第94話 そして辿り着いたあるパラダイス

ケットラ。

ケットシーの亜種にして最強猫種をそのルーツに持つ、まさに最強ケットシー。

見ただけでそうと分かる、他のどのケットシーよりも大きな体。

その体躯を支える強靭な骨格とそれを繋ぐ太く柔軟な筋肉、そのコンビネーションが生み出す驚異的なパワーとスピードが、ケットラを最強たらしめているのだ。


その最強ケットシーを目にした乙女達は・・・

「ヤバい、モフモフキングだ」

「うん、もう見ただけで分かるよ。あれは良いモフだ」

大事なのはむしろこちらだと言わんばかりの感想を溢す。


そう、ケットラが全身に纏うしなやかでコシのある体毛。それは決して刃を通さず衝撃はすべて散らし吸収する、まさに最強の鎧と言えよう。

だがしかし!

そう、だがしかしだ!

それはつまり、触れる者を天国へと誘う究極のモフと同義。

目の前に立つのは、究極のモフなのだ。

故に彼女らは強く決意する。必ずモフり倒すと。

必ずモフり倒すと!


「出会いは敵として。でもきっと私達は分かり合える。オトモダチになれる。だから私、悲しいけどあなたと戦うわ。そしてその戦いが終わった時・・・Youモフっちゃいなよっ! ・・・あれ? これだと何かちょっと違うわね、ええと・・・あ、Youをモフっちゃうわよっ! I mof you!」


ミレアはケットラをピッと指さし、そう宣言した。

言ってる事は無茶苦茶だが、モフりたいという意気込みだけはよく伝わってくる。

だが戦うと言った彼女、実は戦いの際はギャラリーと化す。

魔法による攻撃ではモフに傷を付けかねない、だから自らはこの戦いに適さないというのが、ミレアが戦いを回避する理由。

決して怖いとか面倒くさいとかではないのだ。決して。


そしてついに、モフる者とモフられる者の、意地とプライドとモフをかけた最後の戦いが始まる・・・




「見た感じ、これまでの子達とは段違いの強さかな。中級の始まりくらいのエリアでいきなりこれが出てくるって、ちょっとバランス悪くないかな。それともセントラルちゃん、おイタしちゃった、かな?」

軽く視線を上げ、何もない中空に向けて微笑むピノ。

その時――




「ひいっ、目が・・・目が合ったですっ! そっ、そんな・・・あり得ないです! あちらからの感知は不可能な筈です。ききききっと気のせいです! たまたま視線の先にちっちゃな虫でも飛んでただけです」


