48 電脳ラウンジ




 三日目。

 今日はお昼過ぎにセンター受付前に集合ということで、午前中はフリー。

 特に予定もなかったので、僕は10時頃には迷宮区にいた。


    ◆


 迷宮区は当然、探索に関わる施設が幅を利かせている。

 メインの通りには事務棟や訓練場、武器防具に探索道具の装備関連、クリーニング店などがアクセスしやすいよう優先的に配置されている。

 もちろんそれだけではなく、迷宮への入り口がある『侵入口詰所ゲートハウス』にへばりつくように、迷宮からの成果物を引き取るための施設があり、そこに連なって研究・実験施設、企業の出張所や社宅等が集まる中枢区画がある。

 反対に外縁部には探索者たち専用の生活の場。生活必需品を取り扱うスーパー、各種商店、コンビニ、派手派手しいアーチには『迷宮横丁』なんて文言が掲げられ、飲み屋が軒を連ねるとこもあった。

 安アパートから一軒家、高級ホテルまで、生活の拠点を自分のグレードに合わせて選択できるようになっている。


    ◆


 小一時間ブラブラした後、中央棟ロビーのソファに背を預けた。

 ゴツ目のメガネ型端末ウェルをかけて、迷宮探索事業団のページを開き、電脳ラウンジに入った。

 僕のアバターキャラクター、青い小鬼の小さな手を見下ろしてから歩き出した。

 不特定多数が集まり、雑談する空間。

 掲示板に様々な議題が掲げられ、そのテーマに沿って語り合う部屋への案内が表示されている。時に看板を持ったアバターが練り歩き、参加を呼びかける吹き出しがポップする。

 一般ラウンジをねり歩き、掲示板の一つに触れた。

 ざわざわどよどよがやがやと無意味な効果音が溢れるアバターひしめき、吹き出しが乱舞する小ホールに転送された。


    ◆


【理想の】ステータス【ビルドを目指して】


   ︙

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   ︙

「各種パーセンテージアップは欠かせないだろ?」

「まあ、レベルが上がるほど恩恵はデカくなるものな」

「スキルはそれ系だけ取ってれば十分て言ってる奴らもいるし」

「あー、〝鋼の男たちヴァン・ダムズ〟か。オレあいつらきらいくさそう」

「貴様っ、ぶち殺すぞ!」

「あ、〝鋼の男たちヴァン・ダムズ〟だ」

「あ、〝鋼の男たちヴァン・ダムズ〟だ」

「あ、〝鋼の男たちヴァン・ダムズ〟だ」

「違う! よく見ろ! かわいいクマさんだろうが!」

『いやいやいやいや』

「好き嫌いはともかく、実際あいつら前線攻略組だもんな」

「でも、〝R〟関連のクラブチームはそれ系の取得制限してるって聞いたことあるぞ」

「え、まじ?」

「なんで?」

「知らん」

「より深い階層のスキルツリーの解放を目指してそっちにAPを注ぎ込んでるんじゃ?」

「ああー」

「あるかも」

「確かに。まあ全部じゃないんだろうが、結構な数のスキル情報公開してくれてるもんな」

「助かります」

「助かります」

「助かります」

   ︙

   ︙



    ◆


 別のところも覗いてみる。


    ◆


【教えて!】魔力? 霊力? 宇宙粒子力波? フォース!【自衛隊騎士】


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   ︙

「結局、魔力の多寡で優劣は決まるの? そもそも、魔力を量ることはできるの? どうなの?」

「そういや、量る方法ないな。ステータスにも魔力量の項目なんてないし」

「でも強い人ほど魔力は多い印象」

「まあその程度の認識だよな実際。それほど意識しない。能力者ならダイレクトに関係してくるんだろうけど」

「探索しててもそんな感じ?」

「魔法もスペルスロットを取得して1日の呪文数で管理するから、魔力の量とか気にしたことない」

「ゼロじゃなければ問題ない感じだよな」

「ゼロだとステータスアプリがそもそも取れないらしいからな」

「魔力の多さは魔法耐性に直結してるって、検証勢の統計データをどっかで見た覚えがある」

「ああ、俺も見たな。確か探索者に公開してる明治神宮の呪文史学術研究資料の中だったかな」

「おおう……」

「なにもんだよ」

「あと先日、科学雑誌で大きな魔力を有し、また生み出すに至った者の老化が非常に緩やかになること。それどころか数十年単位の若返りの可能性まで言及されていたよ。実際、海外で九十の爺さんが異郷でモンスターと元気に殴り合ってるらしい」

