第9話 僕の知らない、皆さんの様子です

カルアがダンジョンから帰ってから数週間が経過したある日、ギルドの食堂にて。


「最近カルアの奴、強くなっていないか?」

「ああ。あいつ、あのダンジョンの一件から変わったよな。それにお前知ってたか?カルアの奴、回復は俺たちがやってるところを見て自分で覚えたらしいぞ」


「マジかよ。あんな難しい魔法、見ただけで使えるようになるもんなのか?」

「少なくとも俺には無理だ。なあおい、どうなんだ?」

隣のテーブルで一人で飲んでいる女性冒険者に訊いてみる。


「そんなのあたしにだって無理だよ。使えるようになるまで回復先生にはどれだけ世話になったことか・・・」


ギルドからの斡旋で冒険者に回復を教える魔法師は、冒険者たちから親しみを込めて回復先生と呼ばれている。

ちなみに「ほっほっほ」と笑うのが口癖のおじいちゃんだ。


「だよなあ。そう考えると、あいつって実は昔から凄かったってことか」

「そうだな。あいつが早死にしないようにって『早いとこ諦めたほうがいいんじゃないか』なんて言ったりしたが、随分と余計な世話だったんだなあ」


「まあそうだな、それについてはどいつもこいつもみんなそう思ってるだろうぜ。でだ、最近のカルアの話に戻すんだが、あいつこの前、半日くらい森に行ってフォレストブルとフォレストボアにウルフ10頭以上を狩って帰って来たらしいぞ」

「おお、その話は俺も聞いた。解体職員が言ってたぞ。あんなきれいな状態で持って帰ってきたのは初めて見たって。ああ、そういえば、その時のカルアが鞄の貸し出し第一号だったらしいな」


「ああ、あたしもこの間借りたよ。やっぱり便利だねえ、魔法の鞄。行き帰りの荷物なんかまったく気にしなくていいし、何より獲物を丸ごと持って帰れるのが最高さ。現地で解体する必要が無いから目一杯狩りに時間を使えるし、何より狩った獲物をすべて換金できて素材の取りこぼしが無い。アレの貸出制度ができただけで、あたしはこのギルドに所属しててよかったって心から思うね」


「だよなあ。あとは早く数を揃えてくれたらなあ。この間全部貸し出し中だった時には、そのまま酒飲んで帰って寝ようかって本気で思ったぜ」

「確かにな。もうアレ無しの狩りには戻りたくないっていうか戻れないっていうか・・・とにかく魔法の鞄に乾杯だ!」

「「「魔法の鞄に!!」」」


「でだ、カルアの奴とピノの嬢ちゃん、どうなんだろうなあ」

「ああ、あいつら見てると背中のあたりがぞわぞわするっていうか、頬のあたりが強張ってくるっていうか、なんだか甘酸っぱい感じなんだよなあ」

「分かるぜ。俺も昔隣に住んでた一個上の姉ちゃんが」

「「いやお前の話は聞いてない」」


「だがまあ、あいつらどうなんだろうな? この間は一緒に帰ってたみたいだが、あれってギルマスの指示だったんだろう?」

「まあそれはそれ、なんじゃないか? そいつが切っ掛けになるって事もあるだろうし、その一回だけじゃなかったんだろう?」

「けどまあ、なんだかまだ付き合ってるって感じじゃないようだけどね。それにピノはともかくとしてカルアはまだ愛だの恋だのって自覚すらないんじゃないかねえ?」


「ああ、それはそうかもしんねえな」

「まったく、いつまでもぐずぐずしているようだったらあたしがカルアを食っちまおうかねえ」

「だははは、やめとけやめとけ。お前とカルアじゃあ合わねえよ。お前はこうして俺らと酒かっくらって騒いでるのがお似合いってもんだ」


「何だい、随分な言い草じゃないか。まあ間違っちゃあいないんだけどさ」

「だろう? それに大体そんなことしたらピノの嬢ちゃんに怒られるぜ。あの嬢ちゃん、どうにも見たまんまじゃあなさそうな気がするんだよなあ。時々背中が冷える思いをすることがあるんだよ。ギルマスと話すときみたいな」


「何言ってるんだよ、あんな可愛らしいに。あんた酔っぱらってたんじゃないか?」

「まあそうなんだろうな。ああ、気のせいだ気のせい!」

「よし、じゃあ次はピノの嬢ちゃんに乾杯だ!」

「「「ピノの嬢ちゃんに!!」」」





ここはギルドの解体部屋。

「なあ、魔法の鞄の貸し出しが始まってから仕事増えてね?」

「ああ。安心しろ。間違いなく増えているぞ」

「いや、何を安心すればいいんだよ!」

「以前はみんな限られた部位だけ持って帰ってきたからなあ。それが今じゃあ一体丸ごとだ。しかも狩りの時間が増えたことで持ち込まれる数まで増えてる。仕事が増えない訳ないって」