ケットラが出現したのは、決してセントラルの故意によるものではない。

偶々エンカウントの乱数テーブルからピノ達が極少の確率を引き当てただけなのである。

だがあの厄災は、どうやらそこに自分の関与を疑っているらしい。

その事実に全身の震えが止まらないセントラル。

そして・・・


「きょっ今日はもう寝るです! きっと起きたらあいつらはいなくなってるです! そうに違いないです! そうだったら・・・いいなあ、ですぅぅぅ・・・」

セントラルは取り出したマジカル布団を頭からかぶってダンジョンからの情報をすべて遮断、そのまま目を閉じ未来にジャンプするのであった。




「あれピノ様? なに見てるの?」

何もない場所をじっと見ているピノを不思議に思ったロベリー。

「うん、ちっちゃな虫が飛んでたのよ」

「ああ、虫が・・・ってあんたネコかっ!」

虫を目で追うのは猫の習性。迷わずそれを突っ込みに使うとは、このダンジョンで一気に猫レベルが上昇したのだろうか。


「ったく何言ってるんだい。ダンジョンに羽虫が飛んでるわけないだろうに」

こちらは冷静にツッコむマリアベル。だがピノは、

「ふふ、もういなくなったみたい・・・」

とひとりつぶやく。

一体何がいなくなったというのか・・・それはピノにしか分からない。



そしてピノは視線をケットラに戻した。

「さあ、始めましょうか」

視線を絡み合わせるピノとケットラ。

だがケットラはピノを警戒し動こうとしない。

最強ケットシーだけあって、ピノの強さを本能的に察知しているようだ。

だがその察知能力はまだまだと言わざるを得ない。もし正確に察知できていれば、即時撤退以外に選択肢は無いのだから。


「まずはあなたの強さを見せてもらおうかな。ギルドの受付嬢たる者、例え希少な魔物だとしても強さと危険度はきっちり把握しておかなきゃね」

そんな受付嬢の鑑みたいな事を言いながら、ピノは自らの気配をすっと薄めた。


その瞬間である。

まるでアクセルとブレーキを踏み間違えたかのように、ケットラは前に飛び出した。いや、飛び出してしまった。


これは気配を利用したピノのフェイント。

それに引っ掛かってしまったケットラは、想定していなかった自らの反射的な動きに、驚き焦った表情を浮かべる。

だがもう遅い! トルク重視のケットラ、そのゼロ発進はハンパないのだ。


止まれぬのならと、迷いを絶ち切るかのように繰り出す猫ぱんち、いや虎ぱんち。

だがそれは何の手応えもなくピノの身体をすり抜けた。


「ガル!?」

何が起きたのか理解できない。唯一理解できているのは、手を止めたら自分のターンが終了するという事。

止めちゃダメだ! 止めちゃダメだ! 止めちゃダメだ!

左右からの連撃をひたすら繰り出し続けるケットラ。


全く当たる気配がない焦りからか、その攻撃は徐々に速さと鋭さを増していき、そしてとうとうその能力の限界を突破したケットラ史上最強の一撃に到達したっ!

その時である。


「ふむふむ・・・このスピードの攻撃だと、喰らっちゃう冒険者さんは多そうだなあ。で、その衝撃の強さはどんなものかな、っと・・・」


ズドムッ!!

ボグッ!!

ビキッ!!


