41 虫けらたち




 バタバタとヘリが飛び交っている。

 第八モンロービル始め、いくつかの場所で赤色灯の光が重なりあって街を赤く染め上げていた。

 ウォルラスが消滅すると、あの地下空間は途端に崩壊、どころか爆発を始めた。

 俺たちは生き残った人たちを連れ、慌てて地上に這い出した。


    ▼


 拉致られていた人たちが警察に保護されていく中、俺は【引き寄せアポーツ】した端末ウェルメガネをかけて中継を見ていた。


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『ただ今、辰川ニュータウン周辺の上空です。ご覧いただけますでしょうか? ちょうど画面の奥、黒煙が上がっています。繁華街にほど近い商業ビルです。ビル周辺の地盤が大規模な崩落を起こしたのち、爆発が起きた模様です! 引火した火が延焼して──あ! 今また爆発が起きました!』


『──また現場付近の道路で乗用車の玉突き事故が発生し、救急車が立ち往生、その場から動けないなどの報告が──』


『えー、こちらは辰川ニュータウンの火災現場付近です。ちょうどわたくしの後ろにあります建物、その裏側で、未だ火の勢いは弱まっておりません! ただ今こちらの駐車場には、一酸化炭素中毒や火傷を負った人々が次々と運び出され、手当を受けている状態です。現場は騒然としております。さらには火災を見ようと大勢の人たち、報道陣が殺到している状況です!』


    ▼


「話を聞かせてもらうぞ、おまえら」


 いつの間にか、興島が後ろに立っていた。


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 その日も大変な騒ぎだったが、翌日以降の騒ぎはその比ではなかった。

 陥没孔の奥から犠牲になった人たちが次々運び出されていく。


『繰り返します。警察の発表によりますと、この崩落によって発見された遺体は、ほとんど──』


『えー、今収容されているだけでも百人を超すと思われますが──』


『身元の確認だけでもと訴える親族の方々が──』


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 上空からの撮影を防ぐスクリーンが、警察によって通りを覆ってビルからビルに渡されている。

 第八モンロービルを中心に、周囲のビルからは人が完全に排除されていた。

 いや、完全ではない。俺たちがいるから。

 スクリーンが張られたその下、人払いされたビルの2階の窓から陥没孔を見下ろす。動き回る警察と、続々と並べられていく黒い袋。


「昨日は、助けることができたんだって、そう思ったのに…………なんだよ……」


 沢木雪花が悔しげに呟いた。


 発端のゴブリンは忽然とその姿を消し、連行されるところを見ることはなかった。


 それぞれ苦い思いを胸に抱え、この一連の事件は一応の終結を迎えた。


    ▼


 放り渡された缶コーヒーをキャッチして礼を言う。

 歩道橋の欄干にもたれて、興島と並んでコーヒーをすすった。


「なにも辞めることなかったんじゃないの?」

「かもな」


 興島は先頃、警察を辞めた。


「なに? けじめって? 国光を追い込んだとでも思ってんの? ハッパをかけただけでしょ?」

「…………」

「…………」

「…………」

「……いやなんか言えよ」

「何を? 特に言うことなんてない」


 苦笑された。

 国光は一命を取りとめた。

 やつはハッパをかけられ、俺たちにおんぶにだっこじゃダメだと思った結果、俺らの先輩であり友人であることを利用し〈-R-〉のメンバーに顔を繋ぎ、新九郎の名前まで出して情報を引き出し、先走ってとっ捕まってああなった。

 焦りもあった。兄二人を始め家族みんな優秀な家で比べられ、その度にがっかりされてきた環境もあった。救いは姉という味方がいたことだ。そして今、興島という味方がいる。

 国光はまだ目を覚まさない。

 興島は退職金を国光の治療費に充てているらしい。

 祖父じいさんからの情報だった。「不言実行スピーク・リトル、ドゥ・マッチ。あやつらしいわ」と笑っていたから、なんらかのフォローをするつもりでいるんだと思う。


「で、実際どうするの? これから」

「ああ」


 箱に入った真新しい名刺を渡された。


「興島インヴェスティゲーション? 探偵事務所?」


 それは別にいいんだけど、問題はそこに書かれてる名前だ。


「なんで名刺に俺の名前が印刷されてんですかね?」

「席は空けとくぞ」


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 マンション前の植木の段差に腰掛けてぼーっとしてるアイザワユウヒに声をかけた。

 ちらっとこっちを見てまた前を向く。横に座るとつぶやいた。


「ウエスギハレヲ……」

「よかったよ、無事に目が覚めて」

「……フヅキが、助けてくれた」


 アイザワユウヒと一緒に拘束して転がして置いたはずのフヅキの行方はわからなくなっていた。


「暗闇の中……光に向かって、上昇しようとするんだ。……けど、ちっとも近づけねえし、息も続かねえし……もうダメだと思った時に、あいつがすくい上げてくれた……」


 奥田文月オクタフヅキ。彼の行方を知るために、助けられた人たちに警察が写真を見せたところ、皆一様に恐怖を露わにした。

 証言によると、みんな奥田文月によってウォルラスの元へ連れて行かれたようだ。なんでも常に目をつむり、眠ったような穏やかな表情で淡々と。

 俺たちと対峙した時はそんな様子はなかったんだけれど……。反抗や逃走でもしようものなら、そのままの表情で殴りつけ、信じられない力で引っ張って行かれたと。ウォルラスからは〝眠り男チェザーレ〟と呼ばれていたとか。


