第26話 時空間魔法の訓練が終了しました
モリスさんの部下の人たちと調査に行った翌日、オートカさん達は帰っていった。
そして、その日からフィラストダンジョンの前でモリスさんとの訓練が始まったんだ。
その訓練も今日で6日目。
訓練期間は1週間って言ってたから、明日が最後の日だ。
そして昨日、ついに収納魔法が使えるようになったんだ。ボックススキルもね。
いやー、収納魔法は手こずった。それまで時空間魔法って結構簡単に使えるようになってたけど、・・・これはホント難しかったぁー。
モリスさんが「今僕たちがいるこの場所と重なり合う別の空間が・・・」なんて説明してくれたんだけど、いやそれってどういう事?って感じで。
それがなんとなく理解できたのがなんと昨日。ここまで5日もかかっちゃったよ。
切っ掛けは、モリスさんが気分転換にって「空間ずらし」っていう魔法を見せてくれたこと。
これってモリスさんが自分で考えて開発した魔法なんだって。すごいよね。
「僕も自分で魔法を開発できるようになりたいです」って言ったら、凄く困った顔してたっけ。わかってます。もちろんちゃんと相談してからですよ、はい。
それで、その「空間ずらし」。
目の前の木がズバッと真っ二つになったんだけど、その時、木だけじゃなくってその周りの空間そのものも切れてずれてたんだよね。
で、その時に思ったのが・・・「これって別の空間がこの切れた空間を支えてくれてないと、今いるこの空間が崩壊するんじゃない?」ってこと。
その事をモリスさんに訊いたら、「ああ、言われてみればそうかもね。いやあ世界が滅びなくって本当に良かったねえ。危ない危ない。あはははは」だって。
軽い口調に反して顔はものすごっく引き攣ってたけどね。
はあぁぁ・・・
まあでもそのおかげで別の空間っていうのが何となく認識できたんだ。
そこからは早かったと思う。イメージが掴めたからね。その空間に通じる入り口を作って、そこに倉庫を作った。物を入れたり出したりするイメージは、このあいだの収納もどきのイメージがそのまま使えたから、そこには苦労しなかったんだけどね。
これが昨日までの成果。
さあ、今日を入れてあと2日間しかないよ。がんばろう!
ふと空間に揺らぎみたいなものを感じてそちらを見ると、そこにモリスさんが転移してきた。
この感覚も最近掴めるようになったんだよね。
「おはようございます。モリスさん」
「やあおはようカルア君。君最近僕が急に現れても全く驚かなくなったねえ」
「ええ。転移の前兆みたいなのが分かるようになったんです」
「へえ、それってどんな?」
空間の揺らぎのような感覚について説明すると、
「相変わらず君は油断ならないねえ。ちょっとした隙にこちらの想像を超えてくるから
「はい。スムーズに別の空間をイメージできるようになりました。発動も問題ありません。魔力が減っている感じもしないし、ボックスと中に入れたものもずっと維持できてます」
「うんうん、君なら切っ掛けさえ掴めば後は大丈夫だと思ってたよ。じゃあ収納については今回はこれで終わりって事でいいかな? 『固定』についてはまた次回にね。君が時間の感覚を掴んだ時に教えるよ。他には何か質問とかある?」
「特にないと思います・・・、あ、そう言えばふと思ったんですけど、物の出し入れってゲートと同じイメージなんですよね。ってことはボックスの中にゲートで入る事もできるのかな」
「・・・カルア君、それについてはちょっと待とうか」
「はい?」
「それは今度またあらためて一緒に研究しよう。僕もそれまでにゲートをものにしておくからさ、そうしたらね。だからカルア君、くれぐれもそれまでにひとりで試したりしないようにね。いいかい、くれぐれもだよ。くれぐれも。約束だからね」
いやそこまで念入りに念を押さなくっても・・・
「わかりました」
「本当にくれぐれもだよ。君はちょっとした思い付きで大変な事をしでかすからね。今の君の思い付きも非常に危険な予感がしてるんだよ。僕は」
更に念押しの重ね掛け・・・
「よし、じゃあ今日は次の課題だね。君の場合は順序が逆になってしまったけど、次は『遠見』だよ。なんだけど、多分すぐにできるんじゃないかな。いいかい、君はもう遠く離れた場所をゲートで繋いだ経験がある。そう、君の家の倉庫に。あれをイメージするんだ。遠く離れた場所に今度は『俯瞰』を繋げるイメージ。多分君はこのイメージで『遠見』ができるはずさ。場所は、ちょっと待ってね・・・うん、今は誰もいないな。じゃあ、オートカ達が使ってたギルドの個室を見てみよう。さあ試してみて」
モリスさんに言われた通りにやってみると・・・、あ、ホントに出来た。
「部屋の様子、見えました」
「やっぱりね。自分で言っといてなんだけど、本当に君は順序が滅茶苦茶だよ。『転移するイメージで遠見してみて』なんて教え方をする日が来るとは想像もしてなかったよ。それって『すごくゆっくり走ったら歩けるようになるよ』って言うのと同じだからね」
それは・・・確かに滅茶苦茶だよ。
「という訳だから、次は君がすでに使えるようになっているはずの『転移』をやってみようか。行先はもちろんその部屋だよ。さあ、やってみて」
うん、確かに出来ない気がしない・・・っていうか、使った事がないのになぜか出来る確信がある。
「転移」
目の前の景色がダンジョンの前から見慣れた部屋に変わる。
不思議と驚きはない。むしろそれが当然って思える。これが「使えているようになっているはず」っていうことなのかな。
「うん、何の問題もないね。どうだい、初めて転移してみて?」
「そうですね。自分でも不思議なんですけど、何だか『出来て当然』って感じてるんです」
「まあそうだろうね。派生スキルまで習得しているんだから、体が先に分かってるんだろうね」
そんな話をしていると、不意に扉が開いて・・・あれ? ピノさん?
