第21話 魔石の事が少しだけ分かりました

「一応ね、不完全ながら似たような事は出来たって言えると思うよ」

モリスさんはテーブルの上の魔石を一つ指先で転がしながらそんな事を言った。

「不完全、ですか?」

「ああ不完全だねえ。カルア君、君の魔石を一つ貸してくれるかい? ちょっと僕のと見比べてみようじゃない」


「これでいいですか?」

僕は鞄から魔石を一つ取り出して、モリスさんに手渡した。


「ああそうそう、これこれ。やっぱり君の魔石は綺麗だねえ。曇りひとつなく透き通っているよ。さてみんな、僕の魔石とカルア君の魔石を比べて見てごらん。違いが分かるかい?」


みんな興味津々でテーブルに並んだ魔石を覗き込んだ。それから交代で違いを探し始める。持ち上げたり明かりに透かしたりと……

そしてその結果、みんな同じ事に気付いたみたいだ。


「これは……モリスの魔石は少しくすんだ感じがしますね。カルア君の魔石は完全に透明ですが、それと比べると少し……黒い?」

そう、色が違うんだ。

「うんうんそうなんだよ、僕もそう感じたんだ。僕のは少し普通の魔石に近い色合いなんじゃないか、ってね。だからね、カルア君の【スティール】による透明な魔石を完全とするならば、普通の魔石に近い僕のは不完全って事なのさ。それにしてもさ、色が付くっていうのはどういう事なんだろうねえ。どういう事だと思う?」


「少しよろしいかな? その魔石に関してですが、実は先ほど調査の途中結果が届きました」

「ああそうか、ギルド本部に調査に出したんだっけ? そう言えばここに来る前に研究室のみんなが大騒ぎしてたなあ。もうちょっと早く騒ぎに気付いてたら僕も乱入したんだけどね。まあそれはそれとしてだ。途中結果って事は何か分かった事があった、って事だよね」


「ええ。調査によると、透明な魔石は注がれた魔力を蓄積する性質を持っていたそうです」

「っ!! ちょっと待ってそれ本当かい!? だとしたらとんでもない発見だよ!」 え? そんなにすごい事なの?

「もしそれが本当だとすれば世紀の大発見だ。魔道具に革命が起こるよ! 世界が変わる!!」


世界が変わる……って、流石にそれは大袈裟過ぎない?


「おっとカルア君。その顔はいつものピンときてない時の表情だね。僕にもそろそろ分かるようになってきたよ。ではそんなカルア君に解説しよう!」

「はい、お願いします」


「いいかい……普通の魔石はね、帯びた魔力を使い切っちゃったら後はもう使い道の無いただの石ころになってしまうんだ。魔石は基本的に使い捨てなんだよ。だからどんな魔道具もね、魔石は使い切ったら交換する前提で作られているんだ」


使い捨て? って事は……


「魔石に魔力を補充したりとかって出来ないんですか?」

「そうなんだよ。普通の魔石は外からの魔力を受け付けないんだ。多分だけど、その魔石の持ち主だった魔物の固有の魔力しか受け付けない、って事なんだろうって僕は思ってる。まあそんな訳だからさ、魔力を沢山帯びている大きな魔石っていうのは実はとっても貴重なんだ。大がかりな魔道具には沢山の魔力が必要で、それには大きな魔石が必要って事だからね。そして大きな魔石は強い魔物からしか採る事が出来ないから、当然希少で価格も高いんだよ」


そうだったのか……

あ、だったら時空間魔法を使い倒してるギルドも……?


「もしかしてギルドの設備とかも大きな魔石が必要だったりするんですか?」

「おっよく気付いたね。そうさ、あれらも魔道具である以上は魔力を――魔石を使うからね。まあとは言っても大きな魔石は中々手に入り難いから、その代わりに沢山の小さな魔石で動くように設計してあるんだけどさ。でもそれはそれで結構大変なんだよ? 魔力を取り込む効率も低くなっちゃうし産廃も増えるしさ。まったく、小さな魔石を錬成でギュッと固めて大きな一個の魔石にしちゃいたいくらいさ」


「「「あ……」」」


僕とギルマスとオートカさんが揃って同じ反応。

だって……ねえ?


