第18話 モリスさんが泣いてしまいました

「さあ、次は『探知』、行ってみよう!」


時空間魔法、超楽しい。

なんだかどれも簡単なのに、やってみると奥が深いっていうか自由度が高い。

きっとモリスさんは超基本の使い方だけ教えて、あとは自分で色々工夫してみなさいって感じて教えてくれてるんだろうな。

期待に応えられるように、がんばって僕に合った使い方を見つけよう。


それで、探知。

まずは把握した空間で魔物を探すんだったよね。

さっきラビットとかボアを見つけたけど、きっとそういうんじゃない。

全部一度にまとめて見つける、っていうのが正解なんだ。

だって最終形が「空間は把握せずに方角だけ指定して見つける」だから。


じゃあどういうイメージになるんだろう。

うーん・・・

・・・あ!


「さっき、木を消したり見えるようにした時って、全部の木が一度にそうなったっけ。って事は『俯瞰』で範囲内の全部がもう把握できてるってことじゃない?」


僕がそれを認識できていないだけで、魔法自体はもう見つけ出しているとしたら。


「ラビットだけ表示して!」


わ、ホントに出来た! ラビット以外は全部消えた。地面も!

今僕に見えているのはラビットだけ。

うーん、これだとかえって分かりづらい。


「えっと、地面は表示しよう」


土とラビット。

緑の点々は草の根元かな? それで太くて丸い薄茶色が木の切り株だね。年輪もあるし。


「草は表示して、木は半透明に」


おお、一気に森の中っぽくなった。

そうか分かったぞ。これはつまり種類ごとに指定できるってことだよ。

僕のイメージで操作できるから、僕が「木」とか「草」って認識しているものがそのまま反映されるって事なんだ。

それなら!


「今度は薬草だけ表示!」


やっぱり思った通りだ・・・

範囲内の薬草だけが全部表示されてる。

どうしよう、これ使えば僕「薬草採取の神様」なんて呼ばれちゃうよ!



「ん? 待てよ・・・これまで『時空間魔法の景色』と『目で見た景色』を別々にしてたけど、重ね合わせることもできるんじゃない?」


早速やってみよう。

まずは表示をラビットだけに戻す。

そしてそれを目で見た景色にぴったり重ね合わせると・・・


「おぉー凄い! 普通の景色なのにラビットの位置がわかる! 木立の向こうに隠れているのが分かる!」


この間の森でギルマスが見てた景色ってこんな感じなのかな?

でもギルマスのは時空間魔法じゃないって話だったよね。じゃあどんな魔法なんだろう? それとも魔法じゃない別の何かとか!?



とりあえず今は練習練習! さあ探知の続きだ。

把握した範囲内で探すのは出来るようになったから、次は方角を指定して探す方法だったよね。

うーん、どうやればいいんだろう?


まずは周りをぐるっと範囲にするんじゃなくって、真っ直ぐ前に伸ばしてみよう。

幅は肩幅くらいでいいかな?


「目の前真っ直ぐ肩幅で」


うわぁ、凄い遠くまで見える! 一番遠くはだいたい1kmくらい先なのかな?

そこからさっきみたいにラビットだけ指定すると・・・

この方向にはいないみたいだ。ちょっと向きを変えよう。


僕が少し右を向くと、探知の道も右に動く。そうか、「真っ直ぐ前」って指定したからか。

あれ? これってもしかして、このまま探知の方向をぐるっと一周させれば、1㎞先まで全部見えるってこと?

それって普通に把握するよりもずっと少ない魔力でずっと遠くまで見えるんじゃない?

どうしよう、工夫するのが楽しすぎる!



それにしても、これって遠くの様子を見る事が出来るってことだよね?

なんだかもう別の魔法じゃない?

遠くを見る魔法って・・・ん? あれ? 見る? ・・・そういえば見えるだけなのかな?

もしかして、音とか匂いなんかも分かったり?


「うん、気になったのならやってみる!」


今度はさっきいたボアに集中する。

「ボアの周りの音も!」


すると、頭の中にボアが草を踏む音や土をほじくり返す音が響く。

やった! 音も聞こえる!

匂いは・・・うん、こっちもできた。これボアのにおいだ。獣臭い。


ここで僕はふと我に返る。

ああ、これじゃ冒険者じゃなくてスパイだよ・・・

・・・この魔法、超取扱注意だ。悪用ダメ、絶対。





「さてオートカ、あの扉が出口ってことでいいんだよね? それで後ろにひっそりと現れた階段、あれが例の下に行けるかもしれないって階段か。後でカルア君と一緒に降りるんだよね? じゃあとりあえず今は放置しとこう。あと地面に転がってるさっきまで魔物だったコレら、これはもう全部放置でいいよね。多分すぐ消えるだろうし」


