第11話 料理の美味しさと○○の秘密です

「これで後は最後の仕上げを……よし完成じゃ。ふぅ、何とか数が揃えられたの」

今日はミッチェルさんが受けていた仕事の納期の日、そして僕にとってはミッチェル工房での仕事の最終日だ。


「こうして納期に間におうたのも全てお主のおかげじゃよ。本当にカルアには大感謝じゃ」

「はい、ミッチェルさんもお疲れさまでした」

僕とミッチェルさんは顔を見合わせてお互いの健闘を称え合い、そして僕の仕事は無事終了となった。

「さあこれが依頼の受領書じゃ。確かに渡したぞ」


ミッチェルさんがサインしてくれた受領書を受け取り鞄に仕舞うと、何とここでミッチェルさんから嬉しい提案が!

「さてそれで今日これからじゃがカルアよ、今から時間はあるか? もしよければ最後にわしのガラス作りを見せてやろう」

「えっ、いいんですか? 企業秘密なんじゃ……」

「頑張ってくれた礼じゃよ。まあ、ちゅうても今から見せるんは一般的な作り方の方じゃがな」


いやそれでも十分嬉しい。すっごく嬉しい!


「ミッチェルさんありがとうございます、見たいです。ぜひ見せてください!」

「うむ、じゃあ早速今から始めるぞ。こっちに来るんじゃ」

「はいっ」


移動する先は勿論ミッチェルさんがガラスを作るのに使う奥の作業テーブルだ。

「砂はカルアが作ってくれたんがまだ残っとるな。それを使おう」

そう言って砂の器を片手に作業場の奥へと向かうミッチェルさんに続き、僕もここへ来て初めてその場に足を踏み入れた。


大きな作業テーブルの上にあったのは、鉄製の大きなタライだ。

ミッチェルさんは器の砂をその中へ移す為、タライの上で砂の器をひっくり返した。

ザザーーーッ


「カルアよ、こいつに何を混ぜるか覚えとるか?」

「草を焼いた灰、ですよね」

「うむ、そのとおりじゃ。灰はほれ、そこに用意してある」

ミッチェルさんは初めからそのつもりで灰を作ってくれてあったみたいだ。


「ありがとうございますミッチェルさん!」

「べっ別にお主の為に用意したとかじゃないんじゃよ? こっこれはたまたま裏庭の草刈りをした時の灰じゃからねっ」


厳つい顔でいいツンデレ。

忙しくてホントは草刈りなんてしてる暇無かったハズなのに。


「それでじゃ、この灰を……こうじゃ!」

照れ隠しのように勢いよくそう言って、タライに入った砂の上に灰を投入。

「ええかカルア、この分量をよく覚えとくんじゃ。砂と灰の比率は用途に応じて調整するんじゃが、一番透明になるんがこの比率じゃからな」

「はいっ」


「さて、じゃあいよいよここからが錬成じゃ。ゆくぞ? ……【融解】」


ミッチェルさんの魔力を受けて、タライの中で砂と灰はドロドロに溶けた。

白かった砂は透明になり、その中には白い灰がまだら模様のように浮かんでいる。


「うむ、いい感じじゃな。それではここから、【混合】」


灰はガラスの中に綺麗に混ざり、タライの中は綺麗な透明の液体となった。

「ここではきちんと均一に混ぜるよう注意するんじゃ。慣れんうちは目で色を判断、慣れてくれば魔力の具合で分かるようになるからの」

「はい」


「じゃあ次じゃ。柔らかいうちに形を整える」

ミッチェルさんが魔力を注ぐと、タライの中で水あめのように揺らめいていたガラスは、徐々に綺麗な四角い塊となってゆく。


「うむ、こんなもんじゃな。ではこれを固めるぞ。【凝固】」

こうしてタライの中のガラスは、角のピンと立った四角いブロックとなった。

うわぁ凄い、何て透き通った綺麗なガラス……

「このブロックはお主にやろう。これを見ながら練習すればイメージもし易いじゃろうて」


僕はずっしりと重いガラスのブロックをミッチェルさんから受け取った。

「本当にありがとうございます。これ大事にします! それで僕もこれくらい綺麗なガラスが作れるように頑張って練習します!」

「うむ、お主が冒険者を引退するのを心待ちにしておるぞ!」


ミッチェルさん、それは今言わないで欲しかったよ……



「じゃあミッチェルさん、色々とお世話になりました」

「何言うちょる、世話んなったのはわしの方じゃ。ありがとうなカルアよ」


僕が工房の扉を開けると、その向こうには男の人が三人立っていた。

あ、注文した人が商品を受け取りに来たのかな?

