第128話 美味しさは世界の共通言語です

「あのー、この小屋は一体・・・さっきまで何も無かったのに・・・それにおふたりはここで何を?」

小屋の入口から中を覗き込みながらイズミはピノ達に声を掛けた。

「ふふっ、この小屋は私達からイズミさんへのプレゼント。ここは料理とか食事をする場所よ」

「料理と食事・・・?」


イズミの常識としては、料理とは焚き火の上で肉をクルクルする事。

そして食事とは焚き火の前で行うもの。

したがって・・・

「小屋の中で焚き火をしたら危ないですよ?」

と、こうなる。


「「そこからかー」」

声を揃え、同時に額に手を当てるふたり。

だがカルアは天を仰ぎ、ピノは地に顔を伏せる。

ふたりの正面に立つイズミの目に映るその姿は、まるでコンビ芸のよう。

(普段から練習してるのかしら?)

そんな筈はないのだが・・・



「これは使い方を教える前に料理の基礎を教える必要がありそうね。手強い」

「ですね。小屋も設備も快適な温度を絶対に超えないって付与が付いてるから、焚き火くらいで燃えちゃう事はないけど・・・そもそも火で肉を炙る事しか知らないとか」

「うーん、料理を作りながら道具の使い方も覚えてもらおうか」

「その前に、いろんな料理を食べて知ってもらうとか?」

「そっか、まず知ってもらうのが先・・・うん、カルア君の言う通りかも」


方針は決まった。

まずはイズミの常識を打ち砕く!

ピノは微笑みながらイズミに言った。

「という訳で食事にしましょう。イズミさん、あなたに本当の料理ってのをご馳走するね」


「まずは食べ慣れた食材の味の変化から」

ピノは自前の食材を収納から取り出した。

「あら? その鳥・・・」

「ええ、おそらくこの湖の鳥でしょうね。この時期は涼しく過ごしやすい北の方にいるみたい。時々王都に食材として入ってくるから買っておいたんだけど、王都だと結構な高級食材なのよね」


生鮮品、特に肉や魚は長距離の輸送にコストが掛かる。

時間固定の収納具や転移魔法を利用した高効率の輸送網は構築されているが、そもそも収納具は高額であり転移魔法を使える者も多くはない。

故にコストがかかるこの輸送網を利用した食材は、当然高額となってしまう。


「そのうち一番美味しい時期の鳥をこの島へ捕りに来させてもらうって事で、今日は奮発してこれを使っちゃいましょう」


果たしてこれは、意識してやっているのか?

