第103話 いよいよ海合宿が始まりました
ネッガーのお祖父さんはまだ門下生への指導が終わってないからってそのまま道場に残り、僕はネッガーのご両親と弟と一緒に客間に移った。
「しかしさっきのは参った。あれは結界の魔法かな?」
「はい、そうです」
最初に話題となるのは、やっぱりさっきの立ち会いの事。
「やはりそうか・・・まさか結界にあんな使い方があるとはなあ。最近はよく使われる手法なのかな?」
「ああ、いえ、えっと・・・どうなのかな?」
他の人が使ってるかどうかなんて知らないよ?
「父上、おそらくあれを使うのはカルアだけかと。学校では『結界を動かす事は出来ない』と教わりましたので」
「ふむ、そうなのか。そうするとあの結界はカルア君独自の魔法という事になるな。その若さで大したものだ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「と同時に安心したよ。世の中の魔法師が皆あれを使い出したら、我々はどう対処したらいいか今のところ検討もつかんからな。とはいえ対処方法の研究は必要だ。まずは通常の結界を斬る技術からだな。結界か・・・ふふふ、斬りごたえがありそうだ」
話しながらだんだん目の輝きが強くなるネッガーのお父さん・・・えっと、ベスタさんだったかな。
ベスタさんが最後にニヤリと笑ったあたりで思わず目を逸らした。ネッガーを見るふりして。
だって・・・ねぇ。
「それでネッガー、本当に今さらなんだけどさ、こちらがネッガーのお父さん、なんだよね?」
「ああ、そうだ。こちらが父のベスタ、そして道場にいたのが祖父のスターだ」
「そうか、そういえば名乗っていなかったな。立ち会いに先入観を持ってもらいたくなかったので、敢えて名乗らなかったんだ。礼儀を無視し、すまない事をした」
「ああいえ、そんな」
ここでネッガーのお母さんが、
「あらごめんなさい、そういえば私も名乗っていなかったわね。私はネッガーの母、シルよ。よろしくねカルア君」
「えっ!?」
シル!?
「うん? どうしたの?」
「ああいえ、すみません。さっき知り合ったばかりのひとと同じ名前だったので」
「ははは、俺もさっきはどんな表情していいか分からなかったぞ。まさかダンジョンで母と同じ名を聞くとは思わなかったからな」
「まあ、そんな偶然もあるのね。でもこのあたりに同じ名前の人っていたかしら?」
「そのひとは愛称がシルさんなんです。それにこの街の人じゃないので」
「あら、そうなのね」
本名と住んでる場所は言えないけどね。
それから学校の事とか冒険の事とか色んな話をして、そして帰る時間。
ここから王都まで転移出来るっていうのはあまり言わないようにしてるから、ネッガーの家族には最終便の馬車で帰るって言ってある。
もうすぐその発車時刻だからね。
まあもちろん実際は転移で帰るんだけど。
「カルア君、是非また遊びに来てくれ。それまでに結界を斬る技を会得しておくからな」
「あははは・・・」
戦う事が前提のお誘いなんだ・・・
「じゃあお邪魔しました」
「本当に待っているからな」
こうして僕達は王都への途についた。
「待っているからなーーー!!」
決して振り返る事なく。
乗り合い馬車の前を素通りしてそのまま街を出た僕達は、来る時に使った転移スポットへ。
そこから王都の転移スポットまで転移して、王都の門をくぐったところでネッガーとはお別れ。
「今日はありがとうな。無事祖父と父にカルアが認められて安心した」
「え? 安心って?」
「ああ、口に出してはいなかったが、あの祖父の事だ、もしカルアが弱かったりした場合は、パーティを抜けるように言われていたかもしれん。と言ってもカルアの事だから、それについてはそれほど心配はしていなかったがな」
うそ、あれってそんな試験的な感じだったの?
「もうっ、だったら先に言っていてくれたらよかったのに」
「そうしたら張り切りすぎたお前が何をしでかすか分からんからな、ノルトとも相談して敢えて言わない事にしたんだ。お陰で祖父と父が無事にカルアを認めることが出来て、本当に安心した」
ちょっと待って、安心したのは僕の合格にじゃなくって家族の無事だったの!?
それに知らないところでノルトまで・・・
「じゃあまた明日、学校で会おう」
「うん、じゃまたね」
こうしてサーケイブダンジョンとネッガーのお宅訪問は、無事に終了した。
・・・僕達が無事、っていう意味だからね!
