49 明王堂




「記念にどうぞ」


 そう言って配られたのはトレーディングカードの実物だった。5枚一組のカードパック二つ。

 開けてみる。

 絵柄はモンスターだけじゃないみたい。

 迷宮の通路、光を放つ菌類、容器に封入された昆虫。迷宮区の町並みなんてのから、装備品。

 というか、僕のカードの中にモンスターが一枚もない。

 謎すぎるのがいくつもある。


『一人で行って帰ったやつはいない。そういう所。』


 文字だけ。

 おい。

 他にも、迷宮区内の道具屋で売られている遺体袋と折りたたみ式担架。


「…………」


 もう一枚はたぶん迷宮内。洞窟のような壁に伸びるパイプ。点々と灯る照明ライト


「なんだこりゃ……?」

「ああ、そりゃあ──」


 手元を覗き込んできたタキさんが解説してくれた。

 迷宮内部浅層は最低限の照明と電話が自衛隊の工作部隊により敷設されている。

 つまりカードに印刷されている奥へ伸びていくパイプは、被覆された電話線。


「いやほんとになんだこりゃ」


    ◆


 今度は実際に移動しての施設案内ということで、職員についてぞろぞろと歩く。

 迷宮区内、明治神宮が呪文研究の最前線としてあり、呪文錬成の場として社寺建築の巨大な寺院『明王堂』がある。

 術者たちの訓練施設。

 魔力マナを濃密に閉じ込めた『瞑想室メディテーション・ルーム』が並び、魔法の射撃場やパーティでの術を使った連携訓練のための、小さな体育館のような部屋がいくつもある大きな施設。


    ◆


 扉をくぐった瞬間──空気が変わる──マナを色濃く感じる。

 現実と『異境アウトランド』の境界線、〈うつろいの壁エラティック・ウォール〉が擬似的に再現されている。

 イエミチが手のひらを黙って見つめ、拳を握った。


「奇妙な感じだ」


 タキさんが率直な感想をこぼす。

 そんなやり取りをしている内に、受付で話していた職員が戻ってきた。


「皆さん運がいいですね。今日は〝R〟の関連チームが連携訓練をしているそうで、確認してみたところ見学の許可を頂けましたので行きましょう」


 事務室や控室、シャワー室が並ぶ廊下を通る。


「この奥に瞑想室が連なっています、また確認してみてくださいね。今日は大道場アリーナです。特別に観覧席スタンドではなく控席ベンチに入れてもらえるそうなので。こっちです」


    ▼


 ガコンと重い扉を開けて会場に入った途端、渦を巻く荒れた魔力を感じ、突風が吹きつけた。

 高熱を伴う強風に皆一様に後退る。


「オノダ! 三歩前だ! ユミズ! 動き出しが遅い! カネタお前もだビビるなっ!」


 背の高い筋骨隆々な男が叫んでいる。「次! オミ、お前らだ」


「うーい」

「うぇーい」

「ほい」

「しゃっ」

「はい」


 僕らと変わらない若いチームが、思い思いに身体をほぐしつつ前に出る。

 彼らの準備が整うまでの間に、僕らを案内してくれてる職員が、筋骨隆々のそばにいた女性とこっちに戻ってきた。


「こちら、〝R〟の探索者クラブチームの統括をなさっている黒木エルさんです」


 〝R〟の幹部という黒木エルさんは、白シャツとブラックスキニーのモノトーンにメンズっぽいオーバーサイズのモッズコートをばさっと羽織ったカッコイイ女性だった。


「皆さんの中にも〝R〟のクラブチーム入りを目指している方もいらっしゃるのではないでしょうか? いや皆さん運がいい」


 偉い人になかなか会えないのは同意するとして、会ったからといって入れるわけじゃないと思うけど、運がいいとは一体?


