第102話 ネッガーの家でブギーな胸騒ぎ

「ねえシル君、スライム研究の第一人者である君に、ひとつ訊きたいことがあるんだけど」

「第一人者・・・ふふ・・・何でも、訊いて?」


モリスさんからシルへの質問。


「スライムってさ、僕達の間では『魔石を持たない魔物』って言われてるんだけど、実のところはどうなのかな?」

「スライムの、魔石・・・魔物だから・・・無いなんて、事は・・・ない筈。・・・でも・・・私も、見た事・・・ない」

「ふむ・・・見た事はないけれど、きっとある筈・・・と。だったらやっぱり、ここはカルア君の出番、って事だろうねえ」


そう言って僕のほうを見るモリスさん。

スティール・・・ですね?


「何故・・・カルアの・・・出番? スラスラだから?」


不思議そうに僕を見るシル。

ぼくわるいスラスラじゃないよ?


「うん、君も見たんじゃないかな。カルア君の『スティール』スキルはさ、生きている魔物から魔石だけを抜き取るスキルなんだよ」

「ああ・・・あの・・・インチ・・・キ」


今インチキって言った?

そんな事今まで誰にも言われた事なかっ・・・あれ? あったっけ?


「うんうん、その反則じみた能力でさ、さっきスライムの魔石を抜き取ろうとしたんだよ。なんだけど、どうも上手く行かなくってねえ。で、カルア君曰く、スキルの進化が足りてないんじゃないかってね」


「スキルの・・・進化?」

「そうさ。スティールスキルは進化するんだ。まずコアスティールに進化して、そこからコアスティールDp2デプスツー、更にコアスティールDp3デプススリーに進化してね、その都度今までスティール出来なかった魔物の魔石をスティール出来るようになっていったんだ」

「・・・イン・・・チキ」


2度も言った・・・


「でさ、その時のカルア君の感想が、『進化したら出来そうな手応え』だったんだよね」


シルの僕を見る目が、さっきまでのちょっと嫌そうな感じから、すごく興味を持った感じに。


「興味、深い。・・・スライムの、魔石・・・私も・・・見て・・・みたい。・・・スライム、研究が・・・捗る・・・かも」

「うんうん、一気に新しいステップに進んじゃうかもねえ。という訳だからさ、頑張ってスティールを進化させてね、カルア君」

「よろ・・・しく」


どうもそう言う事になったみたい。

次の進化かぁ・・・今度はどんな魔物を相手に修行すればいいんだろう。

やっぱりスライム、なのかなあ。



そしていつもみたいにシルの魔力の計測。

でもいつもと違う点も。

「その・・・計測器・・・私も・・・試し、たい」

「これかい? うん、こっちの作業は終わったからいいよ。はい、どうぞ」


モリスさんから眼鏡を受け取ると、シルはそれをかけて、

「ブロッケン、君・・・水から・・・順番に・・・魔法・・・使って」

そう新種スライムに呼び掛けた。


ひととおり新種スライムの魔法を見て、

「なる、ほど・・・数値化・・・分かり、やすい・・・品種、改良に・・・使えそう」

眼鏡が気に入ったみたい。


「だったらオートカに・・・あ、オートカって言うのは、その眼鏡を作った僕の友人なんだけど、オートカに君の分を作ってくれるように頼んどくよ。ほんとはその眼鏡をそのままプレゼントしたいところだけど、今日はそれに入ってる君のデータを持ち帰らなきゃ行けないからね」


「やった・・・うれ、しい・・・」

そして操化身アバターを見てふと気付いたみたいに、

「その・・・操化身アバター、用のも・・・欲しい」


「うーん、それだとちょっとイレギュラーなサイズになっちゃうなあ・・・サイズを会わせるのが難しいかも」

「だっ、たら・・・操化身アバター、で・・・ついて・・・行く、から・・・これに・・・合わ、せて・・・作って。・・・あと・・・あなたの・・・研究室、も・・・見て・・・みたい」


こうして、シルはこれからモリスさんについて行く事になった。




で、今日はダンジョン前で現地解散。

「じゃあみんなまたね。僕はシル君と一緒にこのまま王都に戻るから」

「シルお姉ちゃんを頼むですよモリス。変なところに連れてっちゃダメですよ。カルアお兄ちゃん、またねー、です」

「うん、じゃあみんな、またね」


そして僕はネッガーと一緒に、ネッガーの家へと向かう。

だって家族を紹介したいって家に招待されてるから。楽しみ。



しばらく歩いて、ミツツメの街に到着した。

その門を通る時、

「おや、若じゃないですか。今日は里帰りですか?」

「そんなところです」

門衛さんとそんな会話を交わすネッガー。


「若ってネッガーの事?」

「ああ、うちは剣術道場をやっていてな、門下生達からは昔からそう呼ばれている」

「ああ、なるほど」


うん、何て言うかイメージ通り。

それでお父さんが街の警備隊の隊長さんとか・・・いやもうますますイメージ通りって感じだよ。


そうして少し歩いて到着したネッガーの家は、木造平屋の大きな一軒屋。

敷地の中には広い庭があって・・・あ、あの離れが道場なのかな?