「なにもんだよ」

「本当にね」

「いやアンタもね」

「その爺さんにステータス取得してもらえば何かわかるかもな」

「現状、どういうわけか日本でだけステータス・アプリが機能してるってのもまた謎だよな」

   ︙

   ︙



    ◆


 いい時間になり、この三日で見たような面々がロビーに集まってきていた。

 イエミチとタキさんとも合流。

 おなじみのセンター二階中会議室に移動して説明会。

 端末ウェルに送られてくる映像で簡単に案内してもらいながら『代々木迷宮区施設利用に関する基本システムの説明』。

 それが終わると、『一般迷宮探索者契約規定』なる小冊子データが端末に送られてきた。

 迷宮探索事業団代表理事挨拶から始まり、地図、寮の利用に装備の点検・クリーニング、報酬に対する課税などなど。

 それぞれの項目をタップすると新しいウインドウが立ち上がる。


「……へー」


 この人がはろさんのおじいさんかと、理事の挨拶動画を観ながら思った。

 自衛隊の人員は基本的に警備とインフラのみで少数に抑え、あとは一般人の志願者が探索するという現在の形式を提案し具体化したのが事業団の理事という人たちだ。


    ▼


 それぞれに、15センチくらいの筒が配られた。

 掲げて見ると中には薬液が満たされてる。


「この容器が皆さんの報酬のになります」


 どういうことだろうか、と首を傾げるのが三分の一。残りはサイトを読み込むなり、先輩探索者に聞くなりして予習してきた面々か。


「迷宮内に生息する植物、虫、モンスターの一部をこの中に入れて持って帰ってきてください」


 今度はほとんどが同一の感情を表した。

 嫌悪感。

 虫や植物はともかく、殺したモンスターの死体を切り取って報酬を得ることに対するものだ。

 少し歴史を調べてみたら、耳だの頭皮剥ぎだの、皮剥の刑なんて枚挙にいとまがないほどだった。

 かつて合衆国政府もインディアンの頭皮に懸賞金をかけたらしいがまさにそれそのもの。


 僕たちはそんな蛮行で糧を得る。


 だけど言い分もある。

 もちろん『第三次代々木騒乱強襲』を起こさせないこと。

 奴らの侵略を許さない。


 でもそれだけでもない。

 こちらが侵略することに多大なメリットがある。

 現時点では作り出せない、あるいは作れても精製に非常なコストがかかる化学物質が容易に手に入る。

 すでに新薬がいくつも開発されているし、放射能汚染への対抗手段カウンターメジャーとして有効な薬剤の散布実験の目処が立った。

 希少な物質、未知の金属、魔法の物品。

 それらを取りに行かないという選択肢は人類にはない。


 僕らは侵略し合い、奪い合う。


    ▼


検体探しハント・フォー・スペシメンズ』と言われる戦闘・採集のほかにも、報酬を得られる活動として、未踏領域の地図の提供、モンスターの写真、探索動画などがある。


 モンスターの情報は事業団のサイト内で探索者が自由に書き込んで共有している。写真はそこに使われるほか、よく撮れているものは振興・情報発信の一環として、トレーディングカードにして限定配布や販売に利用されてるらしい。


 動画は事業団が運営する『迷宮チャンネル』で観られる。

 マスコットキャラクターは丸すぎるフォルムの『だいだらぼっち』。


 危険地帯に突っ込んでいく動画を配信する探索者たちを、特に〝チャネラー〟と呼び、「危険な電波を受信し、有害電波を垂れ流す頭のおかしいヤツら」として一部有名になり始めてる。

 どちらも始まってそれほど経っていない。これから増えていくはず。


 迷宮上層において一度の戦闘で得られる報酬は平均で四千円程度らしい。


 さてこれをみんなどう見るのだろう。


 上手くすれば20~30分で得られる金額と見るか。


 命の賭け金と見るか。










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