53 ステる裏事情




    ◆


 そこは偉大なる地底の王国。

 遥か活火山の地下にある王の寝所。

 その巨大な建造物を『うずくまる烈火の聖堂ニーズヘッグ・バシリカ』といった。

 その壁際に、姿形もさまざまな枯骸ミイラのような不死者たち(アンデッド)。ふらふらユラユラ揺れてひしめく。

 黒銀色の不屈鉱アダマンタイトに惜しみなく金の装飾が施された玉座、というには巨大過ぎる台座がある大ホールに今、巨大過ぎる鍋がぐつぐつと沸騰している。そして、いい匂いがしている。

 大量の肉や野菜が煮込まれた大鍋を、巨大な人面花のオブジェのような、身長およそ5メートルの悪魔が独占していた。


「あたしんのだからあああっ!」


 日本から持ってきたポン酢で食べている。

 けどそんなことはどうでもいい。


 玉座の前、人間サイズのモノのための低い階段に座って自身の手を、長衣ローブの袖をめくった腕を、眺めた。

 びっしりと、赤紫にぼんやり光る呪印の群れ。悪魔どもとの契約の印。


「もう完全に全身を覆ってるんじゃない? 呪印それ。ねえ、ハレちゃんどんだけの悪魔と契約したの?」

「ん、ああ、そうだな。よんじゅう……はち? いや四十九かな」


 おざなりに返事したが、含み笑いが聞こえてセンを見ると、彼女の目線は俺より上にある。

 見上げると、やたらいい歯並び、視界を埋める悪魔の口腔。

 ばくん、と上半身を喰われるが、黒い霧のような粒子が集まって俺は何事もなく元通りになった。


「うう、あたしんのだのにっ。……かじれない。うー」

「しつこいなぁ」

「ずるい」


 俺はこの『エヴリシング・イズ・マイン』という悪魔との契約を引き伸ばしている間に、大量の悪魔と新たに契約を結んだ。

 悪魔なんてのは大体おもしろい暇つぶしを求めてる。

 その上、俺の目の前にいる女悪魔マインは、他の悪魔たちの間でも〝地雷女〟として割と有名だった(マインだけに!)おかげで、マインに嫌がらせができるという理由もあって順調に契約を取り付けてきた。


 もちろんそれだけではなく、俺の身体の一部を差し出し、ステータスのシステムの機能を悪魔たちに受け持たせることで、アプリの使用者が得る力をAPという形で蓄えさせ、その上前をはねることで悪魔たちも力を得るという〝利〟で釣った。


 そのため、システム面では悪魔たちの裁量でわりと変化が起きる。

 危ういバランスで成り立っているが、今のところ致命的な破綻なく進んでいる。契約に縛られているということもあるが、悪魔どもは完全にゲームのノリだ。システムそのものを育成するか。利用する人材の育成を考えるか。自分に利する罠を仕込むか。


 あまり好き勝手させるつもりはない。これの先をどうするかも考えている。

 そんな感じで今、俺のからだを構成しているのは悪魔どもが作った代替物。ホントの俺の身体はそれぞれの悪魔が契約の証として保管してくれてることだろう。


 契約の呪印が混線しまくって、現段階の俺を殺すのは簡単じゃない。


 時間稼ぎはもう十分だった。


 マインやセンと常に一緒にいるわけではなく、それぞれが自由に行動してる時も多々ある。

 その自由時間を利用して、俺は二ヶ月ほど前すでに武に長けた悪魔を殺していた。今の俺がどの程度できるかの実験も兼ねて。


 さて、と。


 立ち上がり、伸びをした。


 そろそろ始めよう。


 厄介な悪魔から順に──。


 ──契約を踏み倒す。


 そこに突然、爆発音染みた咆哮が轟いた。


「おや? 王の帰還だ」


 センが言った。


「マイン、大人しくしてろよ?」


 マインがぐりん、と首を傾げた。


「また怒らせんなって言ってんの。俺たちは幻想世界の拠点として間借りしてるだけなんだから」

「?」


 だめだ、ぜんっぜんわかってない。






    ◆


「スキルかぁ、俺なに取ろうかな? どう思う?」


 わくわくとしてイッサンが言う。


「うーん、まー基本、各種【パーセンテージ・アップ】以外ならいいんじゃない?」

「え? それいかんのか? トップチームの一つが積極的に取得してるって聞いたぞ?」

「うん、レベルが上がるほどに恩恵は大きくなるからね」

「俺も、取るならそれかなと、思ってたんだけど……」

「あー、イエミチはそうだよねー」

「じゃあ何がダメなんだ?」


 イッサンにうなずく。


「うん、もしステータスが消えたら、エクストラ・スキルの効果も消える、らしい」

「なんだ怖い話か? そんなことあるのか?」

「突然現れたステータスだからね。パーセンテージ・アップは突然消えることがあればもう探索者はできないと思う。日常生活にもかなり支障が出るんじゃないかな」

「やっぱ怖い話だな」

「だからいわゆる〝バフ〟をかけたいなら魔法を取った方がいい。スロットの関係もあって面倒なら、パーセンテージ・アップと同じ効果を持つような魔導具系アイテムを交換するとかね」


