第55話 カルア君対策会議って何ですか?

今日の放課後の訓練は中止。

何でも、さっき急に校長先生を交えた会議をする事になって、それに呼ばれたんだって。

先生っていうのも大変だよね。

という訳で、今日はそのまま帰宅。

なぜなら・・・


「ただいまーーっ」

「お帰りなさいカルア君。早かったのね」

「はいっ。放課後の訓練が急に休みになったんですよ」

「ふーん、そんな事もあるんだ」

「ええ。クーラ先生が、『急に会議に呼ばれちゃったから』って言ってました」


ここで急にピノさんが悪戯っぽい笑顔に。

「ふふふ、実はカルア君対策会議だったりしてね」

「やだなあピノさん。そんな事あるわけ・・・ない・・・かなぁ?」

さっきの校長先生の様子、無いって言い切れない!


「大丈夫よカルア君、私の時もあったから。あの学校の伝統芸みたいなものよ」

「そうなんですか?」

「そうそう。目立つ生徒とか優秀な生徒がいると、先生たちの間で情報の共有と連携を図る、なんて事をやるんだって。前に校長先生から事があるの」

「へえ、そうなんですか」


「だから先生たち、今頃カルア君の議題で盛り上がってたりしてね」

「ええー、そんな・・・っくしゅん!」

「ふふふ、やっぱり」

「えええーー、今のは偶然ですよ、偶然っ!」

「うふふふふふふ」


もう、何でこんなタイミングでくしゃみが出るかなあ・・・





王立学校会議室。

「皆さん集まりましたね。それでは『カルア君対策会議』を開始します」


その会議は、ラーバル校長の重々しい声により開会が宣言された。

議題は、今年度編入したばかりのカルアに関する情報の収集と共有、そして今後発生しうる事案の推測と想定、その対処案を策定する事である。


参加メンバーは以下の通り。

ラーバル。言わずと知れた本校の校長である。

ラップス。魔法実技の担当教員で、カルアの編入試験では実技試験官を担当。

バリー。回復魔法の担当教員。

レミア。魔法師クラスの担任教員。

クーラ。冒険者クラスの実技担当教員だが、カルアのパーティの戦闘訓練を担当。


「本会議のメンバーは、カルア君への直接の指導を担当する教員で構成されますが、魔法実技授業からは、各属性の指導員ではなく総括するラップス君のみの参加です。そして今日参加したこのメンバーは、おそらく今後設置されるであろう『カルア君対策本部』『カルア君対策委員会』の中核メンバーとなります。」


ここでレミアが挙手し、ラーバルに質問を投げ掛けた。

「カルアくんは素直ないい子ですけどぉ、対策本部や委員会が必要なんですかぁ?」

本人は会議用の大真面目な口調のつもりだが、普段の口調が隠し切れない。


「ええ。カルア君は非常に素直ないい生徒です。ただそれと同時に、膨大な魔力と魔法の才能を持ち、何の悪意もなく危険な魔法を作り上げ、それでいて自分の事を何の変哲もない一介の冒険者と認識している、という非常に危険な生徒でもあるのです」



ラーバルの言葉に、参加メンバーの反応は二つに分かれた。

深刻そうな表情で大きく何度も頷くラップスとバリー、よく意味が飲み込めず不思議そうな顔をするレミアとクーラ。実に対照的である。


「戦闘訓練の担当としては、あの子には脅威となるような戦闘能力があるようには見えないのですが。リーダーとしての役割はちゃんとこなせていますけど、個人の能力としては並程度と判断しています」

クーラの発言。この彼女の認識は非常に正しい。何と言っても冒険者としてのカルアの能力は、「何とか人並み」なのだから。


「そうですね。本日の会議はそのあたりの認識をすり合わせるための場だと思って下さい。それではまず最初に、私が持っている彼の前提情報をお伝えします。皆さんも知っている通り、カルア君はヒトツメギルドに所属するソロ冒険者です。そして、数ヶ月前に発見されたフィラストダンジョンの転送トラップ、その被害者であり第一発見者でもあります」


全員頷く。これは既に知っている情報。


「その転送トラップによる転送先は魔物部屋で、発生する魔物はすべてフィラストのバット系で、総数約6000匹だそうです」

「6000匹の魔物を1人で?」

「どうやらそのようです。これは特別臨時講師として招聘しょうへいしたブラック氏から聞いた情報ですので、間違いないでしょう。どのように倒したかは教えてもらえませんでしたが、その頃のカルア君は『回復』以外の魔法は使えなかったそうです」


