第二節 ダンジョンでステる?
43 渋谷、騒乱。ハレトキドキオニトブタ
『モーニングニュースです──』
ピ。
『朝十時のニュースをジェームス・大庭がお届けします──』
ピ。
『関東全域に渡り広く晴れの天気になるでしょう──』
ピ。
『当局は鳥インフルエンザの発──』
ピ。
『おはようゲットのスポーツニュースです。満塁のチャンスで迎えたのは今季絶好調の四番福山──』
ピ。
『今日も新たなイルカの群れが岸辺に打ち上げられました──』
ピ。
『昼ドキッ列島ワイド、続いては芸能ニュースのコーナー。はい、まずはコチラの話題から。人気アイドル同士の熱愛が発覚しました。キス写真がスクープされたのは──』
ピ。
『もしウィルスが変異すれば、人から人への──』
ピ。
『この時間は、政見放送をお送りいたし──』
ピ。
『地球や人類への脅威となりますか?』
『まさか。まさかですよ』
ピ。
『取材によると、人々の異様な行動が頻繁に目撃されています──』
ピ。
『あらゆる終末論は、根も葉もない作り話です』
ピ。
『国連の保健衛生局に専門家はいないよ、高みの見物をしている別世界の住人だよ──』
ピ。
『こんばんは、夕方ニュースセクションです。まずはこちらの映像をご覧ください。警察によると襲撃者は、その場にいた三人を噛み殺したと見られ──』
ピ。
『只今停電のため、全線で運行を見合わせております。復旧の目処は経──』
ピ。
『この法案によって社会にもたらされるものは、言論統制以外の何物でもない。絶対に規制をかけるべきではない』
『政府の方向性の示唆というものが、求められているのだと──』
ピ。
『路線バス車内で突如大きな火柱が上がり、真っ黒な煙に包まれました。警察によりますと、運転手を含め、乗客全てが病院へ搬送されましたが、内、二十三人の死亡が確認されました──』
ピ。
『目的、殺害方法不明の不可解な惨殺事件が各地で多発しており、狂信的集団による組織犯罪の──』
ピ。
『なにも変わってないじゃありませんか! 理由は簡単です。まず既得権益をぶち壊さなければ改革など進まないんです。私は壊します。議会と戦います。議員定数削減! 無駄な人間が多過ぎる。数を減らしましょう。議員だけじゃありません、あらゆる分野での無駄を無くす必要があります。無駄無駄無駄を無くしましょう! 数を、減らしましょう──』
ピ。
『中継が繋がっています、リポーターの巻田さん?』
『ハイ現場の巻田です! 私は今! 渋谷に来ています! 一体なにが起こっているのでしょうか。帰宅時間帯の今、本来なら人々でごった返している通りは現在、人の姿は見受けられません! 車輌は乗り捨てられ、道を塞いでいます。ここからは車を降りて徒歩で進んでみたいと思います──……──急に、強風が吹いて、きました! 軽いものは風に煽られ巻き上げられています! 同時に、なにか、悪臭も感じます! 目を、開けているのが辛くなってきました!』
『巻田さんっ⁉︎ 巻田さん後ろッ‼︎』
『ぎゃっ⁉︎』
『………………』
◆
街の至る所でスピーカーから機械音声が流れていた。
『ただいま、より、政府、からの、声明を、放送します。
みなさんは、以下の、行動を、守り、警察の、指示に、従ってください。
できる限り、外出を、避けること。
非常用に、一、二週間、分の、水と、食料を、確保、すること。
ただいま、日本国政府、からの、声明を、放送しています──』
◆
『速報です。正体不明の生物による襲撃が渋谷から急速に広がっているという情報が──』