「「はあ、魔法の鞄の貸し出し、やめてくれないかなあ」」



「何言っとるんだお前たち」

「あ、班長」

「安心しろ。そのあたりはギルマスも分かっとる。用意されとる貸出用の鞄はまだまだあるが、増設するのはまだずっと後になる。今は解体担当の増員を先に手配しとるところだ」


「「よかったぁ」」

「まあもうあと数日辛抱せい。もう人員の目途は立っとるのでな」

「「はいっ」」



「しっかし、この間のアレ、いったいどうやって狩ったんだろうなあ」

「ああ、カルアのアレか。何処見ても体に傷ひとつついてなかったんだよなあ」

「そうそう、そのうえ魔石が何処にもない。何をどうやったらあんなことになるんだ? ねえ班長、班長は何か聞いてます?」


「いや、何も聞いとらん。わしも不思議に思ってギルマスに訊いてみたんだが、はっきりとした事はなんも言わんかった。何かまだギルド内でも口に出せんことがあるんだろう。とはいえ、そのうち何らかの発表はあると思うがな」



「ところで、ピノちゃんってやっぱカルアと付き合ってんのかな? 俺実は狙ってたんだけど」

「なんだお前もかよ。実は俺もだったんだけど。ピノちゃん可愛いからなあ。来たばっかりの頃はまだ子供って感じだったけど、最近ぐっと女っぽくなってきたっていうか」


「わかるわー。でもその女っぽさを感じさせる時っていうのがカルアと話してる時なんだよなあ・・・それって、やっぱそういうことなのかなあ」

「ギルマスも一緒に話してることあるしなあ。公認ってやつ?」

「しょうがない、次の相手を探すかぁ―」



「お前らさっきから手が止まっとるぞ! いい加減仕事せいっ!!」

「「すっ、すみません班長!!」」





一方こちらはギルドマスターの執務室。

「ところでパルム君、最近ピノ君の様子はどうかね」

「ずっと落ち着いてますよ。最近はカルアさんの無茶が収まってますからね」

「それは何より。ピノ君はあのダンジョンの一件からしばらく荒れていたからな」

「そうですね。まああの一件であの子も自分の気持ちに気付いたんじゃないですか? ただその気持ちが男女のものなのか姉弟的なものなのかは分かりませんけど。ピノ自身にも分かってないんじゃないですかねえ」


「ふむ、そんな感じか。まあ当たり前だが今後どうなるかは本人たち次第だな。確かピノ君はここに勤めて3年ほどだったか」

「そうですね。彼女は冒険者クラスを首席で卒業して、このギルドに採用されたんでしたよね」


王都の学校にはいくつかのクラスが用意されている。魔法、商業、政治、冒険者など。その冒険者クラスに入るのは、冒険者の中でも一流を目指す者たちだ。そして冒険者ギルドの職員を目指す者もまた、そんな彼ら彼女らとともに冒険者クラスで学ぶのである。


「私も年代は違いますが冒険者クラスを卒業しましたけど、正直、あそこの卒業生で首席って化け物クラスですよ」

「まあそうだな。あそこの卒業生は、冒険者ならすぐに上級に上がれる者たちばかりだ。目指す先が冒険者かギルド職員かはクラスの中で区別されていない。その中での首席だからな」


「私もあの学校を卒業してそれなりに強さとかは自信ありますけど、ピノとは絶対敵対しないよう心がけてますよ。まあピノはすっごくいい子だから、そもそもそんな事にはなり得ないんですけど。唯一心配なのは、あの子が時間がかかりそうな応対中に、私がカルアさんの応対をしなきゃならないときですかね。そんな時のあの子の眼ときたらもう・・・」ぶるっ


その時、執務室の扉がノックされ、扉の向こうから声がかかる。

「ギルマス、ピノですけど今よろしいでしょうか?」


「うむ、構わんぞ。ちょうど今終わるところだ」

「では失礼します」


「それではギルドマスター、先方にはそう伝えておきます。私からは以上です」

「わかった。それで頼む」

「ピノ、受付はどんな感じだった?」

「ちょうど人の流れが途切れたところです。もう少ししたらまた集中するかもしれません」

「分かったわ。じゃあ先に戻ってるわね」

「はいパルムさん。お願いします」


そしてパルムは部屋を出行った。いたって自然に。


「さて、それでピノ君、どうした?」

「はい、カルア君のことなんですけど」

「うむ、カルア君がどうした?」

「あの、私はいつまでカルア君のごはんの支度をしてあげたらいいんでしょうか?」


「いつまで?・・・む、ああ、そうか・・・そういう事か」

「そういう事?」

「うむ、君の言っているのは、カルア君がダンジョンから帰還した日の指示についてだな。実はな、あれはその日限りの指示のつもりだったのだ。そのように言ったつもりでいたのだが、君が誤解して受け取っていたのならすまない事をした」