サーケイブから帰ってからは、何事もない平穏な毎日。
僕達のクラスに突撃してきたアイさんが、僕のせいでゴブリンだらけの魔物部屋に放り込まれて大変だったって愚痴を言ってきたけど、魔物部屋で訓練するって決めたのは僕じゃないからね?
・・・セカンに手配はしたけど。
ああ、セカンと言えば、セカンケイブが資源ダンジョンになったって大々的に発表されて、物凄い数の冒険者が押し寄せてるんだって。最新情報として授業で言ってた。何故変化したかは不明って事になってるみたい。
ラルは「さすがセカンお姉ちゃんです。ラルも負けてられないですよ」、セカンは「これでもう不人気ダンジョンなんて誰にも言わせない」だって。
そうそう、フィラストダンジョンのリフォームは順調に進み、ふたりはもうお手伝いが終わったんだって。で、どうなったのって訊いたら、「リーク禁止、ネタバレ禁止、ですよ」だって。
モリスさんによると、セントラルダンジョンは、セカンケイブフィーバーが落ち着いた頃に発表するみたい。「今発表すると、せっかくのフタツメのセカンケイブ特需を潰す事になっちゃうからね。セカンケイブにたっぷりお金が落ちてから発表する事になってるんだ。だから君達ももうしばらく秘密にしておいてね」だって。
そんな何事もない平穏な一週間が過ぎ去り、今日はいよいよ・・・
「みなさぁーーん、きょうはぁ、いよいよぉ・・・楽しい合宿の日ですよぉーーー。ええっとぉ・・・うん、全員揃ってますねぇーーー。じゃぁあー、外に出てぇ、大型馬車に乗ってくださぁーーい。間違ってぇ、他のクラスの馬車に乗ったらぁ、ダメですからねぇーーー」
そう、合宿に出発する日。
朝出発して到着は夕方頃の予定だって。
途中休憩はあるだろうけど、一日中移動っていうのは大変だなあ。
あ、もちろん冒険者は一日中歩いて馬車の護衛とか普通にあるから、馬車に乗っての移動が大変なんて言ってちゃいけないんだけど。
でも、
「ただ乗ってるだけなんて退屈よ! 護衛の練習って事にして、歩いて行きたいところよね」
なんて言ってる影のリーダーもいるし、まいっか。
馬車に乗ると、中には小さな木の椅子が通路を挟んで3つ、それが6列並んでる。
壁、椅子、通路、椅子、通路、椅子、壁、って感じ。
先頭切って馬車に乗ったアーシュと、そのアーシュに続いてパーティみんなで馬車に乗ったから、僕達の座席は一番前になった。
乗り口が馬車の一番後ろで、前から順に乗る事になってたから。
「じゃあカルアが真ん中ね。どうせワルツもカルアの隣がいいんでしょ?」
「もちろん。今のカル師は、共有資産」
「きょっ共有って!?・・・まったくもうワルツってば・・・まあいいわ。じゃあ座るわよ」
すぐ後ろの席にはノルトとネッガー。
オーディナリーダ区画って感じだ。
今回海に行くのは魔法師クラスと冒険者クラスで、他のクラスは山合宿。
馬車は全部で8台で、そのうちの4台が魔法師クラス用だ。
座席に少し余裕があるけど、クラス用馬車の1台が故障した時に、残り3台に分散して乗れるように、だって。
馬車の行列は王都を出て、街道を南に進む。
アーシュが用意したパーティ用馬車みたいに快適じゃないけど、揺れはそんなでもない。
出発して1時間くらいたったところで、馬車は街道の端に寄せて停車した。
もう休憩なのかな?