わたくし、彼女のファンなんです」


 あっ、そう。

 黒木さんも聞こえていただろうに、そんな職員の思いもパーフェクトにスルーして、訓練に向かう探索者たちを示す。


「彼らは明日、迷宮に挑む予定です。これも何かの縁、よく見ておくといい。……サイトのを考えれば、この内のいく人かは戻ってこないから……」

『……』

「……今準備してる奴らなんてまだ18歳だというのに、二度と会えないかもしれません」


 ダーク!

 魔力だ魔法だのの前に、言葉による重い精神攻撃が飛んできた。


「いやちょっとっ、やめてッ⁉︎ ほんとにっ‼︎」


 本人たちにもやっぱ聞こえてた。向こうの一人がビシッと指を突きつけて叫んだ。


「センパイ、我々は死にません」


 別の一人が言う。静かな声なのによく響く。魔法による補助が働いているのがわかった。

 黒木さんがフッと笑った。……いや、鼻で笑ったのか。


「そうだなコウハイ里中。お前は迷宮から戻ったら気になるあの子に想いのタケをぶつけるんだものね。その劣情と共に。その劣情と共に」


 二回言った!


「なんだとぉっ⁉︎」

「そんなモノはいませんしぶつけません。いい加減なこと言わないでください。お前もあっさり乗せられるな」

「あ、そうだよな! もしそんな子がいたら俺はお前に土下座して女の子を紹介してもらわなきゃならないところだったぜ!」


 ふー、あぶないあぶない。と汗を拭う仕草。


「はぁ……馬鹿ばっかりだ」


 楽しそうだ。


「聞きたいことがあればアレらに聞くといい。指導している男も現役ですし。青柳っ、あとで時間とってやれ」

「わかりました」


 とうなずく筋骨隆々を改めて見れば、右脚は義足だ。しかしそんなことよりあの男……アオヤギ、だと?

 あの男を見据え考えていると、ばーんっと勢いよく扉が開かれた。

 全員が注目する中、女の子が一人すたすたと歩いて、眉間にシワを寄せた厳しい表情で黒木さんに詰め寄った。


「ヴァーミリオンに会わせて」

「却下」


 一言で切り捨てると、黒木エルさんは職員に向き直った。


「ではわたしはこれで」

「ああ、はい。お疲れ様です」


 歩き出す黒木さんを、諦めない女の子が遮った。


「待って。これからヴァーミリオンのところへ行くのでしょう? 私も連れてって」

「はぁ、馬鹿。はぁ…………馬鹿」


 二回言った! バカを休み休み二回言った!


「わたしは今日ヘッドに会う予定はありません。あなたに付き合うヒマもありません。わたしはこれから帰って午後のマイド劇場を観るのです」


 ヒマじゃん。


「ヒマじゃん!」


 あ、被った。


「おーい、シロっ」


 たしかオミと呼ばれていた僕らと同い年のチームのリーダーが女の子に声をかけた。


「なにっ⁉︎」


 女の子はキレ気味に、しかし律儀に返事して振り返った。


「俺らのチームに混ざらねえ?」

「パス! って、いないっ!」


 黒木さんはすでに消えていた。


「ぅぅー…………うわん!」


 ばーんっと扉を開け放ってすたたたたたたと走り去っていった。

 なんだったんだろう。楽しそうだ。


    ▼


 僕らには防塵メガネが配られた。ジョッキー用というか、スカイダイビング用というか、そんな感じのゴーグル。

 装着すると大道場アリーナ中央に敵が出現した。

 二メートルのトカゲ男。四本の足で立ち両手にはブロードソードとバックラー。

xRクロス・リアリティ〉の複合現実による仮想の敵。

 対するはオミたちのチーム。彼らの頭上に名前が浮かんでいる。

 ウノ。

 オミ。

 ロク。

 ヒロ。

 里中。

 前衛が飛び込む。

 剣や槍などの武器を模した専用の棒を振るう。

 敵はそれらに合わせ、避けたりのけ反ったり、距離を取ったり、迂回して後衛に向かおうとしたりと、様々なアクションを取る。ただ反応を示すのは、あの専用の武器にのみで、拳だの蹴りだの体当たりだのといったものはスルーされてしまう。やはり実戦と同じとはいかない。

