第17話 僕の訓練とモリスさんの無双です

フィラストダンジョン1階、転送の間。

普段静謐なこの場所は、だが今日は喧騒に包まれている。

そう、一人の男の放つ喧騒に。


「さあ、ここがフィラストダンジョンかぁ。いやあ初心者向けって聞いてたから今まで来たことなかったけど、やっぱりダンジョンだけあって雰囲気あるねえ。ダンジョンに貴賤なし。小さくたっていいじゃない、ダンジョンだもの。って感じだねぇ。それでオートカ、ここで一歩踏み出すと赤く染まるんだったっけ?」


「少し待ってください。観測の準備を始めますから。タチョ、部屋が赤くなったら時報開始毎1分、ラキは周囲の警戒を開始、ウサダンは魔力計測開始、今回は部屋が赤くなる瞬間の変動を捉えるぞ」

「「「了解」」」


「うん、いいねいいね、この手慣れた感じがすごくいいね。君たちいつもこのメンバーでフィールドワーク行ってるんだっけ? もういつもの役割って感じでそれぞれ分担してやってるの? なんだかオートカもだけど、みんないきなり雰囲気が変わるねえ。ところで僕はそろそろ動いてもいいのかな?」


オートカは、調査団のメンバーの様子を確認する。

どうやら全員準備を終えたようだ。


「ええ。こちらは準備完了です。いつでもいいですよ」

「オーケー。じゃあいくよ。なんだかドキドキしてきたね。さあ最初の一歩・・・と見せかけて足を戻す! うん、色変わらないね。騙されなかったのかそれとも僕じゃあ反応しないのか。どっちだろうねえ」


「我々が騙されそうなので、できればフェイントはやめていただきたい」


「あっはっは、ごめんこめん。どうも僕の悪い癖だよね。どうしても緊迫した雰囲気の場面になると何かやりたくなっちゃう。いやあ、こんなのが受ける訳ないって分かってるんだけど、つい楽しくなっちゃってね。反省反省じゃあ一歩っと」


今度は話を続けると見せかけていきなり一歩を踏み出すモリス。

しかしどうやらそのフェイントに引っかかったのは調査団だけのようだ。

ダンジョンの中は赤い光に包まれた。


「おおー、何だちゃんと反応するじゃあないか。フェイントに引っかかる訳でもなく、律義に赤くなって。うん、実に真面目なダンジョンだね。今日からマジメナダンジョンって改名したほうがいいんじゃないかな。おや? 君たちは引っかかったみたいだね。まだまだ修行が足りないねえ」


「ウサダン! 一歩を踏み出した瞬間は把握できましたか?」

「無理です。完全に引っ掛かりました。正確な位置をブックマークできません」

「しかたない、それはカルア君が同行する2回目に再度取り直しましょう。とりあえず今は部屋が赤くなった瞬間にブックマークを。その前後の変動が取れただけでよしとするしかないでしょう」


「なんだかドタバタしているねえ」

「誰のせいですか、誰の!」

「えー、いつでもいいって言ったじゃない。あれ誰が言ったんだっけ? 君だった気がするよ僕は。まあでもちょっとふざけすぎたかな。ごめんごめん。悪気は無かったんだよ、あんまりね」


全く反省の色が見えないモリスにオートカの苛立ちが収まらない。

こういう奴だって事は分かっていても、だからといってそれを許せるかどうかは別の話なのだ。

しかし、そんな事は意にも介さず、モリスはマイペースに話を進める。


「それでどうする? そろそろ魔物部屋にご招待いただく? ここで一つ提案なんだけどさ、転送装置じゃなくって僕の転移魔法でやってみないかい?」

「!!」


その提案にオートカは意表を突かれた。

確かに、それは試すべき事柄。しかし、今は前回と同じ条件で調査すべき。いやだがしかし・・・

逡巡しゅんじゅん逡巡しゅんじゅんのうちには収まらず、だがリーダー故に結論は出さねばならない。

そして。


「いえ。それは次回にしましょう。今は転送装置の転移で試します」

「そうかあ。まあそれが正解だよね。自分で提案しといてなんだけど、僕もそれでいいと思うよ。じゃあ僕の転移が炸裂するのはカルア君が加わった2回目ってことだね。まあ一人増えたくらいじゃなんの問題もないよ。全員まとめて転移してあげよう」


