第29話 ピノさんの王都ツアーと決意です

「さてカルア君、デートはここからがいよいよ本番ですよ。初王都なカルア君へのおすすめプランは用意してきましたけど、カルア君はどこか見てみたい場所とかありますか?」


ベルベルさんの店を出たピノさんからそんな質問。

僕の見てみたい場所、それだったら――

「学校が見てみたいです」

「ふふふ、分かりました。じゃあ学校もコースに入れますね」

「はい!」


あ、奥様方からは僕がリードするように言われてたんだっけ。……でも折角ピノさんがプランを用意してくれたんだし、僕は王都の事全く知らないし。……やっぱり今回はピノさんにおまかせが一番いいよね。知ったか振りダメ、絶対。




「カルア君、ここのお店はパンケーキが有名なんですよ」

まずはピノさんおすすめのカフェに入ったんだけど……

ここって何て言うか……すっごくお洒落!

店の中も外も、もちろん店員さんの服だってお洒落!

それとここにいるお客さんもお洒落!


ああ、街の食堂がお洒落だと思っていたさっきまでの僕、その寂しげな後ろ姿を笑顔で見送るこの新しい僕。そう、今僕は真のお洒落に目覚めた!

って、自分で言ってて訳が分からないや、ははは。


まあつまり――

王都恐るべし!

って事。


「じゃあ僕もパンケーキにします」

「私もパンケーキね。それでカルア君はどのパンケーキにする?」


え、『どの』って……? パンケーキに種類ってあるの?


「生地に入るドライフルーツで5種類、それとトッピングに季節の果物とかクリームやチョコの組み合わせで……全50種類くらいかな」


王都恐るべし!

お洒落に目覚めたとか思い上がった事を言ってすみません。

これ、僕にはレベル高すぎだよ……


ピノさんは愕然とした僕の表情を見かねたのか、軽い微笑みとともに優しく声を掛けてくれた。

「じゃあカルア君のは私のおすすめを選んでいい?」

「はい! ぜひそれでお願いしたいです!」


流石ピノさん頼れるお姉さん!! もう一生ついていきたいっ!!


「あと飲み物は……コーヒーでいい?」

「はいっ、もう全てお任せしますっ!」

「ふふふっ、任されました。……あっ、すみませーん」

「はい、ご注文ですか?」

「ええ。ベースはこれでトッピングは……あと……」


もう全てピノさんにお任せします。

転送トラップの転移先がこの店だったら、僕の心は完全に折れてた自信があるっ!




「お待たせいたしました」

注文したパンケーキを持ってきてくれたのは、これまたお洒落な男性店員さん。

「あれ? シングスさん……?」


「やっぱりピノちゃんだったか。久し振りだね、それに随分大人になった。……ひょっとして王都に戻ってきたのかい?」

「いえいえ、今もヒトツメですよ。今日はデートで来たんです」

「そうかそうか。それでうちの店に寄ってくれるなんて嬉しいよ」


この店員さんとは知り合いみたいだ。

ピノさん、このお店の常連さんだったのかな?


「ええっと、それでどうして店長さんが給仕を?」

「君らしき姿が見えたからね。もしかしたらって思って、ちょっと代わってもらったんだ」

「あはは。そうですよね、びっくりした。店長をクビになっちゃったのかと思いましたよ」

「ははは、相変わらずサラッと辛辣だなあ君は。そんな訳ないじゃないか。……じゃ、ゆっくり楽しんでいってね」


そんなピノさんと店長さんの会話が聞こえてきたけど、でも僕はそれどころじゃなくってテーブルの上のソレを凝視していた。

「お待たせカルア君、さあ食べましょうか」

「えっと……これ、どうやって食べたらいいんでしょう?」


だって……

皿の上に見えるのは大量のクリームの山、そしてそれに乗る大量のフルーツの山。

パンケーキどこ?


「上から下まで縦にこうナイフで切り分けて、少しずつ食べていってね。トッピングとか別々に食べてもいいけど、やっぱり一緒に食べるのが格別だから」


言われた通りに切ってみると、クリームの中からふわふわのパンケーキが顔を出した。それを上に乗ったクリームやフルーツと一緒に口に入れると――

うわっ!!

