第28話 ピノさんとの買物はデートでした
今日はいよいよピノさんと王都に行く日。
いつもより念入りに顔を洗って、いつもよりしっかりと髪型を整えて、いつもよりちょっといい服を選んで、財布を確認して、忘れ物がないかもう一度確認して、あとは、えーーっと・・・大丈夫、かな?
集合場所はピノさんの家の前。
ピノさんはギルド集合でいいって言ってたけど、絶対みんなの注目を浴びそうだからね。
それにピノさんの家に迎えに行くってなんか特別な感じがするからって言ったら、ピノさんも笑って賛成してくれたんだ。
うーん、まだちょっと時間があるな。
どうしよう、ちょっと早いけど、そろそろ行こうかな。
転移しないで歩いていけば丁度いいかも。
よしそうしよう。もう行こう。
勢い良く扉を開けて家を出ると・・・あれ? そこには近所の奥様方が。
「おはようございます。ええっと、今日はこれから何かあるんですか?」
「ああ、おはようカルア。いやね、あんた昨日から随分ご機嫌みたいだったからさ、もしかしたら何か面白いことでもあるんじゃないかってね、ちょっとここで張ってたのさ」
うーん、これは転移のほうが良かったかな・・・
「今日はこれからピノさんと王都に行くんですよ。今からピノさんの家に迎えに行くんです」
「ほうほう、ふたりで王都にね。そいつは結構じゃないか。そうかいそうかい、ようやくお泊りデートする仲になったってわけだね。じゃあ帰りは明後日くらいかい? 帰ったらいい話を聞かせておくれよ」
「いえ、ピノさんだって仕事がありますから、泊まりとかできませんよ。日帰りです」
「あん? 何言ってるんだいあんたは。高速馬車に乗ったって王都までは3時間以上かかるじゃないか。日帰りなんて行って帰るだけになっちまうよ」
ああそうか、そういえば転移できるようになったこと言ってなかったっけ。
「少し前にギルド本部の人に魔法を習ってたんです。それで転移魔法を覚えたから、王都へは一瞬で行けるんですよ」
僕の言葉に奥様方はものすごく変な顔? 驚いた顔? いやこの顔は時々モリスさんとかギルマスがしてる顔だ。うん、見覚えがある。
「あんた、いつのまにそんな大魔法使いみたいな芸当ができるようになったんだい!それともまさか物語の読み過ぎでおかしくなっちまったんじゃあないだろうね。昔のカバチョッチョもどきみたいにさ」
うわぁ!
「本当に使えるようになったんですって。ボックスだって、ほら!」
そう言って、手の上に鞄を取り出した。
冒険に持ってくような鞄じゃなくって、もっと小さくってお洒落なやつ。昔父さんが使ってたやつ。
「ほおお、こりゃすごい。まるで手品みたいじゃないか」
「だから魔法ですよ。手品じゃなくって」
「そうかいそうかい。・・・なんだろうね、あのちっちゃかったカルアがいつの間にかこんなに立派になってねえ。毎日ごはんを作りに来てくれるような可愛い彼女もできて、魔法も使えるようになって・・・。これでようやくあたしらも肩の荷が下りたってもんさ・・・。おっと、浸ってる場合じゃないね。デートに遅刻は厳禁だよ。さあ行った行った。呼び止めて悪かったね」
奥様方に軽く手を振って、今度こそピノさんの家に出発。
「じゃあ行ってきまーす」
「ああ、楽しんどいで。デートなんだからね、あんたがちゃんとリードするんだよ!」
ちょっと急いだほうがいいかな。
うん、少し早足で行こう。
「さてと、ああは言ったけどあのカルアがそんなすぐに男女の仲を進展させるなんてありっこないからね。未だに姉だの弟だの言ってるはずさ。たぶん今日の王都行きだって『デート』だなんてお互いひとことも言ってないだろうよ。まだまだ当分はきっちり見守らないとねえ・・・。さあ! とりあえず、カルアが帰ってきたらもう一度集合だよ。その後はピノちゃんからも話を聞かなくちゃあね。なんたってカルアの母親との約束だから仕方ないさね。いやあ楽しみだよ!」
残った奥様方は、円陣を組んで打ち合わせ。
こちらもまた、実に楽しそうだ。
毎日歩く、通い慣れた道。
ここの角を曲がればピノさんの家はもうすぐそこ・・・あ、ピノさんもう家の前で待ってる! 急がなきゃ!
