第12話 調査隊とダンジョンに行きました
翌日僕はピノさんに言われた通り、ギルマスにグラスの錬成について話しに来た。
朝の混み合う時間は外した筈だったんだけど、偶々来てた冒険者の集団とタイミングとかち合っちゃったみたいで、ピノさんの前には長蛇の列が出来ていた。
とそこに、何かの用事から帰ってきたらしいパルムさんが入口の方から歩いてきたので、今日はパルムさんにお願いする事にした。
「おはようございますパルムさん。ギルマスにお話があって来たんですけど」
パルムさんは忙しそうに応対するピノさんをチラッと見て、一瞬ちょっと困ったような表情を浮かべてから、
「分かりました、ギルドマスターに訊いてきますのでちょっと待っていて下さいね」
と、奥へと消えていった。
暫く待っているとパルムさんが戻って来て、ギルドマスターに会える事になった。
「ギルドマスターがお会いするそうです。今日は個室が塞がっているのでギルドマスターの執務室へとどうぞ」
そう言って執務室に案内してくれるパルスさんに後に付いて奥へと歩いて行くんだけど……執務室って行くの初めてだからちょっと緊張。
一番奥のちょっと豪華な扉をパルムさんがノックすると、中からギルマスの返事が返ってきた。
「入っていいぞ」
「失礼します。カルアさんをお連れしました」
こちらを振り返って頷くパルムさん、さあ初めてのギルマスの部屋だ。
「失礼しまーす」
執務室に入るとまず最初に目に入ったのは、大きな執務机で書類に目を通しているギルマスとその後ろにある大きな書棚だ。
その書棚は壁の全面に誂えられた凄く大きなもので、全部の棚の隅から隅までぎっしりと本が並んでいる。
そこだけ見るとまるで図書室みたいだ。
その次に目を引いたのは部屋の左の壁に貼ってある大きな地図、それとその前にある大きな……ジオラマ?
「すまないがもうちょっとだけ待っていてくれ。その地図とジオラマは興味があるなら見ていてくれて構わん」
「ありがとうございます。興味あります。見せて下さい」
はい、遠慮なく見せてもらいます。すごく興味あるので。
「ではこれで。受付に団体が来てますので私はそちらの応対に入ります。」
案内を終えたパルムさんは、そう言って部屋を出て扉を閉めた。
そのパルムさんに軽く頭を下げてから地図の前に立つと――
まず目についたのは地図の左側に広がる大きな森。
すごく大きいけどこれがよく狩りに行く森かな? 川の形もそれっぽいし、きっとそうなんだろうな。
そのすぐ右側に書かれているがこの街だ。『ヒトツメ』って名前も書いてあるからこれは絶対に間違いない。
その『ヒトツメ』からずっと右に視線を動かすと、地図の真ん中あたりに大きな街が書いてある。そこに書かれている名前は『王都』。この地図って上が北みたいだから、この街は王都の西側にあるのか。へえーー。
で、地図にはヒトツメの他の街も書かれていた。
地図の中心が王都でその西がヒトツメ、そして他の街は王都の北と南それと西側に書かれている。つまり王都を中心に東西南北にそれぞれに大きな街があるって事か。
あと驚いたのはこの森。こんなに大きかったの? あの川って森の奥の方に流れているって思ってたんだけど、地図だと森のかなりヒトツメ寄りに書かれてる。川を越えた先ってまだこんなに深いのか……。僕がこれまでに行った事ある所ってこんなにも狭い範囲だけだったんだなあ。
南に書かれてるのは……おお、海だ。本で読んだ事しか無いけど一体どんな所なんだろう。いつか行ってみたいなあ。
視線はそのまま地図を離れて更に下へと向かい、そこに設置されたテーブル程もある大きなジオラマに釘付けとなった。
ああ、これってこの街の周りの様子だ。街があって森があってフィラストダンジョンがある。
へえ、よく出来てるなあ。街の中の家々はかなり正確に作り込まれてるし、森なんかはまるで一本一本木が植えてあるみたいだ。こんな凄いの一体誰が作ったんだろう?