「誰もいないはずの個室に
「今、遠見と転移の練習中なんです。ダンジョンの前から転移してきたところなんですよ」
「あ、そうだったんですね。邪魔してごめんなさい。それだったらモリスさん、この部屋はしばらく『使用中』にしておきましょうか?」
「ああ、そうだね。そうしてくれると助かるよ。いちいち遠見で確認するのもなんだしね」
「わかりました。ではそのように。じゃあカルア君、頑張ってくださいね。ああそうだ、転移できるようになったら今度王都とかに連れてってくださいね。久しぶりに行ってみたいので」
「はい、わかりました」
そう言って部屋を出るピノさん。
うん、約束を守れるように頑張ろう。
あ、もう出来るようになったんだった・・・
「うんいいね、青春だね。それにしても、男の子のやる気を引き出しつつデートの約束を取り付けるなんて、ピノ君はなかなかのやり手だねえ。将来尻に敷かれるカルア君の姿が目に浮かぶようだよ」
なんだか答えづらい。
ええっと、別の話題、別の話題・・・あ、そういえば。
「そういえばモリスさん、モリスさんっていつも転移で王都に戻るときに『転移』って言ってないですよね。何か別の事を言いながら消えていってたと思うんですけど」
「ああ、そのほうが別れのシーンにふさわしいからね。そう思わないかい?」
「それは確かにそうですけど、それって何か特別な技術とかですか? 『無詠唱』みたいな?」
「ああ『無詠唱』・・・か。そういえば有名な冒険物語にそんな言葉が出てきたね。あれって物語だから特別っぽく描かれているけど、実は特別でも何でもないんだよ」
「え? そうなんですか?」
「いやだって考えてみてごらんよ。魔法ってイメージだし、スキルにしても体が覚えてるんだ。君は右手を前に出すときに『右手よ前に』なんて言うかい? 歩くときに『歩け僕』なんて言うかい?」
いや言わないけど・・・じゃあ言わなくても発動できるって事?
「まあつまりだ。あれってね、『今からやるぞ』って自分に合図って言うか気合い入れるって言うか・・・ああそうそう、立ち上がる時に『よいしょっ』とか言うのと同じだね」
詠唱が「よいしょ」・・・詠唱が「よいしょ」!?
あまりの言葉に愕然とする僕。そんな僕にモリスさんが、
「だからさ、言っても言わなくても構わないんだ。まあ慣れないうちは声に出したほうがやり易いかもね。それとも物語とかみたいに『時空を司る神よ、古の盟約に従い我を求める地に遣わせ給え。転移!』なんて言ってみるかい?」
何それカッコいい! 何故だか分からないけど心が疼くっ!!
「何て言ったかなあ・・・ああそうそう、『カバチョッチョ病』ってやつ」
え?
「若い男の子によくみられるやつさ。『カバチョッチョ症候群』とか呼ばれることもある。物語の主人公になりきったり、それに出てくる技とか魔法とかの真似とかしたくなるんだよ。あとは自分のカッコいいと思う技名とか詠唱とか叫んでみたりとかね。さっきの詠唱は昔僕が友達と一緒に考えたやつさ。いやあ、懐かしいなあ」
うわあ! 黒歴史に病名がついてた・・・
それであの詠唱をカッコいいって思った僕って・・・、もしかしてまだ・・・
「さて、それじゃあダンジョンの所に戻ろうか。今度は周りの人と一緒に転移する練習だよ。僕を連れて一緒に転移してね。発声は・・・完全に慣れるまでしばらくは続けようか」
「はい。じゃあ『転移』」
再びダンジョン前へ。
うん、モリスさんも一緒だ。
「よし、成功だね。じゃあ次は応用だ。他の動作との連携の練習。短距離での転移は戦術に組み込む事ができるからね。じゃあ今から君にやってもらう事だけど・・・」
戦闘訓練とかかな? ちょっと緊張。
「この周りを俯瞰、ラビットを見つけたらそこに転移して、すかさずスティール、魔石と死骸をボックスに入れて、ここに転移で戻る。以上だよ。簡単でしょ? でも最初は頭の中で全部シミュレートしてからやってみよう。いいかい、やる事を整理するんだ。5工程だよ」
動きを整理。
工程は5。俯瞰、転移、スティール、ボックス、転移。
よし!
