45 シン時代




「いきなりですが、今日は編入生を紹介します。よし、じゃ、かるく自己紹介を」

「あ、ハイ。青野森アオノシンです。探索者になるために来ましたっ」


 教室から「おお〜」という声が上がった。


「代々木に近ければどこでもよかったんですけど、コネがあったんでここに来ました」


 親指と人差し指を高速で擦り合わせながら言った。


「こらこら、まるで金銭の授受があったかのようなマネはやめなさい」

「ちなみにコネはこの先生です」

「おい、私が金を受け取ったみたいな感じになってるだろうがやめろ」

「お願いしまーす」


    ◆


『ワールド・アサルト』から各国はすぐに『異境アウトランド』の存在を公表した。


 自国による、あるいは一部の者たちによる利益独占のために以前から秘匿されていたという事実の隠蔽だった。

『ワールド・アサルト』によって確かに『異境』は増え広がったため、そこに紛れ込ませて誤魔化そうというものだったが、不自然な封鎖区域の存在からあっさりマスコミは真実に辿り着いた。

 過熱する報道は世論を巻き込み、いくつもの国において政権が転覆。


 また半年経たぬ内にいくつかの国の『迷宮』から再びモンスターが溢れ出した。日本では軍艦島においてもモンスターが溢れ出したことで新たな『迷宮』の存在が明らかになった。


『第二次代々木騒乱強襲』

 

 これをきっかけに、官民連携の名の下、迷宮探索事業団が発足。

 政府への批判を強めるマスコミ世論を躱すために民間の人間を矢面に立たせるのか、とまた批判を生みつつ事業団は船出した。


 とはいえ、一定の理解を得られたのは『異境』において100メートル超級のモンスターが発見され、映像が公開されたことで、自衛隊は『異境』に重きを置くことに納得感が広がったことと、『迷宮』を志願者が探索するという形式を支持する者たちが予想以上に多かったことが挙げられる。醸成されてきた日本のサブカルチャーの影響は大きかった。世に出て活躍する能力者たちの存在も後押しとなった。


    ◆


「高校生とはいえ、成人年齢にある君たちは試験にさえ合格できれば、探索者として活動することができます。『迷宮』に近い学校ということで、それを見据えた入学、問い合わせ等が近隣の高校で軒並み増えているようです。こちらは止めろとは言えません。言えませんが、進路に考えている人は事業団のウェブサイトは必ず見ておいてください。あそこはほとんどの情報が明け透けに開示されていますから。トップにでかでかと死亡率が表示されてるくらいですし。見てなお探索者を希望するのか。個人的には見て思いとどまることを願います」


「でも先生、探索は必要です」


 一人の生徒が発言した。


    ◆


 事業団はこれまでの政府のやり方の逆をいくようになんでもかんでも公開した。

 そこには探索中の動画も含まれている。さすがに制限はあるが探索者が死亡する動画まで上げられているのだ。

 マスコミはその事業団の在り方に騒いでいたが、報道してもそのすべてが事業団のサイトに載っているので、なんだかんだでその勢いは衰えを見せている。

 企画されたデモの行進も見かけるが、特に探索者は誰も気にしていない。「今日もやってんなー」くらいのものだ。


 そもそも探索しないという選択肢が存在しない。


 三度みたび『騒乱強襲』を起こしてはならない。


 批判する議員やマスコミ、デモに参加する人たちは当事者なのに部外者だ。


「命を粗末にするな」という他人事。


 反対に「自殺するより有用な使い途」と発言して炎上してる議員もいるが、これはこれで逆を向いた他人事。


    ◆


「そうですね。『迷宮』を明らかにすることは必要です。ですからやめろとは言えません。しかし、他のことに気を取られてその危険性を甘く見ていると、後悔もできない」


 当初20%を超えていた死亡率が徐々に下がってきているのも、報道が下火になってきた理由かと思われるが、未だ17%を下回ったことはない。6人に1人は死ぬ世界。


「他のこととはたとえば、ステータス」


 発言した生徒がへへへと誤魔化すように笑った。


 ステータスが確認できるアプリがしてから半年。

『騒乱強襲』に巻き込まれた人々を中心にそれぞれの端末に勝手にダウンロードされていた。

 そして、当然のごとく現れる検証勢。

『騒乱強襲』とは関係ないところで入手していた人たちも日本全国に存在していることも明らかになり、ステータス──アプリにはアビリティ・スコアと表示される──が本物だと確実視されて5ヶ月余り。

