第109話 ケットラの戦い 勇姿、そして

「がうっ(女神から離れろっ)!」


受け止めたテーセンの拳を跳ね上げ、がら空きとなったそのボディに突進したケットラ。

その猛烈なゼロ発進は強烈な体当たりとなってテーセンを撥ね飛ばした。



「ふうっ、助かったよケットラ。来てくれてありがとうよ」

自らの盾となって敵の攻撃を防ぎ、そして今も我が身を敵から隠すように前に立つケットラ。

そんなケットラにマリアベルは歩み寄り、その広い背中をそっと撫でた。

当然その手触りは極上のモフモフである。


「ぐるぅ(ぐるぅ)」

一瞬で尻尾が天を衝くケットラ。

思わずその場に寝転んで体を反らしそうになるケットラだったが、それはグッと堪えた。

当然だ、今は敵の前なのだから!

(・・・女神よ、後でじっくり・・・ぐるうふふ)


一方で何の我慢もないマリアベルは、手のひらに伝わる極上の感触を味わいながら、今のケットラの攻撃を分析していた。

「体当たりは通じるか・・・ああなるほどね、つまり広い面攻撃であれば流体で受け流せないって訳かい。だが吹き飛ばせはしてもダメージにはならないのか」


ケットラもそれは感じていた。

撥ね飛ばした瞬間の感触は、まるで水面に飛び込んだ時のよう。

叩きつけた力は相手を破壊せず、まるで柔らかく受け止め散らされた、そのような感覚が伝わってきたからだ。

「がうっ(これは一筋縄ではいかないか)」




そしてこちらはテーセン達。

突如として眼前がんぜんに現れ、その攻撃を止めただけでなく自身を後方に撥ね飛ばしたケットラに対し、彼らは一定の脅威を感じていた。

自分達を傷付ける事は無いとしても、行動を阻害しうる障害として。


だがあれは魔物だ。

人間やそれに属する種族ではない。

彼らの中核に書き込まれた本能ともいえる基礎命令『無関係な人類に危害を加えてはならない』の対象には合致しない。

以上から積極的排除が可能と判断、速やかに実行に移す。

そう結論付けたテーセン達はそっと視線を交わして互いの認識を統一、そして3体同時にケットラに襲いかかった!



「がうっ(女神よ、お下がりください)!」

テーセン達の意図を瞬時に悟ったケットラは、まずマリアベルに注意を促し、そして自らもマリアベルから離れるべくテーセン達に向かって突進した。

「ああ! 気を付けるんだよ!」

女神のお言葉を胸に。



ズブッ

爪を立てたケットラの拳がテーセン1号の腹にめり込み、一瞬だが抜き取る時間を要した。

それを隙と見たのか、左からテーセン2号が殴りかかる。

払い除けるように左腕を振ったケットラ、唸りをあげるその腕がカウンターとなった2号は、衝撃を受け止める事が出来ず吹き飛んでいった。


「る?」

今の違いは何だ? 最初は吹き飛ばず、次は吹き飛んだ。その違いは・・・

そして最強猫種の狩猟本能がその答えを導き出す。

奴等に有効なのは小さな攻撃じゃない、大きな攻撃だ!

そこからケットラの猛攻が幕を開けた。




ストレート系の軌道は全て捨て、外から巻き込むようなフック系に絞る。

若干上から下への打ち下ろし気味になるのは骨格によるものだ。仕方あるまい。

そして叩きつけるのは拳でも爪でもない。当然全て掌だ!

つまりこれは掌底とか掌打と呼ばれる面攻撃。

だが、端から見るとますます猫パンチにしか見えない。

いや、フック系の軌道を描くこれは猫ビンタと呼ぶべきか?


