第113話 目指せ最高のシチュエーション

真っ白な空間で地面に座る僕、その前は1匹のスライムがいる。

「スティール」

うん。やっぱりスティール出来ない。

でも相変わらずスティール出来そうな手応えもあるんだよね。


「スティール」

出来そうで出来ないこの手応え。

まずはこれを突き詰めていってみよう。

この出来そうな感覚、そのより深い部分に答えが隠されているかもしれないから。


そして、それから何度もスティールと手応えについて考えるのを繰り返して・・・

「はぁ・・・さっぱり分からないや」

次はどうしようかなって考えてると、ふとシルの言葉を思い出した。

「スライムについて知らなすぎる・・・か」


スライムについて・・・ねぇ。

スライムって・・・そもそも魔物?

って魔物だよね、シルもそう言ってたし。

じゃあスライムの魔石は?

これもまたシルが言ってた。「魔物だから無いはずはない」って。

じゃあ何故誰も見た事がないんだろう。

もしかして、すっごく小さいからとか?


「普通に小さいだけだったら、きっとこれまでに誰かが見つけてるよね。って事は、目に見えないくらい凄く小さいとか?」


でもそんなに小さな魔石だと、身体中に魔力を送れない気がする。

・・・ん? 魔力を送る?


「そっか、次は魔力の流れの感知をやってみよう」


じっとスライムを見つめて・・・

魔力・・・魔力・・・スライムの魔力・・・


スライムの体と同じ形をした魔力を塊として感じ取るところまではできる。

でもその中の流れまではよく分からないや。

どうしようかな・・・


暫く考えてるうちに、ふとある事に気付いた。

「あ、校長先生に言われてた『魔力を感じ取る』訓練、あれ最近やってなかった」


そうだ、あの訓練をこのスライム相手にやってみよう。魔石を探すのなら魔力の流れを掴むのって凄く大事な気がする!


よし、やるぞーーっ!!





モリスからの知らせを受け、ピノはヨツツメの海岸へとやって来た。

「こんにちはモリスさん。それに校長先生とクーラ先生も」


そして結界の中のテーギガに目を向け、

「そう、あの3体がアレに進化したんだ・・・」

「それを証明できるものは何も無いんだけどねえ。ただまあ本人がそう言ってるからさ」

「そうなんだ・・・だったら直接訊いてみるのが一番早いよね・・・体に」

そう言ってピノは撲撲ボコボコ棒を取り出し、害虫タタキモードを起動した。



反応は劇的だった。

害虫タタキを持ったピノの姿を見るや否や、ガタガタと震えだし高周波のような悲鳴を上げるテーギガ。

『ヒィィーーーーーーーーーーー・・・』

やがてその悲鳴は止まり、

『恐怖の根源の襲来を確認。精神抑制発動。襲来前を100とした精神安定度は襲来により20に下落、抑制により70まで回復』

テーギガは自己分析と自己対処を行った。


「あの様子、前回よっぽど怖い思いをしたみたいね」

「あはははは・・・敵なんだけど、ああいう姿を見ちゃうとちょっと同情しちゃうなあ」

「しかし何と言うかあの様子・・・どことなく人間くささがあるな」

「そうねえ・・・あれって疑似人格的なものを獲得したのかしらね」


そんな感想と分析の中間のような会話をする3人に、

「あの反応、やっぱりあいつはあの時のアレだったみたいね。そっか、叩いて混じり合って、3体が1体になっちゃったのか。合い挽き肉みたいに」

そう頷くピノ。そして、

「それでクーラ先生、あそこの――テーギガだっけ?――をクーラ先生と一緒に倒せばいいの?」

と、これからの作戦内容を確認する。


「それなんだけどね、今カルアがアイツをスティールするための修行をしてるの。さっきああなる前に戦った感じだと、どうも普通の攻撃で倒しきるのは無理そうなのよね。だからね、私達の目的というか行動方針はズバリ、『カルアが修行を終えて帰ってくるまでの時間稼ぎ』よ」


クーラの説明を聞いて、ピノの表情が輝く。それはもう物凄く。

「何そのカルア君が超カッコイイ作戦っ!!」

そう、ピノもまたカバチョッチョの愛読者。

その名シーンに酷似した、非常に心に刺さるシチュエーションなのである。


故にピノは自分の役割を完全に把握した。

「理解したわ。私達にテーギガは倒せない。そんな私達の役割は、テーギガをここで足止めして、帰ってきたカルア君が指先ひとつで奴を倒すシーンを目撃する事! 修行頑張ってねカルア君。あなたの最高の舞台を私が整えとくから。・・・さあ行こうクーラ先生!!」


ザッザッザッ


ピノとクーラは肩を並べて砂浜を歩き、そしてテーギガの前に立った。

ピノは右手に持った害虫タタキを肩に乗せ、クーラはその手を魔力で輝かせながら。


そしてクーラは輝く右手を差し出し、

「さあ、相手をしてあげ――」

ドガアッ!!