 死亡率が5ポイント以上も下がったのはこれがあったからだといわれている。

 そして、アプリを持っていない者も『迷宮』に入ることで入手できる。


「で? 青野クンはどうですか?」

「あ、ハイ。僕は探索者になりますっ」

「聞いてました?」

「あ、ハイ!」


 席に着く際、一人の男子生徒に「君は楽しそうでいいね、うらやましい」と鬱々としたため息とともに言われた。何ジャロ?


    ▼


 内閣府迷宮創生推進事務局は此の程、施策見直しを含む資料「迷宮創生の現状と今後の展開」を公表した。この資料の中では、迷宮創生に関する三本の矢『情報支援・人材支援・財政支援』を以下の観点から整えていくことが明記されている。

・人材支援のさらなる強化。

・必要に応じて関係交付金の見直し実施。

・迷宮事業の振興と発掘、情報発信。

 そのほか、人材確保・育成のための関連制度が見直されたり、外国人に関する制度が議論されたり、交通ネットワークの連携強化も実行に移っている。

 そもそも多額の補助金を投入しても事業に収益性がなければ無駄な支出となってしまうため、関連する企業競争政策が検討されていたりなど、さまざまな施策に現在進行形で新たに手が加えられている。


    ▼


 駅の地下通路に入る。

 ゴツめの黒縁メガネ型端末を通して、壁一面に迷宮探索事業団の宣伝映像が流れてきた。


『我々迷宮探索事業団は、迷宮の政策に従前と違う初めてのことを実施し、イノベーションを創出します。

 事業団では独自の支援制度の充実が図られています。代表的なものとして、税負担が一定期間免除されたり、補助金・助成金の支給などが挙げられます。成功の軌道に乗せるには、自治体だけでは不可能です。多様な主体との協力・連携が必要不可欠。個人だけでなく、企業の迷宮創生への取り組みの参加も歓迎いたします。

 迷宮創生とは、モンスター問題などを是正し、住みやすい環境を整えること。

「住み続けられる街づくりを」を合言葉に「活力ある日本社会の維持・実現」に寄与します。


 新時代を迎え、まもなく第二次の取り組みが開始されます。』


 探索者視点から迷宮を進む映像に切り替わり、やがて映画のように、格好良く編集された戦いの映像とそれを盛り上げる楽曲。

 探索者とモンスターが入り乱れての集団戦闘。

 同じものを見ていると思われる人たちから歓声にも似たような、思わずと言った感じで上がる声。


「おいあれヴァーミリオンだ」


 ワケ知り顔で若い男が言う。

 映像は剣と言うには憚られるような白熱する鉄の棒を持ったイケメンが、軽やかなステップでモンスターを翻弄し、チラチラと炎を上げるそれを逆手に投げ放ったところだった。

 足を止めて「すげー」と呟く人たちの横をすり抜ける。


 ヴァーミリオン──〝R〟の頂点トップ、赤石新九郎。


 周囲の人たちは憧れを持って呼んでいるようだけど、元々はカラーギャング〝〟の王であること、その影響力から『朱に交われば赤くなる』のことわざからと、『害虫ヴァーミン』を掛けての、意味としては侮蔑の呼称だったらしい。

 ならもっとダサいのにしなきゃダメだろと思うけど、名付けたのは実は彼の信奉者じゃないかと邪推する。

 侮蔑の呼称であるとすることで、批判する有識者とかいう人たちまでそう呼ぶので、一気に認知度が高まった。

 策士か。誰だか知らないけど。


    ▼


 思考で端末を操作して電話をかける。


『ハイ、こちらハレヲ。ただいま悪魔にパシらされていますので、電話に出ることができません。御用の方は発信音の後にご用件を残していただくか、助けに来てください。……いやマジで』


 これを聞いた人はどう思うだろうか、と苦笑する。

 悪魔にパシらされてるなんてもちろん比喩だと思うだろう。

 でも──。


「……あのヒトの場合マジだもんなぁ」










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