『この時間は予定を変更し、緊急会見の模様をお送りします』
『先ほど、政府は東京に出現した不明生物群に関する緊急災害対策本部を設置いたしました。これにより、国民皆様の安全に対して万全の対策を講じ、速やかな避難活動を実行するため、都庁及び関係各省庁との連絡を密とした──』
◆
『区内全域に、避難指示が、発令されました。住民の方は、ただちに、避難してください』
◆
火の粉が乱れ舞い、街が、燃えている。
我に返る。
呆然と膝をついていたことに今更気が付いた。
耳に喧騒が戻ってくる。
音の波と混乱が脳を掻き回す。
燃え盛る音、弾ける音。地面が砕ける音、倒壊する建物一つ、二つ。本当に現実か? 端末を外す、変わらない。
悲鳴、怒号……奇声、怪音、咆哮、嘶き、なんだそりゃ、雄叫び、鬨の声、高笑い、ふざけんな。
立ち上がる。
右往左往する人々と、この状況にあってもなお立ち止まり周囲の様子を録画する人々。
走り出す。
端末で今まさに投稿されている映像を次々切り替え確認しながら。
あちこちで玉突き事故が発生している。どこからか巨大な炎の波が通りを押し流す。青白い光が突き刺さり、衝撃波が周囲を破砕する。瓦礫が雨あられと降り注ぎ、粉塵が視界を灰色に染め上げる。地下鉄のトンネル天井部に亀裂が生じ、謎の浸水、濁流が内部を洗い流す。
「避難指示が出ています! 直ちにここから退避してくださいッ‼︎」
警察官が声を張り上げている。
『不明生物群警戒情報です──』
『先ほど災害対策基本法の災害緊急事態の布告を総理が宣言。不明生物に対し、自衛隊の防衛出動が決定されました。緊急措置として国会の承認を事後に回し、害獣駆除を目的とした武力行使命令を総理が下した模様です──』
「助けてくれ! 誰かっ」
声が飛び込んできて足を止め、きょろきょろと首を巡らせる。山となった瓦礫の麓。
「どうなってる⁉︎ 俺の脚がっ。なにも感じない!」
視線を少し移せば、男性の脚は鉄骨に潰されてる。
駆け寄ろうとして、人にぶつかった。転倒。顔を上げる、男性と目が合った。
「た、助けてくれっ! お、俺の脚が──」
目の前の視界が巨大な瓦礫に埋め尽くされ、反射的に顔を庇って顔をそむけた。
何が起こった? 男性は……?
瓦礫の下から飛び散った液体。
ぎゅっと拳を握った。
▼
「モンスターだッ‼︎」
場違いとしか思えない叫び声が響いた。でもそれを非難するような声は上がらなかった。
「化け物だっ、逃げろ!」
異様に大きな虫の羽音。
上を見る。
黒い雲、いや、虫の群れ。比較的低空を飛んでる個体を見て息を呑む。
一抱え以上もある黒い蠅や、車の塗装みたく色鮮やかな黄色のストライプの蜂。……空を飛ぶトカゲは十メートルはあるんじゃないのか。他にも、四肢が鳥のそれに置き換わった女? 端末を通してズームして見れば、その顔は人間とはかけ離れたものだった。
すぐに地上を這う怪物たちも現れる。
アリ、クモ、ヘビ。巨大でグロテスクなそれら。そして、粗末だが衣服や武器さえ携えたブタ鼻の小柄なヒトガタが、嬉々として人々に襲いかかる。
逃げないと。
どこからか赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
足を止めた。
「く、そっ!」
声の元に走った。
赤ん坊と、血を流して倒れている母親と思しき若い女性。
「だ、大丈夫ですかっ⁉︎」
少し躊躇いつつも揺すると身動ぎ。よかった、生きてる!