「よく生きて帰れたものだ・・・」

これは全員に共通した感想。魔法も使えない13歳の少年だ。気力・体力・魔力、それら全てを振り絞っての死闘だったのだろう。

一方のラーバルは、昨日聞いたカルアの話から、おそらく「スティール」によるものだろうと推測しているが、それは胸の内に留める。例えこの場であっても、情報は必要最小限に絞るつもりだから。


「無事生還を果たしたカルア君は、魔法の勉強を開始しました。教材はギルドの図書室にあった初心者向けの教本。レミア君、君の妹君いもうとぎみの本だそうですよ」

「あらぁ、ミレアちゃんの・・・」


「ここまでが、マリアベル前校長とブラック氏から聞いた話。そして次にヒトツメのミッチェル氏から聞いた話だが、ミッチェル氏はカルア君の錬成の才能に惚れ込んで、弟子としてガラス工房に迎え入れることを希望していると言っていたよ。ああ、これについてはラップス君は知っているんだったね。そう、カルア君の推薦状が届いた時に話した、あの話だよ」

ラップスは頷く。


「そしてその推薦状についての話は伝わっているかな?」

ラーバルが全員の顔を見回すと、全員頷いていた。それぞれどこからか聞き及んでいたようだ。

「その推薦者に名を連ねていた面々が、『チーム』を組みカルア君を保護・育成してきたそうだ。これもマリアベルさんから聞いた話だよ。・・・あれだけのメンバーが集まったんだ、きっと『寄ってたかって』といった感じだったんだろうね」


会議室に響く「ほう」といった声は、彼らの感嘆の声かそれとも溜息か。


「推薦状によれば、カルア君の得意とする魔法は錬成魔法と時空間魔法のふたつ。錬成魔法はミッチェル氏によるもので、時空間魔法はモリス氏によるものだ。どうやら時空間魔法においては、カルア君はモリス氏の直弟子という扱いらしいね。そしていよいよ編入試験の話になるわけだが、まず学科試験は全問正解、満点だったよ。これはおそらくマリアベル前校長の仕込みだろうね。そして実技だが・・・これについては試験官を務めたラップス君、君からみんなに説明してくれるかい? あの試験で何があったのかを」


「すべて、をですか?」

「ああ。すべてを、だ」

ラーバスの返事にラップスはひとつ頷くと、その説明を引き継いだ。


「実技試験は、技術実習室で行いました。試験内容は、実習用の的として設置されている鎧に魔法を当てる事。それを聞いたカルア君は、しばらく途方に暮れたような顔で考え込んでいました。どうやら攻撃魔法を持っていないようだったので、別の試験内容に切り替えようとしたところ、慌てたように発動準備を開始しました。あの様子は不合格になると勘違いしたようでしたね。ただ、そのあと彼が発動した魔法を見て慌てた、いや愕然としたのは私の方でした」


ラップスは当時を思い出し、ひとつ身震いした。


「彼があの短時間で思い付いたのは、得意な時空間魔法と錬成魔法の組み合わせでした。すなわち、『時空間魔法で周囲の空間ごと鎧を把握し、錬成魔法でその鎧を融解』したのです」


静まり返る室内。ラップスは話を続けた。


「『遠隔錬成』というあまりの事態に慌てた私は、ひとつありえない質問を彼に行いました。それは「複数の的を対象にできるか?」という質問です。通常の実技試験に沿った質問とは言え、そのような事が出来るなどとは全く思っていませんでした。ところが彼は簡単に頷き、次の瞬間には実習室に並ぶ全ての的が『融解』されていたのです」


全員息を呑み、誰かが唾を飲む音が部屋に響く。


「私は校長を呼びました。そして校長と彼の付き添いであるマリアベル前校長が見守る中、彼は地に落ちていた融解状態の鎧を、一度の魔法ですべて再錬成して見せたのです。もしかしたら気付いた方もいるのではないでしょうか、最近あの鎧が新品同様になっていた事を。あれはこの時のカルア君の『遠隔錬成』によるものです。そして私が校長を呼んだ理由、それは彼の行った『遠隔錬成』は、軍事利用されれば一瞬で軍隊を無力化出来てしまう、恐るべき魔法だからです。これが本校で彼が見せた軍事的脅威レベル魔法でした」


