第3話 ピノさんと一緒に家に帰りました

「ええっと、ピノさん? すみません、こんなのってご迷惑ですよね。僕一人で帰れますから大丈夫ですよ」

「何言ってるんですかカルア君! 死にかけたんですよ!? 大丈夫な訳ないじゃないですか!」


「うう、すみません」

怒られてしまった……


「それにギルマスからの命令なんですから、これはれっきとした業務の一環です。なのに私に仕事をサボれと?」

「そそそ、そんなつもりはありませんよ! ただ申し訳ないなあと……」

「それに私だってこうしたいからしてるんです。……心配、したんですよ?」


ちょっと早口で言い切るピノさん。

うん、ここまで言ってくれるんだからもう遠慮はやめよう。これ以上は逆に失礼だ。


「ありがとうございます。じゃあ今日はお言葉に甘えさせてもらいます」

「それでいいんです。さあ行きますよカルア君」

「分かりました……。あの、逃げたりしないのでもう手は離してもらって大丈夫ですけど」

「……こうしたいからしてるんです」


急にうつむいて小さな声で答えるピノさん。

しっかり聞こえてしまった僕もつられて俯く。うう、どうしよう。

しばらく二人で何も言わずに家に向かって歩く。

繋いだ手はそのままに……




「カルア君、何か食べたいものはありますか?」

照れくささがだんだん落ち着いてきて、視線は徐々に前へ向き、でもまだピノさんの顔を見る事が出来ないそんな頃、ピノさんがこんな事を訊いてきた。


軽く息を吐いてから僕は少し考え、

「がっつり肉が食べたいです。他にも色々食べたいけど、何だか今は肉が一番って感じです」

僕の答えに納得したピノさん。

「そうですよね。二日以上食べていないうえに回復魔法まで使ってるんですから、やっぱり最初にお肉が来ますよね」


ん? 二日以上食べてないのはその通りだけど……

「えっと……回復魔法って、肉が食べたくなるのと何か関係あるんですか?」

って質問したら、ピノさん不思議そうな顔?

「あれ? カルア君、回復魔法覚えた時に説明受けませんでした?」


ああ成程、これって普通は回復魔法と一緒に教わる事なのか。

「いえ、回復魔法はギルドとかで他の人が使っているのを何度も見て、それでいつの間にか覚えたというか。なので特に誰かに教わったとかじゃないんです」

「そっか、それなら仕方ないですね。じゃあいい機会なので今説明しちゃいます」


そう言って教えてくれたピノさんによると――

回復魔法は、意外な事に時空間魔法に属するらしい。

といっても、怪我をする前に戻すとかではなくて、将来起こるはずの回復や治癒を前倒しというか先取りして発生させるんだそうだ。

何だかややこしいな。


「ですからカルア君、回復魔法を使った後はその回復に必要な栄養をきちんと摂る必要があるんです」


知らなかった……


「ええっと、じゃあもし栄養を摂らないとどうなるんです?」

「それはもちろん体が飢餓状態になります。そして本来の回復に足りるだけの栄養を摂取するまでは、回復魔法を使うにつれてその効果は少なくなっていきます」


「それは怖いですね」

「ええ。それが原因で戦闘中に回復しきれなくて亡くなった方も多くいるんです。ですから回復魔法を使った後はちゃんとご飯を食べなきゃダメなんですよ。そして回復に必要な栄養を多く摂れる物というのが、その時に一番食べたいと感じる食べ物なんです」


「ああ、だから何が食べたいのかを訊いてくれたんですね」

「そうなんですよ。疲れからの回復だったらお米やパン、あとパスタなんかが食べたくなりますね。たぶん今のカルア君も食べたいと感じていると思います。でもそれ以上に怪我からの回復が大きかったんでしょうね。怪我の回復をした後はお肉が食べたくなるんです」


