第127話 海の島の森の奥の湖の島の泉で
ピーピー、ピーピー、ピーピー、・・・
アラームの音でカルアは目を覚ました。
ぼんやりと寝起きの頭で見上げたそこには、見知らぬ天井も見慣れた天井もない。
「あれ? 空が見える・・・外?」
ひとり呟いたカルアだったが、ふと右側に何かの気配を感じた。
何気なくそちらに顔を向けると――
「っピ!?」
すぐ目の前、互いの鼻と鼻が触れ合いそうな程の至近距離に、穏やかな天使の寝顔がっ!
その衝撃に眠気は一瞬で吹き飛び、だが同時に呼吸も止まる。
息も無く身動きひとつしないカルアは、まるで石化の魔法に掛ってしまったかのようだ・・・
やがて体は酸素を求めて息苦しさという信号を発し始めた。
その信号に気付いたカルアだったが、目の前の寝顔を見ると息を吸うのも吐くのも憚られ、強く目を閉じてゆっくり首を反対方向に向けてゆく。
身体は隅々まで強張り、首の辺りからは『ギギギギギ』と音が聞こえてきそうだ。
そしてついに・・・
鋼の精神力をもって、ようやく反対方向に顔を向ける事に成功したカルア。
酸素を求めて抗議する身体を宥めながら、静かにゆっくりと呼吸を繰り返す。
やがて新鮮な酸素を手に入れたカルアの脳細胞は『眠気』→『混乱』→『酸欠』のコンボから抜け出し、ようやく思考の為の準備が整った。
「ああそうか、船の上で寝ちゃってたんだ」
昨夜の記憶が蘇り、そこから現状の認識へと繋がった。
と同時に、鳴り続けるアラームにようやく意識が向き、その姿勢のままコンソールに手を伸ばしてアラームを停止。船内は静けさを取り戻した。
そのままピノを起こさないようにゆっくりと体を起こし、周囲を見回すカルア。
あたりはまだ暗く、だが遠い東の水平線はぼんやりと明るい。
どうやら深夜と早朝の境目ほどの時間のようだ。
コンソールに向かい
「島だ・・・これに反応したのか」
昨夜は何も表示されていなかったそこには、船の進行方向の右斜め前方に、真上から見た島の輪郭が表示されていた。
島の発見とともに船が自動停止しているため、表示はぴくりとも動かない。
どうやらその島はそこそこ大きいらしく、表示上の感じでは、王都と森がすっぽり入ってなお余裕がありそうなほど。
これほどの大きさがあれば、生き物が生息するには十分な環境だろう。
と、その時・・・
「ん・・・?」
どうやら隣でカルアが動いたのを感じ取ったようだ。
ピノはうっすらと目を開き、そして――
「・・・んあるぇ? まだ暗いよぉママぁ」
ああ、やってしまった・・・
ゆっくり目を擦りながらシートから身体を起こして、うっすら目を開けたピノさん。
僕と目が合った瞬間に、さっきのアレを聞かれたって気付いたみたい。
凄い表情の残像を残して部屋の隅に移動し、そのまま壁の方を向いて床に蹲っちゃった。
それが今から10分くらい前の出来事。
「あのピノさーん、そろそろ――」
「ヤダ」
ああもう、一体どうしたらいいのさ!?
それから更に10分。
どうかな、さっきより少しは落ち着いてきたかな?
「あの、朝ご飯にしませんか? 僕お腹空いちゃって」
これだったら・・・
ピノさんだもの・・・きっと・・・
「あああもうっ! ごめんねカルア君、私よくなかったよね」
ああよかった、やっと話が出来た。
「そんな気にしないで下さい。それよりほら、ご飯にしましょうよ」
ここは絶対に無かった事にすべき場面。
唸れ僕のスルー
「うん、そうだね。朝ご飯にしよっか」
よかったぁ!
朝ご飯を食べながら、ピノさんに島の事を報告。
「面白そう! 上陸しようよ」
きっとそう言うと思ったよ。
「まずは近くから島の様子を見て・・・誰か住んでたりするのかなあ・・・あ、実は火山島だったりして。カルア君はどう思う?」
「ええと、僕は――」
ふふっ、楽しくなってきたところです!