「行きます。『俯瞰』」
ラビットは・・・いた!
「転移」
ラビットのすぐ後ろに転移!
「スティール」
崩れ落ちるラビットと出現した魔石を、
「ボックス」
さっきの位置は把握できているからそこに、
「転移」
よし、できた!
「どうだったカルア君?」
「はい、出来ました」
そういってラビットと魔石をモリスさんに見せる。
「うんうん、いいね。いいかいカルア君、この連携は必ず練習を続けること。そして自分の中で色々なパターンを用意するんだ。そしてどんな事態になっても慌てず次の動作に繋げられるようにする。そして一番大事な事、それは相手が人間の場合のパターンも用意することだ。もう君も分かっていると思うけど、君は狙われる可能性が高い。返り討ちなんて考える必要はないよ。相手の意表をついて確実に逃げ切る、そのパターンを確実に増やしておくんだ」
これまで見たこともないくらい真剣な表情のモリスさん。
じっと僕の目を見て・・・。
うん、これは真剣なアドバイス。本気で僕の身を案じてくれているんだ。
「はい、必ず練習します」
「よし、じゃあその為に僕も協力しよう。さっそく次の訓練だよ。転移は自分の行ったことがある場所にしかできない、っていうのはもう知ってるよね。だから今から君を連れていろんな場所に転移する。転移先は僕しか知らない人目に付きにくい転移スポットだからね。着いたらその場所の説明をするから、君はそれを覚えるのと周りの空間をできるだけ広く俯瞰、把握すること。いいかい?」
「はい、よろしくお願いします」
「うんうん、任せてくれたまえ。ああそうそう、もちろんピノ君との約束を果たせるように、王都付近の転移スポットにもちゃんと連れて行ってあげるからね。まったく、僕にそうさせるようにわざわざ僕のいるあのタイミングで言ったんだろうなあ。ホント君の彼女はたいしたものだよ」
なぜだろう、否定できないような・・・
「さて、これから出発するけど、その前に君にこれを渡しておくよ」
そう言ってモリスさんから受け取ったものは・・・
「これは・・・地図ですか」
「そうだよ。この地図には周辺国も書いてあるギルド特製のものだ。本来は個人が持っててはならない物だから、けっして人に見せないように気を付けてね。できれば時間がかかっても完全に記憶して、ボックスから出さないように。それとはい、このペンもね。これで書かれたものは書いた者にしか見えないから、これから行く転移スポットをこのペンで地図に書き加えること。君にとっては逃げることになった場合の生命線だからね」
そうして、その日と次の最終日はモリスさんにあちこち連れて行ってもらった。
地図に書かれている国で行かない場所はないってくらいあっちこっちに。
でも一番驚いたのは、モリスさんが途中で「ゲート」を使ったこと。
いろいろ調べたり試したり練習したりして、使えるようになったんだって。
やっぱり凄い人だって実感!
「さて、これで今回カルア君に伝えることはすべて伝えたよ。訓練は今日で終了だ。といっても今後もちょくちょく顔を出すつもりだから、べつにお別れってわけじゃあないんだよ。君の今後や調査、進捗についてブラック君たちと密に打ち合わせが必要だしね」
こうしてモリスさんの時空間魔法の短期集中トレーニングは終了。
だから僕はお礼の意味を込めてモリスさんにプレゼントを用意したんだ。
「モリスさんありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。これ、これまで教えてもらった事をもとに作ったんです。よかったら受け取ってください」
「お、プレゼントかい? うれしいよ、ありがとう。これは・・・魔石で出来てるんだね。魔道具的な感じかな? ちょっと説明をお願いするよ」
「はい、昨夜錬成して作ったんですけど・・・、ゲートを付与してあるんです。ホントは思い浮かべた場所に繋がるようにしたかったんですけど・・・。ちょっと難しくってできなかったので、行先はこのギルド固定なんです」
あれ? モリスさんが動かなくなっちゃった。
このパターン、もしかして駄目なやつ? でも透明な魔石には付与できるとかもう分かってることだし、別に普通だよねえ・・・
「はああぁぁ・・・」
大きなため息・・・
ああ、これは駄目なやつだ。
「カルア君・・・君ってやつは最後の最後まで・・・。いいかい、付与ってのはさ、属性や魔法が対象なんだ。スキルを付与できたなんて聞いたことないよ!!」
こうして今度こそ本当に、モリスさんの時空間魔法の短期集中トレーニングは終了しました。なんかすみません。
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