「そうですね。きっとリポップの栄養源になるでしょう。さっきのスティールの実験で得たふたつの魔石は持ち帰って調査します。カルア君のとの違いも調べたいですし」

「そうだね。はい、これがそうだよ。今のうちに渡しとくから」


そう言ってモリスは、先ほど得た透明な魔石ふたつをオートカに渡した。

オートカはそれを鞄にしまうと、周りにいるメンバーの様子を窺う。

皆、部屋を出る準備は整っているようだ。

モリスに向かって、もう行けるよと頷いた。


「じゃあ魔物部屋にサヨナラだ。ダンジョン君、後片付けは頼んだよ。すぐにまた来るからね。ちゃんと綺麗にして次の魔物たちも用意しておいてくれよ。いいかい、ホントにすぐなんだからね。来た時に片付いてなかったら、僕怒っちゃうかもしれないよ?」


ダンジョンに向かってそんな事を言い放つモリス。

なんて迷惑な客。

もしここが店だったら、見送る店員は心の中でさぞ嫌な顔をしていることだろう。



調査団を引き連れるように扉を出ると、やはりそこは転送の間だった。


「いやあ、聞いてはいたけど、入口の横が魔物部屋って、随分悪戯好きなダンジョンだよね。実はこれ、ただの初心者向きなダンジョンじゃなかったりしてね。『初心者から上級者までお楽しみいただけるよう上級者コースもご用意しました』なんて看板がどこかに立っていないかい?」


「この部屋は隅から隅まで調査しましたが、そんな看板はありませんでしたね」

「君、相変わらず真面目に返すねえ。まあそういうところが好きなんだけどさ。さて、じゃあじゃあもう外に出るよ? いいよね?」

「ええ、構いません。トラップが反応する事さえ分かれば、後の違いはもうないでしょう」





ダンジョンの外に転移された一行。

モリスは両のこぶしを天高く突き上げ、力いっぱい伸びをした。


「うーーん、ダンジョンから出たときのこの解放感、やっぱりいいよね! まあこれで雨だったりしたら目も当てられないけどさ。あ、そうだ。出入り口に屋根を付けるよう言ってみようか。これだってインフラの一部って言えるよね。なら僕の権限で出来そうだ。ついでにダンジョンのプロフィールとか出てくる魔物の説明とか、そんな看板も用意したらお客さん増えるかな?」


「なんだか冒険というよりアトラクションみたいな雰囲気になりそうですね。逆にやる気を減少させる冒険者もいるのでは?」

「どうなんだろう、そうかもしれないね。何事も程々が一番ってことかな、お、カルア君がいるね。馬車の中は飽きちゃったのかな、まあ外はいい天気だしね。おーーーーい、カルアくーーん!」



あ、モリスさんの声が聞こえる。どうやらあちらは終わったみたいだ。

みんなで僕のほうに歩いてきた。


「皆さん、お疲れ様です。」

「ただいまカルア殿。お待たせしました」

「いやー、ちゃんと僕でも中に入れたよ。オートカの仮説は多分正しいね。このあとは発動する適性の閾値しきいちを探るんだろう? 戻ったら技術部から何人か来させるよ。それでいいよね、オートカ」

「ええ、助かります。それでお願いします」


さすがモリスさん、ただ騒がしいだけじゃなくって役に立つ事だって言うんだね。

なんて言ったら怒るだろうけど。

・・・いや怒らない気がする。むしろ嬉しそうに笑う姿しか想像できないや。


「オッケー任せといて。・・・さてカルア君、それで君のほうはどうだったんだい?」

「少しできるようになりましたよ。最初は空間の把握ですよね。試したけどちゃんと出来ました。それに光の適性を調べようとした時よりも広い範囲が見えました」

「いいね。2回目で早くも慣れてきたってことかな。着実に進歩するのは素晴らしいね」


「それで、そこから範囲を広げて見たんですけど、2倍は問題なかったけど、4倍くらいまで広げたら急に魔力の減りが早くなったんです。それで、これは無理だと思って2倍に戻しました」

「え? 広さ指定も出来るようになったの? 随分才能あるんだね、きみ


モリスさんって褒めて伸ばすタイプなのかな?

やっぱり室長とかやってる人だから、やる気を出させるのが上手なんだろうね。


「それで、木が邪魔で奥が見えなかったので、何とかならないかなって思ったら、急に木がパッと消えてビックリしたんです。あれ?って思ったらまた出てきて。それで色々試したんですけど、半透明くらいで表示しておくのが一番見やすかったです。便利ですね、あれ」


「え? ちょっとそれって結構な高等技術だよ? もう出来たの?」

「はい、なんだか出来ました。そのおかげで、視点を上に上げた時もすごく役に立ったんです」


「・・・君、今サラッと言ったけど、視点を上げることも出来たの!?」


「はい。『あがれー』ってやったらギューンって感じで。そこから向きを変えたり高さを変えたり。あと斜め後ろクォータービューもやってみましたよ。自分が操り人形になったみたいで面白い感覚ですよね」


