第125話 最初から最後までピノさんの話

「カルア君、おかえりなさい」

森の出口で校長先生と別れ、ギルドに顔を出したらピノさんがいつもの笑顔で出迎えてくれた。うーん、帰ってきたーーって感じ。

「エルフの集落はどうでした?」

「はい、とってもいい所でしたよ。エルフのひとがたくさんいました」

「・・・でしょうね」


ピノさんと「また後で」って約束して、今日も楽しそうな冒険者のみんなと言葉を交わしたら、さあ家に帰ろう。

そしたら今日は、家の掃除と片づけをしようかなって。

だって、エルフの貯蔵庫作りを見てたら、うちの倉庫にも付与とかしてみたくなったから。

ボックスがあるから最近は倉庫ってあんまり使う機会が無いんだけど、やりたくなっちゃったんだから仕方ないよね・・・





カルアが帰った後のヒトツメギルド。

「何だろうこの違和感・・・カルア君だったのにカルア君じゃなかったみたいな・・・?」

受付カウンターで首を捻るピノに、隣のカウンターからパルムが不思議そうに声を掛けた。

「そう? いつも通りのカルア君だったと思うけど?」

「ううーん、何が違ったんだろう。何て言うか・・・雰囲気、かなあ」


「雰囲気・・・はっ、もしかして!?」

ピノの感想にふと心当たりを見つけたパルムは、何やらおののくような表情を見せ――

「パルム、何か分かったの?」

隣から自分を覗き込んでくるピノを見て、言葉を詰まらせた。


「パルム?」

そのパルムの様子に何か只ならぬ気配を感じ、回答を促すピノ。

その圧力に耐えきれなくなったパルムは、軽く息を吐きだしてからゆっくりと話し始めた。

「いいピノ、これはあくまで一般論だからね。実際のところは分からないし、全然的外れな話かもしれない、そういう前提で聞いてね」

そうしっかりと前置きしてから。


「キーワードは、『夏休み』『開放感』『旅行』『経験』『雰囲気の変わった男の子』。ねえピノ、あなたここから何を連想する?」

パルムの問いかけに考え込むピノ。彼女の出した答えは――

「そうか。旅先で困っていた村人に出会って、夏休みの解放感からうっかり自分よりも強い魔物の討伐を引き受けちゃって、凄く苦労してようやく魔物を倒して、その経験から強者の雰囲気を発し始めるようになる。確かに割と聞く話ね。うん、さすがカルア君!」


「・・・まあ、そうね」

にこやかなピノに、「ああ、この娘はこういう娘脳筋だったわ」と納得しつつ、「そう思っている方が平和でいいか」と考えたパルムは、自分の感じた心当たりをそっと胸にしまい込んだ。


だがそんな彼女の思惑は叶わず、意外な形でその話題は続く事になる。

「今来ていたのは誰だったのかね? おそろしく大きな魔力の持ち主だったが」

奥から出てきたギルドマスターがふたりの受付嬢にそう問いかけた事によって。


「え? 何言ってるんですかギルマス、カルア君が来てただけですよ?」

不思議そうに答えるピノに、ブラックは尚も言葉を続ける。

「いや、そんな筈は無いだろう。確かに魔力量はカルア君くらいだったが、私には別人の魔力に感じられ・・・いや待て、そもそもあれは人間の魔力とは違・・・」


途中から口の中で独り言になっていったブラックの言葉。

だがピノは、先ほどカルアと会った時の事をもう一度よく思い返し、ようやくそこで自分の感じた違和感の正体に気付いた。

「ああ、そうか。魔力の感じがどことなく違ったんだ・・・カルア君、エルフの里で何があったのかな。一体どんな事をしてきたんだろう。ふふふっ」


魔力が変化するなど、本来ならとんでもない事なのだが・・・

カルア君からどんな土産話を聞けるのだろうと、その程度にしか捉えていないピノは、カルアとの夕食がますます楽しみになるのであった。


そのピノの横では、

(良かった、『大人の階段上っちゃったんじゃない?』とか言わなくて、本当に良かった!)