 最近、スキルばかりではなく、武器・防具を含むアイテム類も交換可能一覧に追加され、日々、増減を繰り返し、探索者らの心を激しく揺さぶっている。


「なるほど。いくつで交換できるんだ?」


 イッサンが確かめるために端末を操作する。

 イエミチも同じように端末に向かう。

 僕は周囲を見つつ、黙って待った。

 忘れてるかもしれないが、ここは入口とはいえ迷宮の中である。まあ迷宮にいる間中、常に気を張り続けるなんて不可能だからいいんだけど。そのためのパーティでもあるんだから。


「ぐはっ⁉︎」


 すぐにイッサンから血を吐くような声が上がった。


「高すぎる。700APとか1000とか普通に並んでる」


 イエミチは「8000か……」とすごいことを呟いていた。たぶん武器を見たんだろう。


    ▼


 ヂウヂウ、ギィキィ、ザーザーざわざわとさざ波のように、まず音が迫って来ていた。


「いきなり群れに遭遇か」


 ダンジョンを進み、最初の敵が小型モンスターの大群ということになりそうだった。

 この辺りで該当するのは一つ。資料にも載っていたヤツら。


「通称、バットラット団だね」


 〈悪蝙バッド・バット〉と〈狂鼠マッド・ラット〉というコウモリとドブネズミのモンスターの混合。小型といっても30~40センチはあり、コウモリの方は翼開長なら1メートルは超えるだろう。


「気をつけろよ!」


 イッサンが身構えた。

 僕は携えた刀をくるりくるりと回しつつ群れを眺める。

 騒々しく迫る多数の影。あの中の数体が無音で標的に襲いかかり、仕留めるか、深傷ふかでを負わせるかした場合に群れ全体で襲いエサにする。


「刀で遊んだら、ダメだ」


 イエミチに叱られた。


「ごめーん」


 ヂウヂウキィキィ群れが足下を駆け抜けていく。


「お前ら余裕ぶっこいてんじゃねえって危ねえ!」


 イエミチの背後に跳び上がる影。

 だけどイエミチは一瞬で振り返ると同時──狂鼠マッド・ラットを切り捨てた。


「かっこいい! 僕も!」


 僕の背後には悪蝙バッド・バット。イエミチがやったのと同じになるように切り捨てる。

 バットラット団は無音で襲撃する奴らが失敗すると、群れはそのまま通過して走り去る。

 別名、珍走団を見送っていると、イエミチが横に来た。


「今の、なに?」

「え、イエミチのマネっこ」

「嘘。アオノ、刀、抜いてない」

「あ、やっぱわかっちゃった?」


 イエミチが頷く。


「イエミチと同じことできるわけないからね。魔法使ったんだよ」

「魔法……」

「そそ。ん? どした?」

「いや……」

「そう? それよりイエミチこそあんな動きしといて才能に悩むんだ?」

「あんなの……大したことない」

「待て待て待てお前ら。お前ら二人ともなんなの? 俺だけついてイケてない、泣くぞ」

「アハハ……」

「いやフォロー! 今そんなことないよってフォローするとこだろっ⁉︎」

「アハハ……」

「ヤメロ、その愛想笑い!」

「冗談だよ。大丈夫。ちゃんとモンスターの動き見えてたじゃない? こっからこっから! ガンガン行くよ」

「ホントだな⁉︎ 信じるぞ⁉︎」

「アハハ……」

「オイィっ‼︎」






    ◆


「……ただいま」

「おう、家路。おかえり」

「父さん、帰ってたんだ」

「ああ、さっきな。で、どうだ?」

「うん……少し、潜ってきた」

「ほー、いきなり入ったか。一人でか?」

「いや、仲間と。なんか、慣れた感じのやつが、いて……この間、転校してきた」

「同い年か」

「うん」

「ほー」

「……じゃあ、母さんに、挨拶してくる」

「おう。今日は調子がいいようだ…………家路」

「ん」

「頼むぞ」

「うん」












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