第20話 ツンデレヒーローモリスさんです

「今日我々は、二つの目的を掲げてダンジョンの調査を行いました。まず一点目は転送トラップがモリス氏で発動するかの確認、これはトラップの発動条件特定のためですね。そして二点目は魔物部屋に現れた階段の先を見る事でした」


今僕達がいるのは、もうすっかり調査団の専用室となっているギルドの個室だ。

ダンジョンから戻り荷物を置いてほっと一息ついたところで、部屋にやってきたギルマスにオートカさんから報告が始まった。


「それで一点目についてですが、結果から言うとトラップはモリス氏でも発動しました」

「おお、それでは」

「はい。この事から、トラップの発動条件が時空間魔法の適性である可能性が高まりました。ですので、次は発動する閾値しきいちを絞り込みます。これにより発動条件を確定とする事も出来るでしょう。モリス氏からの提案で、この調査についてはインフラ技術室から時空間適性を持つ方を派遣していただける事になりました」


そのオートカさんの言葉をモリスさんが『その通り』と頷きながら引き継ぐ。

「時空間魔法師だったら僕の所に沢山いるからね。そうだねえ……適性の低い方から順に試していけばいいかな。確認する度に魔物部屋に転送されたら時間が掛かるからねえ。殲滅するのは大した手間じゃあないけど、だからって毎回戻って来るのを待ってたら流石に僕も飽きるだろうしね。オートカ、君の方はそれでいいかい?」

「ええ、問題ありません。ありがとうございます。」


成程、次はどれくらいの適性を持ってると転移させられちゃうのかを調べる、と。

世の中にはあの部屋に行きたい人も行きたくない人もいるだろうから、ダンジョンに行く人がトラップに掛かるどうかギルドで調べられるようにしておくって事かな。


「次に、魔物部屋に出現する階段の先についてです。その階段を降りた先にあったのは通路などなく閉ざされた部屋でした。測量等はそちらにお任せしますが、感覚的には魔物部屋より多少広そうでした。そしてこの部屋に出現した魔物は一体のみ、種類は金色属性バットです」


「金色属性バット……、金属バットか!!」


「ええ。かつてこのダンジョンでコアを守っていた、あの金属バットが出現したのです」

「そ、それでその金属バットは……?」

「倒しました。カルア殿のスティールで倒しましたので、傷ひとつない状態で持ち帰ってきています。他のバットと一緒にカルア殿が持っていますよ」


ギルマスは、ギギギギッって感じでこちらに顔を向ける。

うん、ちょっと目つきが怖い。


「カルア君、そちらも換金でいいだろうか?」

「ええ。それでお願いします」

「ありがたい。もう長い間発見されていない魔物だ。サンプルとしても素材としても非常に価値が高い。後で見せてくれ。この部屋では狭いだろうから解体部屋で頼む」

「分かりました」


ギルマスは満足げな表情というかホッとしたような感じで、オートカさんに視線を戻した。


「それで報告に戻りますが、金属バットを倒したところで、実は更に下へと向かう階段が出現したのです」

「何と!」

「しかしその階段は魔法障壁のようなもので塞がれ近付く事が出来ませんでした。これについては『転送のトリガーとなった者が何らかの条件を満たしている必要があるのではないか』と推測しています」


ギルマスは右手を顎にあてて考え込む様子。


「……ふむ、場合によってはフィラストから派生した新たなダンジョン、となるかもしれんな。とするとどうなる? 時空間魔法師専用ダンジョン? いや時空間魔法師をギリーとして雇うことも出来るか?」

「その辺りの運用面も含め、後の事はギルドにお任せします。我々の調査範囲はあくまで転送トラップに関する部分まで。それを踏み越える訳にはいかないでしょうから」


「そうだな。ここから先は冒険者がやるべき事だろう。その先の調査と今後の運営に関する複数の議案を用意して、ギルド本部へ提出する事としよう」

「ええ、そうしていただければ」


ギリー……って案内人の事だよね。だったら僕でもできるんじゃない?

お世話になってる冒険者の人達を連れてダンジョン案内――なんてね。

あ、でも僕地下1階までしか行けないや。


「さて、事務的な話はこれで終わりって事でいいかな。いいよね? だったらそろそろに入ろうかと僕は思うんだけど、どうだい?」

「本題……それはつまりカルア君の事、という事でよろしいか?」

「勿論さ。正直このダンジョンがどうとかいうのは、今となっては完全に興味が無いっていうかどうでもいい事になっちゃったんだよ。僕の中ではね」


ダンジョンの話が前座で本題が僕の話って……

僕の状況ってそこまで深刻なの?

人前でスティールしなければいいだけじゃないの?


「カルア君に関して考えねばならない点としては、スティールスキルと透明な魔石でしたな」


ギルマスの言葉にスッと視線を外すモリスさんとオートカさん。

「……」

「……」


「ま……まさか……他にも何か……?」

二人のその様子にギルマスは何かを察したみたいで、僕のほうをチラチラ見ながら恐る恐る二人に尋ねてるけど……


今日は僕、モリスさんに教えてもらった時空間魔法と調査で【スティール】しかやってませんからね!


