第2話 みんながギルドで待っていました

全ての魔石を詰め込んだリュックには、もう何かを入れる隙間なんて残っていない。

だからこの魔物の山は・・・諦めるしかない、よね。


ひとつひとつは安いけど、こんなにたくさんあればきっと結構なお金になるはず。

持って帰る事が出来れば暫くの間は食事代に困る事は無いのにな・・・

はぁ、今日ほど魔法の鞄が欲しいって感じた事は無いよ。

うん、いつかきっと手に入れよう。頑張ってお金を貯めて。


でも何ていうかな、ついさっきまで生きてるのが不思議なくらいだったはずなのに、もう次の装備の事を考えてるなんて・・・

実は僕って結構冒険者に向いてるんじゃないのかな?

そんな事を思いついたら、何だか少し笑えてきた。


「はははっ、さあ魔物の山はすっぱり諦め・・・諦め・・・くっ・・・諦めてっ、あの扉を出て家に帰ろう!」

あの扉がどこに繋がっているのかは、まだ分からないんだけどね。

そして僕は振り返る事無く・・・チラッ・・・振り返る事無く・・・チラチラッ・・・振り返るもんかっ!

・・・扉を開けた。


扉は鍵が掛かってるなんて事も無くあっさり開いたけど、でもここであせっちゃダメだ。

だって扉の向こうにも魔物が待ち構えているかもしれないんだから。

そして、ドキドキしながらその扉をくぐると――


「嘘・・・」




僕の目の前にぼつんと立っているのは、見覚えのある転送装置。

そしてこの部屋にも何だか見覚えが・・・

ここってダンジョンの入り口の間、だよね。

「ええっと・・・つまり隣の部屋に転送されてたって事?」


転送先、ちかっ!

いや、そんな事より・・・


「初心者ダンジョンで入り口の隣に魔物部屋とか・・・極悪すぎだよっ!!」





その日、ヒトツメの街の冒険者ギルドは、朝から落ち着かない雰囲気に包まれていた。

カルアがフィラストダンジョンに向かってから、今日でもう三日目を迎えていたからだ。


転送装置の記録を遡って確認したところ、ギルドを出た少し後に間違いなくカルアはダンジョンに入っている。そして初心者向けと言われるフィラストダンジョンは、最下層まで下りたとしても余裕で日帰り出来るほどに小さい。

それなのに、あまりに戻りが遅くないか?


二日目となる昨日の時点では、まだ誰もまったく心配していなかった。

なぜなら、「一日目はのんびり探索と野営の訓練をして、二日目に採取をしてから街に戻る」というのが、フィラストダンジョンにおける初心者定番のプランだったからだ。

そしてもちろん、カルアがそのプランを知ってる事も承知していた。


しかし、既に三日目の午後だというのに、ギルドに顔を出さず家に帰っている様子もない。

流石にこれはおかしい、何かがあったんじゃないかと皆思い始めていた。



「なあ、これって何かあったんじゃないか?」

「何かって、フィラストだぞ?」

「ああ、だがなぁ」

「!? おい、まさかとは思うが、下層への階段で足を滑らせて落っこちた、とかじゃないだろうな」

「っ!! ・・・ちょっと待て、いくらあそこの弱っちい魔物だって、動けない状態のカルアとエンカウントなんてしたらまずいだろう」

「ああ! ならすぐに捜索隊を出して――」

「いや待て、もしそれで何事もなかったら、またカルアを追い詰める事になっちまうぞ? それは絶対に避けないと」


「むうぅ確かに・・・だったら一体どうしたら・・・」

「そうだ! だったらこういうのはどうだ? 単独パーティでフィラストに行くんだ。『たまたま素材採取の依頼があった』とかの理由でよ」

「おお、それはいい考えだ! おい、すぐに出られる奴はいるか!? 交代でカルアを背負って帰れるメンバーでパーティを組むぞ! 応急セットも用意しろ、あと『回復』使える奴は!?」