何処と無く断る隙の無い話の流れから、この島での狩猟権を獲得できそうな状況に。

イズミがピノの出した鳥料理を口にした瞬間、契約は成立となるだろう。



「まずはいつもの『焼くだけ』ってやつね、はいどうぞ」

そう言って、一口大に切り分けた肉を火属性魔法で炙り、皿に乗せてイズミの前へ。


・・・思い出して欲しい。

ピノは属性魔法を使えないのではなく、使わないだけだという事を。

どの属性もそれ程適性が高くはない事もあり、『ものすごい速さと強さで殴る』ほうがしょうに合っている、と考えているだけだという事を。


「うん、美味しい」

幸いにもフォークの使い方は分かったらしい。

鳥を口に入れ、顔を綻ばせるイズミ。

素材そのままの味だが、焼き加減が素晴らしい。


「じゃあ次。こちらをどうぞ」

先程と同じ大きさの炙った鳥を乗せた皿を出すピノ。

先程の皿は、既にカルアが手元に取り寄せて汚れを分離し、収納済みだ。

一家にひとり欲しい、便利なカルアである。


「あら? さっきと同じじゃないの?」

幾分訝しげに口へと運ぶイズミだが、口へと入れた瞬間、目を大きく見開いた。


「ちょっ何コレ!? さっきのと全然違う! 味がキュッとしてギュッとして、それにジュワーって!! あと何かフワって!! 香り!?」


興奮マックスのイズミ。

感想はまるでちっちゃな子供みたいだが、それは仕方がないだろう。

何しろ今まで火で炙っただけの鳥しか食べた事が無かったのだから。

初めての感覚だし、それを伝える語彙も持ち合わせていないのだから。


「これはね、炙った肉に塩とスパイスを振ったのよ」

「塩って海の水に含まれてるアレよね。あれ料理に使えるんだ・・・それとスパイスって何?」

「味や香りのいい植物の葉や実を砕いたものよ。肉と良く合うでしょう?」

「うん、びっくりした。料理って凄いのね」

「ふふっ、まだまだこんなものじゃないから。次行くわよ次」


次は作り置きしてあったスープを小鍋に移し、そこに鳥の肉をイン。

「本当はここで一時間くらい煮込むんだけど」

そう前置きしてから、

「カルア君、小鍋の時間を進めてくれる? 1時間くらい」


「1時間ですね・・・ハイどうぞ」

カルアの時空間魔法を便利な調理器具として使い倒すピノ。

「今日は特別に1時間煮込んだ鍋をこちらにご用意しています」

そして鍋からスープを掬い、深めのスープ皿へ。

「こちらはスプーンでどうぞ。熱いから火傷に気を付けてね」


スプーンで掬った鳥肉とスープをパクリ。

「!?〇◇〇っ!?」

またも大きく目を見開き、だが衝撃が大きすぎて声を出せない。

そして次の瞬間――

「え? ちょっ!?」


両手で持った皿を呷り、中身を一気に口へと流し込んだ。

そしてプルプルと震え始める。

「ほらだから言ったじゃない。待ってて、すぐ回復掛けて――」

ピノの言葉を遮るように大きく首を振るイズミ。その両手は顔の横で握って。


そして、

「違うの! 美味しいの! 初めてなの!」

幼児化が止まらない。


「えっと・・・かなり熱いはずなんだけど、火傷してない?」

「うん、それは大丈夫。身体の中の水を対流させて熱を分散させてるから」

さすがは水属性特化型精霊。

「なるほど・・・火傷しない理由は分かったけど、それって味は分かるの?」

「大丈夫。味や香りは普通に感じられるし、熱さもちゃんと刺激として感じられるから」



それからピノの出す料理は徐々に複雑なものへと変化していった。

素材もいつしか鳥から他の肉へと変わってゆき、その加熱方法もまた、炒めたり蒸したり揚げたりと様々。

味付けも、調味料を絡めたものや食べる直前に自分の好みでつけるもの、また食材よりも力の入ったソースをかけるものと、バラエティーに富んでいる。


そして最後に――

「はい、食後のデザート。最後は甘いもので締めましょ」

と取り出したのは、甘い練乳のかかったかき氷。


当然これも始めてみる食べ物だが、もはやイズミは何の躊躇いも見せない。

ピノに出された料理を無条件で口へと運ぶのは、既に刷り込まれてしまった条件反射か。

そしてパクリと。


「冷たい! 甘い! 美味しい!!」

極薄に削られた氷は、口の中に入れた瞬間にフワッと消えてなくなる。

そして後に残るのは練乳の優しい甘さと、先程までそこに氷があった名残であるひんやりとした冷たさ。

「氷がこんなに美味しくなるなんて・・・」

自分にとってもっとも身近である水。

それを凍らせて食べるというのもまた、イズミにとって衝撃の初体験であった。




「ほふぅ・・・」

この世界に生まれ出て初めて口にした、ちゃんとした料理。

しかもそれが、ピノがカルアの為に腕によりをかけて作り上げた料理である。

一口食してはまた別の料理、それを口にすればまた違う料理。そしてその度に受ける新鮮な驚きと感動。