僕とオートカさんがギルマスの方に目を向けると、ギルマスは一つ頷いてテーブルの上に透明なナイフを置いた。

今朝ここでミッチェルさんが錬成した、あのナイフだ。


「おや何だい急に? この透明なナイフが一体何だって……ん? 透明なナイフ? 『透明』な? ――いやちょっと待ってよ。この話の流れからすると、ある予感というかもう確信っていうか……つまりそういう事、でいいんだよね?」

「想像の通りです。このナイフは、今朝ガラス工房のミッチェル氏をお呼びし、彼の手によって錬成された一品です。……カルア君の魔石を原料として」


あの時は『ミッチェルさんの本気を見た』って感じだったなあ。


「おいおい、あの有名な天才錬成師をわざわざ実験の為に呼び出したのかい? 何だってまたいきなりそんな話に――いや違う、これは『いきなり』じゃないな? その前に何かの出来事があって……。ああそうか、もう僕には分かっちゃったよ。カルア君、君だろう? 『無邪気に』『ちょっとした思いつきで』『魔石を錬成しちゃった、てへ』なんて君の姿が今はっきりと想像出来ちゃったよ? もちろんそんな君の前で頭を抱えるオートカ達の姿もセットで、ね」


「……想像の通りです」


「はは、だろうと思ったよ。それじゃあ次は、カルア君がうっかり錬成しちゃったっていうその『何か』を見せて貰えるって事かな? よし、折角だからそれも見せて貰おうじゃない。……勿論この場にあるんだろう?」


ギルマスはそっと僕のグラスを取り出しテーブルに置いた。

モリスさんの目の前へと。


「これは……グラス……? 魔石がグラスって……。グラスが魔石って……。ぷっ、くく、くくくく……ああっはっはっ、あはははははははは――」


えーーー、そこ笑うとこなの?


「いやっはっははははああはああはははああはははっははははあははは……ぶふうっ! はーーっはははっはっはっは……あーダメ、止まらない……おなか痛い……あっはっはっはあっはっはっはっはっははははっ!!」


どうしよう、まったく止まる気配が無いよ?




――5分待った。


「ひぃっひぃっひっ……はあはぁはぁ……ふうぅぅっ……」

まだちょっと痙攣気味っぽいけど、でもやっと笑いが止まったみたい。

「あーーーー可笑しい。カルア君、やっぱり君って最高だよ! 一体他の誰が魔石でグラスを作ろうなんて思い付くって言うんだい!? 魔石を錬成しようとした事よりも、それでグラスを作ろうなんて思った事に僕は脱帽だよ!」


えっと、恐縮です……?


「……さて、これだけ笑ってからこんな事言うのも何だけど…………笑ってる場合じゃないよ!!」


いやホントに。こんな長い間笑い続けてからそれ言われても、ねぇ……


「いいかい? まず錬成によって沢山の小さな魔石から一つの大きな魔石が作れるようになる訳だろ? 次にその魔石は魔力を補充する事で繰り返し使用出来る訳だ――耐用回数については要調査だけど」


頷いた僕にモリスさんの言葉は続く。

「と、ここまで分かってくれたところで一つ質問だ。じゃあさ、今それが出来るのは……誰だい?」


……僕だけ、だ。透明な魔石は僕の【スティール】でしか手に入らないんだから。


「気付いたかいカルア君? そう、今この時点で透明な魔石を手に入れる事が出来るのは君だけなんだ。世界中で魔力の運用をガラッと変える新発見と新技術、その中心で中核がつまり――君なんだよ」


「ええっと……、それってやっぱり……?」

「うん。君の身の危険がまた増した、って事だねっ!」


モリスさん、もの凄い笑顔なんだけど……

一周回って吹っ切れた、いや振り切れたって感じ?


僕ももう笑うしかないや。

はは、ははは……


「ブラック君、ひとつ確認だけどさ――調査依頼の際に入手経路はどう説明した?」

「念の為『ダンジョンでたまたま入手した』と」

「よし! それならまだ暫く猶予があるね。ならその間に僕は時空間魔法による魔石【スティール】を確立させよう。これは優先順位をもう一度付け直さないと……いや待って、どれもこれもカルア君の身が危険で――ああっ、これじゃ全部最優先じゃないか!」


頭を抱えて見悶えるモリスさん。ご苦労お掛けします、本当に……




「実は、調査により判明したのはもう一点あります」

そんなモリスさんにギルマスからのもう一声。追い打ち?