実際彼の持つ転移の技量は凄まじい。

そして、王都ギルドからヒトツメギルドまで転移してなお余裕がある程の魔力量。

伊達に時空間魔法師のトップと呼ばれている訳ではないという事だ。

その性格はともかくとして。


「さてと。じゃあそろそろカードをかざすよ? みんな準備はいいかい? 僕はもうさっきからずっと準備万端整ってるよ?」


「はあぁぁ・・・、全くあなたは・・・。いいですよ、じゃあやって下さい」

「オッケー。それじゃあ、ピッと」


その「ピッ」が何かは分からないが、今回は普通にカードをかざしたモリスを見て安心するオートカ。

そして景色が変わる・・・





「まずは『俯瞰ふかん』の練習からだったよね。目を閉じて、目に魔力を集中。そこから見える範囲を広げる・・・と」


ひとりきりの車内で時空間魔法の練習を始める僕。

独り言を言っても大丈夫。御者さんは入口近くの待合所で休憩してるから。


魔力の移動は前にやった通り。

体の中の魔力に「うごけー」って命令を出す。

よし、魔力が目に集まってきた。


目を閉じると、おお、見えてきた。

そして。


「何だこれ、馬車の外まで見える! すごい」


前やったときは部屋の中が見えたくらいだったけど、もっと広い範囲が見えてる気がする。


「それで次は、見える範囲を広げるんだよね。どんなイメージになるのかな? やっぱり『ひろがれー』かな」


頭の中に浮かぶ景色に、もっと広くって指示を出す。すると、おお! 倍くらいの距離まで景色が広がった!


「木が邪魔でその向こうが分かりづらいな」


その瞬間、木が消えた?


「え? 本当に無くなっちゃったわけじゃないよね?」


景色の中に再び木が現れる。


「これはあれかな? 自由に見えるようにしたり消したりできるってことかな? じゃあもしかして薄くすることも?」


今度は木が半透明だ。


「おおー、これが一番わかり易いかも。じゃあこの表示のままで、もっと範囲が広がるかな?」


指示したら景色はまた倍くらいの距離まで広がったけど・・・


「あ、これだめだ。魔力の減りが早い」


最初の練習で魔力を使い切るわけにはいかないので、急いでさっきの広さに戻す。


「うん、これくらいならあまり減らないみたいだ。じゃあこのまま視点を上に」


うん、今の一連で何となく見え方を調整する感覚をつかんだ気がする。

同じ要領で視点を上に持ち上げてみよう。


「おおー、鳥になったみたいだ」


さっきまで正面に見えていた景色が、だんだん見下ろすような見え方に変わっていく。


「あ、この馬車だ」


試しに窓から手を出して振ってみる。

「あははははっ、上から見ても手振ってるよ」

見え方に時間差はないみたいだ。手の動きと見え方は完全に同期してる。

これだったら戦闘で使っても問題ないな。


僕が乗ってる馬車の近くにはもう一台の馬車が。オートカさんたちの馬車だ。

そして森に目を移すと、半透明の木々の向こうに・・・


「お、ラビット発見。あっちにも。あそこにいるのはボアか。ははは、背中に小鳥がとまってるよ。背中をつつかれて痛くないのかな?」


視点をグリグリと動かしてみると、同じ範囲内でも見え方が変わる。

そうだ、斜め後ろクォータービューをやってみよう。

馬車を非表示にすると、僕の後姿が見えるようになった。

空中に座ってるみたいで何だか変な感じ。

その後ろから僕自身とその前方を見下ろすように見てみると。


「なんだか自分が人形になって自分で操ってるみたいだ。変な感じ」


戦闘で使うのなら、この状態で目を開ける必要があるけど。

さあ、どうなる?