「ピノさんおはようございます。お待たせしてすみません」
「カルア君おはよう。大丈夫。ふふふ、楽しみすぎて早く家を出ちゃっただけだから」
よかった・・・
楽しみにしてたの僕だけじゃなくって。
「あの、ご家族に挨拶は」
「いいのいいの、絶対話が長くなるもの。王都に行く時間がなくなっちゃうから今日はなし。また今度ね」
「あ、はい。わかりました」
いいのかな・・・家の中からものすごい視線感じるけど・・・
めっちゃ見てるけど・・・
「それよりカルア君、今日はずいぶんお洒落して来たじゃない。そんないい服も持ってるのね」
「ありがとうございます。むかし両親が買ってくれたんですよ。まだ子供だったのに、大きくなったら着なさいって身長ごとの服を。あの時はそんな大きな服いらないって思ってたけど、今日はそれで助かっちゃいました」
「ふふふ、本当にカルア君のことが可愛くて仕方がなかったんでしょうね。大人になるまでの服を子供のうちに揃えるなんて。・・・まる、で・・・」
「ホント、気が早いですよね。まあでも他にも色々と揃えてくれてあるおかげで、あまりお金使わなくってすんでるんですけどね。買い物好きで道具好きの両親に感謝です」
「・・・」
あれ? ピノさんなんだか少し表情が暗くなった?
「あ、僕のことばっかりごめんなさい。ピノさんの服もとっても素敵です」
「・・・ありがとうカルア君。ふふ、そうね。目一杯お洒落した甲斐があったわ」
よかった、ピノさんの表情が戻った。さっきのは気のせいだったのかな?
微笑んだ顔が眩しいや。
「じゃあカルア君、早速連れてってくださいね」
そう言ってピノさんは僕の手を繋いできた。
一緒に転移するのに手を繋ぐ必要はないんだけど、そんな事を言う必要はもっとない。
「じゃあ行きますよ。『転移』」
さあ、きっと今日は楽しい一日になる。
転移した先は、王都から少しだけ離れたところにある小さな小屋。
作業小屋みたいに見えるけど、ここはモリスさんが用意した転移スポットで、人目を避ける魔道具と結界の魔道具を設置してある。
説明によると、これってギルドの魔法図書室みたいなものらしい。
王都は入退場の記録を取っているから、モリスさんは転移するときいつもここを使うんだって。
そんな話をしながら、ピノさんとふたり王都の門に向けて歩いていった。
門では少し待ったけど、僕達の番が来て門衛さんに身分証を見せたらそのまま入場OK。
僕の身分証はギルドカードで、ピノさんはギルドの職員証。
ピノさんのほうが時間がかからなかったのは、きっとギルドの職員証のほうが信用されてるって事なんだろうなあ。
「さてカルア君、ここからは私が案内しますからね。なんたって3年前までここに住んでたんですから、どーんと任せちゃってください」
そう言って胸を張るピノさん。さすが頼れるお姉さん。
「まずは私の用事を済ませちゃいましょう。カルア君も大好き魅惑の調味料マリョテインの材料を仕入れに行きますよ」
大通りから少し奥、ちょっと怪しげな雰囲気になってきたころ、ピノさんは一軒の店の前で足を止めた。どうやらここが目的地らしい。
うん、店構えもいい感じに怪しいね。
「こんにちはー」
ピノさんは
「誰だい、こんな胡散臭い店に来る奴は。もっとちゃんとした店が大通りに・・・って、もしかしてあんた、ピノかい?」
「はい、ピノですよー。お久しぶりですベルベルさん」
「まったく、このあたしにそんなふざけた呼び方をするのはあんただけだよ。まちがいなくあんたピノだね。・・・まあすっかり大人っぽくなっちまって。前会ったときはまだまだ子供だったのにねえ。いったい何年振りだい?」
「前来たのが学校を卒業するちょっと前だから、3年半くらいかな」
「そうかいそうかい、もうそんなに経つのかい。そりゃああんたも大人になる訳だ。で、後ろに立ってるのがあんたのお相手かい? ずいぶん可愛い子を捕まえたじゃないか。・・・ふぅん、見た目と違って魔力量は可愛げがないねえ・・・っておいおい、こりゃあひょっとしてあたしより多いんじゃないかい? こいつは驚いた!」
「ふふふ、こちらはカルア君。私がギルドで担当している冒険者で、今はまだ私の弟ですよ」
「なんだい、そのよく分からない紹介は。以前は弟じゃなくってこの先も弟じゃなくなるって事なのかい? なんなんだいそれは」
「それはまあ色々あって・・・。それでカルア君、こちらは『マリアベル・ベルマリア』さん。昔お世話になってた魔法師で、マリョテインのレシピもこの方から教えてもらったんですよ」
おお、この人が前に言ってた「王都のさる有名な魔法師」さんかぁ。
「こんにちは、カルアです。ヒトツメの街で冒険者をやってます」
「はいこんにちは、しっかしその魔力量で冒険者ねえ。あんた選ぶ仕事間違えたんじゃないかい? なんだったらあたしが魔法師関連の働き口を紹介するよ?」
「ふふふ、カルア君はギルド本部のモリスさんの一番弟子なんですよ」
「モリス? ああ、あの騒々しい悪ガキかい。いつもオートカの奴とつるんじゃあ、しょうもない悪戯ばっかりしてたっけねえ。ふぅん、あいつの弟子にしちゃあ礼儀がしっかりしてるじゃないか」
「そうでしょう。カルア君は昔から真面目でちゃんとしてるからカルア君なんです。もしモリスさんみたいになっちゃったら私泣きますよ」
「あの・・・、モリスさんとオートカさんを知ってるんですか?」
「ああ、あたしが王立学校で校長をやってたときの生徒さ。よっく覚えてるよ。有名な悪ガキだったからねえ」
モリスさんはともかく、オートカさんが悪ガキって・・・想像できないよ。
「カルア君が行くかもしれない学校が、その王立学校よ。だから私もそこの卒業生。私がいた頃はもうベルベルさんは校長先生じゃなかったけどね」
「ああ。学校の校長なんてあたしのガラじゃなかったからね。さっさと引退して、それからずっと悠々自適な魔道具店生活ってやつさ」
「もう何言ってるんですかベルベルさん。カルア君、騙されちゃだめですよ。こんな事言ってますけど、この方は校長の前は王宮魔法師の魔法師長をやってて、今の魔法師長のお師匠さんなんです。すごい人なんですよ」
「え? 魔法師長って、もしかして前言ってた魔法師のトップ、ってこと?」
「そう。つまりベルベルさんは・・・、あの『ゴブま』の著者の、お師匠さんなんですっ」
な、なんだってぇーーーーー!?