彼女が受けたその衝撃は、到底計り知れるものではない。


そしてその余韻から漸く戻ってきたイズミ。

うっすらと開いたそのまなじりからは涙が零れていた。


「私、今日生まれて初めて料理というものを食べた気がします」

「ふふっ、喜んでもらえてよかった。でもまだ終わってないからね」

「ええ? でもさっき『締め』って・・・」


首を傾げるイズミ。

これからまた料理が出てくるのだろうか。

それはそれで嬉しいけど、流石にもうお腹が・・・


「うん、食べるのはね。次は作る方を覚えなくちゃ」

「え? 作る? ・・・料理を? ・・・私が?」

「そうよ。だってさっきのは炙る以外にどんな料理方法があるのかを知ってもらうために出した料理だもの。次はその作り方を教えてあげる」




こうして始まった、ピノのお料理教室。


「まずは食べ慣れた食材からね。イズミさん、湖に残ってる鳥ってやっぱり獲らない方がいい?」

「え、ええ。怪我とか病気とかで仲間と一緒に行けなかった子達だから、出来れば帰ってきた仲間達と再会させてあげたいの・・・食べる前に」


再会後は食べても構わない模様。


「そっか、じゃあ食材はヒトツメの森の奥に住んでる別の鳥にしようか。ちょっと獲ってくるね」

そう言うとピノはその場から姿を消し、30秒ほどで手に鳥をぶら下げて帰ってきた。


「ごめんね。中々見つからなくって、ちょっと時間が掛かっちゃった」

どうやらピノとしてはそういう認識だったらしい。

だがここにいるのは、これまで水流操作で湖に浮かぶ水鳥を楽々と獲ってきたイズミ、そして魔物限定ではあるがスキルひとつで簡単に獲物を獲る事が出来るカルアのふたり。

どちらもその不自然さには気付く事はない。


ピノが調理台の上に鳥を置くと、カルアが調理器具の使い方を説明する。

「その包丁を手に持ってイメージしてください。その鳥の頭と足を落として、羽を全てむしって、血と内蔵を取り出して、肉だけになった状態を」

その指示に従うイズミ。目を閉じているのはイメージしやすくするためか。


「イメージできたら鳥に軽く刃先を当ててください」

「はい・・・えっ!?」

イズミが刃先を当てた瞬間、鳥はイズミのイメージ通りに切り分けられていた。

「実際に包丁を使って部位ごとに切り分けたり薄くスライスしたりとか出来るようになったら、それもイメージで出来るようになりますからね」


「じゃあ次は他の材料を取り出します。あそこにあるのが食品庫。中は時間停止のボックスになってて入れたものが痛まないから安心して使ってね」

「はっはい」

「こうやって手を翳すと中に入ってるものが頭に浮かぶから、そこから取り出したいものを選択するの」


ピノがやってみせると、続いてイズミもやってみる。

「あの・・・クラーケン君が入ってるんですけど?」

「ああ、ここに来る途中にちょっと海底で獲ってきたから。後で食べてみましょ」

「あの海の暴れん坊が食材に・・・」


簡単そうに言うピノを見て、目の前のふたりのとんでもなさを改めて実感するイズミ。

だが、

「見た感じイカとかタコの仲間みたいだから、きっと美味しいと思うよ」

という言葉に、まだ見ぬクラーケン料理への想いを馳せるのだった。

切り替えが早い。


ピノの指示で数種類の香草や野菜、それに塩などの調味料を取り出した。

肉全体に塩をまぶして揉み、腹に香草を詰めたら後はオーブンでじっくりと。

しばらくすると部屋中にいい香りが漂い始める。


その香りに、満腹のはずなのに空腹感を感じるイズミは、もう味という力に完全にヤられているのかもしれない。


そして――

「うん、いい感じに焼けてるね。完成っ!」

イズミによる初めての『炙るだけじゃない』料理、鳥の香草焼きが出来上がったのである。


「今は一切れ味見して、残りは食品庫に入れといたらいいんじゃないかな。そうすれば焼きたてのまま保管できるから」

イズミはピノに言われるまま一切れ切り分け、それを口に運んだ。


「美味しい・・・これを私が・・・」

さっきまでとは違う感動にうち震えるイズミ。

そんなイズミを微笑ましげに見るピノだったが、

「よし、じゃあ次行くよ。まだまだたくさん覚えてもらうからね」

実は案外スパルタだったようだ。




こうして様々な料理法を詰め込み伝授されたイズミは、それなりに一通り料理が出来るようになっていた。

「うん、あなたに教える事はもう何も無い・・・って程じゃないけど、大体マスター出来たんじゃないかな。あとは自分で工夫してみてね」


ピノの言葉にイズミはいい笑顔で、

「はいっ、ありがとうございましたピノ師匠、いやピノ様!」

「ええっ・・・」


どうやらピノの事を『ピノ様』と呼ぶ者がまたひとり増えたようだ・・・





さてと、これでこの島でやる事は終わりかな?