っ何これ美味しい!!


……うまっ


……んふっ


……ふわっ


……はっ、もうあと半分しかっ!?


あっ、しまった! パンケーキに意識が全部行ってた。

そっと顔を上げると、そこには楽しそうなピノさんの顔が。

「ごめんなさいピノさん。美味しくってつい夢中で食べちゃって」

「ふふふ、いいのよカルア君。私カルア君の食べる姿を見てるの好きだから」


大丈夫もう落ち着いた。

だから、ここからはおしゃべりしながらゆっくりとね……




「このお店ね、学校に通ってた頃にバイトしてたの」

「ああ、それでさっきの店長さんと知り合いだったんですね」


常連さんじゃなくて店員さんだったんだ。


「バイト始めた時ね、私10歳だったの。だからウェイトレスの服でちょうどいいサイズのがなくって。このお店をバイト先に選んだ理由ってあの服が着たかったからだったの。だからサイズが無いって分かった時は『えぇー』って。そしたらね、さっきのシングスさんが大急ぎで私に合うサイズの服を用意してくれたのよ。それで次の日にはもう服が出来てたの。びっくりよね」


ふふふ、ピノさんって制服でここを選んだんだ。

確かにここの服ってかわいいもんね。


「最初は大変だったなあ。あの当時の身長にはこのテーブルはすっごく高く感じたし、メニューもトッピングもすっごく種類が多いでしょ? でもね、店長さんもだけど、一緒に働いてた他のみんなもすっごく良くしてくれたから、シフトは週に2回くらいだったけど、卒業までずっと続けられたのよ」


確かにこの店って店員さんの雰囲気すっごくいいよね。店長さんも。

それにしても10歳のピノさんのウェイトレス姿かあ。見てみたかったなあ……って、あれ?


「あの、ピノさん? 学校に入って10歳でここでバイトって……あの学校って何歳から入学なんですか?」

「え? ああそうか、そうよね。……えっと、あの学校はね、12歳で入学して16歳で卒業するの。つまり4年制ね。なんだけど飛び級制度があって、私は10歳で入学して12歳で卒業したの。そのあと冒険者ギルドの本部で1ヶ月研修を受けて、それからヒトツメギルドに配属されて……、その初日にカルア君が冒険者登録に来たのよね」


て事は、ピノさんは僕より2歳お姉さんってことか。

絶対年上だとは思ってたけどね。出会った時からすごくしっかりしてたし。


「カルア君があの学校に入るとしたら、2年生から編入になるのかな。もう実際に冒険者をやってきたんだから、実経験とか体力的なところは大丈夫よね。あとは魔法クラスの1年で覚える内容とかが編入試験に出るのかな。これはモリスさんかベルベルさんにお願いするしかなさそうね。どっちに頼んでもオーバーキルになりそうだけど」


お、オーバーキル!? ってどういうこと?


「1年での内容どころかそのまま卒業出来そうな知識まで詰め込まれそう、って事よ。ふふふ、カルア君大変ね。でも飛び級して早く帰ってきてくれたら私は嬉しいな」


そんな……そんな事言われたら頑張るしかないじゃないか!!

「頑張って飛び級して早く帰ってきます!!」


ん? ピノさん、ちょっと微妙な表情?


