スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました

東束 末木

第1話 突然ですがスキルが進化しました

「よおカルア、お前まーだ冒険者やってたのかよ」

ギルドの扉をくぐると、いつものように馬鹿にしたような声が聞こえてきた。


溜息を吐きたくなるのを我慢して、僕もいつものようにこう答える。

「うん、もうちょっと頑張ってみるつもり。他に出来そうな仕事も無いしね」


体力は人並み、魔法はギリギリ人並み、武器を扱う才能は辛うじて人並み。

それについては誰しも――もちろん僕自身も含めて――認めているところだ。

もちろん努力を怠った事なんて無いよ。むしろ努力だけは人並み以上にしてるって胸を張って言えるし。

だからこそ・・・余計に分かっちゃっているんだ。僕には才能が無いって。


だけど、世の中にはこんな才能の有無をひっくり返す、一発逆転のチャンスがある。

それは、誰もがみんな必ず一つは持っている『スキル』っていうもの。


スキルは、魔法や武器なんて比べ物にならないくらいの力になる。

スキルによっては、だけどね。

だから、スキルにだってやっぱり才能と呼ばれるものが存在する。

スキルの才能・・・それは持っているスキルの数や種類を指す。


そして、やっぱり僕はスキル方面でも才能が無かったみたいで、持っているスキルは唯ひとつ、「スティール」だけなんだ。

その「スティール」っていうのは、一体どんなスキルなのかって言うと・・・


――戦闘中の相手が持っているアイテムを盗む


これだけ聞くとなかなか役に立ちそうに感じるんだけどね・・・その条件が酷いんだ。


まずは『相手』。使用できる相手は魔物に限定される。

まあこれはいいよ? だって冒険者なんだから戦う相手は魔物だけだし。

問題は『アイテム』の部分。アイテムってつまり持ち物のことで、そこには武器などの装備品は含まれない。

何それ?

武器とかを奪えるのならやりようもあると思うんだけど、これじゃまったく使いどころが見つけられないよ。


しかも成功確率はだいたい2分の1で、一回の戦闘で同じ相手に使えるのは一度だけとか・・・

要するに役立たずスキルなんだよね。

で、この事もみんな知っている。

パーティを組むのに最低限の情報は開示するから。


つまり、僕の役立たずっぷりはギルドの全員に開示されているという訳で、その結果、ここの冒険者全員が「カルアは冒険者をやめるべきだ」って思っている。

もっとも揶揄からかう材料にしているのはほんの一部の人だけで、みんな純粋に僕が心配でそう言ってくれてるんだ。


いい人が多いんだ、ここって。

だからその一部の人たちだってしつこく絡んできたりはしないし、他の人たちもそれがきっかけになってくれたらって思ってるから、その人達に注意したりはしない。

冒険者をやめるのは本人がそう決めた時だけで、周りがやめさせることなんて出来ないから。規則を守らない場合は別だけどね。


でもいくら心配だからって、同情で僕を仲間に入れるパーティなんてもちろん無い。

何故ならみんな冒険者だから。常に自分の命を危険にさらす仕事だから。

甘い考えを持つ者から死んでいくのが常だから。


それはもちろん分かってる。

でもだからと言って僕は冒険者をやめるつもりはない。

危険は承知、だけど夢だったから。

やれる仕事は探せばあるとは思うけど、やりたいって思う仕事は無いから。

だから・・・だから・・・もう少しだけ・・・諦めたくないから・・・


だから、少し無茶をしてみよう。

今日僕は、生まれて初めてダンジョンに挑戦しようと思う。

まだ冒険者を続けられるって事を自分自身に証明するために。

証明できなかったら?・・・、その時は・・・・・・


ダンジョンに入るには、管轄する冒険者ギルドに申告する必要がある。

申請じゃないから却下されることはないんだけど、昔からそう決められていて、違反した場合は罰則もある。

だから、今日ギルドに来たのはその申告のためだ。



「ピノさん、今日はフィラストダンジョンに行ってきます」

ピノさんはこの冒険者ギルドの受付のお姉さん。

僕が冒険者になったのと同じ日に受付嬢になったのが縁で、まるで担当受付みたいに毎回応対してくれる人だ。


「カルアさん、ダンジョンは初めてですよね。いくら『お子様でも安心な超初心者向け』のフィラストダンジョンといっても、初めてのダンジョンにソロで入るっていうのは感心しませんよ?」