「さあ、入ってくれ」


広い玄関、その先は一段高い板張りの床。

って事は靴を脱ぐタイプの家かな。


「ようこそいらっしゃい。カルア君、でよかったかしら」

「はい、カルアです。ネッガーにはいつもお世話になってます」

「あら、しっかりした挨拶をありがとう。良い友達が出来てよかったわね、ネッガー」

「はい、母上。カルアは俺には過ぎた仲間だと思っています」


そしてネッガーのお母さんの横に立つ・・・小さなネッガー?

「こんにちは、僕はローンです。ようこそいらっしゃいました」

「こんにちはローン君。僕はカルアです」

小さなネッガー改めローン君はネッガーのほうを向き、

「兄上っ!」

良い笑顔。

ネッガーの事が大好きなんだろうなあ。


「良い挨拶だったぞ、ローン」

「はいっ! ありがとうございます!」

「さあ、中へとどうぞ。あ、靴は――」

「ええ、脱いで上がるんですよね。大丈夫です」

「ふふっ、よかった。結構馴染みのない方もいらっしゃるから」




ネッガーのお母さんに案内されて進んだ先は・・・道場だった。


予想外! でもやっぱりイメージ通り。


「おお、来おったか。お客人もよう来なさった。いきなり道場に連れられて驚いただろうが、なに大した理由ではないぞ。人となりを見るのにはここが最も適した場所、というだけの事よ」


はは・・・イメージ通り・・・の展開になりそう。




「立ち会い二本、まずは木剣のみ、魔法、スキルなしとする。さあ始めい」


僕の前に立つのは強そうなお弟子さん。

それにたくさんの人に見られてて、ちょっと緊張する。


剣は・・・ヒトツメで冒険者の人達に教えてもらったものだから、多分正式なものじゃないだろうし、ほとんど狩りにしか使った事ないんだよなあ。


でもまあどうやったって剣技で勝てる訳はないし、僕に出来る事をやるしかないか。


「やっ!」


間合いを詰めて、両手で持った剣を振り下ろす。

相手のほうが背が高いから、肩口から胸にかけての太刀筋になる。


やっぱりというか当然というか、軽く合わされて、そのまま剣筋を外側に逸らされちゃった。

でもこれは想定通り。

初めから止められるか逸らされるだろうって思ってたから、流された剣の行先に合わせて、軸をぶらさないように身体ごと外側にステップ。


よし、重心は前に残ってる。

このまま正面、相手の脇腹辺りに身体ごと突き!

いけぇっ!!



お弟子さんは半身の状態からすっと半歩下がって――

そんなあっさり躱さないでよっ。

で、そのまま僕の剣の上に自分の剣を叩きつけ、剣を落とさないように踏ん張る僕の頭に、剣から離した片手をそっと乗せた。


「うむ、それまで。 お客人、カルアと言ったか。その剣、狩人の剣だな。ウルフを想定した動きと見た」

「あっはい! その通りです」


そう、あの突きはウルフの初激を受け流しつつその脇腹を、もしこちらに向きを変えたら喉元を狙うもの。

それを対人に応用してみたんだ。

・・・今の僕に出来るのはこれくらいだから。


ネッガーの・・・おじいさんだよね? ――まだ紹介されてないし名前も聞いてないけど――は、にっこり笑って、

「うむ。素直な良い剣だったぞ。これは次も楽しみよの」

そう言ってくれた。 ・・・って、『次』?


「よし、じゃあ続けて二本目ぞ。二本目は当然・・・『何でもあり』よ」


何でもあり?


首を捻ってるとネッガーが後ろから近づいてきて、

「魔法、スキルなんでもありって事だ。カルア、みんなの度肝を抜いてやってくれ。と言ってもこの道場を燃やされたらかなわんからな、火山弾なんかは止めておいてくれると有り難い。兄貴ゴブリンの時の戦法あたりがいいんじゃないか?」


兄貴ゴブリンの・・・ああ、あれか!


