なく応え、
「あそこに連なる山の上だ。黒くなってるのが見えるかい?」
と、遠くの山を指さした。
その指さす先に目を凝らすと、確かに遠くの山々の上に黒く大きな雲のようなものがかかっているのが見える。
「あの黒いのはね、全部
「あの、魔法とかで倒せないんですか?」
「数が多すぎるんだよ。一匹一匹は簡単に踏みつぶせるくらい弱い虫なんだけどね」
「そうなんですか」
ふたりは顔を見合わせ、
「これカルア君案件、だよね?」
「はい。それも割と簡単な」
「じゃあ、サクッとやっちゃおっか」
そして、
「あの、安心してください。今から僕がちょっと行って全滅させてきますから」
「え? あんた何を――」
「じゃあ行ってきます」
シュンッ
「え? 消えた?」
さっきまでそこにいたふたりは、おばちゃん達の目の前から姿を消した。
「一体何なんだい・・・」
横から他のおばちゃんが声を上げる。
「『全滅させてくる』って言ってたけど、そんな事――」
「いやでも嘘を吐くような子には見えなかったよ」
「だけどさ・・・」
そうしておばちゃん達は遠くの空一面に広がる黒いもやに目をやり、
「あんなの、ひとの手でどうにか出来るもんじゃないだろう」
一様に諦めきった表情のまま、そう呟いた。
「うわ、近くで見るとまた一段と凄いね」
「ええ。バッタってこんな沢山いるんですね」
「ホントにね。しかもこれが全部魔物だなんて」
村の畑の端まで転移してきたふたりは、そのあまりの数の多さに驚いていた。
その先頭集団はもうすぐここまで到達しそうである。
「じゃあカルア君、お願いね」
「はいっ、まずは群れ全体を『把握』・・・うわっ広い! 魔力循環最大、
前回暴走寸前になってしまった反省を踏まえ、今回は『全開』ではなく制御できる『最大』までじわじわと循環を高める。
そして――
「横幅があるから奥行きが出せないな。遠くからどんどん飛んで来てて一度に全部は無理そうだし、範囲に入ってきた群れから順に指定して――『スティール』っ」
カルアの目の前にキラキラした砂塵のような魔石が現れ、空一面に広がった蝗はゆっくりと地に落ちてゆく。
魔石を収納しているうちに次の群れが範囲内一杯に広がり、
「『スティール』。これはちょっと持久戦になりそうかな」
「カルア君頑張って。・・・カッコいい」
それから約2時間後。
「これで最後かな? 奥にはもういないみたいです」
「お疲れ様カルア君。後は死骸の後始末だけね」
辺りは大量の蝗の死骸が層のようになっている。
「どうしましょうか」
「そうね、全部焼いちゃいましょう。延焼に気を付けながらね」
すべての死骸を一旦収納、大きな結界を展開してから半分ほどその中へと取り出し、
「『乾燥』。よし、じゃあピノさんお願いします」
「じゃあ行くわね。『火球』」
ピノの放った火球は結界を通り抜け、中の蝗に着弾。
カラカラに乾いた蝗は一瞬で燃え上がった。
ここまで火力が上がれば、残りの蝗は乾燥させずとも次々放り込んでいくだけで燃え尽きてゆく。
多少火力が落ちたところで、カルアが『加熱』すればすぐまた燃え上がる。
程なく全ての蝗は燃え尽きた。
「この燃えカス、どうしましょうか」
「もしかしたら肥料になるかも。持って帰って村で訊いてみましょう」
「じゃあさっきの所に戻りましょうか。『転移』」
井戸端では、おばちゃん達が遠くの空を見上げていた。
「黒いのは全部消えちまった。はは、助かった・・・のかい?」
「その後立ち昇った白い煙も消えたみたいだよ」
「何が起きたんだろうね」
「やっぱりさっきのふたりがやってくれた、って事なんだろうかね」
「ピノちゃんとカルアかい。でもあんなのどうやったら――」
とそこへ、
シュンッ
「戻りましたー」
「全部やっつけてきましたよー」
噂のふたりが戻ってきた。
「あんた達っ!!」
「あの蝗を全部倒したのかい!?」
「一体どうやって!?」
「そんな事よりほら礼が先だよ! ありがとう!! 本当にありがとう!!」
「ああ! あんたたちはあたしたちの、いや、この国の大恩人だよ!!」
「「「「「本当にありがとうっ!!!!」」」」」
たちまちおばちゃん達に囲まれるふたり。
そして緊急事態により村に帰ってきていた他の村人達にも。
「ありがとうな!」
「本当に助かった!!」
「よし、ふたりの恩人を胴上げだぁ―-っ」