――と思ったけど違ったみたい。彼らを見たミッチェルさんが呆然と呟いた。

「デシイル、ヨーデシ、マデシト……お主等……」

ミッチェルさんのこの反応、もしかして……


「へへっ……おやっさん、今戻ったぜ」

「ヨーデシ……」

ヨーデシさんがはにかむようにそう言うと、ミッチェルさんは吸い寄せられるように前へ出て、ふらふらと三人の前へ歩み寄っていく。

勿論僕はささっと道を空けたよ。感動の再会を邪魔する訳にはいかないからね。


「お主等……いいのか?」

「ま、あれだけ毎晩頭を下げに来られちゃあな。こいつらとも何度も話し合ってさ、ようやく戻る決心がついたんだよ。それに冒険者ギルドの人からも『後で後悔しないよう工房主ともう一度ちゃんと話し合うように』って言われちまったしな」

「そうっすよ、それに何たってオレらもやっぱりガラス作りが好きなんすよ」

「デシイル……」


「ふっ、湿っぽいのはやめましょう。中に入ってもいいですか、親方?」

「マデシト……ああ入ってくれ、今日はミッチェル工房の再起祝いじゃ!」

「おやっさん、飲み過ぎないでくれよ? もうアレは勘弁だぜ?」

「当たり前じゃ。新生ホワイトミッチェルを見せてやるわい!」

「何すかそれ!? 新しい芸風っすか?」


肩を寄せ合う四人を尻目に、僕はそっとその場を立ち去った。

そして徐々に足を速め、不自然じゃない程度に大急ぎでその場を離れる。

――っここじゃまだ駄目だ。もっと離れないと!


やがて振り返るとミッチェル工房は遥か遠くに小さく佇み、もう中に入ったのか工房の前に四人の姿は無い。

よしっここならもう大丈夫、それじゃあ遠慮なく!


「デシイル、ヨーデシ、マデシトって!! なんで三人とも名前に『弟子』が入ってるの!? どういう事? 親御さんは誰かに弟子入りさせる前提で名前付けたの? それともミッチェルさんてば募集要項に『名前にデシが入ってる事』とか条件付けてたの!?」


まだだっ!


「いやこれ偶然とかじゃないよね!? もし本当に偶然だったらもうそれ運命レベルだよ! 工房に戻ったのだって単なる元鞘だよ! 既定路線だよ!!」


からのっ!


「これで単なる従業員とか言ったら逆にビックリだよ!? 三人とも絶対従業員とかじゃないよね! 完全に弟子だよね!?」



こうして僕は全力で思いの丈を吐き出し……

「ふう、すっきりした」

晴れ晴れとした気持ちでギルドに向かったのだった。




「ただいまピノさん、依頼完了しましたよ」

ギルドに着いた僕はピノさんにミッチェルさんの受領書を提出した。

「お帰りなさい、カルア君。お疲れ様でした」


ピノさんの笑顔に僕も思わず頬が緩む。

何だか久し振りにギルドに来た気がする――って、ここ暫く家からミッチェル工房に直行してたからね。

……いつもご飯作りに来てくれてたピノさんとは毎日顔を合わせてたけど。


「あらカルア君、達成評価Aじゃないですか! 凄く頑張りましたね」

「はい! 錬成も教えてもらったしミッチェルさんには喜んでもらえたし、とても充実した数日間でした」

「それは何よりです。はいっ、じゃあこちらがミッチェル工房からの報酬になります。評価Aなので満額ですよ」


以来達成後に受け取る事が出来る報酬額は達成評価により変わり、満額に満たなかった場合の差額は依頼主に返還される。

だからみんな受けた仕事は真面目に取り組むし、ギルドも受注を希望する冒険者がその依頼に向いているかどうかをきちんと判断する。

依頼主の方もおかしな評価をすると二度と依頼を受けて貰えなくなるから、仕事の結果を正当に評価する。

そうやって依頼主と冒険者とギルドは、お互いの信頼関係で成り立っているんだ。


僕はピノさんから依頼料を受け取り、鞄に入れた。

「今日は依頼完了のお祝いですよ。豪華ディナーに期待していて下さいね!」

「はいっ! すっごく期待してます!」




家に帰った僕は家中念入りに片付けて、ピカピカになるまで掃除した。

せっかくの豪華ディナー! 綺麗な部屋で食べたいからね!