この馬車の引率は回復魔法のバリー先生。
一番後ろの席に座るそのバリー先生から、停車に軽くざわめく僕たちに声がかかった。
「えー、それではここからしばらく馬車の揺れ軽減機能を停止します。これは、揺れ軽減にどのような魔法が使われていて、どれほどの効果があるのかを身をもって体験してもらうためです。ああ、ちなみに冒険者クラスの馬車も同様に機能停止しますからね。冒険者志望の皆さんには一般の安馬車というものを体験してもらうという事で」
再び馬車が走り出すと、ガタゴトと揺れが激しい。
もう馬車の箱ごと大振動って感じ。
「わっ!」
「痛いっ!」
「危なっ!」
あちこちから聞こえてくる声。
少し経つと揺れには慣れてきたみたいだけど・・・
「ちょっとコレ、椅子が・・・」
「尻が痛い」
「くぅぅ・・・クッションとか欲しい」
そんな声が車内のあちこちから。
そんな中、僕達オーディナリーダは共有ボックスからそれぞれ自分のクッションを取り出して、その上に座る。
「うん、やっぱこのクッションいいね」
「だね。あの馬車は凄すぎてあんまり実感出来なかったけど、今のこの揺れだとはっきり分かるよ」
そう、セカンケイブに行く時に用意した、あのクッションに。
「くっ、あいつら・・・」
「何て用意のいい」
「羨ましいぜ」
そんな声が後ろから聞こえてくる。
今は後ろ見ない方がよさそう。
「カル師見て、わたし、クッションを改ぞ――」
ガタンっ
石踏んだ!? 揺れが強――
「わー・・・むふっ」
身を乗り出して話しかけてきたワルツが降ってきた。
座ってる僕の太ももの上に、顔から。
「なっ!? わわわわワルツあんた狙って――」
「ええっと、ワルツ大丈夫?」
「大丈夫じゃない。もう少し、このまま。すぅはぁすぅはぁ」
「はっ、早く離れなさいよ!」
「無理、まだ揺れが」
ちょっ、頭をぐりぐりしないでーーーーっ!
「そんな姿勢で首を振るんじゃなーーいっ!」
アーシュ、走ってる車内でそんな身を乗り出したら――
ガタンっ!
また石踏んだ!? やっぱりフラg――
「きーやー」
むにゅっ――
今度は左からアーシュが降ってきた。
僕の後頭部に、胸元から。
この体勢から背筋だけでアーシュを支えるなんて絶対無理。
押し潰された僕はそのまま前屈みになって、太ももの上にあるワルツの頭の上にお腹から覆い被さり、その僕の上にはアーシュが覆い被さってる。
く、苦しい・・・上下から押さえられて・・・息が・・・っ
・・・・・・だんだん意識が・・・うう・・・
「えー、何だか最前列が面白い事になっているようですが、振動軽減なしの体験はここまでです。最前列の3名は自分の座席に戻るように」
気がついたら馬車が停まってた。
ふふっ・・・
クスクスクス・・・
小さな笑いに包まれる車内。
その中を恥ずかしそうに席に戻るアーシュ、そして何故か満足げに席に戻るワルツ。
僕はようやく新鮮な空気を吸い込む事ができて、ようやく頭がシャキッと。
吸い込んだその空気は溜め息に変わって出ていったんだけどね。
ふぅ・・・
その後は特に何事もなく、休憩とお昼ご飯を挟みながら馬車は進み、やがて――
「ねえ、あれもしかして海じゃない?」
どこからかそんな声が聞こえてきた。
そしたらみんな横の窓から外を指差して、馬車の中はもう大騒ぎ。
もちろん僕もね。
海は前にモリスさんにあちこちの転移スポットに連れていってもらった時に見た事があったけど、馬車とかで移動しながらだと見え方も感じ方も違うなあ。
なんて言うか・・・「はるばる来たんだ!」って感じで。
海の近くって事は、もうそろそろ合宿所に到着するのかな?
あとどれくだいだろう。何だかテンションが上がってきた!
急に賑やかになった馬車はゴトゴトと街道を進み、やがて分かれ道を左へ。
「今の道を右に進むとヨツツメの街です。ほら、よく見ると遠くに街が見えますよ」
ああ、言われてみれば。
「もう間もなく合宿所に到着です。みなさんそろそろ降りる準備を始めてください。忘れ物をしないよう気を付けるように」
それからしばらくすると馬車は大きな建物が建っている敷地に入っていき、そしてその建物の前で停まった。
「はい、ここが合宿所です。では皆さん馬車を降りてクラスごとに集合してください」
着いたーーーっ!!
馬車から降りたみんなは思い思いに伸びをしたり、他の馬車に乗っていた友達と感想を言い合ったり。
パーティのみんなもそれぞれ他の友達のところに行って話をしてる。
「なあカルア、お前達あのクッションってどこで買ったんだ?」
そんな中、近くにいたモブリックがそんな事を訊いてきた。
「ああ、あれ? 王都のすっごく大きな道具屋で買ったんだ」
「おっ、あの店か。よし、今度俺も買ってこよ。おーい、モブロー! 今度クッション買いに行こうぜー」
遠ざかっていくモブリックと入れ違いに、今度はルルモーブさん。
「それでカルア君、結局あなた、アーシュとワルツのどちらを選ぶの?」
答えにくい質問キター!
