51 現代日本における日本刀の立ち位置
正確には、潰走ってことが第一報としてもたらされた。
センター内は職員も探索者も右往左往の大混乱中。
「救助部隊の編成はッ⁉︎」
そんな声も探索者らから上がったが、職員がそれは意味がないのだと、落ち着くようにと声をかけていた。
というのも、
しかしわずか二日の探索行で十人からなる部隊は壊滅。敷設されたばかりの緊急有線電話にかろうじて取りつけたのが二人。
死亡が確定したわけではないメンバーもいる。でもここ渋谷からでは何をするにも間に合わないだろう。
「残念だけど、僕らにできることはないね」
「ああ」
イッサンのかすれた返事。イエミチもうなずいた。
ひとつ息を吐き出す。
僕らの命はかるい。
◆
「ヘイ! リョーヘイ!」
「おーう、カリトン」
倉田遼平はもう知り合ってから四年近くなるギリシャ人の友人の声に、自身の義腕を掲げて応えた。
「日本へ帰るんだって?」
「お、もう知ってんのか」
「さみしくなる」
「今度はこっち遊びにこいよ」
「ぜひ行きたいけどね。
「まあなぁ」
「リョーヘイは大丈夫なのか? メンテナンスとか日本で十分に受けられるのか? 迷宮産の素材は今、輸入するのも容易じゃないだろう?」
『
海底の『異境』はほぼ野放し状態だ。
海棲のモンスターの目撃情報が増えているし、具体的な被害で真っ先に上がるのは、何年か前に乗員乗客三〇〇〇名と共に消えた豪華客船アタラクシア号。
「日本の軍艦島が
カリトンは義眼レンズから微かな作動音をさせて驚く。
「へえ! それなら〝神の血〟はリョーヘイがいれば確保に問題なさそうだな」
◆
『魔像迷宮』
──主にさまざまな形のゴーレムがうろついているタイプの迷宮のことだった。
そして〝神の血〟とは日本では〝霊液〟とも書かれ、〝イーコール〟と呼称される。義体者がその機械の身体という以上に超人としてのスペックを発揮するための人工血液精製に不可欠の重要な素材だった。
◆
「日本かぁ……いいよね。シャイで穏やかでかわいいよね」
「迷宮が?」
「なにを言ってるんだいリョーヘイ! 女の子に決まってるじゃないか!」
「だと思ったよ」
「ね、人材交流とかないのかな? 『魔像迷宮』の専門家として我々を招いてくれたりとかさ」
「知らんけど」
「うんそうだねっ、上に提案してみよう!」
「聞いてねえな」
「リョーヘイも説得を手伝ってくれよ! よーし! 楽しくなってきた! さっそく行こう!」
「いやこれから迷宮に潜るんだろうがよ」
「エエッ⁉︎ 今日はよくないかい? 他にやることもできたしさっ」
「駄目だ」
「はぁ、わかったよ。日本人は真面目だね。それともリョーヘイが真面目なのかな?」
「お前はいい加減だな。それより日本に帰る前に王に挨拶に行こうぜ。ミノス迷宮の王に」
鋼の拳をギシリと握り、獰猛な笑みを浮かべる。
「エエェー……本気?」
クレタ島の『魔像迷宮ミノス』。
第5層大広間の階段に陣取る金属で出来た金色の牛頭人身──ミノタウロス。
誰も奴を抜いて奥へ行けた者がいないため、ミノス迷宮の主──王と呼ばれている。
「ここのミノタウロスにはしばらく会えなくなるからな」
「ここの?」
首を傾げるカリトンに遼平は笑ってみせる。
「日本にもいるらしいぜ。美濃タウロス」
「へぇー……?」
◆
「武器屋、寄ってこう」
武器屋である。現代日本に。防具も売ってるので武器・防具屋である。
正確には『迷宮探索者向け護身用品店』だそう。
なんかちょっと違う気がする。
言うまでもなく特殊用品で一般に売り出すわけにはいかないので、限定的に事業団が主体となって展開している。
もっとも、一般に売り出したところでどれだけの売り上げが見込めるのかという話だし、安全面などから考えても問題が多く無理筋だ。
しかし、探索者にとっては生存に直接的に関わってくる物。技術革新のためにも、探索者と企業の双方に優遇の利く専用の媒体が必要だとかなんとかいう理由でこれも迷宮創生の一環として国から資金を引っ張ってきたのだとか。