「うわぁ、変な感じ!」


さっきまでの見下ろしの映像はそのままあって、頭の中の別の所に目で見た映像がある。

激しく動いたりしたら混乱しそうだ。

これは慣れるしかなさそう。


「しばらくはこれを表示したままで過ごすか」


馬車の周りを歩きながら、その自分を斜め後ろクォータービューで見続ける。

突然の反復横跳びっ!! からの反転!!


最初のうちは俯瞰の映像はガッタガタだったけど、1時間くらい続けていたら、まあまあ動きについて来れるようになってきた。その映像の把握にも慣れてきたし。

何日かこの状態を続けて今よりもっと慣れたら、そのうちヌルサクになるかな。





「おおぉ、ここが魔物部屋かぁ。うんうん、いいね、実にいいよ。ダンジョンが頑張ってる感じがするね。壁中に魔力が集まってるよ。もうすぐ魔物のご登場だね。歓迎の準備をしなきゃ。さあって、どうやって殲滅してあげようかなあ。オートカ、なにかリクエストはあるかい?」


この期に及んで実に余裕のあるモリス。

だがしかし、それも無理がないだろう。

いくら魔物部屋とはいえ、ここに出てくる魔物たちは、彼にとっては足元を歩き回る蟻でしかないのだから。


「モリスだったら土でも風でも好きなように操れるでしょう? それとも以前よく使ってた『空間ずらし』やってみます?」

「いやあ、あれは問答無用で真っ二つだからねえ。なんというか美学がないよ。もっとこう芸術的っていうか遊び心っていうか、何か心躍るような殲滅ってないものかな」


それを聞いたオートカは、珍しくいたずらっぽい表情を浮かべた。

「だったらひとつ、いい殲滅方法がありますよ」

「お、自信満々だね。いったい何だい?」

「・・・スティールです」


十分な間を取って、宣言するように答えるオートカ。

その表情はどことなくドヤ顔にも見える。

そして、一方のモリスと言えば、オートカが言いたい事を理解して満面の笑みを浮かべる。


「いいね、それ! そうか、自力スティールかあ。どんな感じかな、ええっと、まず魔物の体内から魔石の位置を特定、これは探知の応用で行けるか? そうしたらその魔石だけを対象に転移・・・体内から一部分だけの摘出? うわぁ、難しそうで楽しそう! よし、早速やってみよう。なに、練習台は次から次へと出てきてくれるからね。ご協力感謝ってところさ。じゃあオートカ、僕はちょっとこっちに集中するから、君たちは障壁を頼むよ」


浮かれるモリスは、まるで新しい遊びを教わった子供のようだ。

まあ普段から子供のようなのだが。


「よし、記念すべき第一殺めは・・・君に決めた!」

モリスはタイミングよく目の前に現れたバットに狙いを定める。

「まずは魔石の位置を見せてもらうよ。いけるかな? 『探知』・・・ううん、そのままじゃあだめかあ」


探知により魔石があることは把握できたのだが、その位置や形を把握しようとするとノイズのような邪魔が入る。

どうやら魔物の体内を流れる魔力が邪魔しているようだ。


「いきなり難題だなあ。実に面白い。いやあ、まさかこんな楽しい遊びがあったなんで、今まで全く気付かなかったよ。魔石だけを転移で摘出するんだから、位置と形を完全に把握しなければならないんだよね。そしてその把握を邪魔する魔物の魔力。いやホント難題だなあ」


