第10話 ガラス工房で短期バイトしました

「カルア君、今日は面白い依頼がありますよ」

ギルドにやって来た僕に、いつもにも増してご機嫌な感じのピノさんからそんな声が掛かった。


「面白い依頼? 何ですかそれ? 依頼で面白いとか初めて聞きましたけど」

「ふふっ、今回来たのはちょっと珍しい依頼なんです。ちなみにこの依頼、ギルマスもカルア君にちょうどいいんじゃないかって言ってましたよ」


へぇ、ピノさんとギルマスのお勧め依頼かぁ。


「それって一体どんな依頼なんですか? ものすごーく気になるんですけど」

「ふふふ、知りたいですかー?」

「もうっ、焦らさないで教えてくださいよピノさん!」


今日のピノさんって何だかテンションお高め。

そんなに面白い依頼なのかな?


「分かりましたカルア君。それではお教えしましょう。その依頼とは!」

「依頼とは!?」

そんなピノさんのテンションに引っ張られ、僕の心の中ではドラムロールが鳴り響く。ダラララララララララララララランッ!


「これですっ!!」

ババンッ!!


ピノさんがカウンターに勢いよく一枚の依頼書を置いたっ!

その依頼書が……はいこれ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

短期アルバイト募集


【仕事内容】

ガラス原料の抽出と精製


【必要条件】

土属性魔法の適性があること

十分な魔力量を保有していること


【年齢】

不問


【経験】

不問


【こんな方を募集します】

・錬成に興味がある方

・ガラス作りに興味がある方

・単純作業が苦にならない方

・ドワーフに偏見を持たない方


【こんな職場です】

・錬成初心者の方歓迎、親切丁寧に指導します

・優しいドワーフが工房主のアットホームな職場です

・驚きのホワイトさです


錬成ガラスを発明したガラス界のパイオニア

ガラス工房 ミッチェル

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




これ錬成の仕事だ!

しかも初心者OKで仕事をしながら錬成を教えて貰えるって!!


「どうですかカルア君、まず最初にカルア君に紹介しようと思って掲示を控えてたんですよ」

「ピノさん、僕これ凄くやってみたいです!!」

「きっとカルア君ならそう言うと思ってました。じゃあ受注って事でいいですか?」

「はい! 是非お願いします!」

こうして僕は今日から数日間、ガラス工房の仕事をする事になったんだ。




魔力を増やす方法を知ったあの日から、僕は朝起きてから寝るまでいつも魔力トレーニングを行うようにしていた。

やっていたのはポケットに入れた石ころに【回復】をかけ続けるトレーニング。

このトレーニングは僕との相性が良かったみたいで、日を追うごとに一日あたりの魔力増加量が増えていった。

そして今の僕の魔力量は、何とトレーニングを始める前の20倍くらい!


まあ始める前の魔力量は普通の人の半分くらいだったんだけどね。

でもそれってつまり、今の僕の魔力量は普通の人の10倍くらいあるって事だ。

これって凄くない?


そして運命的に巡り合ったこのバイト……この出会いを経て、今日僕は錬成魔法師カルアとなる!

さあ工房主さん! 初心者に大歓迎を! 親切丁寧に錬成を教えて下さいっ!


――何て事を考えながら、僕はピノさんから受け取った依頼書を大事に抱えガラス工房に向かっている。一歩一歩進むこの道が、錬成魔法師カルアへの道っ!

ああ、今日の僕はテンションが高い。




そしてついにガラス工房に到着だ。

さあ第一声は元気よく、やっぱりこういうのって最初が肝心だよね!

「冒険者ギルドのほうから来ました!」


「おお、来たか! お主は依頼を受けて来た、って事でいいんじゃよな!?」

「はいっ、僕はカルアといいます。土魔法はまだ使った事ありませんが、適性はあります。あと魔力も結構あります」

「うむ、君のような若者を待っとったぞ。わしがここの工房長ミッチェルじゃ」


ミッチェルさんは四角い体に四角い顔、髭もっさぁの典型的なドワーフだった。

実に厳つい。なのに名前が『ミッチェル』?

見た目と名前が方向性の違いで喧嘩別れしそう……


「む、今おぬし『この顔でミッチェルかよ!』とか思っておるな?」

「いいいいや。そそそそんな事欠片も思って無いですョ?」

一瞬で見抜かれた僕は思わず挙動不審に。――何故分かった!?