説明を終えたラップスは校長を見た。

ラーバルは頷き、ラップスの言葉を引き継ぐ。


「そう、軍事的脅威レベル魔法なんだよ。まだ次があるんだ。それは魔法実技の授業での事だった。目撃したのは土魔法担当指導員のドートン君。そしてドートン君から報告を受けた僕が、その情報から判定したんだ。その事件の現場となった実習室では、カルア君とそのパーティメンバーであるアーシュ君、ノルト君の3名が、剣を持った人形を土魔法により作成し操作、お互いの人形同士を戦わせていたそうだよ。これもまた発展させていけば軍事転用が可能となるだろうね。つまりは汎用人型兵器の試作機ってやつさ。これが2番目の軍事的脅威レベル魔法だったんだ」


ここで一旦区切るラーバル。

そして今、参加者たちの胸中はひとつ、「もう終わって欲しい」

その願いは中途半端な形で叶う事となった。


「ここで一旦休憩にしようか」





「それで、アーシュとノルトの3人で、土人形を操作して戦わせたんです。最初のうちはずっと勝てたんだけど、2人ともどんどん強くなって。でも面白かったなあ」

「ふふふ、土のお人形を操作して戦うなんて面白そうね。今度私にも教えてくれる?」

「もちろんです。それに作るのも操作するのも大分慣れたから、もっといろんな事も出来るかも。土じゃなくてガラスや金属や・・・あ、魔石とかでも。そうか、それだったら『融解』したドロドロのままのを、錬成で形を動かしながら操作したりも出来るかも。うん、これもすっごく面白T2そう」


「ふふっ、カルア君ってば本当に楽しそう。それにお友達も出来てよかったわね。学校は楽しい?」

「とっても! 授業も楽しいし、先生もクラスのみんなもいい人たちだし。あ、でもレミア先生の喋り方はちょっと・・・」

「ミレアさんのお姉さんだっけ。学校で会った事はなかったと思うから、私より少し上の学年だったのかな。たまにあった合同授業とかでも見た覚えはないなあ」


「あっそうそう、そう言えばこのあいだ授業中に通信が繋がっちゃった時・・・」





再び会議室。

短い休憩が終わり、対策会議メンバーは隠しきれない疲労感漂う顔で戻ってきた。


「では再開しましょう。皆さん心の準備はいいですね。まあ準備できてなくても始めちゃいますけど」

そう言ってラーバルは再開を宣言する。

途中から崩れていた真面目口調は、もう完全に力尽きたようだ。


「じゃあ次は3番目だ。今度の軍事的脅威レベルは魔法そのものじゃなくって彼の作った魔道具によるものだったんだ。何とカルア君は付与や魔道具作成まで出来るそうだよ。おそらく付与はロベリー君、そして魔道具作成はモリス氏によるものだろうね。その魔道具とはふたつのアクセサリー。うちひとつについてはここで話す事は出来ないけど、もう片方は彼がいつも身に着けているブレスレットだ。これが実は収納付きの通信具で、しかも映像まで送ることが出来て通信範囲も非常に広い。驚くべき事に、ここからヒトツメの街にいる相手と通信していたそうだ。これも間違いなく軍事的脅威レベルに該当するね。こんな物を配備したら戦争のやり方が変わるよ」


ラーバルは全員の顔を見回すが、誰も目を合わせてくれない。

仕方がないので、そのまま話を続けた。


「カルア君が関係した『軍事的脅威レベル』はこれで以上なんだけど、それとは別にもう一つ。多分みんな知ってると思うけど、カルア君は二日前に新魔法を発見したんだ。それは『氷魔法』に類似する技術を使った『加熱』魔法。それに伴い『氷魔法』の名前を『冷却』に変えて、『加熱』と共に『錬成魔法』の一部に再分類することを提案する予定だよ。もちろん開発者をカルア君としてね。そしてこの『加熱』なんだけど、実はこの魔法でカルア君は水を高温にして爆発させたんだ。更には石から溶岩を作成する事までやってのけた。これもまた、『軍事的脅威レベル』として認定してもおかしくない内容だろうね。まあ今回は普通に新魔法と再分類として発表しちゃう予定だけどさ」


そしてラーバルはクーラに向かって話しかける。

先ほどの彼女の問いに答えるために。復活した真面目口調で。


「さてクーラ君、もしカルア君がこれら全ての魔法を攻撃として君に向けた場合、君はどこまで対処が可能ですか? 時空間魔法の結界に相手を閉じ込め、離れた場所から全ての武器や防具を破壊し、空間ごと『加熱』『冷却』してくる、そんな彼に対して?」

「・・・見当も付かないわね。気付かずに閉じ込められた時点で、こちらからはもう一切攻撃ができないんでしょう? そうなる前に倒すしか手は無さそう」


「さすがはクーラ君、適切な判断かと思います。ただ今のカルア君は、『パーティ全体で強くなって普通の冒険者として行動する』事を目的としているようですから、おそらくそのような戦闘方法は取らないでしょう。戦闘訓練は彼の意に沿う形で指導を進めて下さい」