「・・・」


「それで今度は目を開けたままでの『俯瞰』に挑戦したんですけど・・・あれって難しいですよね。ものすごく混乱しました」


「!! うん、うんうん! そうだよ。そうじゃなくちゃ! やっぱりそんな簡単じゃないよね。難しいよね!」


「ほんと難しかったですよ。どっち見たらいいのか分からなくなっちゃうし、動き回ると視点の位置が真後ろからずれちゃうし」


「・・・動き回ると・・・斜め後ろクォータービューが動きに位置を合わせる? え? 初心者がもう視点の追従を始めてるって言った今?」


「ぴったり後ろに固定できるようになるまで1時間くらいかかっちゃいましたよ。それでもまだちょっとガクガクしてるし。まだまだ練習しなくっちゃ」


「・・・・・・」


「それで、そのあと『探知』の練習に移ったんですけど、探知っていまいち良く分からないんですよ」


「!! 分からないんだね!? よし、よしよし! じゃあ僕が相談に乗ろうじゃないか。どんな感じでうまくいかなかったんだい?」


「『探知』しないで探すっていうのがよく分からなくって。まず、範囲内のものは全部指定して見つけられるようになったんです。それで今度は方向を決めて見つけるっていうのをやろうとして、でもどうやったらいいのか分からなかったから、肩幅くらいの幅で真っ直ぐ前に向かって把握してみたんです」


「大体1kmくらい先まで把握できたんですけど、モリスさんが言ってた『把握しないで見つけ出す』っていうのがどうしても分からなくって」


「ソレ、デキテルヨ?」

「え? でも把握してからでしたよ?」

「うん、これは僕の言い方が悪かったね。自分の周りをぐるっと把握するんじゃなくって、方向を指定して把握する。初歩としてはそれでいいんだ。そして、それを突き詰めていくと、途中を省いて遠く離れた場所だけを把握できるようになる。これがその次の魔法、『遠見』だね」


そっか、あれで良かったんだ。安心。


「よかったです。じゃあもっと練習して『遠見』も出来るように頑張りますね」

「ああ、そうだね。頑張るといいことあるよ。なんたって、『遠見』した場所に自分を移動させる魔法、それが『転移』だからね。全部つながってるんだよ」


そうなんだ・・・全部つながってる・・・

モリスさんの教えてくれる順番にもちゃんと意味があったんだ。

やっぱりモリスさんてすごい時空間魔法師なんだ!


「あ、そうだ。それで、もしかして見るだけじゃないのかなって。試してみたら音や匂いも分かるようになったんです。すごい便利ですね把握って。でも覗き見とか盗み聞きとかできちゃうから怖いですよね。悪用厳禁! ですよ」


「ちょっと待ってカルア君。君、把握した範囲で音とか匂いも感知できたの?」

「ええ、まだ教えてもらってなかったですけど、試したらできちゃいました。もしかして本当に才能あったりして・・・なーんて、そんな事ないですよね」


「カルア君・・・それってつまり、1㎞先の音も聞く事が出来るって事だよね?」

「そうですね。さっきはこの周りで見つけたボアで試しましたけど、たぶん同じようにできるんじゃないかな」


「そうか・・・」


なんだかさっきからモリスさんの様子がおかしい。

妙に口数が少ないし、難しいとか分からないとかの時だけ妙に嬉しそうだし。

あ、もしかして教えるのが好きだからかな?


「カルア君、聞いてほしいんだけどさ・・・僕の知る限り、時空間魔法師でも把握した範囲内の音や匂いの感知ができるって話は聞いたことがないんだ。かく言うこの僕もできない、いや試したことがないと言ったほうが正しいか。知らず知らずのうちに『見る』魔法だって先入観に凝り固まっていたってことだね。僕は君の柔軟性を評価していたけど、それでも随分過小評価してたみたいだ。それに習得速度にしてもそう。すごく才能がある子でも、この短時間で出来るようになるのは、視点を上にあげられるかどうかってところまでなんだよ」


それ絶対大げさに言ってるよね!?

育成のモリスマジックってやつだよね?

だって今日やったのって、思っただけでできちゃくくらい簡単なのしかなかったし。

でもこんなふうに言ってもらえると、すごく嬉しい!


「さすがにもう他には無いよね?」

「あとひとつだけ。目で見る景色とまったく同じ視点で重ね合わせたんです。そこから把握の景色をラビットだけにしたら、目で見る景色はそのままに、ラビットの位置が分かるようになりました」



「そうか・・・うん、カルア君、君もう時空間魔法の上級者だよ」


見ると、モリスさんの目には涙が。

会ったばかりの僕の事で泣くほど喜んでくれるなんて、なんていい人なんだろう。




「ごめんよオートカ。カルア君の公表できない秘密、僕が増やしちゃったよ。どうしよう。彼、想定外すぎだよ・・・」

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