第23話 モリスさんの時空間魔法講座です

僕はひたすらグラスに語り掛けた。

もちろん食事を終えピノさんを家に送り届けてからね。

せっかくのピノさんとの楽しい時間、話し相手がグラスなんてもったいないでしょ。


それに僕がグラスを説得する姿をピノさんに見せたくなかったから。

もちろん恥ずかしかったからってのもあるけど、僕のその姿を見てピノさんがどう思うか心配だったから。

自分と同じことをしている誰かを見て、妙に冷静になっていたたまれなくなったことってない?

僕は、ある。


あれはそう、僕のバイブルであるあの物語の主人公ヒーロー、彼に憧れるあまり、物語の中での彼の言動をそっくりそのまま真似していた頃のこと。

その日、ラビットを狩る事が出来た僕は、まるで一端いっぱしの冒険者になったみたいな自分にうれしくなって、奮発して街の食堂でご飯を食べていたんだ。


するとそこに、僕より少し年上かなくらいの男の人が入ってきて・・・

その人は、当時の僕と同じように彼を完コピしていたんだ!


その人がやっていたコピーはけっして下手じゃなく、むしろ僕よりもずっと上手だった。

でも、でもね・・・、ああ、周りから見ると僕ってこんな風なんだなあって、急に冷めた気持ちになって・・・その人を見続けるうちに、だんだんいたたまれなくなって・・・急いで食事を終えて・・・逃げるように家に帰ったんだ。


『坊主、人の真似をするっていうのは決して悪いことじゃあ・・・』

ごめん主人公ヒーロー今は聞きたくないよっ!!


そして僕は僕に戻った。

そんな過去。そんな・・・黒歴史っ!


そう、ピノさんがその時の僕になるんじゃあないかって、本気で思ったから。

本気で心配したから。


だってあの姿・・・ねえ。




まあそういう訳で、ひとりだけの部屋の中、ぼくはずっとグラスに話しかけてたってわけ。

それからひたすら失敗して、いろいろ言い方を工夫してそれでも失敗して、どうやったら上手に説得できるだろうって試行錯誤の数時間、そして僕は一つの事に気付いた。


あ、魔力注いでないや。


いや、だって話しかけるあのインパクトが凄すぎて、頭からぽーんって飛んでたんだよ。

かざした手から魔力を注いでたってことを。


・・・うん、仕方ないよね。だってインパクトがね。

真剣にお鍋を応援している(ように見える)ピノ姉さん・・・可愛かったなあ。


そしてさっきまでの僕って、ホントにただグラスに話しかけるだけの人・・・だったんだよなあ。


ははは・・・はあ、今日はもう寝よ。




「おはようございます!」


今日もいつもの調査団の部屋。

まあ本当はギルドの個室なんだけどね。

職員の皆さん、朝の混雑で忙しかったみたいで、僕を見ると笑顔でこの部屋を指さした。

僕も笑顔で会釈して部屋まで来たけど・・・うーん、顔パスってやつ?


「ああ、おはようございます。カルア殿」

「いやあ、おはようカルア君。僕たちも今来たところだから、みんなほぼ同着だよ。なんだろうねえ、こうして揃って同じ時間に集まるってさ、チームって感じがしていいねえ。チーム、チームか。うん、そうだね。今回の件ってさ、初めからカルア君が中心だったじゃない。カルア君が転送トラップを見つけて、カルア君がスティールスキルを進化させて、カルア君が透明な魔石を採取して、カルア君が時空間魔法の才能を炸裂させて、カルア君が魔石の錬成とかやっちゃって。だからもしチームに名前をつけるのならば、すべからくチームカルアとすべきだろうって僕は思うよ」


いや、僕はみなさんを率いても取りまとめてもいませんけど!?


「もちろんチームリーダーをやって欲しいとかじゃあないよ。リーダーとかじゃあなくってさ、君はこのチームにおいては目的であり対象であり重心なんだよ。だからさ、チームを象徴する名前ってことだったら、やっぱり君の名前になるんだよねえ」


「うむ、チームカルアか。ならば当然私もメンバー入りしているのだろうな?」

「ちょっと待ってくださいよ! ギルマスまで何乗っかってきてるんですか。みんなして揶揄からかわないでくださいよ」

「いや、揶揄ってなんかいませんよカルア殿。もう既にここにいる皆さんの目的はダンジョンからあなたにシフトしているのですから」


清々しい笑顔でそんな事を言わないでくださいオートカさん!