あまりに精巧なジオラマに目を奪われ、記憶の中の景色と重ね合わせていると、すぐ後ろから声が掛かった。
「どうだ、家も道もこの街と全く同じだろう? 実はそのジオラマは魔道具でな、時空間魔法によって街も森も現在の様子がそのままそこに再現されているのだよ」
何と、ここにもまたギルドの謎技術が! ギルドって時空間魔法使い倒してるな。
「とはいえ木々や建物のみで魔物や動物などは再現されないがな。そこまで再現できるようになれば
「でももしそこまで再現されたら、僕が今どこで何してるのかだって全部丸見えになっちゃうって事じゃないですか」
「ふむ……それは確かにその通り、であればこれ以上の再現は求めない方がよさそうだ。インフラ技術室にそう進言しておこう」
怖っ、ホントに出来るようにしようとしてたんだ……
「さてカルア君、待たせてすまなかったね。ではあちらのソファで話を聞こう」
ギルマスと僕は大きな窓の近くに設置されたソファに移動、いつものように向かい合わせに座った。
「そうそう、今朝ピノ君から少し聞いたが、ガラス工房では大活躍だったようじゃないか」
「はい、ミッチェルさんにも喜んでもらえてよかったです。ミッチェルさんからは錬成について色々と教えてもらいました。ガラスの作り方も教えてくれたんですよ!」
「うむ、君の為にもなったようで何よりだ。それでその錬成とガラス作りについてだが……実はピノ君から信じがたい話を聞いていてな」
信じがたい話、……って何だろう?
「ピノ君は、錬成は工房主から一度説明を聞いただけで習得し、しかもガラス作りの工程を一度見ただけでかなり精度の高いグラスを作成した、と言っていたのだが?」
うん、この辺りは普通だよね。僕がピノさんに伝えた通りの内容だ。
「ミッチェルさんが凄く分かりやすく丁寧に説明してくれたので、教わった錬成は僕でもすぐに出来るようになったんです。ミッチェルさんも基礎の基礎って言ってたくらいの、本当に初心者レベルの作業だけですけどね」
それに最後に見せてくれたガラスのブロックも錬成自体は超シンプルだったし。
「ふむ、それは具体的にどのような作業だったんだ?」
「僕が担当したのは、【分離】を使って川の砂をガラスの原料と不純物に分ける作業でした」
「……説明を聞いてから一度でその作業を成功させたと?」
「はい。僕の後でミッチェルさんがもう一度【分離】して確認したんですけど、不純物が出て来なかったので成功だって言ってました」
ギルマスは……あれ、少し考え込んでる感じ?
「工房主はそれを見て驚いてはいなかったかね?」
「驚いてはいなかったけど僕の事を欲しくなったって言ってました。工房で働かないかって。あ、もちろん冒険者をやめるつもりは無いからちゃんと断りましたよ?」
ギルマスまで『冒険者を辞めた方が』なんて言ったりしない……よね?
「あーー、カルア君よく聞いて欲しい。君はまだ魔法の勉強をして日が浅いから分からないのも無理はないが……いいかね? 君が担当した仕事は一度説明されたくらいですぐ出来るようなものではないのだ。」
いや簡単でしたけど?
「普通どれだけ早い者でも、最初の一日は何度も何度も失敗を繰り返しながら徐々に出来るようになってゆくのだそうだ。これは工房主から募集の依頼を受けた際に工房主自身が言っていた事だ」
「え?」
ミッチェルさん、僕にはそんな事一言も言ってませんでしたけど!?
「あの工房主もあれで実は錬成に関しては天才と呼ばれている男だ。おそらく『筋がいい』くらいの受け止め方をしていたのだと思う。しかしカルア君、君のやった事は世間から見れば天才の所業とされるレベルのものなんだ」
いや僕は『ギリギリ人並み』冒険者なんですけど?