その言葉が終わるよりも早く、ピノの害虫タタキが真上からテーギガに振り下ろされ、周囲を囲んでいたモリスの結界ごとその身を叩き潰した。


「ええっ・・・一番いいタイミングで結界を解除しようとしてたのに・・・っていうかそんな簡単に結界を破壊しないで欲しいなあ。一緒に僕の自信まで砕け散りそうだよ・・・」

モリスの結界は時空間魔法の『界壁』によるもの。本来そう簡単に壊せるものではない。


「もう・・・ピノ先生ったら手が早いんだから」

一方クーラはピノが結界を破壊した事をごく自然に受け止めている。

彼女もまたカルアの結界を破壊した者。今更その程度では驚かないのだ。


とはいえ、ピノがモリスの結界を簡単に破壊出来たのには当然理由がある。

何故ならピノの害虫タタキの先端は、モリスとラーバルが合作した攻撃用結界。

つまり、界壁に対して同等以上の界壁を衝突させて破壊したのだ。

以前カルア達との模擬戦でクーラが見せた「カルアタック」と同じ理屈である。



「じゃあ私も・・・っ!」

ピノの攻撃で踏み潰された蛙のような姿となり、すぐに人型を取り戻したテーギガ。

そのテーギガの懐に瞬間移動と見紛うみまごう速度で飛び込んだクーラは、

「ナックルバンカー!」

地面すれすれから魔力の拳でテーギガを激しく突き上げた。


そのあまりの衝撃にまたも人型を崩されたテーギガだったが、空中で最高到達点に達する前に再び人型を取り戻す。

そして自己の状態から敵戦力の分析を開始した。

『ダメージなし、エネルギー消耗微少。個体名『ピノセンセー』及び個体名『クーラクン』の攻撃脅威度を『低』と判定』

そしてその結果、

『精神抑制停止。敵は既に『恐怖』の対象ではない』

ピノとクーラを恐れるのを止めた。


『これより反撃を開始する』





スライムの魔力・・・

ぼんやりと感じ取る事は出来るけど、それをもっとハッキリとクッキリと感じ取りたい。

その為に一体どうすれば・・・


両手で掬うようにスライム持って、じーーーーーーーっ・・・

そのまま左右に引っ張って、うにょーーーーーーーん・・・

今度は左右から、ぎゅーーーーーーーっ・・・


「あはははは、何だコレ?」

この手触りと絶妙な柔らかさ、スベスベモチモチって感じ。それにひんやりしてるようで逆に暖かいようにも感じる微妙な温度感。

何だろう、だんだんスライムが可愛く思えてきた。


「スラスラさん・・・まずは・・・スライムの・・・可愛さ・・・の、理解?」

うわぁう!?