「ええ。カルア君は今日もとんでもない事をやってました」


オートカさん!?


「そうだね。カルア君のアレには流石の僕もドン引きだったよ。帰りの馬車では出来るだけその事に触れないよう気を使い過ぎて、ほとんど何もしゃべれなかったくらいさ」


モリスさん!?

……帰りの馬車って疲れて静かだったんじゃなかったの!?


ふたりの言葉にギルマスはそっと目を閉じて天を仰いだ。

暫くそのまま動かなかったギルマスだけど、やがてゆっくりとこちらを向き口を開いた。緊張と弛緩の混在したその表情に何かの覚悟の色を滲ませて。

「――お聞かせ下さい」




「まず最初に訊きたいんだけどさ、ブラック君て時空間魔法の基本である【俯瞰】についてどれくらいの事を知ってる?」

「然程。自分の周りの様子を見下ろす事が出来るから習得すると戦いに有利、くらいでしょうか」


「成程、じゃあ軽くその辺りの説明からだね。ブラック君が今言った通り、【俯瞰】を使用するとまるで上から見たように全体を見る事が出来る。まさにその名の通り、ってやつさ。でも実はさ、【俯瞰】の本質ってそこじゃないんだよ。視点はね、に設定出来るんだ。上からに限らないんだよ」


モリスさんの言葉にギルマスは少し考え、そして驚愕の表情を浮かべた。

「そ、それはまさか!?」

「お、どうやら理解出来たようだね。そうさ、これこそが【俯瞰】の本質――つまり、発動した時点でその範囲内のを把握・認識出来ている、って事さ」

「むぅ、何と……」


「僕はね、行きの馬車の中でカルア君に時空間魔法の基礎についてレクチャーしたんだ。今日中にこの【俯瞰】の初歩あたりまで手が届いてくれたらラッキー、くらいの気持ちでさ。まあその基礎の話の中で【俯瞰】を習得した先に何があるかくらいは説明したけど。先々の参考になればってくらいの気持ちで雑談程度にね」


「はい」

そう短く返事をしたギルマスからは、いつもの自信に満ちた雰囲気もまるで感じられない。表情は見ていてはっきりと分かるくらい不安そう。

……初めて魔物部屋に転送された時の僕もあんな感じだったのかな。


「今日の一度目の調査はカルア君は不参加だったんだ。彼が一緒だとトラップが発動したトリガーが僕だと断定出来ないからね。だからさ、彼には僕達が戻るまでの間、外で【俯瞰】の基礎練習をやってて貰ってたんだ」

「成程」


「一回目の調査はまあ正直見物気分でのんびりやってたんだ。と言ってもそれ程長い時間は掛かっていないけどね。で、その調査も終わりダンジョンから戻った僕が見たのは……」

軽く視線を宙に彷徨わせるモリスさんと、喉を動かすギルマス。

そして放心したような表情でモリスさんが言葉を続けた。


「【俯瞰】の視点を自分の動きに合わせて自在に動かし、範囲内の表示を種類別に消したり半透明にしたりと自在に切り替え、探し物は簡単に見つけ出し、更にその【俯瞰】の視界との合成に成功し、範囲指定を工夫して1km先の【探知】までもをやってのけたカルア君だった、ってわけだ。はははは……はは……」

「……」


モリスさんの表情……


「しかもだよ!? その後カルア君ってば何て言ったと思う? 実に楽しそうにさ、こう言ったんだ。『試してみたらちゃんと音とか匂いも分かったんです』だって。一応彼に聞いてみたんだけどさ、どうやら1km先の音も聞けるらしいよ……」

「そ、それは……時空間魔法の上級技術、なのでしょうか?」


「だったらまだよかったんだけどね……。僕の知る限りそんな事が出来る時空間魔法師なんていないし噂を聞いた事だって無いよ。もちろん僕にだって出来ないし」

「では……では世界中で彼だけが1km離れた場所の音を……」


ギルマスの表情……


「気づいたかい? これもまた絶対誰にも知られちゃいけないカルア君だけの能力、って事さ。……分かるだろう? 王族や貴族が欲してやまない、あるいは彼を殺してでも消し去りたい能力だ」


ギルマスは力なく頷き、そしてそのまま頭を抱えて――

って他人事みたいに言ってる場合じゃないよ!

殺してでも消し去りたい能力って! 飼い殺しか消されるかの二択って!!


『俺だって馬鹿じゃあない。お前さんを匿うって事がどういう事かはちゃんと分かってるさ。一国を敵に回すって事だろう? 国から命を狙われるって事だろう? だがな、それがどうした! 冒険者ってのはな、常に命を張って生きてるんだよ。自分のやりたいようにやる――それこそが冒険者ってもんだ。俺はただ自分の意志って奴を守りたいだけさ。お前さんの身の安全なんざあ単なるついでなんだよ。はんっ! 変な勘違いしてんじゃあねえよ』


ツンデレ主人公ヒーロー、僕の事も助けてよ!