向かってくるテーセンの攻撃をある時は避け、ある時は受け止め、そしてその直後に強烈な猫ビンタを炸裂させる。

そして吹き飛ばす度に少しずつ前進を続け、テーセン達を徐々にマリアベルから引き離していった。


その勇姿を見守るマリアベル。そしてその横には――

「アーシュねえ様のお祖母様、大丈夫?」

「カルアお兄ちゃんのお祖母ちゃん、大丈夫です?」

セカンとセントラルの操化身アバターが浮かんでいた。


「ああ、あんた達がアーシュとカルアが言ってたダンジョンの精霊かい。はじめましてだね」

マリアベルの挨拶に微妙な表情を浮かべたセカンは、

「そうね。私ははじめましてだけど・・・」

と、セントラルにチラッと視線を送る。

「ラルは前に見てたですよ。ピノ様と一緒にうちに来て、うちの子達をひたすらモフり倒していったお祖母ちゃんの姿を。もちろんまだブラックリストからは消えてないです」


セントラルの言葉に気まずそうな表情を浮かべ、

「う・・・まあそれはなんだ・・・ええと・・・済まなかったね。でだ、あんた達がケットラをここへ連れて来てくれたのかい?」

緊急時につき今は軽い謝罪にとどめ、マリアベルは話を進めた。


「ついさっき、ここに来たいってあの子が突然言い出したですよ。何でも『女神の危機』とか何とか。カルアお兄ちゃんのお祖母ちゃんは女神です?」

「いや、そんな面倒そうな職に就いた覚えはないよ・・・まあでもそうか、あのケットラがね・・・」


「ですです。来たがったのはケットラちゃん、ラルはそのお願いを叶えただけです。この家にはセカンお姉ちゃんに連れてきてもらったですよ。セカンお姉ちゃんは前に来た事があったですから」

「来たって、いつの間に・・・」

以前セカンを連れ帰った事を、アーシュは家族の誰にも話していなかった。



そしてダンジョンの精霊達はテーセン達を指差し、

「それはそうと、あいつは一体何? 人間でもない、魔物でもない・・・そもそもあれ、生き物なのかしら?」

「ラルにもよく分からないです。あんなの見た事無いです」

揃って首をかしげる。

そして3人は、テーセン達の正体について推測を始めた。


「あたしもあんなの知らないよ。だが人でも魔物でもなく生き物でもないってんなら、あと残された可能性は・・・作り物くらいか?」

「作り物、作られた者・・・だとしたら作ったのは誰? 神様かしら?」

「そうさね、神様が生き物みたいなのを作ったってんなら、それはやっぱり生き物になってるだろうさ。だがあれは生き物じゃないだろう。それにどうにも・・・あいつらの設計思想というか考え方が、どことなく人間っぽいんだよねえ」


徐々に核心に迫る3人。

「じゃああれは・・・人間の作った魔道具?」

若干腑に落ちないような表情のセカンだが、自身のその表情も魔道具――操化身アバターによるものだという事には思い至らない。


「ああ。言ってるあたし自身も信じられないんだがね。第一あんな魔道具なんて見た事無いよ」

マリアベルも目の前のダンジョンの精霊達の体が魔道具――操化身アバターによるものだという事には思い至らない。あまりにも自然すぎて。


だが――


「ふたりとも何言ってるですか。今のラル達は操化身アバター、つまり魔道具の体ですよ?」

末の妹精霊からとうとう指摘が入った。


「「あ・・・」」

思わず顔を見合わせるマリアベルとセカン。


「ま・・・まあそうだね。自律型か操縦型かは置いておいて、人型の魔道具は確かに存在してるね。だけどまあ今ははそっちじゃなくってさ、あいつらが人型になったり流体みたいになったりするアレが問題だね。なあセカン」

「そうそう、そうねマリアちゃん。人型が問題じゃなくってあの攻撃を全部吸収しちゃう流体みたいなのがよく分からないんだよね」


そして何となくお互いの距離感が一気に縮まった。

「・・・まあ今は突っ込まないでおくです。それがラルに出来る精一杯の優しさです」



彼女らが暢気に話を出来ているのはケットラの奮闘があっての事だ。

こうしている間にも彼が3体のテーセンを相手にヒリヒリするような戦いを繰り広げているという事を忘れてはならない。

「がうっ(女神よ、見てる?)」



スピードとパワーはケットラが圧倒的に上回る。

だが、数で勝るテーセン達は徐々にその動きと連携を効率化させてゆく。

そしてそれとともに、戦いの趨勢は徐々にテーセン達へと傾いていった。

やがて――



テーセン1号の蹴りを両腕で受け止めたその時、

ドガッ

「ぐるっ」

地を這うように懐に潜り込んだテーセン2号が、体ごと跳ね上がるようにしてケットラの顎をその拳で突き上げた。


強制的に天を仰がされ一瞬動きが止まるケットラに、今度はテーセン3号が襲いかかる。

大きく振りかぶったその拳は、先程までなら当たる筈の無いテレフォンパンチ。

だがそれだけにその威力は大きく、

ドムッ

「がっ」

腹に突き刺さるとケットラの体はくの字に折れ曲がった。


テーセン達の連撃はまだ終わらない。

溜めとともに繰り出された、テーセン1号のサッカーボールキック。

ドゴォッ

「がぐうぅ」

鞭のように跳ね上がってきたその足は無防備な股間に突き刺さり、その勢いのままケットラの体は宙を舞った。

ヒェッ・・・



そして――

体勢を整えて構える3体のテーセン。

ぐっと身を低くし、そして宙に浮くケットラに向かって3体並んで跳び出した!