と、冷や汗が止まらないパルム。そして、

「ただいま戻りましたー、って何か変な雰囲気です?」

このタイミングで、本日出勤のもうひとりの受付嬢、双子の片割れピコが外出から戻ってきた。


もしピノがパルムの気づいた答えに辿り着いていたら――

もしパルムが自分の答えをそのまま声に出していたら――

もしブラックが魔力の違和感を示唆していなかったら――

もしピコがあの場にいて余計な一言を口にしていたら――


ギルド内の様子は、今とは180度違ったものになっていたであろう。

ヒトツメギルドの平和はギリギリのところで守られたのである。

善哉善哉。




ギルドでの業務が終わり、ピノはカルアの家へと向かった。移動の時間も惜しいとばかりに転移によって。

「カルア君、来ましたよー」

「お帰りなさいピノさん、中へどうぞ」

「うふふ、お帰りなさいって何かいい・・・あれ? お家の中、ちょっと片付いてる?」

「えええ、ピノさんよく分かりますね。この部屋はあまり変わってないと思うんだけど・・・今日は久し振りに家の中と倉庫の片付けをしてたんです。倉庫にエルフの集落で見た付与を試してみようかなって」


軽くカルアと会話を交わしたピノは、夕食の準備に取り掛かる為キッチンへと向かった。

「カルア君、今日は何かリクエストとかある?」

「カレヱをお願いします。エルフのひと達にも大好評だったんですよ。大好評すぎてちょっとしか食べられなくって」

「ふふふっ、じゃあ今日はたくさん食べてね。お肉はブルでいい?」

「あっ、じゃあ今出しま――」

「大丈夫、美味しそうなのを採っておいたから」


最近ではピノも狩りを行っている。

と言っても、「カルアが食べる分だけ」「特別美味しそうな個体のみ」といった制限を設け、冒険者や狩人に影響が出ない範囲で。


なお、物理的な高速魔石抜き取りを行う事で、肉に含まれる魔力を逃さないよう心がけている。

本人曰く「スティールの真似事」、だが他に出来る者のいない超絶技巧によって。


食材は全てカルアに貰った魔道具の収納に入っている。

肉と同様に、他の食材も全て吟味の上選定したものだ。

それらの肉や野菜、スパイスなどを取り出したピノは、手早く下拵えを始めた。


次に取り出したのは、水。

美味しいと評判の水を調べ、休みの日にそれを採取に行き、そして料理ごとに合う水を選び抜いた。

なのでもちろん今日の水は、カレヱに最も適しているとピノの眼鏡に適った水である。


そして次もまた水。但しこちらは米を炊く為のもの。

カレヱに負けない風味と食感に炊きあがる、最高の水である。


それらの食材がピノの手によってカレヱになれば、それはもちろん――

「・・・美味しい」


いつものつもりでスプーンひと掬いを口へと運び、その一言を呟きフリーズするカルア。

だが瞬時にスプーンを持つその手は再稼働、皿のカレヱはみるみるカルアの口へと消えていった。

「おかわり!!」

「はーい」


美味しそうにカレヱを食べるカルアと、微笑ましげにそれを見つめるピノ。

やがて十分に満たされたカルアはその手を止め、

「ピノさん、このカレヱ、今までのと全然違って・・・なんなんですか、これ!?」

我に返ってピノに問いかけた。


「ふふふ、進歩してるのはカルア君だけじゃないんだから。どう、驚いた?」

「はい、ビックリしました。本当に・・・味は間違いなくカレヱなのに、今までのと全然違って・・・どこがどう違うのかうまく言えないけど、とにかくものすごく美味しくって」

「ふふっ、やった」

小さくガッツポーズ。




夕食が終われば、食卓はそのまま語らいの場に。

ドワーフの里やエルフの里での出来事を身振り手振りを加え嬉しそうに語るカルア、そしてそれを楽しそうに聞くピノ。

だが、ある時を境にピノの様子が変わり始める。


「それで、セージュさんに魔力を隠蔽する方法を教えてもらって、それで何とか誤魔化せるようになったんです」

「・・・」


そこまで聞いたピノは少し考え、

「そう、じゃあ聖樹に魔力を全部送ると、カルア君の中の魔力は全部聖樹の魔力と入れ替わるんだ」

「ええ、そうなんです。それでその聖樹の魔力は、数日の間に僕の魔力へと変化していくそうなんです」


「そっか・・・で、聖樹の魔力のほうが魔法を使い易いのね」

「そうなんですよ、だから今度いろいろ試してみようと思ってて」


そしてピノは考え始める。

(それってつまり、ダンジョンに入る時とか結構な頻度で聖樹の魔力になってるよね。でもそれだと多分、カルア君がピンチになっても位置の特定とか・・・あれ? そもそもカルア君がピンチになった事すら感知できない可能性も?)