「……いい予感がしないねえ」

モリスさんもそう感じてるみたい。

「はあぁ……きっとこれも聞かない訳にはいかない話なんだろうね。仕方ない、聞くとするよ。……それで一体何が分かったって言うんだい?」

「魔石に属性が付与出来たと」

「よし分かった! 聞かなかった事にしよう!!」


えっ、これも問題なの!?


「と言っても、まあこれについては魔力の充填と比べたらおまけみたいなものかな。所詮は属性ってだけだし――いや待てよ、おいおいまさかだけど、単なる属性ってだけじゃなくて『属性を持った魔力そのものの充填』も出来るなんて事にならないだろうね!?」


その違いがよく分からないんだけど……

あ、オートカさんには分かったみたいだ。

ハッとしてモリスさんの顔を見た。


「モリス、あなたの想像している事ってもしかして……」

「ああ、恐らくは君も気付いた通りだよ。もしそうだった場合、それが発展する先は属性魔法そのものの充填、つまりは武器化――いや兵器化さ」

「やはり……」


どうしよう、武器とか兵器とか……絶対大変な事になっちゃうって!


「ああカルア君、そんな気にする事は無いよ。この程度の心配事が増えたところで君の危険度には大して影響ないからさ。これまでのでもう十分ヤバい状況だから今更今更。安心して良いよ」


って、どこに安心したいいの……?


「まあつまりさ、どっちにしても方針は変わらないんだよ。『誰でも透明な魔石を手に入れられるようにする』っていう点では今までの通りなんだからね」


そう言われると安心――って言うよりお任せするしかないのか。

それなら何か僕に出来る事を……


「ああそうそう、折角グラスを作ったんだからさ、次は程よい冷たさを保つ機能を付与してみるとかどうだい? もちろん習得するのは時空間魔法の後にだけどね」


それが僕に出来る事……って言うより僕を安心させるようにそう言ってくれた気がする。モリスさん、ありがとうございます。


「さてと、他にもう無ければ今日はここまでにしようか。僕は一旦戻ってカルア君の最短最速育成コースって奴を考えてみるよ。カルア君、明日また来るから、君はくれぐれも余計な事をする時は人目につかないようにね。ああ、ブラック君とかオートカの前だったら構わないから。と言うか、やる前には必ず彼らに相談しようね」


モリスさんまでそれを言う?

って事は、やっぱりみんな同じように思ってるんだ……


「――分かりました」

「最短最速育成コースについては明日のお楽しみだ。きっと君の期待を裏切らないものにするからね。……カルア君、時空間魔法って楽しいだろう?」

「ええ。とっても楽しいです」

「だよね。僕も時空間魔法の適性があってよかったっていつも心から思ってるよ。だから君にも時空間魔法を好きになって欲しいんだ。明日から一緒に頑張ろうね」

「はい! よろしくお願いします!」


はい、楽しみに待っています!


「じゃあブラック君、オートカ、また明日ね」

「ありがとうございました」

「ええ、お疲れさまでしたモリス」


「ああそうそうブラック君、明日からは普通に喋ってよ。君のぎこちない丁寧語は聞いてて不安定な気持ちになるからさ。慣れない口調はやめていつも通りにね」


モリスさんのその言葉にもの凄くホッとした表情を見せるギルマス。

そっか、ギルマスって丁寧な言葉遣いが苦手だったんだ……

以外な弱点――あ、そう言えばオートカさんとも最初そんな感じだったっけ。

「あーーー、うむ分かった。申し訳ない」

「そうそう、それでいいんだよ。じゃあねええぇぇ――」


こうしてモリスさんは転移して行った。

明日からの僕の育成計画を練る為に。


「さてカルア君」

「はいギルマス」

「それでは次の話だ。解体部屋で金属バットを見せてくれたまえ」


ああ、そう言えばそんな話もあったっけ。

その後のインパクトが強すぎて忘れてたよ……




解体部屋に移動すると、ギルマスが解体用のテーブルを指さした。

「ここでいいだろう」

これくらい大きいテーブルだったら何とか載るかな?