「・・・ああ、シルか。ビックリしたぁ・・・ってもしかして見てたの?」

「うん・・・さっきから・・・ずっと。・・・スラスラさん・・・ニヤけて、た」

え? うそ・・・

「ホントに? いつから?」

「うにょーーーーーーーん、の・・・あたり・・・から」

「ええぇ・・・」


ってそれじゃダメだよ。

「魔力を感じ取るのに集中しなきゃ!」

「ん・・・駄目じゃ・・・ないよ? ・・・色々・・・試すのは・・・大事」

「そう・・・かな?」

「うん・・・行き詰まった、ら・・・視点を・・・変える。やり方を・・・変える。・・・考え方を・・・変える」

ああそっか、そうかも。


「頑張っ・・・て」





落下を待ち構えるふたりに向け、テーギガは自らの姿を槍へと変化させた。

そして一瞬後方に噴出させた魔力を推進力とし、空気を切り裂き敵目掛けて突き進む。


「うわっと」

不意をつかれ、急いで飛び退くピノとクーラ。

さっきまで彼女らが立っていた場所に突き立ったテーギガの槍は、一瞬で人型へと姿を変えた。


「ちょっとピノ先生、今の」

「うん、槍への変化はともかく、魔力の操作と放出、あれって――」

「私の技から応用した?」

「多分」


テーギガから目を離さずに会話するふたり。

次の瞬間、そのふたりの懐にテーギガが現れた。

「え?」

「ちょっ――」

油断はしていない。

目は片時も離さなかったし、瞬きすらしていなかった。

だがふたりとも今のテーギガの動きを完全に見失ったのだ。


最早飛び退く暇はないと、慌てて防御するピノとクーラ。

そのふたりに向けて地面スレスレからテーギガの両の拳が襲いかかり、

『バンカー』

それは巨大な拳型の魔力となってふたりを空へと突き上げた。


「それ私の技ぁーーーー・・・」


強烈な力で突き上げられ揃って天高く舞い上がったピノとクーラは、空中でバランスをとり互いに近づいた。

それは当然、反撃の相談をするためだ。

(今から地上に転移する。到着と同時に挟み撃ちで)

(オッケー)


その次の瞬間、ふたりはテーギガを挟むようにその両隣に転移し、

「ナックルバンカー!」

「はぁっ!」

圧縮した魔力の塊を両サイドからテーギガに叩き付けた。


ドウゥゥゥゥン!!


それはまるで、テーギガを巻き添えにしたふたりの力比べ。

次元すら揺るがしそうなその魔力の渦に巻き込まれ、テーギガは為す術がない。


ぶつかり合い押し合う魔力はバチバチいう音からやがてギチギチという音に変わり、そして高周波と低周波が入り交じった音を発した次の瞬間、まるで爆発したかのように全方位に破壊の力を撒き散らす。


「ラーバル君っ!!」

「ああ!!」


あの破壊の波はヤバい!!

大急ぎで魔力爆発を結界で覆い、押さえ込もうとするたりの時空間魔法師。

結界は何とか間に合った。あとは――

「頼む、持ってくれよ!」


その願いも空しく結界の軋みは徐々に激しくなり、結界を構成する魔力はガリガリと削られていく。

「ちょっ、これ以上は・・・」

「モリスさん、上だ! 上に力を逃がそう!」

「そうか! よしっ!」


ふたりは今にも崩れそうな結界の回りに新たな結界を張る。

上を囲わずかなり壁を高くした、まるで煙突のような形の結界を。


ふたりの思惑通り、破滅の魔力は雲を突き抜け天へと駆け上ってゆく。

やがてその魔力は空気の層を突き破り、真空となったその通り道の先には一瞬だがクッキリと星空が見えた。

まるで空に穴が開いたかのように。


「あは、はは・・・とんでもないなコレ」

「ああ。これはもう『魔力災害』と呼べるレベルだ」




「あいつ、どうなった!?」

結界の中に視線を戻す一同が目にしたもの、それは――

「うそっ」

「何あれ」


そこあったのは、ぼんやりと光を放つ、絡まった毛糸玉のような銀色の物体だった。


「あれって・・・やっぱりそういう事かな?」

「ええ・・・あいつ、魔力を操作して防御に使った、わね」


そう、魔力の嵐から身を守るため、テーギガは覚えたての魔力操作により自らを魔力で覆った。

だが荒れ狂う魔力はその体をひねり、ねじり、引っ張り、そして擂り潰そうとする。

その力にテーギガの体は細く伸ばされ、歪み、絡まり、千切られそうになる。

だが、覆った魔力はその力にギリギリ耐え、その結果絡まった毛糸玉になったのだ。


そして全員の注目の中、テーギガは人型へと戻った。





よし、考え方を変えよう。

スライムの魔力を感じ取るんじゃなくって、スライムに僕の魔力を流してみる。

まず手のひらに魔力を集め、それを少しずつスライムへと流して・・・


スライムの魔力の通り道、そこを僕の魔力が通っていくんじゃないかなって。

そう思ったんだけど、僕の魔力は流れる事なくそのままスライム全体に充満し、そして外へと放出されていっちゃった。

残念!