徐々に表情が険しくなるピノを見て、カルアが首をかしげる。

「あれ? ピノさん、どうしたんですか?」

その少し心配げなカルアの表情を心のフォトブックに記録しながら、ピノはふと思いたった。


「あ、ごめんカルア君。ちょっとだけ席を外すね。すぐ戻るから」

「あっ、はい(よかった、綺麗にしておいて・・・)」



「うう、これ絶対トイレだって勘違いされたよね」

それはもう仕方がないと思いながら、部屋を出たピノは親友に通信し、そして転移。

「ロベリー、私どうしよう!」

「いいから落ち着け」

すかさず部屋に跳び込んできた親友を、ロベリーはいつものように迎え入れるのだった。




「ごめんねカルア君、お待たせ」

5分程で戻ってきたピノは、何も無かったかのように振る舞い、迎え入れたカルアも何事もなかったかのように応対した。

カルアもこういった部分の常識はキチンと持ち合わせている。


それからまたカルアの冒険譚を聞き、そしてピノはギルドの様子を語り、やがてふと会話が途切れた。

(よし、今ね)


このタイミングで、ピノはロベリーから先ほど受けたアドバイスどおり話を切り出す。

「ねえカルア君、私明後日から1週間夏休みなんだけどね、もしよかったら一緒に冒険しない?」





ビックリだよ!

まさか急にピノさんから冒険に誘われるなんて。

っていうか、

「冒険?」

ってどういう事?


「あーうん、あのね、冒険っていってもそんな大げさな話じゃなくって、ええっと、南の方に珍しい食材があるって聞いて、もしよかったら一緒に行けたらって思って」

「ああなるほど、そういう・・・」


だよね、あーびっくりした。

でも答えはもちろん最初から、

「行きます!」

に決まってるんだけどね。


「よかったぁ。ああそうだ、海を渡る事になるけど、もちろんカルア君なら大丈夫だよね。この間のボートがあるし」

「あっはい。もちろん大丈夫です」


明日1日あればもっといい船だって作れるし。

あ、材料どうしよう。セカンのところで木材と魔石を採って来ようかな・・・





翌日、ピノは昼休憩の時間を利用して王都へと来ていた。

「ロベリーから聞いたわよピノ様。弟弟子君が人間辞めちゃいそうなんだって?」

「辞めません! ちょっとエルフの聖樹と繋がってだけで・・・」

「それってもう十分・・・まあいいわ。それで、聖樹の魔力が弟弟子君の中に入って、それから段々染まっていって、最後は完全に弟弟子君の魔力になる、で合ってる?」

「うん、そう言ってた」

「そっか・・・んー、一応ペンダント間の通信を使ってるから、ピノ様が危惧してた魔力の変化には対応するとは思うけど、でもそれも完璧にとは言い切れないのよね。やっぱり魔力パターンの特定は必要か」


ミレアはロベリーからの情報とピノからの情報を統合し、そこからどうしても避けては通れない、とある疑問を投げ掛ける。

「結局その『聖樹の魔力』がどんなものなのか、それを確認するのが最初なのよね。ねえピノ様、聖樹の魔力について他に何か聞いてない?」

「んーーー」


昨日のカルアの話を思い出すピノ。

時々ニヤけるその表情は見ない振りしてあげる友人2名。

やがて、

「あっ、そう言えば「聖樹の魔力って根幹の魔力なんです」って言ってた」

「それだ!!」


根幹の魔力なら既に波長は分かっている。それとカルアの魔力からその中間情報を補間すれば!

「出来る。聖樹の魔力の変化は弟弟子君カルアの中に入った瞬間からもう始まっているはずだもの。それならきっと識別出来るわ」



こうして改良の方針が決まり、

「じゃああたしとロベリーで設計を詰めとく。今日中には出来ると思うから、今夜また来て」

「うん、ありがとう。じゃあ私、お昼の時間が終わりそうだからギルドに戻るね」

ピノは去っていった。


そしてその場に残ったふたりは、

「それにしても、ルピノスが魔力で特定されるようになっちゃったから隠蔽か擬装をしなきゃって話になってすぐ、今度はカルアくんの魔力が特定出来なくなっちゃいそうって・・・カルアくん、一体どこに向かってるのよ」