「……あれ? カルア君、もしかして学校に行く決心はもうついてた?」

あ、流れでつい……

でも今さら行かないとか言えないよ。


それにやっぱり僕は――

「はい! 僕学校に行くことにします!!」

行ってみたいって思ったから。


「そっか……うん、じゃあそろそろ出ましょうか。次の行き先はその学校ですよ」


支払いは僕が。

いくら『全部お任せ』って言っても、支払いまでお任せとか流石に……あ、マリョテイン代が……

まあ、それは後で考えよ。今はピノさんが『ご馳走様』って笑顔を見せてくれてるし。




大通りを中央に向かって歩いていくと、建ち並ぶ大きな建物とそれを囲む大きな壁があった。

それに沿って歩いてきた僕達は、その壁の中央に位置する大きな門の前で立ち止まった。


「はい、ここがカルア君が通う王立学校ですよ。それじゃあ中に入りましょうか」

「え? 入っていいんですか?」

「見学の申請は済ませてありますから。ほら、許可証もふたり分ありますよ。これ、中にいる間は首から下げてて下さいね」


学校の門衛さんに許可証を見せると、門衛さんの一人が中へと問い合わせに行った。

その門衛さんはすぐに戻ってきて、僕達は無事学校の中へ。

そしてピノさんの案内で、僕達は今校舎の中を歩いている。


「あの、ピノさん?」

「どうしたの?」

「許可証って……もしかして最初からここに来るつもりで?」

「ふふふ、せっかく王都に来たんですもの。カルア君ならきっと見たいだろうなって」


はは……、もうピノさんには勝てる気がしないや。


「ありがとうございます」

「ふふふ、どういたしまして。さあ到着です。最初はこの部屋ですよ」

「えっと、ずいぶん立派な扉ですけど、ここって何の部屋ですか?」

「ここは校長室です」

「…………」


いやちょっと待って、これは絶対におかしいでしょう。

いくら学校に行った事の無い僕だってそれくらい分かるよ?

見学の最初が校長室って、ギルドだったらいきなりギルマスの執務室に行くようなものだよね!?


そんな僕の混乱をよそにピノさんは――

コンコンコン

何の躊躇もなく扉をノックした……と思ったら、返事を待たずにこれまたなんの躊躇もなく扉を開け放つ。

「こんにちはー。校長先生、いますかー?」


ええぇーーーー!?

おかしいな、ピノさんってこんな豪快キャラだったっけ……


開け放たれた扉の向こう、その部屋の中央には大きな机とそこに座る人影。

あの机ってギルマスのよりも大きそう……

いやそうじゃなくって!!

ちょっとピノさん、何してるの!?


その人影は、ゆっくりとこちらに目を向けると、

「む? この非常に懐かしくも非常識極まりない入室――まさか君、ピノ君か?」

「はいっ、お久しぶりですっ校長先生!」


そこにいたのは、見た目30歳くらいのエルフのひとだった。




僕達は校長先生に勧められソファに。向かいにはエルフな校長先生。

「久し振りだねピノ君、卒業以来じゃないか。今日はどうしてここに? もしかして教員採用試験でも受けに来たのかい? だとしたら私の権限で合格としよう。君ならば何の問題も無いからね」

「いえいえ、今日は単なる見学の付き添いです。このカルア君が来年この学校に編入を希望しているんですよ」


そのピノさんの声に、校長先生は僕に視線を向けた。

静かな、でも心の底まで見透かしそうな、そんな視線を。

――そして。


「ほうこれは凄いね。この魔力量からすると君は……魔法クラスを志望、かな?」

「ええそうです。カルア君はうちのギルドの期待の星なんですよ」

「カルアです。よろしくお願いします」


「うんよろしくね。しかし一介の冒険者にこれほどの魔力を持つ者がいるとは……まだまだ在野に才能が埋もれている証左なのだろう」

「カルア君は今13歳なので、2年からの編入を考えてるんですよ。なのでこれから編入試験のお勉強です。でも絶対受かりますから、来年からよろしくお願いしますね」


「まあ君がそう言うのなら間違いなくそうなるだろうさ。なんたって君はこの学校創立以来の天才、バーサ――」

「校長先生!!」

「おっと、そういう事か。これは失礼。ではカルア君、今日は我が校をじっくり見学して行ってくれ。来年君の入学を楽しみにしていよう」




部屋を出るピノとカルアを見送り自分の机に戻った校長は、上機嫌な表情で呟いた。

「まさかあのピノ君、『バーサクフェアリー』を再び目にする日が来るとはね。そして彼女が自信を持って送り込んでくる編入生か……。来年は何やら大変な年になる――かもね」