「はっはっは、構わん構わん。わしもそう思っとるのでな」


ソウデスカ……


「それであの、他の皆さんは?」

「う、うむ。他の連中は何ちゅうか……全員来なくなってしもおた」

「え!?」


「いや、大丈夫じゃよ。ほら、うちホワイトじゃし。わし優しい工房主じゃし」

「ええっと」

「錬成も丁寧に教えるし、初心者歓迎じゃし、あとホワイトじゃし!」


ホワイト2回言った!


「――何か……あったんですか?」

「いや、厳しく叱ったり怒鳴りつけたりなんてせんかったよ。あんまり」

ふむふむ。

「それに酒を飲めん奴に無理に勧めたりもせんかったし?」

へええ。

「飲むたびに錬成ガラス発明の自慢とかもせんかったし……」

なるほど。


「つまり、それ……全部やったんですね?」

「うううっ、そんなつもりじゃなかったんじゃああああ! 全部愛情の裏返しなんじゃあ!!!」

「それ裏返しちゃダメなやつだから!!!」

「わしが悪かったあーーーー! 反省しとるから皆帰ってきてくれえーー!! 納期が……納期が迫っちょるんじゃあああああ!!」


これが僕とガラス工房の工房主ミッチェルさんとの出会いだった。

えっと……ホントに大丈夫かな?




とりあえず工房内に案内された僕は、ミッチェルさんとテーブルを挟んで向かい合わせに座った。

さあリセットリセット。


「さて、おぬしカルアといったな。まずは安心してくれ。仕事のやり方についてはこの新生ホワイトミッチェルが親切丁寧に指導するからの。何と言ってもアットホームな職場じゃからな」


何だろう、さっきのアレの後だけに、聞けば聞くほど心配になるんだけど。

まあギルドで受注しちゃったし、とりあえずやってみるしかないか。


「それに冒険者ギルドに募集を出した時に、あそこの受付の嬢ちゃんとギルドマスターにこってりと絞られたんじゃ。『従業員の扱いが悪い』『逃げられて当然』『ホワイトになって出直してこい』とな。しかも『ギルドが派遣する冒険者に同じ事したら今後一切依頼は受けない』とまで言われてしもうた。そんな事になったら材料手に入らんくなって、わし廃業じゃ!」


そっか、依頼を受け付ける時にその辺りの事ちゃんと話してあったんだ。さすがギルマス。


「しっかしあの受付の嬢ちゃん、一体何もんじゃ? あのプレッシャー、わしチビるかと思った――いやちょろっとチビっとったかもしれん。あの嬢ちゃん、顔はニコニコしとったのに、隣のギルドマスターの100倍怖かったぞ」


それって一体誰の事だろう? ピノさんな訳ないし、じゃあパルムさん? パルムさんって「大人の女性」って感じだし、もしかして怒ったら怖いのかな?


「まあそんな訳じゃから安心して働いてくれ。っつう事で早速じゃがカルア、土魔法はやった事無いと言うとったな。て事は錬成も勿論やった事無いんじゃよな?」

「ええ、やった事ありません。ただ想像でやってみたらこんなのが出来たんですけど」

そう言って僕はこの間の砂の塊を取り出してミッチェルさんに差し出した。


それを受け取り、手の中で回しながらじっくりと観察するミッチェルさん。

おお、いきなりプロの顔になったな。


「ほほおう、ほおほお! 知らずにやってコレか。お主、中々ええ筋しちょるぞ。ちゅうか才能があるぞ。どうじゃ、冒険者やめてうちで働かんか?」


想像以上の高評価! なのは嬉しいけど……


「冒険者を辞める気はありません。小さな頃からの夢だったので」

「そうか、うむ。才能を眠らせとくのは勿体無い気がするが夢っちゅうなら仕方が無いな。他にやれる事が無くって冒険者をやってるんじゃったら――と思って声を掛けたんじゃが、まあ将来冒険者を引退する気になった時にでも考えてくれたらええ」

「はい、ありがとうございます」


「よし、じゃあまずは錬成の説明からじゃな。基礎の基礎からじっくり教えよう」

「よろしくお願いします。でもそんなにしっかり教えてもらっていいんですか?」

「ええんじゃ。多少説明に時間が掛かってしっかり理解してから始めた方が後の覚えが早いからの。OJTやりながら覚えるはそっからじゃ。結果的にその方が時間短縮になるんじゃよ」


そうして、工房主ミッチェル先生の錬成講座が始まった。


「ええか、まずは『錬成とは何か?』ちゅう話からじゃ。カルアは錬成っちゅうのは何じゃと思う?」

「錬成、錬成……、ええと、溶かしたり固めたり形を変えたりする事――ですか?」

「ふむ、まあそうじゃな。結果から見ればそうなるじゃろう。じゃあどうやったらそういう結果が起きると思う? 水と氷を例に考えてみるんじゃ」


どうやったら?