すっかり普段通りとなったふたりは、食事を終えて船を島へと向けた。
上った朝日がじりじりと肌を焼き始めたため、既に屋根の透明化は解除してある。
出発して30分ほど船を走らせると、
「煙とかは上がってないから火山島とかじゃないみたいね」
「でも大きな山があって・・・一面緑色なのは森なのかなあ?」
島に近付くと、島全体の形や海岸の様子はよりはっきりと見えるようになり、
「島の回りをぐるっと一周してみますね」
島から一定の距離を開けて、海岸線に沿って一周する事にした。
進行方向が自由自在なこの船を左方向に走らせているため、フロントウインドウから見える海岸の景色は、左から右へと流れていく。
まるで遊覧船から眺める景色のように。
「海中に秘密の入り口とかあったら面白いのに」
以前読んだ物語を思い出してピノが呟くと、
「じゃあ見てみましょうか」
その言葉にあっさりと同意したカルアはコンソールを操作。
フロントウインドウの下にスクリーンが現れ、海中から見た正面の様子が映し出された。
予め用意してあったのか、それとも今の一瞬で機能追加したのか。
そのどちらだとしても、もしこの場でモリスが見ていたら、乾いた笑いを見せるに違いないだろう。
だがピノは「そういうもの」として自然に受け入れている。
慣れてしまったのか毒されてしまったのか、それとも天然故の感性によるものか・・・
そして船は島の回りを一周し、
「流石に海の中に入り口なんてなかったかぁ」
「あははは、海の中じゃ船は進めませんからね」
「まあそうだよね、物語じゃないんだし海中を進む船なんて、ね。ふふっ」
ふたり揃って、自分達の船の事を豪快に棚にあげた。
「海岸沿いにはひとの住んでる様子は無かったね」
「ですね。船とかも無かったし、これは無人島で確定かな」
「それじゃあいよいよ上陸ね。どこから上陸する?」
「向こうの海岸に広い砂浜があったから、そこがいいかな」
船は緩やかな砂浜に上陸し、白い砂の上にゆっくりと着陸した。
「これでよし、と。じゃあ外に出ましょう」
砂浜へと降り立ったふたり。カルアが船を収納すると、
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
ピノ隊長の合図で、探検隊は南海の未知なる孤島へと足を踏み入れたのである。
「何も出てこないわね。獣とか鳴き声も気配もしないし」
静かな森の様子に、若干不満そうな隊長。
森に入ってからそれなりの距離を歩いたが、ここまで植物と虫しか目にしていない。
その植物の種類もさほど多くはないようで、森はずっと単調な景色が続いている。
ちなみに現在、カルアには釣りの時と同様に俯瞰禁止令が出ている。
そのカルアが、ふと前方の変化に気付いた。
「あれ? この先少し明るくなってませんか?」
「え? あ、ホントだ。もしかしてもう終わり?」
光に向かって歩を進めたふたりはやがて森を抜け、そして――
「「うわあああああああ・・・っ」」
「すごい!」
「なんて大きな湖・・・」
目の前に広がるのは、対岸が霞んで見える程の大きな湖。
ふたりは歓声を上げて水辺へと駆け寄った。
水面を覗き込むと、澄んだ水の中に水草が生え、その合間を縫うように小魚が泳いでいるのが見える。
そこから視線を上げると、少し先の水面に数羽の水鳥が羽を休めているのが見え、その先には――
「ピノさん、湖の真ん中に島がありますよ!」
「素敵! ねえ、行ってみない?」
「ええ、行きましょう!」
カルアの結界に乗ってふたりは湖の上を飛んでゆく。
足元に見える水面は深く蒼く、だが数メートル先まで見渡せる程に透き通っている。
そしてその中を銀色の背を煌めかせて魚が泳ぎ、カルア達に気付くと深みへと消えてゆく。
どうやら水上への警戒心は持っているようだ。
やがてふたりを乗せた結界は小島へと到着。
その小島はお椀をひっくり返したような形で、まるで小高い丘のようだ。
カルアは移動用の結界を解除して、ピノとふたり島の中央へと歩き出した。
「頂上に到着! って、泉?」
「海に浮かぶ孤島があって、その中に大きな湖があって、湖の真ん中にまた島があって、その島の一番上が今度は泉って・・・何だか水と陸が交互に出てくるね」
丘の頂上でふたりが見つけたのは小さな泉だ。
その水はどこまでも澄んでいて、非常に美しい。
思わず中を覗き込んだふたりは、
「あれ? 以外と浅い?」
「ええ、それに中に何か・・・」
中に何かを見つけた。
「透き通った珠みたいな」
「そうね。まるで・・・ダンジョンコアみたい」
「ああ、そういえば。でもここダンジョンじゃなさそうだし」
ふたりがそんな会話をしていると、まるでふたりの存在に気付いたかのようにその珠が輝きだした。
「え? 何?」
「眩しっ」
思わず目を押さえたふたりだが、その光はすぐに収まり、
『あ、あああああああああ、あのっ』
再び目を開けると、そこには透き通るような美人、ではなく透き通った美人が立っていた。
何だか凄くテンパった表情で。
「はい、ええーーっと」
『わわわ私っ、こっここここの泉のっ・・・』
あ、下向いてプルプルし始めた・・・
「あの、どなたか知りませんが、ちょっと落ち着いて・・・あっカルア君、テーブル出して。お茶にしましょ」
さすがピノさん、ナイス気配り。
泉の畔にテーブルセットを設置してティーカップを並べ、ポットからお茶を注いだら準備完了。
「こちらへどうぞ」
『はははははいっ』
席に座ると、その透き通ったひとはカップを口に運び、そのまま一気にお茶を口の中に流し込んだ。
って火傷!?・・・はしてないみたいだ。
あれ? 冷めてたのかな?