でもどうする⁉︎
救急車なんて来るわけないし、化け物どもに襲われるのも時間の問題だ。
ひとりは赤ちゃんとはいえ、二人抱えて走るのは難しい。せめて抱っこ紐みたいなのがあればいいけどそんな物ない。
ズシンと地響き。
身体が跳ねるような揺れ。今までの人生で一度だって聞いたことのない足音。
嫌々ながらも確認しないわけにもいかず、顔を上げた。もうホントにイヤだ。
片脚だけで成人男性がすっぽり隠れられるだろう巨体。額から飛び出す二本の角。それはまるで「鬼……?」だった。
目はこちらを値踏みしていた。
すぐに脅威はないと判断したんだろう。下顎から上向きに生えた二本の牙を、長い舌が舐め上げた。
わざとなんだろう。ゆっくりとした動作でこちらに手を伸ばしてくる。
赤ちゃんを左手で抱き寄せ、倒れている母親は右手で引っ張り、引き摺ってでも距離を取る。汚れた巨大な手から逃れようと。
だがそんなことで逃げられるはずもなく。だが、二人を見捨てる選択肢もなかった。ただ単純に犠牲者が増えるだけだったとしても。
自分がこの鬼を引きつけて離れたら、二人に生きるチャンスはあるだろうか。……無理か。怪物は目の前の鬼だけじゃない。でもこのまま今コイツに捕まるよりは……!
決断する。
鬼の注意を引くための行動に移る。足にぐっと力を入れた時──。
──鬼の腕が肘から切断され横に転がっていった。
「は……、え?」
一拍置いて、鬼が切断された腕を押さえて絶叫──その絶叫が唐突に途絶える。鬼の首がごろりと落ちた。
目の前に着地したのは、剣を持ち、大きめのミリタリージャケットを着た──犬だった。
「はあ? ええ? いぬ?」
身長は一メートルあるのだろうか。
「わふっ」
「よくやったサム、おつかれー」
いつの間にか、二足歩行の犬の隣に人がいた。まったく気づかなかった。犬の服装と違い、まるでファンタジーの魔法使いの爺さんが着てるようなローブを纏い、目深にフードを被ってる。
「キミも」
そう言ってそいつはへたり込んでる僕の頭に手を置いた。暗いフードの奥で濁った黄色の瞳が浮き上がって見える。血色の悪い肌にはミミズ腫れのようになった模様がびっしり。え、怖。
最近じゃ不思議な力に目覚めた人がいるってのは知ってるし、アメリカじゃ素性を隠してヒーロー活動してる人の話も聞く。けど、それにしたってこの人は妖し過ぎるだろ。どっちかって言うと、というか見るからに〝悪〟って感じ。
じっと見られる。こっわ。
「な、なに……なんですか?」
「父親?」
「いやいやいやいや」
抱いてる赤ちゃんを見て慌てて否定する。
「だよね。キミ高校生? 制服着てるし。じゃ、お姉さん?」
倒れたままの女性を見る。
「いえ。この子の母親だと思いますけど、僕とは関係ありません」
「そう。ま、とりあえず避難しよう」
避難ルートを探すように目を向けた彼の向こう、ブタ鼻のヒトガタが突進してくるのが見えた。
「危ない!」
僕が叫ぶと同時、ブタ鼻の首が飛んだ。
「わふ」
犬が剣を掲げてえいえいおー。
ローブの男は何事もなかったかのように「行こうか」と女性を抱え上げた。
上空で爆発音。
ヘリが炎を上げながらデタラメな軌道を描いていた。あのデカい虫がローターにでも突っ込んだのか。
ローブの男が鈍く輝く手のひらを空に掲げて振った途端、黒い雲のような虫群れが端から爆発していく。一瞬遅れて音が轟く。
「汚ねえ花火だ。なんつって」
とおどけて見せたローブの男はすぐに、今度は真っ逆さまに落ち始めたヘリに手を向けた。かく、かく、と手を傾ける度、ヘリの炎が消え、機体の損傷が消え、回転翼が正常に。
「はあ……?」
墜落を免れたヘリが遠ざかっていくのを見送る。
「……これは、一体」
僕は無意識につぶやいていた。
「何なんですか? なにが起こってるんですか……? 知っているなら教えてください」
無意識のつぶやきは、途中から疑問となってローブの男に向かった。
「異世界が落ちてきたんだよ」
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