「・・・ああっと・・・、いえ、今思い返してみれば確かにそのような指示だった気がします。そっか・・・、これは完全に私の思い違いでしたね」

「いや、だがその翌日・翌々日と彼にとって負担の大きい日が続いたからな。君が彼の面倒を見てくれて助かったのも事実だ。それに最近は魔力トレーニングを続けているようだからな。カルア君のことだ、きっと無茶なトレーニングをしてるんじゃないか?」


「聞いたところだと、起きてる間はずっとやってるみたいですよ。さすがに森に行く日にはやめるよう注意はしてるんですけど」

「なんというか、実にカルア君らしいな」

「いよいよ目に余るようになってきたらギルマスからも注意してくださいね」

「ははは、了解した」


「それで最初の話に戻るんですけど」

「ああ、いつまでという話だな。私としてはひとり暮らしのカルア君の面倒を君が見てくれるのは助かる。彼は今やこのギルドの期待の星だからな。しかし、業務としてはもう終了だ。私の意図したところと違うとはいえ、誤解させてしまった以上はこれまでの時間・経費等は次回の給金に上乗せしておこう。そして今後だが」

「はい」

「君のやりたいようにやりたまえ。君のプライベートだ」


ピノは軽く目を閉じ、短く息を吐いてから答えた。


「わかりました。では自分の意志でもうしばらく続けます」

「そうか、わかった。困ったことがあればすぐに言ってくれ。出来る限り力になろう」

「ありがとうございます、ギルマス」


「ところで話は変わるが、一部の者が君とカルア君が男女の付き合いをしているのではと勘違いしているようだが、知っているかね」

「ええ、気づいていますよ」

「そうか、そのあたりも問題があるようなら言ってくれ。こちらで何とかしよう」


「そう思わせておいてくれて構いません。私も面倒がなくてちょうどいいですし。私もそのあたりは誘導して利用できるくらい大人の女性なんですよ」

「そうか・・・。だがカルア君自身も誤解してしまうかもしれんぞ?」

「ふふふ、そうなったらそれはそれでどうしょうもなく嬉しく思えるくらい、私も女の子なんですよ」


「そ、そうか・・・」

「はい、では失礼します。ギルマス、相談に乗っていただきありがとうございました」

「う、うむ。では今後も頑張ってくれたまえ」



ギルドマスターの部屋を出たピノは、さっきまでの澄ました表情から一転、真っ赤な顔で俯き、つぶやく。

「うわー、恰好つけた! 私今すっごくカッコつけた!! どうしよう、ギルマスきっと気づいてるよね。うわぁ、恥ずかしい! どうしよう!!」


『誰だって格好つけたくなることはあるさ。だけどな、格好つけるのは格好悪い事なんかじゃないと思うぜ。それは格好いい自分になる! って周りに宣言してるようなもんだからな。それができる奴ってのは無条件でカッコいいもんさ』


「カバチョッチョさん・・・、そうですよね、まだ私頑張れそうな気がします!」

彼女のバイブルである物語の主人公のセリフに、気を取り直すピノであった。



一方部屋に残ったギルドマスターは。

「ふむ、パルム君と言いピノ君と言い、女性とは怖いものだな」





こちらはピノの家。カルアに送ってもらったピノを迎え入れた家族の風景。

「なーなーねえちゃん、あれってねえちゃんの彼氏?」

「お姉ちゃんって年下好きだったの?」

「あらあら、ピノったらいつの間に・・・」

「父さんは認めんぞ。ピノに彼氏など、まだまだ早すぎる!」


「もうっ! みんなうるさいわよっ! カルア君とはそんなんじゃないったら!」

「あら、カルア君っていうのね。今度ご招待しなくっちゃ」

「だからそんなんじゃないって!」

「うふふ、そうよね、分かってるわよピノ。そんなんじゃないのよね」

「もうっ! ホントにもうっ!!」



「それでピノ、晩ご飯は?」

「・・・カルア君の家で済ませてきた」

「あらあら」

「ち、違うのよ? これはあくまでギルドの業務として・・・」

「そうよね。業務よね」

「ママぁ!!」



涙を浮かべた真っ赤な顔で荒ぶるピノの姿がそこにはあった。




▽▽▽▽▽▽

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