僕も飲んで――
「熱っ」
――普通に熱かった。何で??
「・・・どう? 少し落ち着いた?」
ピノさんがものすごーく優しげな表情で微笑み、ゆっくりとそのひとに話しかけた。
そのひともそれにつられて軽く微笑み、
『すみません、こうして誰かに会うのも話をするのも本当に久し振りで』
ようやく普通に話し始めた。
『ああ、こうやって他の誰かと話をするのなんてどれくらい振りだろう。もう声を出したのも久し振り』
「いやあの、さっきから声・・・出してませんよ?」
『え? ・・・あ、ホントだ』
それにも気付いてなかったみたい。
口を開いて「ああ」とか「ええ」とかしばらく発声練習して・・・
「ええと、私の声が聞こえていますか? 今あなたの耳に直接話し掛けています」
今度こそ、ようやく普通に話し始めた。
「・・・それでは早速ですがまずは自己紹介を。私はこの泉の精霊。どうかイズミとお呼びください」
「はい、それはどうもご丁寧に。私はピノ、そしてこちらがカルア君です」
「ピノさんにカルアさんですね。それでは早速ですが、まずは私のお仕事をやらせてもらいますね」
そう言ってイズミさんは立ち上がり、
『ここは人間が立ち入って良い場所ではありません。今すぐ立ち去るのです』
これがお仕事?
いやまあ分からなくはないし、何となく想像もついたけど・・・
もうグダグダだよ!
「よし、お仕事完了。それでおふたりはどうやってこの島に?」
「え? あの一言を言うだけで終わり?」
「ええっと・・・そういう訳ではないんですけど、おふたりとも悪い方には見えないので。それにそもそもこの島って、どうやっても辿り着けないように海流を操作してるので、どうやってここに来たのか知りたくって」
「ああなるほど。僕の船は海流とかの影響は受けないんですよ」
「空中に浮かんでるものね」
「はい?」
僕とピノさんで船の事をイズミさんに説明。
「はぁ、海面から浮かび上がって移動する船ですか。暫く見ないうちに世の中は進歩してるんですね」
「いや、そんなおかしな船は今のところカルア君の造るのだけですから。世間一般の船は水の上に浮かんでますから」
ピノさん、おかしな船って・・・
「そうなんですか? じゃあ大丈夫なのかな。さっきも言った通り、この島は『人間さんお断り』なので」
いやそんな『一見さんお断り』みたいなノリで・・・
「それって理由とか聞いても?」
「ええいいですよ。この島は渡り鳥の群生地なんです。今は北に渡ってるから閑散としてますけど、寒い時期になるとこの島に帰ってきて繁殖を始めるんです」
ああ、この湖ってそういう場所なんだ。
「じゃあその渡り鳥の保護のために?」
「ええ。この島以外に丁度良い場所がないから」
「なるほど」
意外と普通で優しい理由だった。
「あとついでに、私がここでこの海の管理をしてるからってのもあるんですけどね。ほら、海流が乱れて海の環境が保てなくなると、あちこちで嵐が起きたりとか海の生き物が全滅したりとか、ちょっと面倒な事になるから」
「「いや、鳥よりそっちのが大事だから!!」」
絶対こっちが本命だよね・・・
「でもそれは単なるお仕事だし・・・あの鳥達は私のたったひとつの癒しだし・・・」
「自由に羽ばたく鳥を見て癒される、って気持ちも分かりますけどね・・・この島って他に何も無さそうだし」
それこそ声の出し方だって忘れちゃくくらいに。
「それに味も中々・・・」
「「って食べるの!?」」
「私だって刺激が欲しいの! 何かを食べるというのは生命活動的には必要ないんだけど、味とかを感じる事は出来るから」
はは・・・
鳥の保護が一番だった理由が判った気がするよ。
一方イズミはカルアを見て内心首を捻っていた。
(こちらのカルアさん、見た目は普通の人間だけど、魔力が・・・変!)