「と言っても私がここにいられるのはあと僅かですけどね。今日でおそらく現地調査は一旦完了となるでしょう。そのあとは時々モリスについてくるくらいでしょうか」

「え? そうなんですか?」

「ええ。今回の我々の調査目的は、フィラストダンジョンに新しく発見された転送トラップでしたからね。その実在と構造、そして発動条件が調査項目でしたが、今日これから行う閾値しきいちの絞り込みで、それらはほぼ完了します。カルア殿が調査目的だったのなら、これからが本番と言ったところなんですが、そういうわけにはいかないのがとても残念です」


そうか、ここしばらく一緒だったけど、もうすぐお別れなんだ。


僕の寂しそうな表情に気付いたのか、

「まあ先ほども言いましたが、時々モリスについてきますよ。モリスはもうしばらくこちらと王都を往復するはずですからね、そうでしょうモリス?」


「もちろんだよ。将来有望な時空間魔法師の育成だ。何を置いてもやらなくっちゃね。まあ僕も仕事があるから何とか1週間ってところだろうけど、それまでにある程度は詰め込むよ? ちゃんとついてきてね、カルア君!」


「はいっ!」


「まあ本格的に始めるのはフィラストダンジョンの調査が終わってからになるけどね。今日はこれから僕たちと一緒にフィラストに向かってもらう。道中は時空間魔法の講義の時間だよ。到着したら僕たちは調査に入るから、その間カルア君は訓練の時間だ。今日は現地で合流する他の人員と一緒に調査に入るから、カルア君はダンジョンへは入らないようにね。彼らにスティールを見せるわけにはいかないからさ」


ああ、そういえば昨日そんな事言ってたっけ。


「他の人員って、どんな人なんですか?」

「僕の部下たちさ。みんなギルドのインフラ技術室のメンバーだよ。現地に到着したら僕が本部に転移して、彼らを連れて戻ってくることになってるんだ。後で君にも紹介するけど、君のことはあくまで転送トラップの発見者で調査協力者として彼らに紹介するから。カルア君も、君の抱えているヤバい秘密は彼らにしゃべらないように気を付けてね。一応彼らも信用できる連中ではあるけれど、やっぱり知らないってのがお互いの身を守るには一番だからね」


そんな話をしていると、ギルマスから声がかかる。

「さて、馬車の準備ができたようだ。そろそろ出発してはどうかな。今日は私も同行するつもりだ」


「うん、そうだね。同行してくれると僕としても助かるよ。現地ではうちの連中はひとりずつダンジョンに連れていくことになるからさ、どうしても毎回数人ずつは外で待つことになるんだ。カルア君には訓練に集中して欲しいし、彼らの警護をしてもらえると助かるよ。それになによりさ、カルア君ってほら、うっかり大事なことをしゃべっちゃいそうじゃない?」


うん、自分でもそんな気がする。


「そうだな。もし魔物に襲われたら、考えるより先にスティールしてしまいそうだしな」


うん、自分でもそんな気がする。


「まあどれだけ気をまわして注意して準備しても、無邪気に想定外な事をしちゃいそうな気もするんだけどね。実績あるし」


・・・うん、自分でも、そんな気が、する。


「まあカルア君も気を付けてね。かかっているのは自分の命だから」

「・・・気を付けます」

「取り敢えずこれだけおどかしておけば多少は安心かな。よし、じゃあ出発しよう」


そうして僕たちは馬車に乗ってフィラストダンジョンに向かう。

僕が乗っているのはもちろんギルマスやモリスさんと同じ馬車だ。

そして始まるモリスさんの講義。

楽しい時間。


「いいかいカルア君、時空間魔法っていうのは、大きく空間魔法と時間魔法に分類されるんだ。まず空間魔法だけど・・・、空間っていうのはさ、幅と奥行きと高さで成り立っているじゃない。それはカルア君も空間把握した時に感じてるよね? その空間に干渉するのが空間魔法だね。そして時間魔法は、その空間の中を流れる時間に干渉する魔法なんだよ。だから空間魔法の先に時間魔法があり、それらを合わせて時空間魔法って呼ぶんだ。ここまでは分かるかい?」


・・・ええっと、

「空間はイメージしやすいけど、時間っていうのがふわっとしてイメージしにくいです」


「まあそうだろうね。だからまずは空間魔法から始めるのが時空間魔法習得のセオリーなんだよ。空間の把握に慣れてくるとね、みんな何となく時間との関係が感じ取れるようになってくるんだ。だから最初は時間については深く考えなくても大丈夫。自然と理解できるようになっているはずさ」