「やはり……解決策は【スティール】スキルと同じ、ですか」

「そうでしょうね。私とモリスも同じ結論に達しました。即ちこれもまた『誰にでも使える技術』としてしまう事。特別でさえ無くなれば、彼が狙われる事は無くなる。そして誰にでも使える技術になると言う事は、それに対抗するの技術もまたすぐに開発される、という事です」


ああ……

そうだよ!

いつだって僕の周りには、僕を助けてくれる人達がいてくれたじゃないか!

助けを求める相手は物語の主人公ヒーローなんかじゃないだろ!!


「安心してくれていいよカルア君。これは時空間魔法の発展に繋がる大発見なんだ。だったら当然この僕の出番って奴さ。あっという間にこの素晴らしい新技術を習得して大々的に発表してやろうじゃないか。もちろん対抗手段だって一緒にね。君は単に時空間魔法に関する新発見をしたに過ぎない。この技術が自分にしか出来ない事だなんて、勘違いもいいところだよ」


ああ! 僕のツンデレ主人公ヒーローがここに!


「ありがとうございます! モリスさん、よろしくお願いします!」


「まあそんな訳で『また秘密が増えちゃったね』って事だったんだけどさ……、実はこれだけじゃあ終わらなかったんだよ、僕らのカルア君は……」


え!?

ちょっと雲行き! 雲行き!?


「時空間魔法と【スティール】スキルとの組み合わせがね……凶悪過ぎたんだ。カルア君ってば、魔物部屋でとんでもない事やっっちゃんたんだよ」


ああ何だ、あの事かぁ。ビックリした。


「僕はね、彼がスティールをちゃんと狙った魔物に向けられるように練習させたかっただけなんだよ。ホントただそれだけだったんだ。カルア君もそれを理解してくれたみたいでさ、僕の言った通りに部屋全体を把握してから一体一体狙いをつけて丁寧に【スティール】していったんだよ。そう、その訓練は実に順調だった。……だけどね、順調過ぎた――いや彼にとっては簡単過ぎたんだ」


はい、ごめんなさいモリスさん。その通りです。

途中から簡単過ぎて調子に乗りました。


「途中でさ、狙いを一体じゃあなくって『種類』に変更したんだよ」

「種類、ですか……?」

「ああそうさ。さっきちょっとだけ言っただろう? 彼が『範囲内の表示を種類別に消したり半透明に』したって。あれってつまりさ、把握したものに対して種類ごとにが出来る、って事なんだよ?」

「ま、まさか……」


「カルア君はさ、部屋中の『切り裂きバット』という種類に対して【スティール】したんだ。想像できるかい? いきなり目の前に何百個もの魔石が現れて、その奥で全ての切り裂きバットが地面に落ちていったんだぜ?」

「……」


「その後は一瞬さ。どうやら彼は指定の対象を『切り裂きバット』から『魔物』に変えたようでね、次のスティールで部屋の魔物は一掃されたよ」

「……」


「あれを見た時の僕の気持ちが分かるかい? 僕はね……後悔したんだ。彼に時空間魔法を教えた事をね。いやあれは教えたとは言えないか、だって基本的な事を軽く話しただけだったんだから。……そこの事をさ、後悔したんだよ」

「……」


「でもその後でオートカに言われてさ。僕が言わなかったとしても彼を止められる訳じゃないって。むしろ目の前でやってくれて良かったってさ。その言葉のお陰で僕は開き直る事が出来たんだよ。だったらちゃんと教えてやろうじゃないかってさ。時空間魔法に何ができるか、そしてそれ以上に『何が』って言われてるかをね!!」


モリスさんはここで一度口を閉じ、僕達をぐるっと見回した。

そしてゆっくりと言葉を続ける。


「カルア君が初めて魔法について知ったのって、ついこの間の事だったんだろう? だったら知る訳無いよね、一般的な魔法のレベルとか皆使えるようになるまでにどれだけ苦労しているのかなんてさ。でもね、これは僕には教えられないんだよ、僕は天才だから。これは自慢とかじゃなく事実としてね」


自分の事をごく普通の事みたいに『天才』と言って、それを聞く人も当たり前みたいに受け止めてる。つまりモリスさんは本当に天才なんだ……


「その事ですが……出発前に相談したスキルの偽装、あれが出来てからという事にはなりますが、カルア君を学校に行かせる案があるのです。彼の承諾はまだですが」

そのギルマスの言葉にモリスさんは微笑みを浮かべ頷いた。

「ああ、それはいい考えだと思うよ。……そうか、そんな案があるのなら僕も急がないとね。まずはカルア君にボックススキルを覚えさせるだろ、そして音の感知を発表して、それから【スティール】スキルの一般化だ。はは、盛り沢山だねぇ」


ここでモリスさんはいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ああそうそう、その【スティール】スキルなんだけどね、さっきダンジョンでちょっと再現してみたんだ。僕の時空間魔法で、さ」




その言葉を受け、オートカさんがテーブルの上に二つの魔石を置く。

――鈍く輝く透明な魔石を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る