って事で、魔法の鞄から金属バットを取り出した。


「うわ眩しい!」

ダンジョンではそれほど気にならなかったけど、明るい場所で見ると金色の体に光が反射して凄く眩しい。むしろこれが武器になるんじゃないかってくらい。

すぐに慣れたけど。


「ほほう……見事に金色だな。解体班、金属バットを入手したから解体と調査を頼む」

「おお任せておけ。……ほほぉ、これが金属バットか」

「うむ。頼んだぞ、班長」

「任された! お前達、解体はわしがやるからサポートせい!」

「「はい班長!」」


「よし、これで大丈夫だ。通常のバットも持って来てるんだろう? この辺りに積んでおいてくれ」

そう言ってギルマスの指さした場所は空いている魔物置き場。そこに鞄の中の全ての魔物を取り出した。

「魔石はこれまで通り前回までのものに集約する。ピノ君、昨日の魔石は昼間のうちに数え終わっているのだったな」

「ええ。およそ6千個でした。ですので合わせてしまっても大丈夫です」


「分かった。それでは今日の分の魔石も一緒に保管しておくように」

「はい、分かりました」

「あ、そうだカルア君。ひとつお願いがあるんですけど」

「あっはい何でしょう、ピノ姉――ピノさん」


「ふふっ、あのですね……あ、ちょっとここではあれなので、あちらの部屋に戻ってからお話ししますね」

「ふむ、ならば私の執務室に来るか? 調査団は今日の調査結果のまとめに入っているだろうからな」

「ありがとうございますギルマス。じゃあ執務室をお借りしますね。カルア君、行きましょうか」


3人でギルマスの執務室に移動すると、早速ピノさんが『お願い』を伝えてきた。

「カルア君、お鍋を作ってください」

「お鍋、ですか?」

「ええ、お鍋をあの魔石で」


これは本当に予想外な……


「それはもちろん大丈夫ですけど、魔石で鍋を作ると何かいい事があるんですか?」

「実はですねえ――私、ちょっとだけ属性の付与が出来るんです」

「えっそうなんですか?」

「ええ。学校にいた頃にね、付与が得意な友達から教えてもらったんです」


うわあ、凄いや!


「って事は……お鍋に属性の付与を?」

「ほら、軽度の火属性を付与したら煮込みとか保温とか出来そうじゃないですか」

成程っ!

「それって凄く便利そうですね!」

「でしょう? だからさっき話を聞いてから試してみたくって。ほら、グラスを程よい冷たさにするとかって言ってたでしょう」


ああ、モリスさんの!


「それに、もし付与が上手くいかなくっても、透明な鍋って中の様子が分かり易そうじゃない? それってきっと便利だなって思ったんです」

「分かりました! じゃあ早速やってみましょう」

「ほほう魔石で鍋か、興味深いな……。ならば私も見せてもらうとしよう。場所は……」

ギルマスは周囲を見回し、付与はソファのテーブルでやる事になった。

「大きさはカルア君ちの鍋くらいでいいかな。じゃあカルア君、お願いします」


ちょっと多めの魔石をテーブルに置く。さあ始めよう。

「【融解】」

ドロドロになった魔石。よし、じゃあ次は形を整えよう。

魔力を注いで形を変えていって……うん、僕の家の鍋そっくりの形になった。

……んんー、ちょっと大きいかな?

魔石の量をちょっと減らしてからもう一度形を……

よし、いい感じだ。


「こんな感じでいいですか?」

「はい、ちょうどいい大きさです。ふふっ使い易そう」

「じゃあ、【凝固】」


完成した鍋をテーブルに下ろした。

サイズ調整で分離した魔石はどうしよう……あ、これちょうどグラス分くらいの量じゃないかな。

「よし、形を整えて【凝固】』」

うん、これで魔石グラスもペアグラスになったね。


「ギルマス、この鍋をカルア君の家に持って帰るのに、魔法の鞄を借りていいですか?」

「そのまま持って帰ると道中で騒ぎが起きそうだし、そうした方がいいだろう。今日使った鞄をそのまま使うといい。これまでの分の鞄に中の魔石を移せば空になるだろうからな」

「ありがとうございます。ではこちらは明日お返ししますね」




そしてピノさんはニッコリ笑って言った。

「それじゃあカルア君、付与は帰ってからやってみましょうね」

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