「フヅキ……」


 アイザワユウヒは虚空にそっと手を伸ばした。そのすくい上げてくれた時を想っているのか。伸ばした手を握り締めると、力なく手を下ろす。

 アイザワユウヒとオクタフヅキ、二人は恋人同士だった。


    ▼


 十月に入り、残暑というには獰猛に過ぎる陽光に炙られつつ、大学に通う。

 俺たちは日常に戻った。

 マルオ、沢木雪花、宮持環ら三人と特に会うこともなく過ごしている。もともとそれほど接点もない。

 マルオはなぜか動画配信者ストリーマーとしての活動を休止している。元はそれが目的だったはずなのに。

 たまに学内のカフェなどでそれぞれを見かけることもあったけど、わざわざ近寄っていって話すこともない。

 あの時の苦い記憶を思い出させる必要なんてないんだから。


    ▼


 駅前の大型ビジョンに夕方のローカル番組。

 なんとなしに眺めながら家路をたどる。

 視聴者が投稿した写真を紹介するコーナー。


『今日は視聴者の方から寄せられた不思議な東京スカイツリーの写真をご紹介いたします』

『わ〜すごい! なんですかこれ?』

『隅田川テラスからの東京スカイツリー遠景ですが、天望回廊付近がまるで渦を描くように歪んでいますね』

『どういうことなんですか?』

『それが関係各所に問い合わせてみたんですけど、原因はまだわからないそうなんですよ。こちらの写真は吾妻橋からの夜景ですね』

『わ〜綺麗ですね〜』

『必ずこういった写真が撮れるわけではないので、うまく撮れた写真を持っていると幸運を呼ぶと話題になっているそうですよ。SNSには〝時空が歪んで結婚が決まった!〟とか〝時空が歪んで超能力者になった!〟とか〝時空が歪んで宝くじ当たった!〟などのコメントがやり取りされているようですね』

『ハイ! 今日、撮りに行きます!』


 はい、俺も行きます。

 迷宮化の前兆かもしれない。


    ▼


 スカイツリーに行った三日後。

 昼前の講義が終わり、さてなんか食べに行こうかと荷物を片付けていたところに、目の前に人が並んだ。

 顔を上げると、魔力マナとの共感が知らせた通り、マルオ、沢木雪花、宮持環の三人だった。


「なに?」

「なに? ではない。さあっ、次はどうする」

「はい?」

「もう秋なんだよ?」


 宮持環。


「そう、だね? え? それが?」

「察しが悪い。なにふ抜けてんだよ」


 沢木雪花。


「はあ?」

「いつまで経っても集合がかからないんだもの」

「だからこうして押しかけて来たわけだ」


 三人ともが仕方のない奴だ、みたいな目で見てくる。イラッ。


「またああいう思いをしたいわけ?」

「……それとこれとは別」

「そう?」


 わざとらしく口角を上げ、挑発的に言ってみる。が──。


「助けられたものもあるって信じてる。信じることにしたんだ、あたしたちは」


 沢木雪花がそう言って、二人もこっちに目を合わせてしっかりと頷いた。


「そ。ならもうなにも言わない」

「よしじゃあ次はどうする?」

「マルオはともかく、二人も?」


 コクコクと頷くのを確認して、一つ息をつく。


「あー……じゃあ、コボルト助けに行く?」

「はろ、お前やはり計画を立てていたんだな? こうして押しかけなければ一人で行動していたんだろうっ!」

「コボルト?」


 宮持環が首を傾げて隣を見るも、沢木雪花は肩をすくめた。

 うるさいマルオをスルーして二人の疑問に答える。


「服を着て、二足歩行する犬だ」

「イッヌ!」


 宮持環が顔を輝かせ、沢木雪花が「げ」と苦々しく歪める。


「そして喋る」

「しゃべる!」

「歩く」

「あるくっ!」

「そりゃ歩くでしょうよ」


 嬉しさが限界突破した宮持環は「あは〜はーははぁ、うふふふー」と変な笑い声で目をキラッキラさせどっかに気持ちを羽ばたかせてる。


「たかまるぅっ!」


 変な奇声まで発し始めた。


「ふぅぅぅ、おぉぉぉおおお!」


 マルオまで奇声を発し始めた。


「よし! 次の冒険に出発だ!」

「冬休みにね」

「なんだとっ⁉︎」

「えぇ〜っ」


 不満の声を無視して立ち上がった。

 昼メシなに食べよう。


    ▼


 一時間も眠っていないのに、気分は軽い。

 十二月も下旬の朝。

 街はまだ眠っている。

 奇しくも昨日、立て続けに届いた二通のメール。高校時代の悪友二人。宇佐木総一郎と倉田遼平。今はどちらも海外にいる。アメリカにギリシャ。

 [ザ・クラッシュ]の『stay free』を聴きながら、ブーツの靴紐を結び、背のリュックをがしゃがしゃいわせて立ち上がる。

 一度振り返り閉め切った暗い部屋を確認してから、ドアを開ける。

 鮮やかな朝焼け。

 じき朝日が顔を出すだろう。


「……んじゃ、行きますか。気楽にね」

 









 第一節 了





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