そしてギルドの事務所では。


「ピノ、ダンジョンの様子に変化はないか?」

「出口の転送装置には、まだカルアさんの退出記録はありません」

「パルム、最下層の映像のチェックは?」

「引き続き五倍速で確認中です。もうすぐ今朝の映像になりますが、まだカルアさんは映っていません」


「くっ、一体何が起き――」

「あ、ああああああああぁぁぁぁぁーーーっ!!!」


その時、ピノの叫びがギルド内に響き渡った。


「い・・・今、カルアさんがダンジョンを出ましたぁ!!」

「何っ! 確かか!?」

「はいっ! ・・・確かに転送装置に記録されています!」


ピノの声がギルド中に響き渡り、安堵のあまり全員がその場にへたり込んだ。

中には涙ぐんでいる者もいる。

「よかった・・・よかったなあ!」

「ぐっ、あの野郎、心配させやがって! ぢぐじょう、帰ったらぶん殴ってやる!」

「三日もダンジョンにいたんだ、疲れてるだろうから優しく迎えてやらないと」

「待て待て、もしかしたら怪我をしているかもしれん。この中で『回復』魔法が一番得意なのは誰だ?」




そして・・・


「ただいま戻りましたーー」

「カルアじゃねえか。何だ、どっか行ってたのか?(よかった、取り敢えず怪我はしていなさそうだな)」

「ええ。ちょっとフィラストダンジョンに」

「おいおい何だよ、今更フィラストダンジョンかよ!!(ちょっとじゃないだろ! ちょっとじゃ!!)」


「いや、それが結構大変だったんですって」

「大変だあ? おいおい、フィラストダンジョンなんかで大変な目になんて遭えるかよ!(三日だぞ? 一体何があったってんだ。本当に大丈夫なんだろうな!?)」

「お陰でもうヘトヘトですよー」


「それくらいにしときなさいカルア。しょうがないわねえ。ほら、早く受付で報告済ませちゃいなさい。(大変って何!? 一体何があったの!? さっきから肝心なところを何にも言ってないじゃないの! わざとなの? ねえワザとはぐらかしてるの?)」


「言われなくたってちゃんと報告しますよ。もう、皆さんが話しかけてくるから答えてたんじゃないですかー、・・・ピノさーーん、ただいま戻りましたーー!」


「お帰りなさい、カルアさん。随分長くダンジョンに入っていましたね。もう三日目ですよ?」

「え? 三日? 嘘・・・」

「嘘を言ってどうするんですか! カルアさんがダンジョンに入ってから、今日で! もう! 三日目ですっ! 間違いありませんっ!!」





ちょっと待って、今ピノさん三日って言った?

じゃあ・・・一体どれくらいの間魔物と戦ってたの?

それに・・・どのくらいの間気を失ってたの?


そう言えば結構お腹減ってるかも。

たくさん戦ったからだって思ってたけど、二日以上も何も食べてないんじゃあ、そりゃあおなかも減るよね。


いや、ちょっと待って!

そうじゃない、それどころじゃない!

三日だよ三日! まずいでしょ、絶対心配かけたよね!! 絶対怒ってるよね!!!


ようやくそこに思い至って、そおおおっとピノさんの顔に目を向けると――

「ギンッッ!」という幻聴が聞こえてきそうな目で僕を睨んでいるピノさんと目が合ってしまった。

どうしよう、魔物部屋よりずっと怖い・・・・・・



『冒険やってりゃあ逃げる事だって当然必要だ。だけどな坊主、そいつぁ今じゃないだろう?』

あの主人公ヒーローが僕の心に語り掛ける。そう、確かこの名セリフは街に押し寄せる魔物の大群を前に・・・、いや違うそうじゃない。それどころじゃない!

そうだよ、今は逃げちゃだめなんだ!



僕はテーブルに頭突きしそうな勢いで頭を下げるっ。

「っ!! ごめんなさいピノさん! ご心配おかけしました!!」

頼むピノさんに届いて僕の誠意っ!!


「・・・カルアさん、何があったのか、説明してくれますね?」

その声に恐る恐る顔を上げると、そこにはいつもの穏やかなピノさんが。

よかったぁ・・・


「はいっ、もちろんです!!」




ピノさんに連れられて奥の個室に向かうと、そこには普段滅多に会う事の無いギルドマスターが待ち構えていた。


「君はカルア君、だったか? 先ほど、何やら大変だったとか言っていたのが聞こえてきたが、それはダンジョンに関する事かな? うむそうだな、そうに違いない。であれば念のため私も耳に入れておく必要があるな。という訳だ、私も本当に念の為という事で同席させてもらうが、構わないね?」

「はい、もちろんです」



僕は、ピノさんとギルドマスターに、ダンジョンに入ってからのすべての出来事を事細かに説明した。


入口の間がいきなり赤い光に変化した事、探索をやめて外に出ようと転送装置にカードをかざしたら転送トラップが発動した事、魔物部屋に転送され数えきれない程たくさんの魔物に襲われた事。