「あと身体強化も当然ありだ。ここでは誰もが普通に使用しているから、遠慮は要らんぞ」

そう言い残して下がるネッガー。


うーん、どうしよう・・・

循環少なめの身体強化スーパーモードだったら解禁しても大丈夫かなあ?



「さあ、始めい」


目の前でゆっくり構えるお弟子さん。

さっきまでと違って、その身体の中に魔力の流れを感じる。

これ絶対さっきよりも速くて強くなってるよね・・・


うん、まともにやりあうのは絶対無理!

ネッガーの案でいこう。

まずはこの立ち会いの空間、僕の周囲を除いた全てを結界で囲んでっと。

それをだんだん小さく小さく・・・


よし、お弟子さんの身体よりちょっと大きいくらいの四角形まで縮んだ。

あ、ここからどうやって攻撃したら・・・兄貴ゴブリンの時はワルツの加熱で・・・

って、これじゃ殺傷力高すぎ。これは却下。


だったらどうやって・・・あっ、いいこと思い付いた!

いくよっ、名付けてシャカシャカ作戦!

まず結界を傾けて・・・お弟子さんがバランスを崩して・・・よし転んだ。

じゃあ今のうちに足の下も結界で囲んでっと。

これで準備完了!


結界を縦に戻して、そのまま頭より少し上ぐらいまで持ち上げた。

そうすれば当然結界の中のお弟子さんも、立った姿勢のまま空中に浮かぶ。

うんうん、お弟子さんビックリしてる。それに見てるみんなも。

じゃあ・・・はじめるよーーーっ。


「シェイク」


結界を左右にシャカシャカと。

途中で斜めにしたり上下にシャカシャカしてみたり。

お弟子さん、頑張って結界の壁に受け身をとってるけど、それごとゴッツンゴッツンと。

あ、でもけっこう慣れてきたみたい。

あまり結界の壁にぶつからなくなってきた。

じゃあ次いってみよう・・・


「回転」


結界をぐるぐるぐるぐる・・・

お弟子さんごと、ぐるぐるぐるぐる・・・

回転の中心をずらしながら回してるから、結構ダメージあるんじゃないかなあ。


「そっそれまでえ! 終わり終わり! もう止めいっ!!」


あ、終わったみたい。

じゃあ結界を立てる向きに固定して、床に下ろして・・・


「解除」


お弟子さんは一瞬フラフラして、そのまま床に倒れ込んだ。

「「父上っ!」」

「ベスタっ!」


お弟子さんに駆け寄るネッガー兄弟とおじいさん・・・って父上!?

この人ってお弟子さんじゃなくってネッガーのお父さんだったの!?

どうしよう・・・お父さんシャカシャカしちゃった・・・


とりあえず回復を掛けようと一歩踏み出したところで、ネッガーのお母さんが、

「気にしなくて良いのよ、カルア君。あの人も見た目に騙されて完封されるとか・・・ふふふ、まだまだねえ。きっといい勉強になったでしょ」


ああ、お母さんもそちら側の・・・




しばらくすると、ネッガーのお父さんが体を起こし、でもまだ立ち上がれないみたいで、その場に座ったまま、

「いや参ったよカルア君。まさかここまで一方的にやられるとは思わなかった。ネッガーが所属するパーティのリーダーだと言うから、どれ程かと思っていたが・・・いや、その若さで大したものだ」

そう言って力なく微笑んだ。


「かかかかかっ、これは何と言う初見殺し。恐らく儂でもやられていたであろうよ。これ程の力を持ちながら驕ることなく謙虚に構える、うむ、ネッガーよ、実によい友を持ったな」

「ええ、カルアと出会えたのは人生最大の幸運だったと考えています」

「うむ、愉快愉快、実に愉快よ。かっかっかっ」



とりあえず怒られる事はないみたい。

よかったぁ・・・





――ネッガーが冒険者パーティのリーダーを連れてくる。

ネッガーの祖父で道場主であるスターは、そう聞いてカルアを検分する事を決めた。

「パーティリーダーとなれば、つまりはネッガーが命を預ける相手という事。ならばどれ程の人物か見ておかねばの」

「では父上、立ち合いを?」

「うむ。ベスタよ、下手に先入観を与えぬよう名乗らずに立ち会うてみよ」

「分かりました」

「かかかっ、如何に子供とは言え孫の命を預ける相手。ネッガーを預けるに値しないとなればその時は――」


そして当日。

ネッガーの母シルに連れられ、カルアが道場にやって来た。

(ふむ、見た目は普通の子供、いや身のこなしはそれなりに鍛えられておるか。だが洗練されたものではない、つまり実戦で磨いてきた証よの)