驚きの校長先生への突撃と挨拶も終わり、これからいよいよ校内の見学開始。

ピノさん、ガイドよろしくお願いします。

「さあ、次は講堂です。生徒はここで授業を受けるんですよ。今は授業中だから中には入れないけどね」

中から聞こえてくるのが講義の声かな。




「ここが技術実習室。広いでしょう? ここで魔法とか剣術の訓練をやるの」

へえ、ギルドの訓練室みたいだ。




「それでここが食堂よ。一日中利用できるから空き時間をここで過ごす生徒も多いわね。昼は席の争奪戦になるの。がんばってね」

争奪戦……何だか凄そう。




「ここが屋外グラウンド。学校の外から見えないようにって、敷地の中央に配置されてるの。あまり外に見せたくない授業とかもあるから」

見せたくない授業って、どんな事やるんだろう……




「大体こんなところかしら。あと図書室とか保健室とかは入学してからでいいだろうし……うん、これで一通り見たと思う」

「はい、ありがとうございますピノさん」

「じゃあ学校見学はこれくらいにして、次に行きましょうか」




学校を出た僕達は、大通りを歩いていた。

「さてと……これで後は王宮を見たらツアー終了かな。その後ちょっと友達と会うんだけど、カルア君はどうする? 一緒にいてくれてもいいし、近くのお店でお土産とか買っててもいいし」

「邪魔しちゃ悪いし、お店を見てます」

「うん分かった。じゃあまずは王宮ね」




そして今僕達がいるのは王宮の門の前。うん、中に見える建物はもう見るからに『王宮』って感じ。

「という事でここが王宮ね。どう、イメージ通り?」

「思ってたのよりずっと大きいです。建物も大きいけど、門から建物までの距離が……」


「そうよね。それだけで小さな街一つ分くらいの広さがありそうね。でもここって、この王都に何かあった時の避難場所になってるの。なんだけど、王都に住む人って今でもどんどん増えてるから、最近だともうこの広さでも足りないみたい。それで、他にも避難所を作ろうとしてるんですって」


ピノさんのツアーガイドっぷりが凄い。

勉強になります……


とはいえ、王宮は外から見るだけ。

流石にピノさんも王宮の見学許可は無理だったみたい。

……いや、中を見るには時間が足りなかったからかな?

ピノさんだったら簡単そうに許可取ってきそうな気もするし。




「そしてカルア君、ここがモリスさんもいる冒険者ギルド本部よ。はい、感想をどうぞ」

「王宮の後だとすごく小さく見えます」

「ふふ、だと思った。実際そんなに大きくないしね。でも時空間魔法で色々やってるみたいで、外から見た大きさと中の広さが一致しないのよね。ここは今日のコースに入ってないから、今度モリスさんに見せてもらってね」

「はい。分かりました」


「それで私はここで友達のロベリーと待ち合わせ――ってちょうど来たわね。ロベリーー!!」

「ピノ!? 久し振り! なによすっかり大人っぽくなっちゃって」

「それはこっちのセリフよ。ロベリーの方こそ! うわあ、すごく大人の女って感じ」


「ふふっ、お褒めにあずかりまして。それで隣にいるのがうちの室長の一番弟子君かしら?」

「そう、うちの期待の星、カルア君よ」

「そしてピノの大事な人……なのよね?」

「もうっ! その話はまた後でね」

「はいはい。楽しみにしてますよー」




という事で、ここから僕はピノさんとは別行動。

カフェに入るピノさん達を見送って、取り敢えず近くの道具屋さんに入ってみた。

へえ……流石は王都、やっぱりお洒落な道具とかもいっぱいあるなあ。


あれ? これは何だか見た事があるようなガラス製品――って『ミッチェル工房』? ミッチェルさんの作品じゃないか。

流石ミッチェルさん。きっと王都でも人気なんだろうなあ。


こっちのこれは……ああ、明かりの魔道具なのか。

この小さな宝石に光属性が付与されてて……。

そうか、この宝石の代わりに魔石を使えば材料代も安くなるし魔力の蓄積だって……

モリスさんが言ってた『世界が変わる』って、きっとこういうところからなんだろうなあ。




今日こうして王都を見た事で、凄く実感した。やっぱり僕が見てきた世界はとても狭いって。

もっと色んな所に行って、色んな事を知りたいって!

だからそう、学校から始めよう。

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