「また何だか微妙な紹介されたね。まあ魔法師長やってたのもあの子の師匠ってのも事実だけどさ。何故また急にあの本が出てきたんだい?」
「それはカルア君が魔法に目覚めたきっかけのひとつが『ゴブま』だからですよ。2ヶ月くらい前だったかな、そこから猛特訓して今日はカルア君の転移魔法でここに連れてきてもらったんです」
「ちょっと待っとくれよ。あんたの言い方じゃあ魔法の訓練を始めてから2ヶ月で、ヒトツメからここまで転移できるようになった、って聞こえるんだけど」
「それで間違いないですよ。それに錬成や付与だってできるようになったしね」
「そりゃあまたとんでもないねえ。ん? ちょっと待っとくれよ。2ヶ月前でヒトツメ? ・・・もしかしてブラックの奴が面倒を見てくれって言ってたのってこの子かい?」
「ああ、ギルマスが言ってたのならカルア君で間違いないですよ。そうか、ギルマスの言ってた
「ああ、何だかあたしも興味が出てきたよ。どうだい、何だった今日これから・・・」
「ダメです! 今日はダメ!! 今日は私とカルア君はデートなんですからね。王都で楽しくショッピングしてお食事して、とにかく予定がいっぱいなんですよ!」
「おっと、こいつはすまなかったね。じゃあカルア、今度またここにおいで。転移が使えるんだったらすぐに来れるだろう? あんたの魔法を見てあげるよ」
えっと・・・
「カルア君、これ凄いチャンスですから、遠慮とかしないほうがいいですよ」
「はい。じゃあお願いしますベルベルさん!」
「ああ、いつでもおいで。ところでピノ、今日は一体何しに来たんだい?」
「今日はお買い物です。実はあの秘伝の調味料の材料が少なくなってきて」
「ああ、あんたが『マリョテイン』なんてよくわからない名前をつけたあれかい? もしかしてカルアに食わせてるのかい?」
「ええ、魔力トレーニングのサポートに。なので最近すごい早さで減っちゃって」
「ああ、分かったよ。じゃあ材料ひと揃えでいいかい?」
「ええ、今日のところは毎日使って半年分くらいの量があれば」
「はいよ。出してくるからちょっと待ってな」
少し待つと、材料を抱えたベルベルさんが戻ってきた。
「じゃあこれだね。はい、代金はたしかに受け取ったよ。で、結構な量だけど何に入れて持って帰るんだい?」
「あ、ボックスで」
ササッと収納。
「・・・まあいいや。転移が使えるんだったらボックスが使えたって不思議はないだろうさ。頼りになる荷物持ちじゃないか、なあピノ」
「ふふふ、そうですね。じゃあカルア君、行きましょうか。デートはこれからが本番ですよ!」
「はい! じゃあベルベルさん、また来ますのでよろしくお願いします。前は僕、ほんのちょっとしか魔力がなかったんですけど、マリョテインのおかげですごく増えたんですよ。今度見てくださいね」
ふたりが店を出ると、マリアベルはつぶやいた。
「マリョテインねえ・・・。魔力を増やす効果と言ったって、せいぜい補助的な役割しかしないんだけどねえ。一体何がどうなったらあんな魔力お化けが出来上がるんだか・・・」
そしてふと思い出す。
「そういえば、カルアの奴まであたしのこと『ベルベル』って呼んでなかったかい? まさか、その呼び名が定着しちまうんじゃあないだろうね・・・。はあぁ、まったく勘弁しとくれよ・・・」
さあ、ピノさんとの王都デートの始まりだ!
ってあれ? これって『デート』だったの?・・・
えっと、お洒落して待ち合わせして買い物して食事して・・・
うん、これ完璧に『デート』じゃないか・・・
うわぁどうしよう、急に緊張してきた!!
▽▽▽▽▽▽
カバチョッチョファンの皆様
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