アーシュが従姉妹だっていうのは秘密だし、ワルツは何て言うか・・・
ピノさんの事は言わない方がいいだろうしね。
多分これからも時々先生しに来るだろうから。
返答に困ってると、
「まあ私がどうこう言う話じゃないけどね。でも、あなた達の関係を気にしてる子って結構多いのよ?」
そう言って、がんばってねーーっと手を振りながら離れていった。
「はーーーい、魔法師クラスのみなさーん、先生のところに集まってくださぁーーい」
おっと、集合がかかった。
「はーい、いいですかぁ、今からちょっと早口で説明しますからぁ、ちゃぁーんと聞いていてくださいねぇ」
そう前置きして、レミア先生が説明を始める。
「じゃぁあー、いきますよぉーー・・・キリッ・・・今日はこれから部屋割りのあと夕食となります。部屋はもちろん男女別々となります。男子は3階、女子は2階になりますので、それぞれの別の階には絶対に行かないようにしてください。夕食は1階の食堂で全員一緒にとってもらいます。お風呂は1階にある大浴場です。男女それぞれ時間を区切っていますので、その時間内に入ってください」
おおっ、早口・・・って程じゃないけど、普通のしゃべり方!
「それで明日からの予定ですが、まず明日はヨツツメの街の見学です。街までは全員で馬車で移動、到着後に班に分かれて自由行動となります。見知らぬ街で仲間達だけで行動する訓練ですので、くれぐれもふざけたり周囲の迷惑となるような行動をとらないように。昼食は各自それぞれ街でとってください。夕食は合宿所に帰ってから全員でとります」
おおー、明日は自由行動かあ。
「その次の予定ですが、明後日からの3日間は特別講習となります。私たち魔法師クラスは当然魔法の授業が中心です。ビシバシいきますからね」
それってもしかしてレミア先生の特別授業なのかな。ワルツとネッガーの座学を得意科目に引き上げた、あの伝説の・・・
「その次の日はお勉強はお休みです。一日海でリフレッシュですよー。でもみなさん、くれぐれもぉ日焼けには注意してくださいねぇ。回復魔法を使える人はぁ、日焼けで苦しそうな人がいたらぁ、回復してあげてくださぁい」
ここで海か・・・
って言うか、だんだんしゃべり方が戻って・・・
「その後はぁ・・・4日間の特別講習でぇーーす。皆さぁん、お勉強、がんばりましょおねえぇぇ。最終日にはぁ、後夜祭がありまぁーーす。花火とかもぉ、上げちゃいますからぁ、皆さん、期待しててくださいねぇーーー。そしたら合宿は終了でぇ、次の日に王都に帰りまぁーーーす」
はは、もう完全にいつものしゃべり方にもどっちゃった・・・
普通モード、短かったなあ・・・
部屋は3人部屋で、ネッガーとノルトといっしょ。
ふたりとも寮生活だからかな、こういうのは何だか慣れた感じだった。
夕飯は魚料理が美味しかった。
煮た魚とか焼いた魚とか。
もしかして海の魔物とかも入ってるのかな?
大きなお風呂に入って、部屋で少し話をして、眠くなってきたところで今日は終了。
明日はヨツツメの街かぁ・・・楽し・・・み・・・・・・
少し時間が戻って、ここはヒトツメの街。
朝のラッシュが終わり、ゆったりとした時間が流れる冒険者ギルドである。
ピキキーーーン☆
「えっ!? これってまさか」
突然のセンサー発動。
ヒュォーイ、ヒュォーイ、ヒュ・・・
その次の瞬間、ピノの頭の中に鳴り響くこの音は――
「今度はカルアラート!? ってあれ? 止まった?」
「何これ? カルア君の身に一体何が起こってるの!?」
カルアサンドイッチとそれによる一時的な窒息に反応したセンサーとアラート。
「これ行くべき? それとも信じて待つべき? どうしよう・・・私どうしよう・・・」
まったりとした時間の中、ひとりあたふたするピノであった。
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