そうだったのか……


知らないって怖い。

僕も必要な栄養を摂らずに次の依頼を受け、その戦闘で回復が足りずに死んでしまう事だってあり得たんだから。

でも、知らないっていう事自体を知らないってのはもっと怖い。

回復魔法についてこんな重要な事を知らなかったのに、僕はそれに気付く事すら出来なかったんだから。


「ありがとうございます、ピノさん。ものすごく勉強になりました」

「教えてあげる事が出来てよかったです。じゃあカルア君のリクエストにお応えして、今日は肉料理中心のメニューにしますね」

「はい、ありがとうございます!」




「こんにちはー」

「おやピノちゃんじゃないか、こんな昼間に珍しい。今日はギルドのお使いかい?」

「まあそんな感じです。今日は何のお肉が入ってますか?」

「今日はフォレストブルのいいところがあるよ。昨日うちのが狩ってきたんだ」

「やった、ブルがあるなんて今日は当たりですよカルア君! ……よし、じゃあ肩のあたりと腰のあたりのをください」

「はいよ。まいどあり」




「よしっお肉ゲット! カルア君、家には調味料とか小麦粉とかあります?」

「いえ、お恥ずかしながらほとんど何もありません。いつも屋台とかで済ましてるので」

「まあ冒険者さんだからそうですよね。じゃあ必要な材料は一通り買って帰りましょう」

「お手数をお掛けします」

「気にしないでください。ギルドのお財布で好き勝手出来る数少ないチャンスなんですから」

「ははは……」




「鍋とか包丁とかの調理具はありますか?」

「昔両親が使っていたのがそのまま残ってます。錆びてはいなかったと思うけど」

「うん、ならこれで全部揃ったかな。えーっと、これとこれと……あとこれがあるから……うん、大丈夫ですね。じゃあカルア君のお家に向かいましょう」


結構な買い物になったと思うんだけど、これ全部ギルドが払ってくれるの?


「ピノさん、こんなにたくさん買っちゃって、後でギルドマスターに怒られたりしません?」

「え、もちろん大丈夫ですよ? ギルマスから預かった財布にはまだお金残ってますもの」

「あの、全部使っていいとか言ってました?」

「……ダイジョウブヨ?」


何だか大丈夫じゃない気がしてきた。

うん、大丈夫じゃなかった時は僕も一緒に怒られよう。




「着きました。ここが僕の家です」

「へえぇ、結構いい家じゃないですか」

「両親が遺してくれた家なんです。このおかげで何とか暮らしていけてるんですよ」

「そうだったんですね。いつも報酬があまり高くない依頼とかも受けてたから少し心配だったけど、そういう事だったんですね。よかった……」

「はい。じゃあ中へどうぞ」

「お邪魔しまーす」


「こちらがキッチンですね……うん、大丈夫そうかな。じゃあ早速作りますね。カルア君お水はどこですか?」

「その瓶に残ってますけど、もし足りないようでしたら井戸から汲んできます」

「そうですね。鍋がこれだから……桶に2杯くらいお願いします」


井戸に水汲みに行くと、そこにはご近所の奥様方が集まってた。

奥様方は僕の姿を見ると一瞬で距離を詰め――

「カルア、待ってたよ」

そしてあっという間に囲まれた。逃げ場は……無いみたい。


「え……ええっと、何かありました?」

「誰だいあの子? 中々可愛い子じゃないか。しばらく家に戻って来ないと思ったら一体どこで捕まえてきたんだい?」

「捕まえてきたなんてそんな……いつもギルドでお世話になっている受付の人ですよ」

「ほほおぅ、ギルドでねえ。で、いつから付き合ってるんだい?」

「付き合ってませんよお!」


「家まで料理しに来てくれる年頃の娘さんと付き合っていないって? あんた一体どうしてそんな言い訳が通用すると思ったんだい?」

僕は仕方なく、ダンジョンでの一件とピノさんが来た理由を話した。ピノさんを待たせる訳にいかないので、かなりの早口かつダイジェスト版で。


僕が一通り話し終えると、奥様方はひとり残らず目に涙を浮かべていた。

「あんた、本当に大丈夫だったんだろうね!? 怪我とかしてないだろうね!? まったく、もう二度とそんな無茶するんじゃないよ! あたしらあんたの母親からあんたの事を頼まれてるんだからね!」