そう、彼女の目にカルアは人間の魔力と精霊の魔力と根幹の魔力が入り交じっているように映っている。
(ものすごく気になるけど、もし本人がそれをコンプレックスに感じてたら申し訳ないし、せっかく久し振りにお話しできた相手と喧嘩とかしたくないし・・・ああでも気になるっ)
カルアは別に何も気にしていないし、訊かれれば軽いノリで答えるだろうが、カルアと初めて会ったイズミにそんな事が分かる筈はない。まして彼女は、声の出し方も忘れるほど長い間誰とも会っていない、コミュニケーションのド素人なのだから・・・
そんなイズミの苦悩をよそに、彼女の目の前ではカルアとピノが何やら相談していた。
「ピノさん、イズミさんに調味料とか分けてあげるのはどうでしょう?」
「うん、凄くいい考えじゃない。誰だって美味しい方が嬉しいもんね」
とここでカルアがふと、
「あれ? そういえばどこで料理してるんでしょう?」
「そういえば・・・もしかして焚き火でじっくり炙ってとか?」
「泉の精霊が焚き火・・・」
「その火の上で木の枝を突き刺した鳥をクルクルと・・・?」
「うーーん、それはちょっと・・・」
「うん、泉の精霊としてはイメージ的にアウトね」
途中からふたりの声が耳に入っていたイズミは、居た堪れない気持ちで一杯だった。
何故ならそれは、図星だったから。焚き火もクルクルも。
そして鳥が満遍なく焼けてゆき、辺りに広がる香ばしい匂いに心躍らせるあの瞬間が大好きだったから。
イメージ的にアウトだろうなと、自分でも思っていたから。
彼女は泉の精霊よりソロキャンプの精霊の方が向いているかもしれない。
何ともままならないものだ。
だがそんな彼女に、ピノとカルアの追撃が止まらない。
「だったらキッチンを用意しましょうか?」
「あ、それいいかも。焚き火の前でニヤニヤしながら鳥を焼くより、そのほうがずっと泉の精霊っぽい気がする」
ニヤニヤはしていない。
していない・・・はず?
あれ? してた、かも・・・
「でも泉の畔にキッチンセットが並ぶ光景ってどうなんだろう」
「だったら山小屋とか建てますか?」
「泉の畔に山小屋・・・いいわね、それ」
「じゃあちょっと建ててみますね。場所は・・・あの辺りがいいかな」
土魔法で整地、その上に木材を錬成し、そして――
あっというまに小屋が出来上がった。
「・・・!?」
突然の展開に呆然とするイズミ。
そのイズミを完全に放置し、小屋作りが楽しくなってきたふたりは、内装を整えるため小屋へと入って行った。
「水はイズミさんなら自由に出せるだろうから、あとはコンロかな」
「火を使う必要が無いように『加熱』を付与した魔石のコンロにしようかな。あと鳥を焼くならグリルだけじゃなくってオーブンも」
「うん、さすがカルア君。使いやすそうじゃない」
どんどん出来上がっていくカルア製のキッチンに、料理経験豊富なピノが太鼓判を押す。
それに気をよくしたカルアが止まらない。
「食品庫とかあった方がいいかなあ。焼きたてそのままの状態で保存できる時間固定タイプの」
「わぁ、何だか『私が考えた最強のキッチン』って感じね」
「それなら今回はこれもお付けしましょう、『自動包丁』。ヒトツメの皆さんに配るのはダメだったけど、イズミさんにはきっと必要だと思うから。これを使えば一発で羽とか内臓を切り分けちゃいますよ?」
「うんうん、水鳥の羽を毟る泉の精霊とかありえないもんね」
その頃小屋の外では、ようやくイズミが我を取り戻した。
既に手遅れだろうが・・・
「あと何かあったほうがいい物ってありますか?」
「うーーん・・・料理に必要な機能は十分揃ってると思う。あとは快適装備を充実させて・・・あっそうそう、食品庫に食材を色々入れといてあげようか」
「ああ、そうですね。きっと鳥以外のお肉も食べたいだろうし」
「ふふ、お肉だけじゃなくて野菜もね」
「そう言えばノルトのお父さんから貰った野菜がまだたくさん残ってたっけ」
止める者のいない天然の暴走とは、かくも恐ろしいものなのか。
こうして精霊の住む神秘的な泉の畔に、快適設備を満載した最新鋭のグランピング施設が完成したのである。
▽▽▽
CMの後、いよいよ匠の全てを大公開。
劇的なビフォーとアフターをみた精霊さんの目に涙が!?
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