溶ける……氷は溶けると水になる。温かくなると水になる。氷が水になるって――固まってたのがサラサラになる? あれ、じゃあ氷って何だろう――水がどうなれば固くなるんだろう?

水と水がくっついて動けなくなると固まる? じゃあ水同士がくっつくって、どうやって?

ああ駄目だ、考えれば考えるほど分からなくなってきた。


「えええっと…………分かりません」

「じゃな。わしにもよう分からん」

「え?」

これだけ考えたのに答えが無いの?


「偉い学者先生じゃったらもしかしたら知っとるかもしれん。じゃがな、錬成っちゅうのはそんな事知らんでもちゃんと出来るんじゃ。錬成に知っとかなきゃならんのはそんな事じゃなくてな、『水はどれだけ細かくしても水』っちゅう事なんじゃよ」


「水はどれだけ細かくしても水……?」

「そうじゃ。そしてそれは鉄やら金やら銀なんかの金属でも同じなんじゃ。どれだけ細かくしたところで鉄が金になる事は無いじゃろう?」

「鉄を金にする方法なんてあったら大儲けですね」

「じゃな」


そんな方法見つけてみたい。


「鉄は固いじゃろう? じゃが高温に曝すと溶けて水みたいになる――っちゅうても水よりはドロッとしちょるがな。で、こいつを利用して剣や鎧を作るのが鍛冶じゃな」

そうか、熱して柔らかくして叩いて形作って冷やして固くするのが鍛冶。

「それでじゃな、この鉄が溶けたり固まったりっちゅうのが……どうじゃ、水と氷の関係とよく似ちょると思わんか? 熱を加えると溶ける。冷えると固まる」

「つまり……氷と鉄は溶ける温度が違うだけで鉄が固いのは凍ってるから、という事ですか?」


「よく気付いたのカルアよ。そうじゃ、全くその通りじゃよ。そしてこの現象を温度の代わりに魔力で発生させるのが錬成の四つの技術のうちの二つ、【融解】と【凝固】じゃ。まあ魔力で水を氷にしたところでぬるいままじゃから、魔力を止めたらあっちゅう間に氷から水に逆戻りじゃ。【融解】と【凝固】では温度は変わらんからな」


そうなんだ……


「どうじゃカルア、ここまでは分かったかの?」

「はいっ」

ミッチェル先生凄い、さっきまであんなに残念だったのに。

今はもう、ただただ尊敬。


「さて次じゃ。残る二つの錬成は【混合】と【分離】じゃが、これは分かり易い例で言うと塩水じゃな。水に塩を混ぜるのが【混合】で、【分離】は逆に塩水を塩と水に分ける事じゃ」


ふむふむ、本当に分かりやすい。


「さっき、『水はどれだけ細かくしても水』って言ったじゃろ? それは塩も同じでな、どれだけ細かくしても塩は塩のままじゃ。じゃから塩水を目一杯細かくすれば水と塩に分かれるんじゃ。【分離】は魔力にこのイメージを乗せる魔法じゃ」


「それから【混合】じゃが……これは別に錬成でやらんでも構わん。塩水作るなら水に塩を入れてかき混ぜるだけじゃからな。こんなん錬成でやったら魔力の無駄遣いじゃ。【混合】は普通にやったら混ざらんような物を混ぜたい時にだけ使えばいい」


「以上が錬成の基礎の基礎じゃ。どうじゃ、何か質問はあるか?」

「【分離】と同じように【混合】と【融解】【凝固】もさっきのイメージを乗せて魔力を注げばいいんですか?」

「その通りじゃ。丁度ええ、折角じゃからお主にやってもらう錬成を見せながら説明するかの。カルアよ、こっからはあっちの作業場に移動じゃ」


ミッチェル先生に連れられて今度は作業テーブルに移動してきた。

テーブルの上にあるのは砂が入った大きめな器、そしてそのすぐ脇あるのは空っぽの小さな器だ。


「そん中に入っちょるのはいつも冒険者ギルドで採ってきてもらっちょる砂じゃ。この砂がガラスの主な材料となるんじゃ。じゃが実はこの砂にはガラスと関係ないもんも混ざっとる。粒として混ざっとるもんもあれば、ガラスの材料と混ざり合った状態で粒になっとるもんもある。これらの不純物をこの小さな器の中に分離するんじゃ。……ええか、よっく見ちょれよ」


