第30話 見えないところで動いていました

「それでピノ、ヒトツメのギルドはどう? あなた本部勤務になるところを、家族がいるからって強くヒトツメ勤務を希望したじゃない。どう? あっちで楽しくやれてる?」


「ええ、のんびり楽しくやってるわよ。最近はいろいろと騒がしいけどね」

「ああ、あれでしょ? 新しい転送トラップが見つかったっていう・・・。それ本部でも結構な話題になってるわよ。で、その第一発見者が『あなたの』カルアくん、なのよね?」


「もう! ロベリーったら! カルア君は『私の』じゃないわよ・・・まだ・・・」

「またそんな気弱なこと言って。もちろん彼にちゃんとアプローチはしてるんでしょうね?」

「してるわよ。してるつもり、なんだけど・・・、どうもまだカルア君って、考え方が恋愛のほうを向いてないっていうか・・・」


「ああ、なるほど。まだお子ちゃまってことね。えっと、彼って今何歳だっけ?」

「13歳よ。この間もいい感じの雰囲気だったんだけど、そしたら私のこと『お姉さんみたい』なんて言っちゃって」

「なるほどねえ。まだ熟すどころか実も生ってないってところかしらね・・・。んーでも気をつけなさいよピノ。これくらいの子って急に大人になるから。もうほんと突然、よ」


「そうなの?」

「そうなのよ。あの頃あなたはまだ意識してなかったでしょうけど、私学校で散々見てきたもの。他の子とデートに行った翌日に急に大人びた顔になってたやつとかいると、あれ絶対デートで何かあったわよねとかみんなで噂したり。ほんのちょっとしたきっかけなのよね、男の子が大人になるって」


「・・・」

「だからあなたも頑張りなさい。気を付けないと完全にノーマークだった誰かに突然掻っ攫われたりするわよ」


その言葉を聞いたピノはテーブルに突っ伏した。

「そんなのヤダよー」

そしてしばらくテーブルの上でイヤイヤするように頭を動かし、テーブルの下では両足をブラブラと振る。まるで駄々をこねる小さな子のように。


学生時代によく見せた親友のその懐かしくも可愛らしい姿に、思わず微笑みながら眺めていたロベリーだったが、やがてそのピノの両頬を手でムニュっと挟むようにして持ち上げた。

「だったらそうなる前に、早くあなたのものにしちゃいなさい。他の誰も入り込む隙がないようにね」


ピノは一瞬目をぱちくりしたが、やがてその目を輝かせ、テーブルから体を引き剥がした。

「そうよね。カルア君が学校に行くまでには決着を付けなきゃ。急がないともう時間がないんだから」




ワゴンを押して現れたウェイトレスが、ふたりのテーブルに注文の配膳を始めた。

「お待たせしました。こちら、アフタヌーンティーセットとなります」


ピノが復活するのを待っていたかのような素晴らしいタイミング。

というか、さっきから彼女はその時が来るのを伺っていたのだが。

早くテーブルが空かないかしら、と。



まずはスコーンから紅茶。そしてほっと一息ついてから話を再開するふたり。

「それでピノ、あなたさっき聞き捨てならない事言ってたわね。カルアくん、もしかして王立学校に通うの?」

「ええそう。編入試験はまだ受けてないけど、来年度から編入すると思うわ。あとその勉強のためにベルベルさんかモリスさんのところに通うことになるんじゃないかしら」


「え、校長先生に? ってまあピノならあり得るか・・・。でもそれならなおさら急がないと駄目じゃない。いい? もう成長を待つなんて言ってる場合じゃないわ。攻めなさい! それでしっかり言質げんち取っちゃいなさい! こうやって一緒に出かけるくらいなんだから、カルアくんだって満更じゃないはずよ。彼の恋愛脳だって、自分で発した言葉で一気に開花するかもしれないわ!」


おお、さすが大人の女性だ! と頷くピノ。キラキラした尊敬の眼差しで。

ロベリーの恋愛経験値が実は自分と同レベルだとは、もちろん気づいていない。


「わかった。うん、私がんばる!」

胸の前でぎゅっと両手を握るピノ。愛らしいその姿をロベリーは慈母の眼差しで見つめ、

「ええ、がんばって。わたしも応援してるから」


決意とともにチーズを一切れ口に入れたピノ。

その仄かな酸味と塩気が、彼女の秘めた狩猟本能を掻き立てる。

親友に焚き付けられたピノ、そして狙われた獲物カルア

彼女たちのこのお茶会より、カルアの運命が大きく変わろうとして・・・いる?