一目見てある程度カルアの実力を見切るスター。だが、

(む? これは・・・この者に底知れなさを感じておるとでも言うのか・・・まるで自らに枷を掛けておるかのような・・・いやまさか、の)

同時に不穏な何かも感じ取る。


(奴め、何を隠しておる? 恐らく剣技ではあるまい。なれば――)

「立ち会い二本、まずは木剣のみ、魔法、スキルなしとする。さあ始めい」



スターは驚いていた。

非常に短い立ち合いではあったが、カルアがしっかり戦術を組み立てて挑んできた事、そして拙いながらも実戦的な動きを見せた事。そして何より、

「その剣、狩人の剣だな。ウルフを想定した動きと見た」

冒険者として魔物を相手に研鑽を積んできた剣技、それを対人に――しかも剣技の実力が遥かに上であるベスタとの立ち合いの中で応用してきた事。


「うむ。素直な良い剣だったぞ。これは次も楽しみよの」

(これは驚いた。こやつ、きちんと技術を教えさえすれば、剣も相当やれるようになるのではないか? 惜しいの・・・いや、なれば我らが道場に入門させ儂自ら・・・)




スターの合図で二本目の『何でもあり』が始まった。

(何!? これは・・・魔力? 道場全体を魔力で覆ったのか?)

双方ともに動く気配を見せない静かな立ち上がり。

だったはずが、突如周囲に広がった魔力の気配にスターは気づいた。


(何だこれは・・・このような攻撃魔法は見た事が無い・・・いや、この感じは覚えがある・・・一体・・・何っ!?)

これから何が起きるのか推測しようとしていたスターの前で、その魔力がどんどん小さくなっていった。

(何だ? やろうとしていた何かを止めた? いや違う、収束の中心は――)



そして目の前でベスタがバランスを崩して倒れた。

(そうか! これは『結界』かっ!!)

その時になって、ようやくその魔力の正体が記憶と繋がった。

だが次の瞬間、更なる驚きがスターを襲う。

ベスタを閉じ込めた結界が、そのまま宙に浮かび、そして上下左右に激しく動き始めたのだ。


(なっ、何だとぉーーーーーっ!! 確か結界は張った場所から動かす事が出来ぬ筈。それを宙に浮かべ、しかもこれ程激しく動かす事なぞ――)


結界の中で成す術もないベスタ、しかし状況が掴めたのか慣れたのか、徐々に受け身による対応が出来るようになってきた。


(む、ベスタも対処してきたか。しかしこのままでは決め手がないまま決着がつかぬか。流石に結界を張った以上はカルアも攻撃出来んだろうからの)


この結界が外から中へはやりたい放題出来るという事実を、スターは当然知らない。

だが、更なる恐ろしい攻撃がベスタを待っている事もまた、知らなかった。


「回転」


目の前で激しく回転する息子。

顔は徐々に青ざめ、そして体は弛緩していく。

「そっそれまでえ! 終わり終わり! もう止めいっ!!」


地面に降ろされるベスタ。

一瞬立とうとするも、そのまま床に倒れ伏した。

「ベスタっ!」

思わず息子に駆け寄るスター。

と同時に、

「「父上っ!」」

彼の孫たちもまた、父の元に駆け寄った。



とりあえず、道場の床を汚す事態にならなかったのは幸運だっただろう。

もしも道場が酸っぱい匂いに包まれたなら、師範代が何もさせてもらえずに敗北したという事実が、より強く印象づいてしまっただろうから。


(うむ、こやつに剣は不要、剣を教えたいなどと、儂も随分と思い上がった事を・・・その前にどうやってこやつに勝つかを考え――というか勝ち筋が見えん!!)

自信を木っ端微塵に打ち砕かれたスター。



「かかかかかっ、これは何と言う初見殺し。恐らく儂でもやられていたであろうよ。これ程の力を持ちながら驕ることなく謙虚に構える、うむ、ネッガーよ、実によい友を持ったな」

それでもいい感じに話をまとめる事が出来たのは、実に僥倖であったと言えよう。



「ええ、カルアと出会えたのは人生最大の幸運だったと考えています」

「うむ、愉快愉快、実に愉快よ。かっかっかっ」




その笑顔の裏で――

ネッガーには、絶対にカルアと敵対する事が無いよう後で固く言い聞かせよう、と決意するスターであった。

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