テーセンキーーック!!

ドガアァァァァン


3体同時の跳び蹴りをまともに喰らい、激しく体を回転させながらふっ飛ぶケットラ。

放物線を描いて地に落ちたその身体はそのままの勢いで転がり続け、やがてモフモフからボロボロへとその姿を変えた頃、ようやく停止した。マリアベル達の目の前に。


「けっ、ケットラーーー!!」

駆け寄りその体に手を伸ばすマリアベルだったが、

「待ってるです! すぐにダンジョンに連れ帰って治療するです! もうちょっとだけ我慢するですよ!」

シュンッ

ボロボロのケットラはセントラルとともにその姿を消した。


「・・・・・・」

虚空に延ばした手をワキワキさせるマリアベル。

「マリアちゃん何ぼおっとしてるの! あいつら来るよ!!」

セカンの声にハッと前を向くと、その視線は無表情でこちらを見つめるテーセン達の視線と絡み合い、そして――


シュンッ


テーセン達の背後に現れた影。

「ははは、僕・参・上!」

その影からの突然の声に、表情を変えず振り返るテーセン達。


――時空間適正、あり

――時空間適正、あ――

「はいはい、お帰りはあちらっと」

シュンッ

その声と共にテーセン達は姿を消した。




「いやあ、どうやらちゃんと跳ばせたみたいだね、よかったよかった・・・校長、大丈夫?」

「モリス・・・あんた、何で・・・?」

突然現れたモリスに、マリアベルは疑問しかない。

そしてそれはセカンも同じ。

「・・・ちょっとタイミング良すぎない?」



「モリス、説明しな」

マリアベルの言葉にモリスは自らの状況を話し始めようとしたが、その前に――

「校長、通信具、今も繋がってますよ」

「あん? ああ本当だ、繋がってるね」

マリアベルは通信具を操作し、モリスへの通信を止めた。


「校長から通信が来たんだけどさ、呼び掛けてくる様子もないしどうも様子が変だったからね、状況を掴むためにしばらく聞いてたんだよ。そしたら校長ってば何だか襲われてるみたいじゃない? だからさ、通信具の音を聴きながら校長の様子を『遠見』したってわけ」

「はぁん、まあいい判断だって言えるだろうね。で?」


「そしたら校長のいる場所が校長の家の敷地の中みたいだったからさ、とりあえず家まで跳んできて様子を見てたんだけど、いやぁ、あの虎っぽいのって何? 魔物なの? 実に見応えのある名勝負だったねえ」

「先!」

「ああはいはい。で、ずっとチャンスを窺ってたんだけど、あの敵らしいのってずっと魔力が鎧みたいに体をガードしててさ、どうにも転移させるのは無理そうだったんだよね。なんだけど、さっきの同時攻撃で一気に消耗したのか一時的にガードが緩んでさ、それで今だ!って跳ばしちゃったってわけ」


モリスの説明でようやく一連の流れが理解できたマリアベル。

横ではセカンも感心したように頷いていた。


「で、跳ばした先は何処なんだい?」

「うん、あいつら校長だけを狙ってたのか、それとも狙った対象に校長が含まれていたのか。そのあたりが分からなかったからさ、とりあえず人里離れた山の中へとね。もしあいつらが戻ってくるとしたら、馬くらいの速さで走れたとして、ここへと辿り着くのは明日の昼くらいかなあ。あ、でもその前に魔力の回復とかで休む時間も必要なのかな?」