「ところでロベリーのほうはどう? 本部ってやっぱり大変じゃない?」

ピノの言葉に、今度はロベリーがため息をつく。

「そうなのよ。会議、打ち合わせ、アポイント対応、それに資料整理や他部署との案件調整。もう毎日が戦いの連続よ」


「た、たいへんそうね・・・」

「ええそう、本当に大変よぉ。それにここ最近は特にねぇ・・・。室長が出っぱなしだったおかげで、いろいろ滞っちゃってたし。他から催促やらクレームやらがもうひっきりなしだったわ。その室長も戻って来たと思ったら今度は研究室にこもりっきりだもの。はあ、もう胃に穴が開きそうよ」


「そ、そうなんだ」

静かな口調の中にほとばしる魂の叫びを受け、ピノは言葉に詰まった。

わかってる。その原因の殆どはカルア君によるものだって。だけどそれを言うわけにはいかない。だから・・・

彼女はそっとカバンからある物を取り出し、ロベリーに差し出した。


「あのロベリー、これ、もしよかったら・・・」

「あら、なにこれ?」

「良く効くって評判の胃薬。うちのギルマスもその件で最近色々と大変で、王都に行くなら買ってきて欲しいって頼まれてたの。今ここに来る途中で買ったんだけど、ちょっと多かったから少しあげるね」


「あっ! ありがとうピノっ! ええっ、やっぱり持つべきは可愛い親友よね! これでまだ戦える気がするわ。いいえ、きっと私は戦える!!」


炎を背負ったその親友の姿にピノは弱々しく微笑み、目を伏せて口の中で小さくつぶやいた。

「うちのカルア君がほんとごめんなさい、ロベリー・・・」




胃薬はまあともかく、スイーツがあれば元気が出る。女子だから。

ティースタンドが軽くなるにつれ、彼女たちの口はますます軽やかになり。

そして話題もまた、移りゆく。


「ところで、ロベリーって付与術師をやるものだとばかり思ってたんだけど」


突如降り掛かったその話題に、ロベリーは思わずむせた。

「こふっ、けふっ・・・。んー、あー、まあなんて言うか、・・・他の付与術師を見て意識が変わったというか。私にあれはちょっと無理かなあって・・・」

「えーーっ、ロベリーの付与って凄いじゃない。私も教えてもらった付与使ってるけど、似たような売り物より性能出たりするわよ?」


「え? ピノ・・・あの付与、使ってるの?」

「使ってるわよ、もちろん。あ、昔ロベリーに言われた『付与は他人に見せるものじゃない』っていうのは、今もちゃんと守ってるわよ」

「そ、そう。じゃ、じゃあ誰にも見せてないのね?」


「あっ、えーっと・・・、ごめんなさいロベリー! 実は、カルア君にだけはこのあいだ見せちゃったの」

「あ、そう・・・そうなんだ。・・・それでカルアくん、なんか言ってた?」

「ロベリーから教わったとおりにカルア君にも付与の説明をしたの。カルア君も付与に挑戦することになってたから・・・。それでカルア君も練習して出来るようになったの」


「え!? じゃあカルアくんもあの付与を使ってるの、もしかして?」

「ええ。凄い便利だって喜んでたわ。でもでも、カルア君にもちゃんと『他人に見せちゃ駄目』って言ってあるから、人前ではやってないはずよ」

「そうなんだ・・・」


「だからその・・・、付与に関しては師匠がロベリーで私がその弟子だから、カルア君はロベリーの孫弟子ってことじゃない? ・・・それでもしよかったらなんだけど、今度ロベリーが付与やってるところをカルア君に見せてあげてくれないかしら。それってきっと彼のためになると思うの」



「・・・そうね、考えとくわ。・・・そのうち、もし時間ができたら、ね・・・」


かつて自身の付与術と一般の付与術との違いにカルチャーショックを受けたロベリー。そのトラウマにより付与から遠ざかっていた事を伝える機会は、おそらくもう来ないだろう。

こうしてロベリーは、久しぶりに会った親友から、よく効く胃薬と最大級の胃痛を受け取ったのだった。合掌。





キルド本部、某研究室。

「おーーい、ロベリーくーん・・・、あ、そういえば今ピノくんと会ってるんだっけ。そうか、うーん、どうしようかなあ・・・ん? そういえばカルア君も来てるんだっけ。一緒にいるのかな? ちょっと『探知』して・・・あれ? カルア君は別行動中か。うん、丁度いいや。カルア君に手伝ってもらおう。ということで、『転移』っと」





「うわっ!?」


道具屋さんを出ようと扉に1歩進んだところで、急に目の前に誰か現れた。誰!?