台所と居間は特に念入りに。

井戸から新しい水も汲んできたし、これで準備は万全だ。


うーん、でもまだ時間があるな。どうしよう……

あっそうだ、いい事思い付いた!!

豪華ディナーにはお洒落なグラス!

折角ガラス作りを教えてもらったんだ、自分で作ってみよう!


庭の雑草を刈って灰を作り、大量に積んである河原の砂と一緒に錬成。

さっきミッチェルさんが見せてくれた一連の流れをなぞって……

よしタネは出来た、後はどんな形のグラスにしようかな……うん、あれだ。

以前雑貨屋で見たいい感じのグラスを思い出しながら魔力を注いで……よしっ綺麗な形に整った。これかなりいい感じじゃないかな。それじゃあ――

「【凝固】!」


「出来た……」

出来上がった二つのグラスを手に取り、隅々まで細かくチェックする。

尖った所とかがあったら危ないからね。


「うん、上出来!」

我ながら会心の出来。これなら冒険者を引退してからもガラス職人として食べていけそうだ。

――いや、当分引退なんてしないけどね。


と、ちょうどそこへピノさんも到着したみたい。

玄関から弾んだ声が聞こえてきた。

「カルア君っ、お待たせしましたー」


「ピノさんいらっしゃい、こちらへどうぞ」

「はーい、お邪魔しまーす」

毎日のように来てくれているピノさんなので、キッチンへと向かう足取りに迷いはない。

「さあ、作りますよー。今日の食材は何とA5ランクのフォレストブルです。ふふふ、今日の為にお肉屋さんに熟成してもらってた逸品ですよ!」


うおおおおおおおおおお!!

これはもう期待しかないっ!!


「ステーキにローストにシチューに……牛丼にしゃぶしゃぶに青椒肉絲に……満ブル全席ですよ!!」




……僕は今日、ついにピノさんの本気を目撃した。何という動きだ!

あまりの手際の良さに、まるでピノさんが二人、いや三人いるみたい。

あれ? 本当に分身してる? いやちょっと待って、動きが目で追えない!?


テーブルの上にはまるで魔法のように料理が出来上がっていく。

これだけの料理をこの短時間でって……

ピノさん凄過ぎ!

「さあお待たせしました。さあ、豪華ディナーの完成ですよ」


それまで流れるようなピノさんの動きに釘付けだった僕の眼は、今度はテーブルの料理に釘付け。ゴクリ……

と、そこでふと我に帰った僕はさっき作ったばかりのアレを取り出す。

「そうだピノさん、今日はこのグラスを使いましょう」


ピノさんは僕が差し出したグラスに目を輝かせた。

「わぁ、素敵なグラスですね。これどうしたんですかカルア君? 今日買ってきたんですか? すごく高かったんじゃないですか?」

「これはですねえ……実はさっき僕が作ったんです! 今日仕事が終わってからミッチェルさんにガラスの作り方を見せてもらって、それを参考に」


あれ?

どうしたんだろう、ピノさん固まってる?

【凝固】は掛けてないよ?


「ちょっと待ってくださいカルア君。今日ガラスの作り方を見てさっきグラスを作ったんですか? あ、もしかしてグラス作りを見せて貰ったとか?」

「いえ、ミッチェルさんが作ったのは四角いブロックです。グラスは前に雑貨屋さんで見たグラスをイメージしたんですよ」


「はあ、そうですか……分かりました。その事については今は何も言いませんけど、明日ギルマスに同じ説明をして貰えますか?」

「はい、それはいいですけど……あの、何かまずかったですか?」

「そんな事無いですよ。ただちょっとカルア君が凄くてビックリしただけです。このグラスだって初めて作ったと思えないくらい素敵ですし」


ちょっと変な反応だったけど、ピノさんも気に入ってくれたみたい。

よかったぁ。

自信作だったけど、やっぱりこういうのって感想聞くまでは不安だよね。


「さあ、それじゃあ食べましょうか」

「はい! いただきまーすっ!!」



美味しかった。

どれもこれも、本当に美味しかった。

熟成された肉は旨味の爆弾だし、火の通し加減は絶妙で舌触りはしっとりと滑らか、それに食べ応えを損なわないくらいの程よい柔らかさ。

あと何と言ってもこの味付けがもう…………ん? あれ、そういえば!


