「すみません。あまりのツッコミどころの多さに我を忘れてました」

冷静さを取り戻した校長先生。

よかった。ようやく授業が始まりそう。

「それでは、時空間魔法の時間に関わる部分を説明します。まず最初に訊きたいのですが、時間に関わる魔法についてはモリス氏からどのように聞いていますか？」

「時間魔法は『把握した空間を流れる時間に干渉する魔法で、空間の把握に慣れれば自然と感覚が掴める』って言ってました」

「なるほど。そのあたりの認識はやはりエルフとは違うようですね。それも確かに間違いではありませんが、実はエルフの間に伝わる鉄板の習得方法というものがあるんですよ」

時空間魔法に優れた種族に伝わる鉄板の習得方法！！

それってもしかして、謎のベールに包まれた秘密の・・・な感じ？

「あの、それって他種族には秘密にしてたりとか？」

「いいえ、そんな事はありません。ただ、この方法で教えるためには、教える側がかなりの魔力を保有したうえで時空間魔法を精緻に使いこなす必要があるので、教える事の出来る者が限られるんです」

「ああ、なるほど。それで・・・」

「そう、結果としてエルフしか教える事が出来ない方法となっているんです。ああ、でもモリス氏の程の力があれば出来そうではありますね。もし知っていたら、きっとやってくれたと思いますよ」

うん、僕もそう思う。モリスさんだったら大喜びで教えてくれそう。「これってエルフに伝わる秘密の習得方法なんだよ！」とか言って。

「では始めましょうか。この方法では火を使うことが一般的ですので、始めにちょっと場所を移動しますね」

そう言って校長先生は転移を発動。

ここは・・・どこかの森の外れ？　どことなく見た事があるような・・・あ、思い出した。前にモリスさんと「5分でゲットだ！　超高速ウルフ狩り」をやった時、最初に転移したあたりだ。

「ではちょっと準備をしますね」

そう言って校長先生は軽く視線を上げ、その次の瞬間、目の前に枯れ枝の小さな山が出来上がった。

「これって、焚き火の準備？」

「そうです。この習得方法には焚き火を使うんですよ」

焚き火を使った習得方法・・・火を囲んで語り合うとか？

「何だかちょっと楽しみです。ところで、この枯れ枝って転移して採って来たんですか？　なんだか突然まとまって出てきたように見えたんですけど」

「いいえ、転移してひとつひとつ集めるのも面倒だったので『転送で取り寄せた』んで・・・あ、しまった・・・」

「そっか・・・という事はつまり把握した範囲内から対象を指定して自分の前に・・・て事は『転送』って自分の前の物を送るだけが使い方じゃないんだ・・・あ、それじゃあもしかして、把握さえすれば『遠見』でも？　うわぁ、何それすっごく便利そう！」

これは是非試さなきゃ！　さっきの『隠蔽』もそうだけど、やっぱりエルフの時空間魔法ってもの凄く参考になるよっ！！

さあ次はどんな凄い魔法を見せてくれるんだろう！って校長先生の方を見ると、あれ？　何だかしょんぼりしてる？

「あああ、これ以上余計なものを見せないよう気を引き締め直したばかりだったっていうのに・・・」

「ええっと、これってもしかしてエルフの秘密の魔法だったり？」

「あいえ、そんな事はないですよ。秘密とかじゃあ全然ないです。ただ、カルア君は絶対しないとは思いますけど、悪用ができてしまう魔法ですから。使う時は、うっかり他人の持ち物を取り寄せたりしないように、十分気を付けて下さいね」

ああっ！　泥棒とかやり放題だ、この魔法。怖っ。

「んー、そんなうっかりで『スティール』は泥棒の魔法とか言われたら大変ですよね。『スティール』スキルまで変な誤解を受けそう」

「そう、その通りなんです」

「分かりました。そんな事にならないように、しっかり気を付けながら使い方を考えてみます。・・・あっそうだ！　そうだよ、これだったら『なんちゃって水魔法』の水を収納しとく必要がないじゃん。あ、じゃあもしかして、取り寄せられる火さえ見つかれば『なんちゃって火魔法』なんかも出来ちゃうとか？　そうか、だったら溶岩とかもいちいち土や石から作らないで、火山から取り寄せちゃえば・・・それに・・・」