「やっほー、カルア君元気だった? 僕は今ちょっと行き詰まっててねえ、まあ元気といえば元気なんだけど、ちょっと困っててさ。君はもちろん元気だよね。なんたって可愛い彼女とデートなんだからさ、これで元気じゃなかったら困っちゃうよねえ。それで今君はそのピノ君とうちのロベリー君のお茶が終わるまで、時間を潰してるってことでいいのかい?」


うん、モリスさんだ。そして相変わらずモリスさんだ。この切れ目なく続く長ゼリフの間に驚きも醒めて、もうすっかり冷静になれてるし。

「こんにちはモリスさん。大体そのとおりです」


「そうかそうか、それは好都合だよ。実はさ、例の研究でちょっと困っててさ、どうしようか悩んでいた時にふと君が近くにいることを思い出したんだよ。それで探知してみたらなんと単独行動してるじゃあないか。これはチャンスだと思ってこうして来たんだけど、よければこうして待ってる間だけでも僕の研究を手伝ってもらえないかい?」


ああなるほど・・・

んーー、ピノさんたちはまだ話し始めたばかりだから、まだしばらく掛かるよね。

うん、だったらお店を見て回るよりモリスさんの手伝いのほうが楽しいかも!


「僕はいいですよ。ちょうど今この店も出ようかって思ってたとこですし」

「了解だ。じゃあ早速僕の研究室に移動しようか。ってことでオヤジさんごめんね。このお客さんは僕が連れてっちゃうから。埋め合わせに今度なにか面白い魔道具を見繕って持ってくるよ」

「はいよモリスさん。魔道具、楽しみにしてるよ。外に出ると面倒だろうから、いつもみたいにここから転移してってくれて構わないよ」

「助かるよ。じゃあまたね」


そしてモリスさんの転移が発動、目の前の景色が一瞬で変わった。

ってことはここがモリスさんの研究室かな?


「ということで、ようこそカルア君、僕の研究室へ。本当だったら本部内を案内してあげたいところだけど、君のことはまだできる限り広めたくないからね。本部はまた今度落ち着いた頃に案内するよ」