「それに以前言った通り回復魔法についてもだ。はっきり言おう。カルア君、君は魔法に関して素晴らしい才能を持っている」
そこで話を終えるギルマス。
僕も何て言ったらいいのか分からなくて、部屋にはしばらく静寂の時間が流れた。
コンコンコン……
「ギルマス、よろしいでしょうか?」
そこに響いたノックの音とピノさんの声。
「構わない、入りたまえ」
「失礼します」
ピノさんは扉を開けると、そこからそっとギルマスに声を掛けた。
「調査団の方々がお話ししたいと。お願いしてあった件についてとの事ですが?」
「分かった。ではそちらに伺うと伝えてくれたまえ」
「分かりました」
ギルマスは何か用事があるみたいだし、今回はこれで終わりかな?
「じゃあ僕はこれで――」
「待ちたまえカルア君。これは君にも関係がある話なんだ」
あれ、引き留められた? 何だろう?
「実は君がガラス工房の仕事に入ったその日に調査団が到着し、そして調査を開始したのだ」
「あ、その調査団ってもしかして――」
「うむ。フィラストダンジョンの調査だ。君が遭遇した転送トラップのな」
それは確かに無関係じゃない……どころか当事者だ。
「調査は到着した日から昨日まで行われてきたのだが、今のところまだ何も発見されていなくてな。そして昨日、調査団から転送トラップに遭遇した者の同行を打診されたのだ」
「それって――」
「そう、君だよ」
僕がフィラストダンジョンへ……か。
「勿論君があそこで大変な目にあったのは承知している。なので彼らへの返事は保留してこう伝えてある。カルア君、君の返事次第だと」
フィラストダンジョン。
ちょっと前に僕が死にそうになった場所。
そして、スティールスキルが進化した場所……
僕はあそこに入る事が出来るか?
あの場所に立つ事が出来るか?
そしてまた転送されたとしても戦う事が出来るか?
何より、恐怖は残っていないか?
………………うん。
「大丈夫、行きます」
僕のその声、僕の表情、そこに含まれる僕の自信。
それを見てギルマスは微笑み、そして立ち上がった。
「そうか、ならばついてきたまえ」
そして移動した先はいつもの個室だった。
部屋が塞がっているってのは、調査団の控室として使用してたからだったのか。
「お待たせした」
「お呼びして申し訳ありません。ブラック・レッドキャッスル殿」
って誰?
そう思った僕に気付いたんだろう。
「私の名前だ。まあ家名については今は気にしないでくれ」
どことなく聞き覚えがあるような……でもギルマスの言う通り今気にする事じゃないか。
「それでお願いしてあった件なのですが」
「ええ、調査に同行してくれるとの事です」
「おお、それはありがたい! もしかしてそちらの彼が?」
「ええ、今回の転送トラップに遭遇したカルア君です」
「おおっ君が! 私はこの調査団でリーダーを務めるオートカです。そして――」
「ラキです」
「タチョです」
「ウサダンです」
嘘だろ!?