まあ分かってはいたけどさ・・・でもこのレベルまで心配されるとやっぱりヘコむ。


「さすがに大丈夫ですよ。ダンジョンは初めてだけど、それなりに経験積んできましたから」

「・・・・・・」

じっと僕の顔をのぞき込むピノさん。

怒りと心配が入り混じったようなその顔に僕はいたたまれなくなり、

「ちょっとでも危ないって感じたらすぐに戻ってきます。約束します!」

直立不動でそんな約束を宣言した。


「はあああぁぁぁ・・・」

長い溜息をついたピノさん。そして、

「分かりました。約束は絶対守ってくださいよ。いいですね、必ず無事に帰ってくること。怪我とかも絶対ダメですからね」

「はい!」


そうして僕はギルドを出てダンジョンに向かった。

居合わせた人達からの心配そうな視線と、それ以上に生暖かい視線を受けながら。




フィラストダンジョン。

僕たちの住むここヒトツメの街から歩いてすぐの場所にある、初心者御用達のダンジョンだ。

早い人だと、冒険者登録したその日に入る事もあるらしい。

規模は小さくて、地上1階層と地下2階層の合計3階層。


コアがあるのは最下層である第3階層で、そこはヒトツメのギルドに守られている。

不届き者による破壊・盗難を防ぐため、コアの周囲には結界が張られ、監視の魔道具も設置されている。だからコアには手出しできないし、手を出そうとした不届き者は、ダンジョンを出た瞬間にヒトツメの冒険者達に囲まれるってわけ。

この情報は公開されていて、ダンジョンコアに手を出そうとする者に対する抑止力として働いている。


このダンジョンの魔物は小型で弱いものばかり。だから当然手に入る魔石も小さくて買い取り額も安い。あと採取できる植物素材も自生してはいるけど、珍しいものは特に無いし量も少ない。

まあ何というか、得られる儲けが少ないんだ。

だから冒険者登録したての子供たちがパーティを組んで小遣い稼ぎに入ったりする。

そんなダンジョン。


そんなダンジョンだけど、僕は今まで入ったことが無かった。

初心者向けとはいえダンジョンはダンジョン。事故を防ぐためソロで入ることは推奨されていない。だからずっとソロだった僕はその機会を得られなかった。

僕自身、ダンジョンっていうものに憧れを持っていたから、入るのなら装備と実力を備えてから堂々と、って決意していたせいもあるんだけどね。

昔から冒険者イコールダンジョン探索だという思いがあった。だから僕の中では、今日が本当の冒険者デビューなんだ。




ダンジョンの入り口には大きな扉があるけど、この扉は普段固く閉ざされていて、開く事はほとんど無い。

なぜなら、これは魔物があふれ出すのを防ぐために設置された扉だから。

じゃあダンジョンにはどうやって入るのかと言えば、扉の横に設置されている転送装置を使って入る。

使い方は簡単。装置にギルドカードをかざすだけ。

さあ、ダンジョンに入ろう!


ひとつ深呼吸してから入口の転送装置にギルドカードをかざすと、いきなり目の前の景色が変わって・・・

これが転送の感覚なんだ・・・

思わずあたりを見まわすと、目に入ったのはほのかに明るいダンジョン内の壁、そして僕のすぐ後ろにある転送装置。

ああ・・・これ出る時に使うやつか。



「うわあ、ついに来ちゃったよ。初ダンジョンでソロ探索! どうしよう、これだけ聞くと何だかデキる冒険者みたいだよ!」

まだ入口に立っただけ、しかもこのダンジョンは初心者向け。

うん、分かってる、分かってるんだ。でも夢だったからやっぱり嬉しい!