 敵の攻撃からの被弾判定は、その程度によってエフェクトが弾ける演出で表現されている。たとえば赤く派手に弾けたら死亡判定、などだ。

 ゲームみたいだ。

 面白そう、などといった声が見学者たちから聞こえた。

 実際、ゲームや映画の制作会社、モンスターの生態を研究している大学と共同開発しているようだ。

 しかしそんな弛んだ空気は次の瞬間──。


さんッ、ぃっ、いちッ! ハイッ‼︎」


 そんな掛け声のあと、吹き飛んだ。

 トカゲ男の頭上に橙色の塊が生じ、一気に拡がると渦巻く炎の繭が出来上がった。

 突如生じた炎がもたらす熱気。


「破ッ!」


 普通ではあり得ない動きで、炎は半径5メートルほどに膨らむと爆発した。芯に響いてくる重い音に小さく悲鳴が上がる。炎は火柱となって立ち昇った。


「【火炎破ファイアブラスト】という」


 青柳さんが新人たちへ向け解説する。これでもそれほど強い部類ではないのだと。

 そんな話をよそに僕は考える。青柳さんは最初に叫んでいた印象とは少し違い、冷静な判断ができるクール系の人物とみた。


「今見たように、魔法はある一点を中心に円形の空間全てに影響を及ぼすものが少なくない。だから術者と組んだなら連携の確認は必須だ。下手を打てば当然巻き込まれることになるだろう。術者の力量による効果範囲とタイミングは頭に叩き込んで置かなくてはならない」


 フレンドリーファイアの危険。

 迷宮に潜り、モンスターと戦うのも自己責任なら、仲間の魔法から避難するのも自己責任。

 見学者である新人探索者たちは実際に魔法を目の当たりにして興奮よりも、不安に駆られているようだった。


「ここにいるということは、君たちは過程はどうあれ最終的には自らの決断で迷宮に潜ることを決めたことだろう。俺から今、君たちに言えることがあるとしたらそれは、ここにいる限り君たちは早晩死ぬことになるということだ。遅かれ早かれ君たちは殺される。確実に。こんなことを言ってもおそらくほとんどの者が〝それでも自分だけは──〟と考えていると思う。甘い考えだが、誰しもがそうだ。俺もそうだった。わかっているつもりでも、やはり現実として認識できていない。無理もない。でも、頭の片隅に置いておいてほしい。心を打ちのめす殺意を向けられた時、致命的な心理的空白を少しでも短くするために」


 場に張り詰めた空気が漂う。

 やはり。

 青柳さんは冷静で時に冷徹な判断も下せる実に〝青〟にピッタリなキャラクター性を持っている。

 場の妙な緊張感とは別の緊張感を持って僕は彼に声をかけた。


「青柳さん、僕はあなたには負けませんよ」

「ん?」

「ブルーの座は渡さないっ!」

「…………ん、ん?」


「アオノ……」

「青野、お前はバカなんだな」


 イエミチとタキさんがなんか言ってる。バカなんてブルーである僕とはかけ離れた言葉だ。











GLOSSARY

 -用語集-



●〈うつろいの壁/エラティック・ウォール〉  場

 現実と『異境』の境界。

 10m四方のその壁の向こうは、10万人規模の町があるのかもしれない。3000m級の独立峰が丸ごと収まっているのかもしれない。

 壁は空に浮かぶ大陸の入り口なのかもしれない。あるいは海底王国の、竜のねぐらの入り口なのかもしれない。

 ただ渾々と魔力が湧き出す泉のようなものなのかもしれない。

 入り込めば二度と戻れない無明の闇かもしれない。

 明日には消えてしまうかもしれない。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る