とりあえず状況が理解できたマリアベルは、テーセン達の情報をモリスに伝えた。

何しろモリスも彼らに狙われる対象なのだから。


「なるほどねえ。つまり彼らは誰かが作った魔道具で、時空間魔法師を目の敵にしていると」

「ああそうさ。しかもあたし程度の適性でも対象になるくらいだからね、標的にされる奴は結構多いと思うよ」

「うーん・・・そのあたりは彼らの察知範囲にもよるかなあ。彼らが時空間魔法師を見つけられる距離や範囲ってどれくらいなんだろう?」


「そうさねえ・・・」

マリアベルは邂逅時のテーセンの様子を思い出しながら考えた。

あの時のテーセンはマリアベルの背後に立ち、そこで初めて時空間適性を判別したようだった。

「範囲は多分そんなに広くないだろうね。数メートルから長くても十メートルって程度だろうさ」


察知可能範囲の次は対処についての考察。

「で、身体は流体に変化させる事が出来て、物理攻撃も魔法も全然効かないと。しかも超高温も超低温も全然平気とか・・・はは、それってどうやって倒すの?」

「ああ、どうしたもんかねえ。結界で囲むってのは・・・試してみる価値はあるだろうけど、何だかあいつら平気な顔して出てきそうな気もするよ」

「あははは・・・そいつは困ったねえ」


軽そうな言葉とは裏腹に、モリスの表情は険しい。

そして、

「とりあえず出来る事と言ったらさ、時空間魔法の適性がある人達を彼らが発見できない場所に隔離しとくくらいかなあ」

「ああそうだね・・・って、そんな都合のいい場所あるのかい?」


モリスがセカンにチラッと視線を送ると、

「そっか、ダンジョンの中ね?」

セカンはその視線の意味に気付いた。

そう、ダンジョンであれば魔力を通す事はない。つまりダンジョンの外からは魔力による適性の判別も出来ないはず。


「セカン君、すまないけど君のところでお願い出来るかい?」

そのモリスの言葉にセカンは間髪入れず、

「いいわよ、あなたには色々とお世話になってるし。何なら森の中にお洒落なロッジも用意してあげるわ」

時空間魔法師達の避難場所は決まった。


「あとはヨツツメのアーシュやカルア達をどうするかだが・・・モリス、奴等の転送先はヨツツメの近くじゃあないだろうね」

「ああ、それは大丈夫。跳ばしたのはヒトツメの森から更にずっと向こうに行ったあたりだから」

「そうかい、なら大丈夫か。その方角ならセカンケイブからも離れてるからちょうどいいね・・・あ、ヒトツメと言えば確かピノの奴も少しだけど時空間に適性があったような?」



そこでふたりは顔を見合わせ、

「あはははは、でもピノ君だったら理不尽な何かで纏めて返り討ちにしちゃいそうな気もするなあ」

「ああ確かに。否定しきれないところが何ともねえ・・・」



そして結論。

「ピノ君には避難勧告じゃなくって敵の情報を伝えとこうか」

「ああ、ついでに『カルアも狙われてる』って一言も添えておこうかね」

自らのダンジョン内でのピノの理不尽っぷりを知るセカンもまた、彼らの案にコクコクと頷くのであった。




セントラルダンジョンの奥深く、ダンジョンコアのでケットラは目を覚ました。

「気が付いたです? とりあえずコアからの魔力である程度は回復したですけど、まだ無理しちゃダメですよ」

「がうっ(女神は?)」

「無事です。あなたの頑張りで救援が間に合ったですよ」

「がう(よかった)・・・」


女神の無事を聞いてひと安心のケットラだったが、それでも表情は晴れない。

「がう(俺は弱い)・・・」

彼の脳裏に浮かぶのは先程の敗北、そしてかつて成す術もなく敗れ去った――どころか相手に戦いとすら認識されなかった、ピノとの一戦。


「がう(強くなりたい)!」

それは彼の心の底から沸き上がる魂の叫び。

そして――

それに応える者が彼のすぐ隣にいた。


「最強猫種が更に力を求めるですか。ははは、面白い! だったらくれてやるです!!」

そう、このダンジョンの管理者であり、ここに生きる全ての魔物達を産み出した管理者が!




「ええっと、今は筋力と魔力のみのデフォルト状態ですか。で、ここから追加できるオプションは――」

ラルはダンジョンコアを操作し、彼に追加できるオプション能力を一覧表示させた。


「お、これは魔法師系のケットラメイジプランですか・・・うーん、何かちょっと違うですね。この子だったら特化させるよりもむしろ・・・」

管理画面の中で強化案をシミュレートし始めるラル。

「ええっと・・・身体能力と身体強化を軸に直接魔力攻撃も可能にして、あと属性魔法もサブ能力として使える程度には・・・うんうん、このほうがしっくりくるです」


強化の基本方針は決まったようだ。そして――

「おっ何これ『虎王激震掌』? 何だか心踊る名前に思わずポチっと・・・後は・・・お? 『猛虎裂地蹴』? これも中々のネーミング、ポチっと・・・ふふふ、やれる! 今使えるリソース全部つぎ込めば、どこまでだってやれる気がするです!」


だんだん楽しくなってきたラル。

そしてだんだん心配になってきたケットラ。


「がう(あの、程々でおねが――)」

「黙ってろ、です」

「がう(すいません)・・・」



ふと思う。

力とは軽々しく求めてはならないものなのではないか、と。

それはケットラの心の成長であった。




▽▽▽▽▽▽

ラル「再生怪人じゃないよ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る