「はい、ありがとうございます。ところでさっきの道具屋の人って知り合いなんですか?」

「まっこんな仕事だからね。このまわりで魔道具を扱ってる店はだいたいみんな顔見知りだよ。お互い持ちつ持たれつってところさ」


なるほど。

それであの店の店主さん、急に来たモリスさんを見ても驚いてなかったのか。

転移にも慣れてるみたいだったし。


「それで早速なんだけどさ、カルア君、君今透明な魔石は持ってるかい?」

「いえ、家に帰ればこの間の魔石がそのまま倉庫にありますけど、今は持ってないです」

「そうかぁ、じゃあちょっと近くの森に取りに行こうか。話はそれからだよ」


「それはいいですけど・・・、僕森に入れるような服装じゃないですよ?」

「大丈夫。君は森の外で待っててくれればいいから。僕が何匹か転移させてくるからそいつの魔石を頼むよ。なに、5分とかからない簡単なお仕事さ」

「わかりました。そういうことなら」

「よし、じゃあしゅっぱーつ!」




再びモリスさんの転移で、僕達はどこかの森の外れに移動してきた。

「ええっと、周囲に人は・・・うん大丈夫、ここなら誰かに見られることはないね。じゃあちょっと魔石君たちを連れてくるから、スティールの準備して待っててね」


ここへの転移から流れるように周囲を俯瞰して人がいないことを確認、きっとその場で魔物の位置も特定しておいて、それでそこに転移、って流れかなぁ。

はあ・・・、これを見ちゃうと自信なくしちゃうよ。

僕も早くこんなふうにできるようにならなきゃ。


「たっだいまーー。はい、カルア君あとよろしく」


もう把握しているこの空間から魔物を指定してと・・・ふむ、ウルフ10頭か。

「スティール」


「おっと、さすが手際がいいね。近くにもうあと2つの群れがいるから、あと2回よろしくね」


モリスさんはそう言って消えて・・・すぐまた戻ってきた。ウルフの群れと一緒に。

「スティール」


「次ラストね」

そして連れてきた次の群れも、

「スティール」


「よし、じゃあ戻ろうか。魔石はボックスに入れたよね。ウルフはどうする? 僕は魔石だけあればいいから、必要なら君が全部持っていってよ」

「ありがとうございます。じゃあ遠慮なく『ボックス』」

「さ、じゃあ転移するよー」




そして僕達は研究室に戻ってきた。

うん、確かに5分もかかってないね。

ってあれ? 5分かからずに森に行ってウルフ27頭狩って戻ってきちゃったんだけど!?

・・・ふう、やっぱり時空間魔法ってとんでもないな。


「じゃあカルア君、魔石も無事入手できたことだし説明するね。今僕が研究してるのは、音の感知を妨害する手段だ。実は音の感知は早い段階でできるようになっててさ、そしてできてみたらそれほど難しい技術ではなかったんだ。だから知られてなかっただけで実はもう使われているかもしれない。所謂いわゆるゼロデイアタックっていうやつさ」


そうだよね、初心者が思い付きで出来ちゃったくらいだものね。


「でだ、簡単な技術って事だから君の身の心配はなくなったんだけど、これをこのまま放置するわけにはいかないし、対策もないまま公表するわけにもいかない。という訳で、今こうして秘密裏に妨害手段を研究してるんだよ。まあ、それ自体はもう完成してるんだけどね」


え? じゃあ今採って来た魔石は?


「実はさ、遠見を防ぐ魔道具ってのはもう実用化されてるんだ。音感知の防御もその応用で魔道具に出来た。必要魔力の最適化は今後の課題だけどね。あとやっておきたいのは機能の統合。この際だから結界の魔道具に音を含んだ遠見の防御を組み込もうと思ってさ。それでほら、試作してみたのがこれだよ」


そう言ってモリスさんがその試作品を手渡してくれたんだけど・・・うん、見てもよく分からないや。付与の中身って見えないから。


「ただどうにもうまく動いてくれなくってね。それで考えたんだけど、原因が魔力不足なら君の魔石で動くと思うんだよ。それで動くのなら、あとは魔力の最適化だけさ。たぶん魔石を大きくすれば動くんだろうけど、バランスの取り直しが面倒だし所詮二次策だからね。初期のリファレンスとしては、この形のままで作りたかったんだよね」


ところどころ難しくてよくわからないけど、つまり試作品についてる魔石を僕のと交換したら動くかも、ってことかな?


「音声の防御については明日発表なんだけど、その時一緒に発表できたらと思ってね。ああ、発表する先はギルドと学会だよ。技術資料も設計書も全て公開するから、明日までには世界中に知れ渡って、あちこちで防御魔道具の生産が始まるはずさ」


「あれ? この結界の試作品ってあの魔石を使ってますけど、そういえば魔石についてはもう公表してるんですか?」


「ほら、この間スティールの試作品を見せたでしょ? あのすぐ後にね。ただこちらは利権が大きく絡むだろうから、ギルド上層部から各国のトップだけを対象に発表したんだ。とはいえ早い者勝ちの面もあるから、どの国ももう必死に開発を始めてるはずさ。一般にもすぐに広まるよ。そこにきて今回の音感知の発表だ。これには王族や貴族が飛び付くだろうから、これで魔石の動きは一段と早まるだろうね。ふふふ、カルア君、いよいよ世界が変わるよ」


僕が知らなかっただけで、もうこんな大変なことになってたんだ・・・




「あ、そうそう。時空間魔法による音の感知については発見者・開発者ともに君の名前にしてあるからね」

「えええぇぇーーーーー、そんなの聞いてないですよ!?」


「技術面はすべて公開済みだしこちらでも押さえているから、今さら開発者の名前なんて誰も気にしないよ。それにもう君の危険もほぼ回避できてるしね。まあそれでもどうすべきか僕もちょっと悩んだけど、発見者と開発者は発表時にしか登録できないからさ。うん、大丈夫大丈夫。・・・あ、でも学校ではもしかしたら有名人になるかもね」



はああ・・・何だか本当に大変なことになりそうな気がする・・・

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