「よし、喜ぶのはここまで。気を引き締めて行かなくっちゃ」

なんて言いながら、『ダンジョンでは独り言が増える』をいきなり体験しちゃった事にまた興奮。いけない、落ち着かなきゃ。

こんな時は深呼吸、ふうぅぅぅ・・・


よし、今度こそ落ち着いた。

いよいよマッピングしながら探索開始だ。

もちろんマッピングは街とか森で練習して習得済み。冒険者の必須技能だからね。

そして記念すべき第一歩を踏み出したその瞬間――


それまで青白かったダンジョンの光は、急に不吉さを感じる赤い光へと変わった。


「え? なんだこれ? こんな現象聞いたことないんだけど?」

そう、これまでいろんな人から話を聞いたり本で調べたりしたから、入った事こそ無いけどダンジョンについての知識は持ってる。これはきっと人並み以上に。

でも光が赤くなるなんて聞いた事が無いよ!


「どうしよう・・・」

約束しちゃったからなあ・・・ちょっとでも危険を感じたら帰るって。

赤い光とか良い予感全くしないし・・・初めてのダンジョンで何が起きちゃってるの?


「はぁ、仕方がない・・・すぐ近くだからいつでも来れるし、今日のところは出直すしかないかぁ」

なんだかダンジョンに入店拒否された気分だ。装備ドレスコードは守ってるんだけどなあ。

がっくりと項垂れた僕は、転送装置にギルドカードをかざした。


さっきと同じ不思議な感覚に包まれ、目の前に広がるのは外の――

「あれ?」

ダンジョン前の景色じゃない? いやむしろこれって・・・

「ここどこ?」

まだダンジョンの中にいるみたいだ。周囲を見まわすと四方すべて壁しか無い。

出入り口も、転送装置も・・・無い!?



「ここどこ? 一体どうやったら出られるの?」

ダンジョン内で閉じ込められるとか・・・

いや、これって物語で読んだことがある。そう、確か――

「転送トラップ?」


このダンジョンにそんなものはないはずだけど、他に思い当たるものもないし。

やっぱり転送トラップなのかな?

いやちょっと待って! だとしたら、物語だとこの後どうなった?

出入り口の無い四角い部屋、そして次々現れる・・・魔物の大群!?


「嘘だろ・・・、ここ魔物部屋だ・・・」

呆然と立ちすくむ目の前では、物語と同じ光景が広がりつつある。

ダンジョンの壁から次々とにじみ出てくる魔物の群れ!

四方全ての壁で同じ事が起きているから、行き場は部屋の真ん中しかない。

せめて・・・せめて壁を背に出来たら!

うわぁぁぁぁぁ!!




心は半分折れている。

脳内ではこれまでの人生の振り返りの再生が始まったようだ。

だけど・・・だけど簡単に諦めるもんか!

『冒険者に何が必要かって? そんなもの決まってる、意地と格好付けさ。それさえ持ってりゃあ、力なんて後からついてくるもんだ』

ほら、ちょうど僕のバイブルの最高のシーンが再生された!

さあ、意地を張ろうじゃないか。恰好を付けようじゃないか。

僕は無理矢理ニヤリと笑って自分を奮い立たせる。そう、繰り返し読んだあの物語の主人公ヒーローのように!




何時間経っただろうか・・・

腕が上がらなくなってきた。

剣を握っているのかいないのかも分からなくなってきた。

何度か使った初級回復魔法で、なけなしの魔力はもうとっくに尽きてる。

それでも、そのおかげでここまで生き延びる事が出来たんだけどさ。

多少でも魔力が戻ってくれたら、もう一度くらい回復できるかなあ?




回復ポーションを使い切った。

魔物は減らない・・・




あとは何が出来るだろう?

僕には何が出来るだろう?