次はどうしよう。

やりたいのは魔力の感知。

感知、感知・・・ああ、測定器みたいにパッと表示されてくれたらなあ・・・

ん? 測定器? あ・・・


「ねえシル、ちょっとそのメガネ、貸してくれないかな?」

「え・・・いいけど・・・ちゃんと、返して・・・ね?」

「もちろんだよ。今この場でちょっと試すだけだから」


シルのメガネを掛けてスライムを見ると・・・

「ええっ! コレ凄い!」

スライムに重ね合わせるように魔力が光で表示されて、視界の隅の方にはその波長とか強さとかが表示される。

このメガネ、想像してたのよりずっとずっと高性能だ。

やっぱりモリスさんは凄いなあ。


思わずシルの方を見ると、

「私を見ちゃ・・・だめ。・・・えっち!」

真っ赤な顔で抗議してくるシル。

「ごっゴメン!!」

慌てて目を逸らした。


あれ? でもこれって魔力が見えるだけだよね?

え? もしかして魔力を見られるのって、ハズカシイコト?





上方に飛ばした筈のふたりが一瞬ですぐ傍に現れ、そして攻撃を仕掛けてきた。

まるで転移したかのように。

だが、スキャンした魔力の波長によれば、ふたりとも転移が使える筈はない。

個体名『ピノセンセー』は時空間魔法に対する適性レベルが低く、もうひとりの個体名『クーラクン』は適性が全く無いのだ。

つまり先程の移動手段は謎。


そして今の同時攻撃の恐るべき攻撃力。

あの魔力の渦から身を守るため、多くの魔力を消耗してしまった。

もしあの攻撃を何度も繰り返し受けたら・・・


『脅威度を『低』から『高』に上方修正』

テーギガは、再びふたりを脅威であると判断した。



「不味いわね。あいつ、戦い方を学習してるわ」

「うん、それに魔力の使い方も。これ、長引けばどんどん不利になる」

そしてふたりはテーギガを視る。

「さっきのでそれなりに魔力は消耗したみたい?」

「ならもう一度やってみる?」

「うーん、さっきのは上手く不意打ちになったけど、さすがに警戒してると思う」

「よねえ」


そして、

「じゃあもう少し時間稼ぎに徹する?」

「うん、それがいいと思う」

「うーん、それにはどうすれば・・・あ、手数で勝負とか?」

「いいんじゃないかな。2対1でひたすら手を出し続けて、隙があれば・・・」

「よし、それで行ってみようか」


そこからピノとクーラの怒濤の連続攻撃が開始された。

それは正に阿吽の呼吸。お互いがお互いの攻撃の流れを察知し、ある時は重ならないよう自らの動きを変え、またある時はタイミングを合わせて攻撃する。

その変幻自在さにテーギガはついてこれない。


(あれ? これならもう一度行けそう?)

(それ乗ったわ。この攻撃を学習される前に噛ましとこうか)


そしてモリス達がこちらを見ている事を確認し、

「ナックルバンカー!」

「やっ!!」

左右から魔力を叩き付けた。


「げっ!」

「またか!?」


一瞬遅れて事態を把握する結界担当ふたり。

再び発生した強大な魔力のぶつかり合いを目にし、大急ぎで結界を張った。

慌てて張ったその結界は、いつもの慣れた形のもの。

つまり、先程の煙突型の結界と違い、単純に四角く囲んだだけのもの。

当然その結界が災害級の魔力を抑えきれる筈もなく、

「ああもう! 急いで張り直すよ!」


そして再び空に穴が開いた。





さっきからずっと、メガネをかけたり外したりを繰り返している。

メガネで見た魔力の映像をイメージしたまま、メガネを外してスライムを見る。

これって何て言うか、「出ている答えに合うように式を組んでいく」って感じ?

多分さっきまでみたいに闇雲にやるよりもずっと近道だと思うんだ。


そして実際、だんだんと魔力の掴み方が分かってきた気がする。

この調子ならもうちょっとで・・・


「視えた!」


スライムの中でうごめく魔力!

そうか、スライムの魔力は「流れる」じゃなくって「蠢く」だったんだ・・・

もう一度だけメガネの情報と見比べて、ちゃんと視えてる事を確認。

うん、メガネの情報と同じ視え方だね。魔力の位置も、そして波長も。

そして何となく分かる。そう、今ならきっと・・・


「ゴメンね」

だから僕は一言謝って、

「それと、ありがとう。・・・『スティール』」


――スキルが進化しました


そして僕の前には、まるで小さなスライムみたいにプルプルドロドロとした、ゼリー状の魔石が現れたんだ。



「さようなら、スライム君・・・」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る