「あのピノさん、ひとつ聞いてもいいですか?」

「なんでしょう?」

「思ったんですけど、何て言うか不思議とピノさんの料理っていつも共通する香りと味わいがあるっていうか、いや僕もそんな食べ物に詳しい訳じゃないんですけど、何か一本芯が通った味と言うか……」


「そうですか……ついに……とうとう気づいちゃいましたかカルア君。この私の秘伝の調味料に!」

「っ、秘伝の調味料!?」

「はい、秘伝の調味料です。これは以前王都のさる有名な魔法師から伝授されたレシピをもとに作った調味料なんですよ」


何だか凄い話になってきた。


椅子から立ち上がったピノさんはそのまま調理場へと向かい、そこから持って来た一本のビンをテーブルに置いた。


「これがその調味料――その名も『マリョテイン』です。味が素晴らしい上に、何と食べるともの凄い効果があるんですよ」

「もの凄い効果……?」

「実はですね、このマリョテインは魔力トレーニングと凄く相性がいいんです。何と身体が魔力を増やすお手伝いをしてくれるんですよ」


「え? それって……」


「ふふっ。カルア君、最近ずっと魔力を増やそうって頑張ってたでしょう? だから効率よく魔力を増やす事が出来るようにって、ちょっとしたお手伝いです」


ピノさん……

どうしよう、感動で涙が……


「え? ちょっ、カルア君泣いてるんですか? もしかして勝手な事したって怒ってます? どうしようカルア君ごめんなさい。相談も無しに余計な事でしたよね」


僕の様子に慌て出すピノさん……違うんです!


「ちが……違うんですピノさん! 僕嬉しかったんです。こんなに美味しい料理で、しかも美味しいだけじゃなくって僕の事を凄く考えてくれてて……凄く! すごっく! 嬉しかったんです!!」


僕の心からの叫びを聞いて、ピノさんは力が抜けたようにテーブルに突っ伏した。


「よかったぁーー。私カルア君を怒らせちゃったのかなって……余計な事しちゃったのかなって……よかったよぉ」


「そんな! 怒る訳なんて無いです。仕事だって大変なのに毎日僕の為に美味しい料理を作ってくれて……そんなピノさんの事怒る訳なんで無いじゃないですか! 僕ピノさんの事本当に大好きなんですから!」


「ええっ? かかカルア君、それって……?」

ガバッと体を起こすピノさん。


「父さんも母さんも死んじゃって、ずっと一人で冒険者を目指して、でも中々強くなれなくって、でもいつもピノさんが見守ってくれてたから、いつも僕のことを優しく励ましてくれたから、だから……だから僕、今日まで何とか頑張ってこれたんです」


「カルア君……」

「僕ずっと思ってたんです。もし……もし僕に姉さんがいたら……きっとこんな感じなのかなって」

「はえ?」


「ごめんなさい。迷惑でしたよね。勝手に家族みたいに思ってたなんて。でも嬉しかったんです。何だか一人ぼっちじゃなくなったみたいな気がして」


ピノさん……俯いて何か呟いてる……?


「ふふふ、そっかーお姉さんかぁ……そうきたかぁ……まだ早すぎたって事かな? 急ぎ過ぎたって事かな? ……いやカルア君言ってたじゃない、私がカルア君の支えになれてたって……ならばそう、きっと今はこれで……ううん、これが一番いいのよ」


「あ、あの、ピノさん?」

「そうよね……うん、今はまだこれでオッケー、ここからここから! よしっ頑張れピノ!」


何だろう? やっぱり怒っちゃったかな?


「じゃあカルア君、私とカルア君は今日から姉弟よ。流石に一緒に住むのは無理だけど、私はカルア君のお姉さんで、カルア君は私の可愛い弟よ。いいわね!?」

「はっ……はいっ!」




こうしてピノさんが僕のお姉さんになりました。

それにしても今日は怒涛の一日だった。

ガラスの作り方を教わって、お弟子さんに突っ込んで、グラスを作って、ピノさんの料理の秘密を聞いて、それからピノさんと姉弟になれて……


いや、ちょっとまって!

展開の速さについ流しちゃったけど、ピノさんの料理ってとんでもない秘密が隠されてたよね!?

秘密の調味料マリョテイン、その効果は魔力増強って!

有名なのレシピだって!


僕の魔力が爆上がりしたのって、トレーニング方法との相性もあったかもしれないけど、実はそれ以上にこれのおかげだったんじゃないの!?




――ま、どっちだったとしてもピノ姉さんには感謝しかないんだけどね。

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