へえ、そういうものなんだ・・・


「ただひとつだけ例外があってね、それが回復魔法なんだよ。回復魔法は時間魔法のくくりであるはずなんだけど、何故か時空間魔法の適性がなくっても習得できるんだ。その理由は分かっていない。もしかしたら時空間魔法じゃあなくって、独立した別の魔法なんじゃないか、なんて説もあるんだけどね。今のところは時間魔法って事になってるんだ。まあ僕としては、回復は時間魔法だと思ってるよ。だって回復魔法の得意な人って、時空間魔法の適性がある人が多いからね」


ふむふむ。


「それで時空間魔法にどんなものがあるかって言うと・・・」

そう言ってモリスさんが説明してくれた、代表的な時空間魔法がこれ。


回復-傷を治して体力を回復する。初級、中級、上級がある。

俯瞰-空間を把握して視点を設定できる。

探知-遠く離れた場所で指定したものを見つける。

収納-特殊な空間に物を入れる。習得するとボックススキルが派生する。

遠見-遠く離れた場所の様子を見る。

転移-遠見した場所に移動する。自分以外を移動させることもできる。

固定-指定した範囲内の時間を停止する。

復元-指定した範囲内を指定した時間の状態に戻す。


「このうち、君がすでに使えるのが『回復』『俯瞰』『探知』だね。探知はまだ初歩だけど。そして今日これから君に教えるのが収納。これは君も聞いている通りスティールスキルを隠蔽するためだね。これから君のスキルは、公式にはボックススキルとなるからそのつもりでね」


「その次に覚えるのが『遠見』だよ。その為には『探知』を繰り返し練習すること。身体が『探知』を完全に理解したら、自然と『遠見』に至ることが出来るよ。そして『遠見』した場所に瞬間的に移動するのが『転移』だね。『転移』自体は目に見える範囲に対して行うこともできるから、短距離の『転移』だけを先に練習してもいいかもね」


「そしてここからが時間魔法だよ。まずは『固定』。これは『収納』魔法とセットで使うととても便利な魔法なんだ。なんと、収納したものの時間を停止する事ができるんだ。そしてボックススキルの追加機能アドオンとしても使用できる。ボックススキルの一部として組み込まれるんだよ」


それってボックスの中でいつまでも新鮮なまま保存できるってこと!?

便利すぎ!!


「もちろん通常の魔法としても使えるよ。でも時間を止めている間はその範囲内に対して何の干渉もできないから、使いどころが難しいけどね。そして次は『復元』。壊れたものを壊れる前に戻したりできる魔法だね。時間の流れは『回復』の真逆となる魔法だけど、『回復』の代わりとしても使用できる。ただし、この魔法は必要な魔力がものすごく多いんだ。しかも遡る時間は使う魔力に比例するから、あまり前の状態には戻せない。もし『回復』の代わりに使わなきゃならない時が来たら、一秒でも早く使う事。じゃないと後悔する事になるかもしれないからね」


「まあ他にもいくつかの魔法があるんだけどね。それらはどちらかと言うと派生とか応用といった感じだね。君もいろいろと応用を考えてみるといいよ。ただし、人前でやる前に必ず僕に相談すること。これは絶対約束だ。君の場合、下手をすると『時空間魔法が上達したら人類の天敵になりました』なんてことになりかねないからね」


・・・人類の天敵にはなりたくないよ。絶対に気を付けなきゃ。


「おっと、どうやら到着したようだね。それじゃあ馬車を降りようか」


どうやら講義はここまでのようだ。

僕たちは揃って馬車から降りた。


「さて、僕はこれからメンバーを連れに行ってくるから、少し待っててくれよ。オートカ、戻ったら彼らを軽く紹介してそのままダンジョンに入るから、準備よろしく。それでカルア君、実はね、収納魔法ってさ、概念的には時間魔法の先にある魔法なんだ。だから本当は習得は難しいんだけど、幸いなことにここには魔法の鞄があって、君もそれを使ったことがある。いいかい、今日の君の訓練はイメージすることだ。君の手のひらの上に目に見えない魔法の鞄がある。そしてその中に物を入れる、それをイメージするんだ。入れる物はそこらの石ころとかで構わない。大事なのはイメージだ。理屈は後からついていてくるはずさ。まずはひたすら繰り返して体で覚えるんだ」


そしてモリスさんは転移していった。


「カルア君、大変に内容の濃い講義だったが、どうだった?」

「そうですね、ひとつずつやっていくしかない感じです。でも前にモリスさんが言ってましたけど、時空間魔法は全部繋がっているそうなんです。だから、モリスさんの指示してくれた順番でひとつずつやっていけば、必ず次の魔法に繋がっているんだと思います」


「そうか、きっと君ならば時空間魔法を修めることができると信じているよ。頑張ってくれたまえ」

「はい、ありがとうございますギルマス」


そして僕たちは、モリスさんの戻りを待つ。

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