ああそうだ、スキルがあったっけ。何のダメージも与えられないあのスキル。

「スティール」

目の前に小さな木の実が現れる。魔物の誰かが持っていたんだろう。

「は、ははっ」

ほら、やっぱり役立たずスキルだ・・・




剣が折れた。根元からポッキリと。

あとは手足を武器にするしかないや。

まいったな、格闘はあまり得意じゃないんだよなぁ。

じゃあ何が得意なんだって聞かれると困るんだけどね・・・




激しい衝撃とともに目の前に天井が現れた。

どうやら地面に倒されちゃったみたい。

まいったな、腕も上がらないや。

あと今の僕に出来る事と言ったら・・・


「スティール」

また木の実だ。これって何の実だろう?

「スティール」

石ころ? 何でこんなの持ってるかな?

「スティール」

何も現れない。はずれだったみたいだ。

「スティール」

嫌がらせにもなってないみたいだ。でも・・・


「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」


――スキルが進化しました


ん? 今何か聞こえた?


「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」


何だろう? キラキラしたこれは・・・魔石?

でも魔石ってこんな綺麗だったかなぁ・・・


「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」


随分静かになったな・・・

それとももう耳もダメになっちゃったのかな・・・?


「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」「スティール」

「スティ・・・・・・・・・




体中の痛みで目が覚めた。


体中、もう痛くないところが無いってくらい。何でこんなに痛いの?

えっと確か・・・ああそうだ、ダンジョンに行ったんだっけ。

そしたら・・・あれ? ここって確か魔物部屋じゃ・・・

ああそうか、魔物にやられて・・・って、もしかして僕生きてる!?




「回復」

気を失ってる間に魔力は少し回復していたみたいで、何とか一回だけ回復できた。

で、動くようになった体を起こしたら、目の前に――


キラキラ光る透明な宝石の山・・・いや、これって魔石なのかな?

そしてその向こうの山は・・・大量の魔物の死骸?

いやあれって本当に死んでる? 傷とか無いし、まさか眠ってるだけとか!?


ええと・・・ちょっと待って・・・一体何が起きたんだろう?

さっきまでの戦い――というか悪あがき――って、どうだったんだっけ・・・

「そうだ、地面に倒されて、体が動かなくって、でも最後まで出来る事をやってやるって・・・」

スキルを使い続けたんだ。

あれ? その途中で何かがあったような・・・


『――スキルが進化しました』

ああそうだ。そんな声が聞こえたんだった。

あれって、アレなのかな? 物語に出てくる「スキル進化」ってやつ。

でもそれって物語の中だけの話だよね。実際に進化するなんて聞いた事無いけど?


まあでも、進化したって事なんだろうなあ。で、そのおかげでこうして何とか生きている、と。

でも一体どう進化したんだろう。この透き通った魔石と関係あるのかな?

うーん、今はこれ以上考えても分からないや。それよりもどうやって帰るのかを考えなきゃ。



どうやってここを出たら・・・何かヒントでも・・・ってあれ?

あそこにあるのって、あれ扉だよね? さっきまでは無かったはず・・・

「もしかして『トラップが終わって出現した』って事なのかな?」

ボス部屋でもボスを倒すと扉が現れるっていうし・・・きっとそうだよ!!

「よし、あそこから出られるって信じよう。なら今やるべきなのは・・・」


僕は大量の魔石を拾い集め、リュックに詰め込んだ。

その最中に観察した魔物の山は・・・やっぱりみんな死んでるみたい。

どれもこれも傷口がなく、ただ死んでいる。


あ、・・・ひとつ怖い事を思いついちゃったんだけど。


魔物は、魔石を破壊されると即死する。

そして、あたりには見た事も無い綺麗な魔石が散らばっている。

そしてそして、進化した僕の『スティール』。

もしかして・・・もしかしてだけど・・・もし僕が生きた魔物から魔石を『スティール』したんだとしたら・・・

こんな死骸の山ができるんじゃないかな・・・


そしてここにいた魔物が全滅してるって事は・・・

成功率100%もしくは同じ魔物に何度でも仕掛ける事が出来るという事。



それって、魔物にしてみたら天敵以外の何者でもないじゃないか・・・

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