でも僕は突っ込まない。気付いたけど突っ込まない。だってみんな真剣だから。
「カルアです。よろしくお願いします」
チラッとギルマスを見ると『気付いたかね』と目で頷いた。ああギルマスも……
て事は気付いていないのは本人達だけか。なら触れないでおいてあげるのがきっと大人の対応なんだろう。
「いや助かりました。昨日までの調査では何の兆候も発動条も見つけられず――ただ魔力の残滓だけが確認されたんです。あれは確かに転送トラップが発動した痕跡でした」
へぇ、魔力って痕跡が残るんだ。
「これまでに発見されている全ての転送トラップの情報と照らし合わせて調査を行っているのですが、未だ発動条件を見つけるに至っておりません。他の転送トラップと同じ種類の痕跡なのですが、それ以外にそれらの魔法罠との共通点が全く無い」
「あの、魔法罠って何ですか?」
「非常に良い質問です。トラップが魔法を発動するには発動させる為のスイッチが必要です。ひねくれた作り方をした罠だと壁や床の一部を利用した物理スイッチを設置する場合もありますが、ほとんどの場合は気付かない程弱い魔力を常に周囲に広げ、条件を満たした場合に発動するスイッチとしています。これが魔法罠です」
「そのスイッチとなる魔力を調査していた、という事なんですね?」
「その通りです。過去の事例に基づいて様々なパターンの魔力を流してみましたが、発動する兆候は一切見られませんでした。これまで発見されている罠はいくつかの似た系統の構造に分類されています。そのどれとも一致しないとなると、今回の罠は完全に新種と言う事になります。これは非常に貴重ですよ。何と言っても分類そのものの新発見となる訳ですから」
「成程……でもそんなにしっかりした調査が行われている中で、素人の僕が同行して何か出来る事があるんでしょうか?」
「勿論ですとも。あなたの魔力やあなた固有の何かが発動のキーに該当する可能性――あなたが現地に立つ事によって、罠となる魔力に何かしらの動きがあるかを確認したいのです」
そっか、僕の役目は炭鉱のカナリア……
「勿論全く危険が無いなどとは言えません。しかし報告によればあなたはあの場所から初見で生還されたとの事。改めてお願いします。どうでしょう、我々にご同行いただけないでしょうか」
ちゃんと説明してくれて、質問にも真摯に答えてくれた。しかも危険がある事をちゃんと伝えたうえで、もう一度僕自身に同行するかを訊いてくれる。うん、この人達は信用出来る。
「分かりました。僕でよければ喜んで協力させてもらいます」
「やってくれますか! ありがとうございますカルア殿、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします。それで調査はどのような予定ですか?」
「必要なものは一通り揃えてあります。ブラック殿にも見ていただきましたが、カルア殿自身も一度ご確認ください。もし必要と思われるものがあればすぐに用意します。その準備が整い次第出発したいのですが、いかがでしょうか?」
「大丈夫、僕自身は魔力体力ともに問題ありません。装備とアイテムに問題が無ければすぐにでも出発出来ます。」
「分かりました。ではこちらの確認をお願いします」
そう言って、床に置いてあった大きなリュックから持ち物を取り出し、テーブルに広げるオートカさん。
ポーション類よし、その他応急処置グッズよし、照明器具類よし、非常食よし、etc、etc……
うん、大丈夫そうだ。
「問題無いと思います。随分大きなリュックですけど魔法の鞄とかは使わないんですか?」
「魔法の鞄を使用出来なくしてしまうトラップが同時発動する場合があるので、その対策でいつもこれを使ってるんです。おかげで今ではポーターとしてやっていけるくらいの体力がありますよ」
「そんなトラップが……あの、魔法の鞄は戦闘が終われば使えるようになるんですか?」
「ええ、今までのは全部そうでしたね」
「じゃあギルマス、貸し出し用の鞄をひとつお願いします」
「用意しよう」
これで大丈夫。もしトラップに掛かったら今度は全部持ち帰る。まるっとすっきり持ち帰る!
「じゃあ出発しましょう」
みんなに見送られて、僕たちはダンジョンに出発した。
ピノさん達はギルドの前まで出て手を振って見送ってくれている。
ギルドの中からも他のみんなの『頑張れよー』『気を付けるんだぞー』なんて声が聞こえてくる。
「行ってきまーーす!!」
僕を含む調査団一行は馬車で森を進み、やがてフィラストダンジョンに到着した。
「それでは中に入ります。前回と同じ条件にする為僕のカードで入るんでしたね」
「はい。お願いします」
入口の転送装置に僕のギルドカードを翳すと、次の瞬間には全員ダンジョンの中にいた。そして僕が一歩前に踏み出すと……
ダンジョンの中は赤い光に包まれた。
そう、この前と同じように。
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