そしてミッチェル先生は砂に手を翳し、錬成を始めた。

「【分離】」


翳した手の平から魔力が放たれるとその魔力は砂の山を包み込み、砂の山は強い光を放ち始めた。

そしてその光が収まると器の中の砂はさっきより白く綺麗になっていて、その脇に灰色の砂の小さな山が出来ていた。


「この白い方がガラスの材料じゃ。脇の灰色は不純物の砂じゃからこっちの不純物用の器に入れる」

そう言ってミッチェル先生は、テーブルに置いてあったスコップで不純物の砂をそちらに移した。


「今回お主にやってもらうのがこの作業じゃ。これはサンプルとしてこのままにしちょくから、後でイメージの参考にしたらええ」

「わかりました」


「さて、こっから先は企業秘密じゃから見せる事は出来ん。秘密の材料を混合するのでな。じゃがそれじゃあつまらんじゃろ? じゃからここからは一般的な作り方を教えちゃる。ええか、よーっく見ちょれよ? この白い砂を【融解】したらそこに草を燃やした灰を【混合】、そしたら魔力で形を整えてから【凝固】するんじゃ。混合は出来るだけ均一に混ざるようイメージすると割れにくくなる。どうじゃ、案外簡単じゃろ? 仕事の後にでも試してみたらええ」

「はいっ、やってみます!」


「よし、じゃあまずはあそこの山から砂を器に入れてテーブルに置くんじゃ」

言われた通り僕が河原の砂を入れた器をテーブルに置いたら、ミッチェル先生がその脇に不純物用の器を置き、そしていよいよ作業開始。

「じゃあまずその砂に【分離】を掛けるんじゃ。それで出た不純物は脇の器に入れるんじゃよ?」

「はい。じゃあ初めます……【分離】!」


さっきの白い砂をイメージしながら砂に魔力を注ぐと、さっきと同じように魔力の光が砂を覆い、そして光が収まるとそこに見えたのは見違える程白くなった砂だった。

「やった、出来た!」


「うむ、見た目は大丈夫そうだな。じゃあ次はわしがこいつに【分離】を掛けてみるぞ? それで不純物が出てこなければちゃんと出来てるって事じゃ。ではいくぞ……【分離】!」


今度はミッチェルさんから放たれた光によって砂は再び光に包まれ、そして――

「うむ、不純物は出てこんな。初めてで完全に【分離】出来るようになるとは、ますますおぬしが欲しくなったぞ、カルア」

「あははは、そこは引退してから考えるって事で」


「まあそうじゃな。さてならば次は不純物を……む?」

「えっ?」

白い砂の山から目を離さないまま急に難しい顔になったミッチェルさん。

「カルアよ、お主分離してから不純物を器に移したか?」

「いえ、まだやってませんが?」

「――無いぞ?」


そういえば、さっき【分離】を掛けた時って白い砂しか無かった気が……あれ?

「また混ざっちゃった、なんて訳じゃないですよね?」

「ああ。その後わしも分離をかけたからそれは無い」

「……じゃあ一体どこへ?」


僕たちは不純物の砂を探し――いや探そうとしたところで、いきなり発見した。

「なあ、不純物用の器に入っとるんじゃが?」


「ええ……いつ誰が入れたんでしょうか?」

「ちゅうても、この部屋にはわしとお主の二人しかおらんな」

「ですよねえ」

「……」

「……」


「……お主が【分離】を掛けた時にその器の中に【分離】された、としか思えんのはわしの想像力が足りな過ぎなんじゃろうか?」

「えっ、【分離】ってそんな事まで出来るんですか?」

「いいや、【分離】はすぐ脇に除ける事までしか出来ん。隣の器に移動するなんちゅうのは、もう別の土魔法の領分じゃ」


ええっと……そうなの?


「実際のとこどうなのかはよう分からん。じゃがこの技が便利だっちゅう事だけは確かじゃ! どうやるんじゃろ、【分離】と一緒に不純物を移動するイメージを送ればええんじゃろうか? わしも今度練習してみよう」

「ははは……そうですね」




こうして僕は錬成の基礎を学び、そしてただ只管ガラスに向き合う日々が始まった。

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