「いや、あの、ちょっ」
「「「「「おおっ!!」」」」」
村人達の手で何度も宙を舞うピノとカルア。
善意からの行動なのは分かっているので、ふたりとも村人達のなすがままだ。
ピノはスカートを必死で押さえているが。
やがて熱狂はある程度収まり、ピノとカルアは無事地面に降り立つ事が出来た。
「それでコレ、さっきの蝗の燃えカスなんです。肥料とかに使えるかと思って持って来たんですけど、いります?」
カルアは結界に入ったままの蝗の燃えカスを取り出し、村人の前に置いた。
既に『冷却』してあるため、火傷の心配などは無い。
「ふむ、後で街の農業ギルドに確認させよう」
そう言って一歩前に出たのは、
「「「「「村長!」」」」」
「誰か、肥料用の袋を用意するんじゃ。数が足りなければ穀物用のでもいいぞ」
村人が集まった袋に燃えカスを移し替える中、村長は、
「ワシがこの村の村長じゃ。この度は本当にお世話になった。あらためて礼を言う」
と、深々と頭を下げた。
「この村はの、数年から数10年に一度、あの連なる山から大量発生する蝗の魔物に作物を食い荒らされとるんじゃ。その度に何人もの餓死者が出ての・・・。この村は近隣の街の食糧庫でもあるから、そちらでも食糧が不足して大変な事になるんじゃよ」
「そうだったんですか」
「ああ。大量発生はどうやっても防ぐ事が出来んから、何とか備蓄と周辺地域からの援助で耐え忍んでいるんじゃが、どうやっても限界はある。じゃから今回お二方のお力添えはまさに神の奇跡とでも言うべき幸運じゃった」
村長からのこの上ない賛辞にふたりは頭から湯気が出る程照れ、だが一方で心配もある。
なのでカルアは口を開く。
「あの――」
「ピノさん、休みはあと一日あるんですよね? もう帰っちゃっていいんですか?」
お礼にと珍しい野菜や果物を大量に貰い、村人総出で見送られながら村を出て街道を歩くふたり。
「いいのよ。多分これ、明日になったら――ううん、早ければ今日中に領主から迎えの馬車が着いて、そこからまたお礼とかパーティとか士官の話とか、とにかく大変な事になっちゃうだろうから。それに領主の娘とカルア君の婚約話とかも」
「ええっ、そんなの困りますよー」
「でしょ? だからこれでいいの。明日はまた王都でデートでもしましょうか」
そんな事を話しながらふたりはその場から転移、ヒトツメの街へと帰っていった。
こうしてふたりの冒険は幕を閉じたのである。
翌日、村長は領主の屋敷で事の顛末を説明していた。
「ふむ、すると偶々旅の途中で村に立ち寄ったという男女二人組が、今回現れた全ての蝗を殲滅し、村と食料を守ってくれたという訳なのだな?」
「はい、領主さまの仰る通りです」
「そしてその後、その蝗の魔石を原料に作成した巨大な結界具を村に設置し、旅立って行ったと」
「はい。その方の仰るには、その結界は展開すれば村の周りの全ての畑を1か月ほど守る力があると。しかも周囲の魔力を少しずつ充填して1年ほどでまた使えるようになるとの事でした」
「むぅ、信じられん性能だ。そのような結界は国宝にも存在していないだろう。しかも村へ向かった御者は道中そのふたり組とすれ違っていない。ならばふたりは一体どこへ・・・まさか本当に神の遣いとでもいうのか」
「神の・・・そういえばおふたりを最初に見た農作業中の村人が、人間ではあり得ない速度で村に向かって歩くおふたりの姿を目撃したとか。それにおふたり空中から取り出した食べ物は、これまで食べた事のない美味しさだったとも聞いております」
しばし言葉の絶える領主と村長。
「それでそのふたり、名を何と申した?」
「はい、男性はカルア、女性はピノと呼び合っていたとの事です」
「カルアとピノ、いやカルア様とピノ様か・・・よし決めた。今日からそのほうの村は『カルピノ村』と名付けよう。そしてこの街と村にお遣い様おふたりの像を建て、子々孫々までおふたりの名と偉業を語り継ぐのだ」
偶然訪れただけの遠く離れた地で、神の遣いと呼ばれ像が建つ事になっているなど、知る由もないカルアとピノのふたり。
「楽しかったねカルア君。また今度一緒に冒険しようね」
「はいっ」
楽しそうで何よりである。
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