「ああ誰か助けて・・・ちょっとした不注意からカルア君の加速が止まらない・・・」

おっと、ちょっと横道それちゃった。

時間もないし本筋本筋時間魔法っと。

「それで、この焚き火でどうやって習得できるんですか？」

「そうですね、ちょっと一瞬良くない未来を垣間（かいま）見たような気がしましたが、気を取り直して本来の目的である時間魔法の習得を始めましょう」

校長先生が枯れ木に『灯火（ともしび）』を放り込むと、枯れ木はゆっくりと燃え始める。

焚き火、完成。

「さて、それでは今から私がこの焚き火の空間を把握します」

そしてその言葉通りに空間を把握した校長先生からの質問が、

「カルア君、私が把握している範囲を感知する事は出来ますか？」

「何となくですけど、感じ取れます」

モリスさんの転移の前兆を感じられるようになってから、誰かが魔法を使った時の違和感みたいな感じがだんだん分かるようになってきたんだよね。

「それは素晴らしい。エルフでもこれが出来る人は本当に少ないんです。その感覚はこれからの魔法の習得や使用にとても役立ちますから、是非とも大切にして下さい。では続けますよ？　これから私が干渉を始めますから、焚き火とその周囲の把握した空間をよく見ていて下さい」

そう言われ、焚き火をじっと見ていると・・・あれ？

「燃えるのが、早い？」

焚き火は、火の勢いは変わってないのに凄い速さで燃えていき、もうあっというまに灰になっちゃいそう。

ああ、消える・・・えっ！？

消えそうになった火は、まただんだんと大きくなって、灰から炭へ、そして枯れ木へと戻っていく。

これって・・・

「今、把握した空間内の時間を進め、それから流れを逆にして戻していきました。ではもう一度行きますよ？　次は把握した空間に感じる違和感などにも注意してみて下さい。その違和感は魔力の流れなどに由来するものですから」

そしてまた火は燃え尽き、そして燃え始めるところまで戻り、そしてまた・・・

それを何度か繰り返し見ていると・・・あ、違和感みたいなのをだんだんハッキリと感じ取れるようになってきたかも。

「それでは次のステップです。私が把握している空間を覆うようにして、私のより少しだけ大きな範囲を把握してみて下さい」

はい把握っと。

「ふむ、いいですね。それではその状態でもう一度時間を動かしますよ」

そう言って校長先生がまた焚き火の時間を操作すると・・・

「うわっ、凄い！　これが魔力の動き・・・、それに流れ・・・」

「ふふふ、どうやら魔力の動きは感じ取れたようですね？　では続けて焚き火周辺の時間の流れにも注目してみて下さい」

ああ、これって・・・

「どうですカルア君？　時間の流れ、感じ取れましたか？」

ああ、校長先生・・・時が・・・見える・・・

あれは・・・白鳥？

「どうやら見えたようですね。では次はこうしてみましょう」

「火が、止まった・・・」

「そう、今この空間内の時間は停止しています。これが『固定』です。どうですか？　時間の『加速』『減速』『停止』『逆転』、それぞれの魔力の動き、理解できましたか？」

これ凄い、初めての感覚！　把握した空間の中で、魔力がどう動いているのかが全部視える！　分かる！　モリスさんの転移の前兆とかでぼんやり感じてた正体がこれだったんだ！　　魔力の揺らぎ、そして空間の揺らぎ。もしかしてオートカさんたちの測定器が見てる世界もこれなのかな。

そして時間の感覚。その時間を操作する感覚も。今なら僕も出来る、そんな気がする。

「では私からの時間の操作は一旦やめますから、今度はカルア君がやってみて下さい」

さっき感じ取った魔力の感覚を思い出して、それをなぞる・・・

『加速』『減速』『停止』『逆転』、そして『逆転』状態での『加速』と『減速』。

把握した空間が、縦でも横でも奥にでもない、そんな向きに積み重なっている。それが時。

その片側を持ち上げれば、時は低い方に向かって流れていく。そんな感覚。

これが・・・これが時間の操作なんだ・・・

「どうやら無事に習得出来たようですね。この時間操作には、かなり高度な魔力操作と膨大な魔力量が必要となります。先ほど言ったとおり、これがこの方法で教授する者が限られる原因なのですが、どうやらカルア君もかなりの魔力を消費したようですね」

うん、確かに結構魔力を使った感じ。循環させないとちょっと苦しいかな？　循環させちゃおうかな？　校長先生だったらいいよね。うん、今更今更。よし、循環。

「ばふぁっ！？　なっ何事！？　かっカルア君！？　今君何しました！？」

「ちょっと魔力の循環を。実は僕、もともと体の中で魔力が循環してなくって、ベルベルさんに循環のやり方を教わったんです。それで循環してみたら、持ってる魔力量が凄く多い事が分かって、騒ぎにならないようにって人前での魔力循環が禁止になってたんです。なんだけど、循環を止めた状態での魔力が少なくなってきたから。校長先生にはもう色々と話したし、これももう今更隠す事無いかなーって。だって今更ですよね？」