そして、魔力が尽き、回復ポーションが尽き、体力が尽き、地面に倒されてひたすら『スティール』を使い続けた事。

いつの間にか進化した『スティール』のお陰ですべての魔物を倒す事が出来たけど、そのままさっきまで気を失っていた事、魔物部屋が入口の間の隣だった事。


最後まで口を挟む事なく僕の話を聞いていたピノさんとギルドマスター。

僕が死にそうになった場面では涙ぐみ、眉を下げ、スキルの進化については驚いた表情を浮かべ、そして最後まで話し終えると、深い溜息とともにテーブルに顔を落とした。


そして出たギルドマスターの第一声が、

「色々信じられん」


ですよねー。


「散々探索されつくしたはずのフィラストに新発見のトラップ? 更にそれが転送トラップだと? でその転送先が入口の隣でしかも魔物部屋?」

だんだん独り言みたいになっていくギルドマスターの声。

「しかもスキルが進化? まるで物語じゃないか! それで生きた魔物から魔石を抜き取るようになった? もう色々情報が多すぎて、一体どこから突っ込んでいいのか見当もつかん」


その横では、

「ううっ、えぐっ、カルア、生きててよかったよぅ・・・ほんと無事でよかったよぉ・・・さっきは怒ってごめんねえぇ・・・」

涙でくしゃくしゃな顔のピノさん。本当に心配かけてすみません・・・




「それで、これがその魔石なんですけど・・・」

少し場が落ち着いたところで、リュックから魔石をひと掴み取り出してテーブルにザラッと置く。


「っ!!! これは・・・」

「今まで見た魔石とは色や輝きが全然違うんですけど、これって魔石、ですよね?」

「ああ、私も絶対とは言い切れないが・・・おそらく魔石だと思う」

「取り敢えずすべて持って帰ってきたので、これはそのままお預けします」

「そうだな、そうしてもらうと助かる。調査と査定にしばらく時間をもらえるか?」

「もちろんです。よろしくお願いします」


「転送トラップについては、王都から専門家を呼んで調べさせよう。その結果をもって第一発見者の君には報酬が支払われる事となる」

「え? 報酬がもらえるんですか?」

「当然だろう。調べ尽くしたと思われていたダンジョンで、これほど大きな発見だからな。おそらくかなりの額になるだろう」


うわあ、どうしよう!

新発見で報酬なんて、まるで上級冒険者になっちゃったみたいだ!


「調べなくてはならない事がもう一点ある。君のスキルだ。スキルの進化というのは、正直物語でしか見た事が無い。もしかしたら専門の研究家などはその存在を知っているのかもしれないが、一般的にはスキルは一生変化する事は無いと言われている」

「はい、僕もそう思ってました」

「それに君ができるようになったという『魔石の抜き取り』だ。もしこれが無条件で行えるというのなら、君は『対魔物戦における最強の存在』と言えるだろう」


最強の存在!?

それってもう物語の英雄そのものじゃないか!!


「先ほどの話からすると、君はまだ進化した『スティール』の効果をはっきりと目にした訳ではないんだろう?」

「はい、そうです。僕が把握しているのは、『スティール』を使い続けた事、進化の声が聞こえた事、気がついたら魔物の死骸と魔石が山になっていた事だけです」

「うむ、ならば日をあらためて実際に試してみよう。場所は近くの森で構わないな。ギルドからは私が同行する」

「分かりました。僕も自分のスキルをちゃんと把握したいので、ぜひよろしくお願いします」


するとギルドマスターはおもむろに立ち上がり、

「よし、では今日のところは以上だ。君も疲れただろうから、家に帰ってゆっくり休みなさい。ああそうだ。ピノ君、君は彼を家まで送っていってあげなさい。こちらはこの後だろうから、今日はそのまま直帰で構わん。あとカルア君は食事もまともに摂っていないようだから、途中で何か買って行くように。経費はこちらで出す」

「は、はい! 分かりましたギルドマスター!」



こうして僕は初めてのダンジョン探索を終え家に帰る。ピノさんと一緒に。

ん? 一緒に?





カルアがピノに引っ張られるように帰って行った後・・・

重要事項はほとんど伏せた状態ではあるが、待ち構えていた全員に、ギルドマスターから今回のカルアの大冒険の概要が伝えられた。


「うおおおおお、カルアの奴、あいつ、あいつ、チクショウ、頑張りやがって!」

「ああ、ああ。あいつはやる奴だと信じてたぞ。なんたって努力と根性の男だからな!」

「そうだな! あれだけ残念な才能だってのに、夢に向かって毎日頑張ってやがってよお!」

「本当に! 才能が残念なのになあ!」

「ああ! 残念な奴なのに!!」

「残念だってのに!!」

「残念なのに!!」



「「「「「あいつは本当にすごい奴だ!!!!」」」」」



そうして、カルアの話題を肴に夜更けまで騒ぎは続く。

そこには職員たちも参加し、ギルドマスターの言葉通り今日はもう業務にならなかった。




▽▽▽▽▽▽

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