実ににこやかな表情でボヤキながら、脳内では様々な可能性からプランをシミュレートする。

性格はともかくとして、やはり時空間魔法に関しては間違いなく天才。

紙一重の紙上をスキップして回る男なのである。


そうして悪戦苦闘する事、約一時間。

「掴んだ!! 『転移』!」

目の前に現れる透明な魔石、そして地面に落下する一匹のバット。

そう、カルアのスティールとまったく同じ現象が起きた。


「あ、だめだ・・・」

次の瞬間、成功して喜ぶかと思われたモリスが急にその場に座り込む。


「どうしたのですかモリス?」

オートカが心配そうに声をかけた。

「慣れないせいかな? それとも他に原因があるのかな? 今の転移一回で、尋常じゃない量の魔力を使っちゃったよ。これ、このままだと連発は出来ないね」


急な魔力減少により、多少体調に影響が出たようだ。

口数がいつもより少なく人並み程度となっている。


「ちょっと休憩。魔力はすぐに回復するだろうから、そうしたらもう一度だけ試してみようかな。多少でも発動を効率化できたらいいんだけど。ねえオートカ、君の持って来た機材って、指定した魔物の魔力だけ計測できたりしないかい?」


「ふーむ、そうですね。体内魔力の流れまでは難しいかもしれませんが、できなくはないですよ」

「じゃあ頼むよ。もう少し休んでからね」


そう言って急に黙り込み、半目で動かなくなるモリス。

これが魔力の回復速度を上げる有効な手段、所謂瞑想である。

そして約10分。


「よし、僕完全復活。さあこれでいつでも行けるよ。待たせたねバットたち。飛ぶバットも飛ばないバットも公平に殲滅してあげるよ。なに礼なんていらないさ。僕は謙虚な男だからね。よく言われるんだよ。『あなたって謙虚で物静かね』ってね」


それは皮肉である。


「でもまあ、そのまえに実験の続きだ。さーて、どの子にしようかなあ。オートカ、飛んでるやつと跳ねるやつと歩き回るやつ、どれがいい?」

「それはもちろん歩き回るタイプですね。動きがシンプルなので断然計測しやすい」

「そっかー、じゃあ今度は君だ。短い付き合いだと思うけど、よろしく頼むよ。お礼に君を綺麗な魔石にしてあげよう」


そう言って、一匹のランニングバットを指さすモリス。セリフはなかなか猟奇的である。

「ウサダン、ターゲットはあのランニングバットです。計測開始」

「開始しました。現在計測中、いつでもどうぞ」

「モリス、ターゲットの計測開始しました」


「さて、前回は把握が少し甘くてずれたことでバットの魔力の反発を受けた、っていうのが僕の仮説だ。ならばさっきよりも魔石の把握に慣れた今回のほうが魔力消費が少なるなるはず。さあどうなる? ・・・今! 『転移』!」


目の前に現れる透明な魔石、そして地面に落下する一匹のバット。

先程とまったく同じ。そして・・・


「あ、だめだ・・・」

モリスその場に座り込むところも。


「いやあ、先は長そうだ。取り敢えず今日の所はここまでかな。残りはさくっと片づけてカルア君と合流しよう。やっぱり本職のを見て学ぶって大事だしね。あ、そうだ、さっきのバットの計測結果、どうだった?」

「非常に興味深い結果でしたよ。詳しくはまた改めて確認しますけど、モリスが転移をかけた瞬間に魔物の魔力が跳ね上がりました。おそらくそれが『反発』でしょうね」


10分間の瞑想により完全復活を遂げたモリス。


「さてあとは殲滅あるのみ。『空間ずらし』」

まずは飛ばないバットの胸元くらいの高さで、障壁の外全体の空間をずらす。

それに合わせてバットたちも胸元からずれ、その上半身は地面に落ちていった。

そのあと高さを変えて数回行うと、魔物部屋は静けさを取り戻した。



「さあオートカ、カルア君の元に戻ろうか。いやあ、彼だったらこの短時間でも結構時空間魔法に慣れたんじゃない? もしかしたらもう視点を上げることも出来てたりしてね。いや、それはさすがに期待しすぎかな? まあでも実に楽しみだね。なんといっても彼は愚直で柔軟だ。相反するはずの性質が自然に共存しているなんて珍しいよね。それに適性も思った以上に高そうだ」

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