これから先、もっともっと探索者が増えて、あるいは日常的にそういった物の需要が高まれば、スポーツ用品と同様に、探索者用品のメーカー直販店なんかができる未来もあるのかもしれない。
▼
武器の陳列棚にはやはり、鈍器と刀が多く並んでいた。槍もあるが、薙刀の方がまだ多い様子。
モンスター相手だからだろう、どれも重ねが厚い。
少数だが西洋剣もあった。剣先から持ち手部分までが一体となった鉄塊のような長剣。好みに合わせて柄に革だのゴムだの巻いて使うようだ。
ただほとんどの近接戦闘者は日本刀を選ぶ。
現代日本人にとって刀はわりと身近なものだから。
すでに四半世紀も前だが、東京オリンピックに前後して日本刀の一大ブームが巻き起こった。
その原動力となったのは、武術とは関係ないところで生きてきた一般の女性たちだった。
◆
2015年あたりのこと。
現代刀工は250名ほどだったらしい。そしてその250名で刀鍛冶はパンパンの飽和状態といえた。
なにせ作りたくても需要がないから作れない。
刀の受注製造だけで生活できている刀鍛冶は本当にごくわずか。
ほとんどの刀鍛冶は作れたとしても安値だから生活できず、かといって高値にしたら、単発はともかく、継続受注は望めない。
新作刀を四○万円代で販売しても原価割れして収入は消えてしまうのだ。
この頃、彼らは大きな懸念を抱いていた。
即ち──。
このままではこの先、「刀鍛冶」という技術者は日本から消滅する。
問題はそれだけではなかった。
珍しくもないが、業界内での足の引っ張り合い、業者との癒着、日本政府文化庁の指導も拒否する財団の体質。
『このままでは現代日本刀の未来はない』
そんな時に声を上げたのが、刀剣ファンの一部オタク女子たちだった。
日本刀に心を寄せ、日本刀を思う者たち同士のはずなのに、見下し、邪険にし、争っている場合ではないのだと。
武術と美術、日本刀の持つ側面は、どちらを欠いても、またいずれかに偏重しても、それは本質を捉えることはできない。
見る為だけの刀は日本刀ではなく、また切るためだけの刀はナイフや包丁と変わりない。
日本刀の本質とは、武と美が高次元で融合し具現化された世界で唯一の理である。
日本の伝統文化継承・技術保存は言葉だけでは成し得ない。口先だけではやっていけないとして、彼女たちは驚異的な行動力でもって新組織を立ち上げ、訴えた。
まず、刀鍛冶が刀鍛冶として刀を作って暮らしていけるようにしなければならない。
日本刀を平和的に必要とされる状況を。
団体・組織枠を超える連携を。
抜本的な改革の実践を。
やがて彼女たちの構想は国を巻き込み、海外にまで飛び火する一大ムーブメントに発展する。
東京オリンピック開催という時代の流れも味方した。
最先端の映像技術と日本の伝統文化を掛け合わせた開会式は、SF映画に見られるサイバーパンクな日本を彷彿とさせるとして火がついた。
日本刀に留まらず、さまざまな分野で盛り上がりを見せ、それは武術に対しても同様だった。
漫画・アニメ大国日本。そのような演出がされた殺陣のインパクトは大変なものだった。
競技人口は増え、道場に通えずとも、リモートで受講し、〝名前のある技〟を習得する流行りも生まれた。
今ではわりと多くのご家庭で、好みや実用が考えられた日本刀を所有している。
◆
僕も購入することに決めた。
調整・受け取りは後日に回す。
一式25万円也。
助成金の関係でかなり価格は抑えられてはいるけれど、やはり安くはない。探索者用のローンを組んだ。
武器屋を出る。
3人でなんとはなしに向かいに見える大きな施設を見上げた。
『スーパー迷宮銭湯』。
すべての浴槽を温泉として謳っている。効能はあるが冷泉で、加水加温をしている「法上での温泉」だ。
年中無休。
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