「いっ、今更だからってやって良い事と悪い事がありますっ！！　突然の魔力爆発、いや実際には爆発はしてませんけど、一瞬でのこの増加量は、視てる方からしたら爆発したのと変わりありませんからね！！　心の準備を！　私に心の準備期間を設けて下さい！！　やる前の声掛け、これ超大事！！！」

「あっはい、すみません・・・」

怒られちゃった。

そうか・・・校長先生、教える為に僕の魔力をずっと感じ取ってたから・・・

目の前に急に強い光が現れたとか、耳元で急に大きな声を出されたみたいな感じだったのかな？　ほんとすみません。

「はぁ、無事に終わりそうだと思った矢先にこれですか・・・もうヤダハゲそう・・・」

校長先生のブツブツがまた始まったみたい。

「あとで頭皮に『中回復』を掛けておこう・・・ああ、こんな事で初めて実感するなんて。持っててよかった『中回復』！」

あ、校長先生戻ってきたかな？

「ふうううぅぅぅ・・・・・・。では気を取り直して。さてカルア君、これで君は『固定』が習得出来たはずです。『ボックス』スキルにも時間停止が機能追加（アドオン）されているはずですから、後で確認してみて下さい」

「やった！」

「ふふふ、さてそれでは今回の目的である『中回復』に移りましょう。それでは・・・」

近くの木に手を向けて、

「水刃（すいじん）」

その木の枝のすぐ側に水が現れて、鋭く物凄い勢いで枝に向かって飛ぶ。

水はまるで細い針みたい。その針がそのまま枝の上から下に向かって進むと、枝は刃物で切れたみたいに地面に落ちた。

「校長先生、今のって？」

「あれは水魔法の応用で『水刃』と言います。水は細く勢い良く打ち出すと、刃物のように穴を開けたり切ったり出来るんですよ。といってもその勢いはすぐに減衰してしまうので、射程距離は凄く短いのですけどね」

「凄い」

「ではカルア君、あの木を回復して下さい。『中回復』なら、枝が落ちたその切り口から、多少枝が伸びるはずです」

『中回復』のイメージ・・・「限定的な過去視」で枝が落ちる前の状態を調べて、その状態に戻すって言ってたから・・・

「中回復」

僕の魔力を浴びた木は、時間を巻き戻すかのように落ちた枝が中に浮かび、そのまま切り口に戻ってくっついた。そう、切れる前の状態に。

これ、回復魔法と違う。何か違う・・・

「カルア君・・・」

「えっと、校長先生？　これって『中回復』じゃないですよね？」

「ええ、今のは回復魔法ではありません。おそらく『復元』です」

ああ、モリスさんが言ってたあの魔法。

遡る時間が延びれば延びるほど大量の魔力が必要になるから、使う時には躊躇（ためら）っちゃいけない魔法。

「カルア君、順番・・・」

はい、順番が滅茶苦茶って言いたいんですね。わかります。

「まあどんなイメージで発現したかはおおよそ想像がつきます。イメージはそこまで具体的じゃなくっていいですから、ただひたすら『治る』事をイメージしましょう。ではもう一度枝を落とします。『水刃』・・・さあどうぞ」

「切れた枝が元通り治るイメージで・・・『中回復』」

お、枝が伸び始めた。やった成功！　ってあれ？

枝はそのまま伸び続け、また今度も完全に切れる前の状態になっちゃった？

「あのカルア君？　それってまさか『大回復』・・・？」

「加減を間違えたのかな？　それともイメージが違うとか？　うーん、『中回復』って結構難しいや。一体どうすればいいのかな・・・」

「いや、その感想はおかしい！！」

校長先生・・・ちょっと失敗したくらいでそんなに怒らなくても・・・

実は結構スパルタだったり？

「カルア君、『中回復』を失敗して『大回復』しちゃう人がどこにいますか！　『中回復』の失敗だったら普通『回復』でしょう！？　失敗の仕方を失敗しないで下さい！！」

ええっと・・・

「はい、じゃあもう『大回復』まで習得しましたからね。回復魔法の授業はここまで。カルア君お疲れ様でした。はい解散！」

「あの校長先生？」

「すみませんカルア君、私今日はもう無理です。完全にキャパオーバーです。できればもう少し労（いたわ）ってもらえませんか？　この1時間で寿命が100年くらい縮んた気がします。うううううう・・・」

「ええっと・・・」

・・・5分待った。

よかった、校長先生もだんだん落ち着いてきたみたい。

本当によかった・・・

「ああ、恥ずかしいところをお見せしてすみません。では説明しますね。まず最初にカルア君がやったのは、時空間魔法の『復元』です。あれは少しの時間でもかなりの魔力量を必要としますが、使ってみてどうでした？」