ケットラの体内に、衝撃と破壊の音が響き渡る。

周囲に響いていたのは虎ぱんちの風切り音のみ。だがケットラは、確かに自らの体内のあちこちから同時に鳴り響くその音を聞いた。


そして目の前の光景に目を疑う。

何と、自分が繰り出した虎生じんせい最高の右ぱんちが、少女が差し出した手のひらでピタリと止められていたのだ。


そしてそれによるフィードバックは――

右手が感じたその感触は、まるで壊れる事のない固い壁を力一杯殴ったかのよう。

そう、ケットラのぱんちを受けたピノのてのひらは、インパクトの瞬間にすら微塵の揺らぎも起きていなかった。

これにより、ケットラの放った最強の虎ぱんちに込められた全ての力が、衝撃となってケットラ自身の身体にそのまま襲いかかったのである。


それを認識した瞬間、先ほど衝撃音が鳴り響いた全身のあらゆる箇所が、今度は猛烈な痛みを発し始めた事に気付いた。


「――――ッ!!!!」


全身数十ヵ所の骨が砕け、身体を支える事が出来なくなり、その骨を繋ぐ筋肉は断裂し、その危機的状況をケットラの脳に伝え続ける。

つまり・・・途轍もなく痛いのだ。

もうそれが痛みなのか何なのかすら理解出来ぬ程に。

ケットラは転げ回る事も出来ず、ただ口から泡を吹いてその場に倒れ伏した。


「ピノ! あんたそれやりすぎだよ!! 『中回復』だっ!」

慌てたマリアベルの中回復により、際どいところで一命を取り留めたケットラ。

そして一同はほっと胸を撫で下ろした。


「そんな・・・だって私・・・ただ受け止めただけだもん」

ケットラの過去最高の一撃、それは大地を蹴る足を起点とし、その全てを右手に乗せた螺旋の動き。

確かに彼女の言う通り、ピノはケットラのぱんちを受け止めただけではある。

だがその最強の虎ぱんちは、全身を完全に連動させたその動き故に、止められた反動もまた全身の破壊に及んだのである。



危機的状況を超えたその身体はやがて弛緩し、痛みが引いた事に気付いたケットラは、うっすらとその目を開けた。

そして自らの身体を癒した魔力を感じ取り、それと同じ魔力を持つマリアベルにその目を向ける。

やがてその瞳は光を取り戻し、マリアベルに向けた眼差しは、感謝から恋慕、そして憧憬を経て信仰へと変わっていく。


「おや、目が覚めたようだね。何処か痛いところは残ってないかい?」

自分に話しかけてきたその女神は、どうやら自分の身を案じてくれているようだ。

これ以上女神に心配を掛けるわけには行かないと、ケットラは素早く立ち上がり、マリアベルの前に跪いた。


マリアベルはその突然の行動に驚きながらも、

「ま、まあ元気になったようでよかったよ」

とケットラに優しく声をかけ、自然にその頭から順にモフり始めた。

それを見れば他の乙女達もただ眺めているはずもなく――


「ししょーずるい! 私もっ!!」

「ベルベルさん、私も参加!」

ミレアとロベリーもケットラに突撃した。

女神の仲間に失礼を働く訳にはいかないと、ケットラはそんなふたりを柔らかく迎え入れる。

「「んもっふぁーーっ・・・最高っ!」」


そしてもちろんピノも、

「じゃあ私も――」

ずざざざざざーーーーーーーっ


その反応は劇的だった。

ピノの声を聞いた瞬間、ケットラは頭から尻尾まで全身の毛を逆立て、一瞬で遥か後方に飛び退く。

そして更にそのまま走るほどの速度でひたすら後ずさってゆき、背中からダンジョンの壁に激突。だがその足は、それ以上下がれないにもかかわらず、なおも後ずさろうと動き続ける。