「ピノさん、そろそろ先に進みましょうか」

「そうね。クラーケンの味見も出来たし」

クラーケン、醤油で炙ったら普通にイカ焼きで美味しかった。

焼く前にピノさんがすっごく何度も叩いてたけどね。

すっごく・・・肘から先が見えなくなるくらいの速さで。

・・・ってこれ、イズミさんには無理なんじゃ?


「もう行ってしまわれるのですか、ピノ様?」

「うん、私が目指すのはもっと先だから」

「・・・また、来てくれますか?」

「ええ、もちろん。そうね・・・渡り鳥達が帰ってきて、十分に羽を休めて旅立ちの準備を始めた頃・・・その頃に必ずもう一度来るから。約束」

「ピノ様・・・」


まるで物語のような別れのシーン。

なんだけど・・・


渡り鳥の旅立ちの準備って――

旅に備えてたくさん栄養を蓄えて、脂の乗った一番美味しい時期、だよね?

ピノさん・・・



「それじゃあカルア君、行こう! 次の島に向けて!」

ピノさんとふたり、小屋の扉を開けて旅の続きを――

「・・・夜、ね」

「・・・真っ暗、ですね」

まあこれだけ長い時間、料理教室をやってれば、ね・・・


イズミさんの小屋の近くに船を取り出して、今日はここで一泊。

船の中でお互い寝袋を取り出したら、

「「おやすみなさい」」

もちろん緊張しないで眠れるように十分に距離を取ってね。



・・・だったはずなのに!!

何故目が覚めたらすぐ隣に寝袋に入ったピノさんの顔があるんだろうか・・・





ふとすぐ前に何かの気配を感じてピノはぼんやりと目を開けた。

するとそこには――

「あれぇ、かるあくんだぁ。どうしてかるあくんがわたしのおへやにいるのぉ?」

ああ、今日もやってしまった・・・



外に出たカルアはぐーっと体を伸ばし、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「ううーーーーー・・・んっ」

するとちょうどそこに、小屋の扉を開けてイズミが顔を出した。

「おはようございます、カルアさん」


「ああイズミさん、おはようございます」

「あれ? ピノ様はまだ寝てるのかしら?」

「いえ、起きてはいましたよ。そのうち出てくるんじゃないかなあ・・・」


カルアの微妙な言い回しに首を傾げるイズミだったが、

「ああそうそう、私カルアさんに訊きたい事があったんです」

「何ですか?」

「あの、カルアさんって何の精霊さんですか?」

「はい・・・?」


きょとんとするカルア。

そんな質問は完全に想定していなかったから。

首を捻って色々考え、そして出した答えは、

「僕は精霊じゃなくて人間ですよ。精霊みたいに感じたのは、聖樹から魔力を貰ってるからじゃないかなあ」

そしてイズミの目の前で自分の中の全ての魔力を聖樹に送る。

すると空っぽになった体の中に、まるで空いた器に水を注ぐかのように、聖樹から魔力が届けられた。


「ほらね?」

「これは聖樹の・・・カルアさんは世界と繋がっている方でしたか」

「世界と?」

「聖樹は世界の一部ですから」

「ああ、そういう・・・」

だが微妙に納得できていないイズミ。

(でもそれだけじゃなくって・・・やっぱり精霊の・・・でもそれともちょっと違うような・・・)


とそこへ船の方からいい香りが漂い始め、イズミの思考はそこで停止した。

「カルアくーん、朝ごはん出来たよー。イズミさんもどうぞー」

「ああよかった、ピノさん無事に復活したみたいだ」

「ピノ様、ああまたピノ様のお料理が食べられる」




そして朝食も終わり、いよいよ(今度こそ)別れの時。

イズミはちょっと遠出して海岸まで足を運んでいた。

「イズミさーん、さようならーー。また来るからねーーー」

「ピノ様お元気でー。それにカルアさんもーー」

「僕もまた来まーーす」

「あなた達に海の祝福を―。よい波をーー」

「ああっ、それいらなーーい! 飛んでるからーーー!」

「そうでしたーーー」


こうして若干締まらない感じではあったが次の冒険を求めてふたりは旅立った。

海を管理する――つまりこの世界の半分以上を管理する――大精霊イズミに見送られて。

「ピノ様・・・きっとまた来てくださいね。ふふ、その為なら私・・・」


ピノは世界の半分以上を手に入れた・・・のか?

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