「はっはい! ありがとうございます」

「引き留めて悪かったね。さあ、早く水を持って帰ってやんな」

「はいっ」




去ってゆくカルアの後姿を見ながら……

「でもさっきの家に入る様子、ただの冒険者と職員って雰囲気じゃなかったよねえ」

「ああ。あれはあれだね、青春のにおいがするね」

「こいつはあの子からも話を聞く必要がありそうだよ」

「当然。何たってあたしらは、あの子の母親からよろしく頼まれてるんだからねぇ!」




「すみませんピノさん、遅くなりました」

「大丈夫ですよ。何かありました?」

「ちょっと近所の奥様方に捕まってしまって……留守にしてたから色々訊かれてたんです」

「ああ、ここでも心配かけてたんですね。ちゃんとごめんなさいは言えました?」

「はい、それはもちろん……ってピノさん、だんだん僕の扱いがちっちゃい子みたいになってません!?」


くつくつと可愛らしく笑うピノさん。


「それにピノさん、呼び方もこれまで『カルアさん』だったのに、さっきから『カルア君』って……」

「いいんですっ! あんなに心配かけたんだから、『カルアさん』から『カルア君』に降格ですよっ!! もうこれからずっと『カルア君』って呼びますからね!!」


真っ赤になってワタワタするピノさんも可愛い。

なんて考えながらぽーっと見とれていると、表面上は平静さを取り戻したピノさんがが軽く前屈みな姿勢で両手を腰に当てて言った。

「さあ、もう少しかかりますから、カルア君はあっちでテーブルを用意していてくださいね」




さっきから部屋中すっごくいい匂いがしてる。




どうしよう、もうずっとおなかの音が鳴りやまないよ。




そしてついに!




「さあ、お待たせしましたカルア君。ごはんが出来ましたよ」

そう言ってピノさんがテーブルに鍋を運んできた。

「よそいますから食器をこちらへ持って来て。それとパンを並べてください」

「はい」


そしてテーブルの上に幸せが並んだ。

「さあ、では食べましょう」

「いただきまーーーす!」


僕は器に盛られた肉や野菜を端から口に入れていく。

ああ、あまりの美味しさに手が止まらない!


「ふふふ、その様子だとお気に召したようですね。安心しました」

その声に我を取り戻す僕。しまった、作ってくれたピノさんに感想も伝えず夢中になっちゃってた!

「すっごく美味しいです。こんな美味しい料理初めて食べました!」

「よかった。これビーフシチューっていう料理なんですよ。たくさん作りましたから、どんどん食べて下さいね」

「はいっ!!」


ひたすら夢中になってビーフシチューを食べる僕。

そんな僕をニコニコと微笑ましそうに見ながら、ゆっくりと食べ進めるピノさん。

それがうれしくて、美味しくて、とても安心できて……そして……あれ? 急に胸が詰まって……


「どっどうしましたカルア君!? 喉に詰まりました? それとも口の中を火傷しました?」

突然涙を流し始めた僕を見て、オロオロするピノさん。

「すっすみませんピノさん。何故だろう、生きて帰って来れたんだなあって……今になって急に実感して……」


何とかそう口に出来た僕の横にそっとピノさんが歩み寄ってきて、そして僕の頭をふわっと柔らかく抱き寄せてくれた。

「無事に帰ってきてくれてありがとうございますカルア君。カルア君が帰ってきてくれて私とても嬉しいです。よく頑張りましたね。大丈夫、もう魔物はいませんよ。ここにいるのはカルア君と私だけ。だからね……もう力を抜いて大丈夫。だからね、もう安心して」


その声でやっと気づいた。自分の身体がまだ緊張でガチガチだった事に。

だからようやく力を抜く事が出来て、そして僕は……

「まだまだおなか空いてるでしょう? ほら、まだまだたくさんありますよ? だからね、ごはん食べちゃいましょう」

なんて声に、思わず子供みたいに頷いたんだ。




さて、おなかがいっぱいになれば当然眠くなる。

食事を終えた僕はテーブルに座ったまま、重たくなった瞼を何とか持ち上げようとさっきから頑張ってるんだけど……

片付けをしているピノさんの姿を目で追いながら、だんだん頭が働かなくなって。

「疲れてるんだからゆっくりしていて」というピノさんの声に甘えて。

この日の僕の最後の記憶は、楽しそうに食器を片付けるピノさんの後ろ姿だった。




そして翌朝。

「んんんんんんんーーーーーっ」

で伸びをする僕。

「はあ、何だかものすごくよく寝た気がする……」


「あ、目が覚めたんですね。おはようございますカルア君。朝ごはんはもう少しだけ待っててくださいね」

「あるええええーーー!?」




これは後で聞いた話。

テーブルで熟睡してしまった僕にピノさんが困っていると、お隣の奥さんが様子を見に訪ねてきたそうだ。

奥さんは旦那さんを呼び、逞しボディの旦那さんが僕をお姫様抱っこでベッドに連れて行ってくれたらしい。

ピノさんはその後、奥さんの『事情聴取』を受けてから帰宅。

昨夜の残りを朝ごはんとして用意するため、今朝になってからもう一度来てくれたんだって。




「さあカルア君。朝ごはんを食べたらギルドに行きますよ。ギルマスが待ってます」

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