「ええ、分かりました」


「今日のところは以上です。私は明日にでもマリアベル前校長の所に行き、彼の詳細情報を聞くつもりでいます。先ほどカルア君から少しだけ話を聞きましたが、それが彼の全てとは到底思えません。これまでの彼の言動から、どうも一部の魔法などは使用を禁止されているようですしね。ただ、そこで聞いた内容を全て皆さんにお話しする事はありません。それに現時点でもすでに話せない内容がいくつかあります。これは皆さんを信用しないという事ではなく、皆さんの身の安全を守る為の措置ですから、くれぐれも誤解などしないように」


こうして「第一回カルア君対策会議」は閉会となった。

そこにあるのは笑顔ではなく、緊張からの開放により弛緩した表情。

だがきっと、知らない者の目には笑顔を浮かべているかのように映る事だろう。



「ああそうだ、ひとつだけいい忘れてた。さっき彼、僕のところで時空間魔法の『固定』と『復元』、それに『』を覚えていったから」


最後の最後に追加で落とされた爆弾。

カルアが複数の難易度の高い魔法を一度にあっさりと習得したというラーバルの言葉は、果たして彼らの耳に届いていたかどうか・・・





「ふふふ、それで授業中に私の顔が目の前に出てきてビックリしちゃったのね」

「そうだったんですよ。あの時は本当にびっくりしたなあ」

「でも通信具が反応しちゃうくらい私の事を考えてくれてたんでしょう? そう思うと、やっぱり私うれしいな。んーーでも、授業中だったから良かったけど、戦ってる最中とかだったら危険ね」


「ええ、そうなんです。相手からの通信だったら応答しなければいいだけなんだけど、間違えて掛けちゃった通信への応答だと止められないんですよね。だから、発信する時に制御しないと・・・」

「それなら、例えばブレスレットの魔石を触れながらじゃないと発信できないようにするとかは?」

「あ、それいいかも。さすがピノさん!」

「ふふっ、よかった」


「ああそうだ、さっき『固定』の魔法を覚えたんです。これで『ボックス』内の時間を止められますから、通信具の改良と一緒にやっちゃいますね。そうしたらご飯とかいつでも作りたてのままだし、お肉とか野菜とかもずっと新鮮なままですよ!」

「わ、それってすっごく便利ね。だったらお鍋をたくさん作って、いろんなお料理をいっぱい作って、いつでもどこでもお腹いっぱいご飯が食べられるようにしちゃおっか」

「やった!」

「ふふっ、楽しみね!」


「あ、そうだ。実は二日前に新しい魔法を開発しちゃったんです。ピノさんって氷魔法は使えます?」

「氷魔法? やれば普通にできると思うけど、使った事はないなあ。目の前の人がいきなり寒そうな顔するのは時々見るけど」


「あははは、それは何となく心当たりあります・・・。それでその『氷魔法』って、実は『錬成魔法』の一部だったんですよ」

「えっ、そうなの?」

「そうなんです。それで氷魔法をちょっと変えてみたら、その逆の熱くする魔法が出来たんです。なので『氷魔法』は『冷却』に名前を変えて、新魔法の『加熱』と一緒に『錬成魔法』に登録しようってなったんです」


「編入して1ヵ月ちょっとで新しい魔法を開発しちゃうなんて凄いじゃない! それでこのタイミングでその話をするって事はもしかして・・・」

「はい、火魔法じゃなくって『加熱』を付与して鍋を作れば、『冷却』と合わせて簡単に温度調整できる鍋が作れるかも。それに鍋の中で凍らせる事だって」

「それってものすごーく役に立つ魔法じゃない。これでお料理の幅が広がるわね!!」


「そうそう、それで今日僕『固定』だけじゃなくって、『大回復』と『復元』も使えるようになったんです。もし怪我とか病気とかしたらすぐに治しますから、急いで呼んで下さいね!」

「ありがとう。でも『大回復』まで使えるなんて、本当に凄い・・・」


「そうだ、いっその事、これもアクセサリーにしちゃおうかな。怪我したら『自動回復』したりとか・・・。あ、壊れた時用に『自動復元』とかもいいかも・・・」

「カルア君、過猶不及やりすぎ注意だからねっ」




こうしてカルアとピノ、久しぶりのふたりきりの時間は過ぎていく。

「ああ、時間を反転したいなあ・・・」




▽▽▽▽▽▽

同じ話題の筈なのに、この温度差・・・

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