「復元」を使った時・・・？

「そんなに減った感じはなかった、と思います」

「なるほど。イメージしたのが回復のような挙動であれば、『復元』はあの枝単体ではなく、その木全体に対して発動したはずです。それ程長い時間じゃないにしても、あの大きさの木全体の時間を遡らせた訳ですから、それなりの量の魔力は必要なはず。カルア君はもしかして、保有魔力量が大きいだけではなく、魔力の使用効率も並外れて高いのでしょうか？」

あれ？　また自分の世界に？　あ、お帰りなさい。

「まあそのあたりはすぐには分かりませんね。ただカルア君、君は『固定』に続いて『復元』までも習得したという事です。いくらエルフの習得方法を使用したとはいえ、通常はこんな事ありえないんですが。まあでも、習得おめでとうございます」

「ありがとうございますっ！」

これでやっと「時空間魔法師」ですって言えるよ！

今までは「空間魔法師」だったから。

「それで本日の課題だった回復魔法ですが、どうやら『中回復』ではなく『大回復』を習得したようです。こちらは魔力の減りはどうでした？」

「減ったのかどうかよく分かりませんでした」

減った、のかな？

「なるほど。より消費が大きい『復元』の感想からすれば、そんなものなのかもしれませんね。それで『大回復』ですが、授業で習ったとおりほとんど使える者がいない魔法です。無用なトラブルを防ぐため、対外的には『中回復』を習得したとしておいて下さい。ただ、パーティメンバーには伝えておいたほうがいいかもしれません。冒険者であれば命に関わる場面も想定されますからね。とはいえ、こちらも習得おめでとうございます」

「はいっ、ありがとうございます」

「あ、ところで、まだ魔力循環してますよね。止めてみて下さい」

ぷしゅーーーっ

「止めました」

「今魔力が減った感じはしていますか？」

「いえ、循環停止状態での満タンな感じです」

「ふむ、循環状態の魔力が停止状態の魔力にチャージされた、という事なのかな？　だとしたらカルア君、その状態で魔力が少なくなったと感じた時は、一瞬だけ循環することで再チャージ出来るかもしれませんね。それと、普段の君は常に停止状態ですから、その状態でどこまで『復元』や『大回復』が使えるか、きちんと把握しておくように。では学校に戻りましょうか」

そして校長室に転送。ただいまー。

「今度こそ時空間魔法の授業は終了です。時間もちょうどですね。ではお疲れ様でした」

「ありがとうございました！」

こうして、みんなの待つ教室へ。

みんな「回復」覚えたかな？

「戻ってきたわねカルア。あたし達全員『回復』出来るようになったわよ！

「へえ、みんなもう覚えたんだ。凄いや」

「ふっふーーん、それであんたはどう？　『中回復』出来るようになった？」

「それが『中回復』は加減が難しくてまだ覚えてないんだ。でも『大回復』は使えるようになったんだよ」

「はえ！？　ちょっと今なんて言ったの？」

「『中回復』はまだだけど、先に『大回復』が出来るようになった」

「ええっと、やっぱり聞き間違いかしら？　『大回復』は出来るけど『中回復』が出来ない、ってそう言ったの？」

「うん、そうそう」

「・・・意味分かんない。何がどうしたらそんな事になるわけ？」

「ええっと、『中回復』しようとすると『大回復』になっちゃうから？　『中回復』って加減が難しいんだよ・・・」

「駄目、何回聞いても意味が分かんない！　ねえみんな、これあたしがおかしいのかな？」

「そんな事無いよアーシュ。おかしいのはカルアだよ。決まってるじゃないか」

「ああ、俺もそう思うぞ」

「カル師、やっぱりマジカル師匠。相方はラジカル師匠？」

校長先生・・・

パーティメンバーにも「中回復」って言ったほうが良かったみたいです・・・

ギルド本部インフラ技術室長室。

キュピーーーン☆

「やあ、これで立て続けの4回かあ。ここに来てカルア君が加速気味だねえ。この時間は学校の授業中のはずだから、今回も僕の対処は必要ないよね。いやー、カルア君が学校に入ってくれて本当に良かったよ。自分でやるのも楽しいけど、誰かに任せるのも気楽でいいねえ。んーー、でも興味はあるから今度カルア君に訊いてみようかな。・・・いや必要ないか。そろそろ校長のところに学校の誰かが泣きついてくる頃だろうからね。誰が来るのかなあ？　　やっぱり第一候補は今の校長あたりだよねえ。一体どんな話を聞かせてくれるのかなあ。あーー楽しみだなあ」

▽▽▽▽▽▽

カルア　「実は僕『収納』と間違えて『ゲート』を覚えちゃったんですよ」

ラーバル「カルア君、失敗の仕方を失敗しないで下さい！！」

4回の内訳

「隠蔽」「エルフ流習得術」「取り寄せ」「大回復」