「ピノ様ヒドい。ケットラちゃんあんなに怯えちゃって・・・」

ミレアが責めるような目でピノを見る。

「ええぇぇぇ・・・」


「かわいそうに、よっぽど怖かったんだねえ」

涙目のケットラに同情するマリアベル。そして、

「ピノ様、彼から5メートル以内への接近を禁止します」

完全にケットラ側に立ったロベリーから、そう通告を受けた。


「そんな・・・」

「諦めなピノ。あんたはそれだけの事をしちまったんだ」

「私何もしてないもんっ。ただ受け止めただけだもんっ!」

そんなピノの反論は受け入れられなかった。

そして怯えるケットラにそっと歩み寄り、優しくモフり倒す3人。

ピノはそれを遠くから眺める事しか許されず・・・


そして訪れた別れの時。

とうとうピノは最後までケットラの毛並みを堪能する事が出来なかった。

彼女が得たのは、ケットラの虎ぱんちの感触だけ。

そう、今も手に残る、肉球のすばらしい感触だけであった。ぷにっと。




いよいよ次は第10階層、今回の探索のグランドフィナーレである。

乙女たちに湧き上がる笑顔。

もちろんピノも先程までの悲しげな様子から一転、期待に胸躍らせている。

そしてついに――


「ししょー、天国は存在したんですね」

「ああ、あたしゃあついに約束の地に辿り着いたよ」

「我涅槃に至る。即ちニルバーナ」

「Et In Arcadia Ego」


降り立った乙女達を優しく迎えてくれるコボルトとケットシー達。

そこにいる誰も彼もが何の警戒心も持たず、ただひたすらに乙女達を歓迎してくれる。

そんな中、彼女達にトテトテと近づく一団があった。


「っ!?」

「うそ・・・」

「まだ上があったなんて・・・」


それは仔犬のコボルトと仔猫のケットシー達。

小型種のケットシーはジャケットに半ズボン、大型種のケットシーはTシャツと短パン、だが仔猫は・・・

「うわあ、仔猫のケットシーって服を着てないんだ」

生まれたままのモフの姿。

「ああ。だがそれがいい」


不器用に歩きながら近づいてくる彼ら。

時々ペタンと座り込んではまた立ち上がり、

「がんばって」

「あとちょっとよ!」

乙女達の声援を受けながら、とうとう乙女たちの元へと辿り着いた。


そんな仔犬たち仔猫たちを迎え入れた乙女たちの行動は当然――

「うわぁ、すっごくふわふわ」

「やだ、この子ってばこんな小さいのに全身モコモコよ」

「ふふ、この幸せそうな顔ったら」

優しく抱き上げ、そっと撫でるのみ。


そんな彼女たちの母性溢れる表情が、また更にモフモフの民たちを惹き付け、モフモフ達がモフモフされるべくモフモフと寄ってくる。

ここはそんなモフモフパラダイス。


モフモフと彼女たちを楽しませたモフ達だが、その仕草や様子もまた彼女達の目を楽しませる。

「見てあれ。コボルトとケットシーが寄り添って寝てるーーー」

「あっち! ほら、おっきなコボルトの肩にちっちゃなケットシーが座って・・・」

「ああっ、仔犬コボルトと仔猫ケットシーが遊び始めたよっ!」

「向こうの子達、追い掛けっこしてる!」


そんな中、ピノは嗜好に少し変化があったようで、

「ふふっ、ぷにぷに。こっちの子もぷにぷに」

個々の肉球の感触を比べ始める。

「仔猫のにくきう、やわらかい。・・・あれ? こっち子のはひんやりしてる。これもまた・・・」




どれくらい時間が経っただろう。

ほんの僅かのような気もするし、ずっとここにいたような気もする。

モフモフ達に囲まれた彼女らは、そして全身をモフモフに包まれ、だがそのモフモフ密度が徐々に下がっていくのを感じていた。


「時間切れ、かな・・・」

「まあそうだろうね。制限時間を設けなきゃ、ここに居座る連中が現れかねない」

「ししょー、私しあわせでした」

「ああ。あたしももう思い残す事は・・・って何辞世の一言みたいなこと言ってんだいミレア。思わずつられちまったじゃないか!」

「あーもう大満足! 来てよかったねーー」

「うん、とっても楽しかった」



そしてモフモフ達はひとり消え、またひとり消え・・・そして彼女たちを残して誰もいなくなった。

「・・・帰ろっか」

「そうね」

「ああ。ここまでさね」

「うん、もうこの先に進んでも仕方がないしね。じゃあピノ様、転移お願い」


こうして多大な成果を手に入れた乙女達は、大満足のままダンジョンを後にするのであった。

その第6階層から第9階層に、蕩け切った小型種の犬猫、心に傷を負った大型種の犬猫、そして信仰と恐怖に目覚めたケットラを残して・・・



そして翌朝。

布団から這い出たセントラルはダンジョン中をスキャンし、

「よかった、どうやら奴ら出ていったようです。わたしの作戦勝ちですぅ」

乙女達、いやピノがダンジョン内にいない事に心底安堵した。

そして被害を確かめるべくモフモフエリアの様子を確認し・・・


「どうしよう、この子達これじゃあ使えないですよ。何とか心を癒す・・・ならセラピスト・・・そうです! お客様の中にセラピストはいらっしゃ・・・ってこの子達がそのセラピストだったですぅ」

残されたコボルトとケットシー達の様子に、どうすれば復帰させられるか、それともどこかに再配置すべきか、と頭を悩ませるのであった。





某所。

薄暗い地下室に一人のエルフがいた。

「ぬっふっふ、ついに完成したぞ。時空間魔法を極めたわれが作り上げしこの最高の魔道具によって、我は人間どもに復讐を遂げるのだ。時空間魔法とは神の力。故に時空間魔法を使うのはエルフだけで十分。時空間魔法を使う人間など、この世に存在してはならぬのだ! ぬっはっはっはっはっはっは!!」


誰もいない部屋で一頻り笑い、再び真顔に戻った男は、

「では我が最高傑作、『時間超越転送装置28号』起動!」

コンソールを操作し、装置を起動させた。

ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン

低い音を響かせ、怪しく動き始める装置。


動き出したその装置は、2メートル四方の四角い台座と、その隅に設置されたコンソールで構成されている。

しばらくすると台座の上の空間にひずみが発生し、そこには周囲の光を吸い尽くしたかのような黒い空間が現れ、そして――


パンッ!

何かが破裂したような甲高い音が鳴り響いたかと思うと、台座の上には艶やかな金属の塊のような物体が3つ、そしてその脇に1冊の冊子が現れた。

その塊はひとつひとつがそれぞれ人ひとりくらいの大きさで、柔らかい材質で出来ているのか、その表面はゆらゆらと波打っている。


その冊子を取り上げ、冒頭の数ページに素早く目を通した男は、

「ぬははははは、さすが我だ。まさかこのようなものを用意していようとはな。しかも取説まで付ける周到さ、まさに天才、まさに完璧だ!」

と、興奮を抑えきれない。

男が手にしたそれは、どうやら謎の物体の取扱説明書だったようだ。


「これを使ってまずは王都に巣食う時空間魔法師達に一泡吹かせてやる。そしてエルフを騙る『カルア』とやらを誘き寄せ、他の時空間魔法師諸共一網打尽とするのだ! ぬくくくく、ぬふふふふ、ぬはははははははは!」


そして一頻ひとしきり笑ったのち、冷静さを取り戻した男。

「ふむ、まずはこいつらの性能チェックと動作テスト、そして性能を引き出すための訓練だな。完璧に把握できたらいよいよ作戦開始だ。待っているがいい、時空間魔法を使う人間どもよ。そして偽エルフ『カルア』よ!」


台座の上の謎の塊は、ただゆらゆらと揺らめいていた。




▽▽▽▽▽▽

皆さん、たくさんの温かく楽しいコメントありがとうございます。

返事は書けてないけど、すべて楽しく読ませていただいています。

あまりお待たせしないよう、何とか週に2話くらいのペースで更新していきますね。

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