「あははは、付き合うピノ様も大変だ」

「その本人が一番楽しそうなんだからいいんじゃない?」

「そうかも」

と和やかに話しながら、夜の再会時にはリクエスト通りに改良を施せるよう、それぞれの職場に戻り、仕事と称して設計と検証機の作成を進めるのであった。




そして今日はピノとカルアの出発当日。

昨夜のうちに無事ペンダントのアップデートを済ませ、万全の態勢で望むピノ。

そしてそれはである。


「おはようカルア君。じゃあ今日はよろしくね」

「はい! こちらこそよろしくお願いします。それで、どこに向かえばいいんですか?」

カルアはピノに問いかけた。


予定では海を渡る事になっていたはず。

であればやはり出発地点はここから一番近い海、と言えば・・・

「うん、ヨツツメの海岸から出港するのがいいかな」

ピノからカルアの想像した通りの答えが返ってきて、そしてふたりはヨツツメの海岸へと転移した。



「綺麗・・・ついこの間あんな戦いがあったなんて嘘みたい」


最も海岸を破壊したのは誰か、などとここで語るのは無粋というものだろう。

海岸を抉る戦いの跡は綺麗に修復され、今は小さな城が海上に佇む静かな海岸の姿を取り戻しているのだから。


その平和な海岸を、暫しふたりで眺めていた。

いつしか互いの手をそっと握って。


やがて、

「ふふっ」

「あははっ」

お互いの顔を見て小さく笑ったふたりは、ここに来た目的を思い出した。

「そろそろ行きましょうか」

「はい、じゃあ船を出しますね」


そしてカルアは砂浜の上にソレを取り出し――

「え・・・?」

ピノは目を点にした。


「・・・ええと、カルア君? これ船じゃなくて、家・・・」

「あはは、やっぱりそう見えますよね。色々考えてるうちにこの形になっちゃいました」


見えるも何も、そこにあるのは砂浜の上に建つ小さな家そのものだ。

普通に四角い壁と屋根に囲まれ、正面には入り口の扉がある。

四方の壁にはそれぞれ大きな窓が付いているが、不思議とそこから中の様子は見えない。


「んーー、その考えた『色々』を教えてくれる?」

「まず最初は普通の船の形にしたんです。でもその後、この間のボートみたいに海面から浮かせるなら、別に船の形にする必要ないかなって思ったんです」

「うんうん、それから?」


「それで、じゃあ必要なものは何だろうって考えたんですけど、結界で囲んでベクトルで移動するんだから、僕たちが過ごす部屋だけあればいいんじゃないかなって」

「なるほど、そう来たかぁ」


確かにカルアの言う事は間違っていない。

むしろその内容は完全に正しい気がする。気がするのだが・・・

「でも不思議と『そうじゃないよ!』って思っちゃうのよね」

と苦笑を浮かべた。


と言いつつも、別に誰かに迷惑を掛けているでもないし、と割り切ったピノは、

「じゃあカルア君、私をエスコートしてくれる?」

カルアとふたり、船(家?)へと入っていった。




「ええと・・・うん、なるほどぉ」

入った扉が付いていたのは船の正面ではなく背面側、つまり進行方向と反対側の壁であった。

なので、今ピノの正面に広がっているのは大きなフロントウインドウ。

そしてその手前には、コンソールらしき物体と二人掛けの操縦席が設置されている。

部屋の右側に目をやるとそこにはキッチンが、そして反対の左側にはテーブルセットがあり、その向こうの壁には扉が付いている。


「あの扉は?」

訊いてはみたものの答えが予想できていたピノだったが、

「ああ、ヒトツメの家に繋がってるんです」

「ああそっか・・・」

その予想は簡単に覆された。

(トイレを作るんじゃなくって、トイレのある家に繋げたのかぁ)


「ああ、だからベッドとかも置いてないんだね。でもキッチンがあるのは?」

「だって・・・海の上でピノさんとご飯食べたいかなって」

「・・・っ!?」


心の中で身悶えるピノ。

大丈夫、その様子はカルアには気付かれていない。




そしていよいよ――

「「出発!!」」

操縦席に並んで座ったカルアとピノ。

ふたりを乗せた船は、冒険(と称したバカンス)の海へと滑り出したのである。


(あれ? そう言えばペンダントをアップデートしたから、問題はもう解決してるよね? 何で私、カルア君とふたりで船旅しちゃってるの?)


聖女の思し召しによって・・・

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