36 ディスる?
▼
「でどうするんだ?」
マルオが結束バンドで二人を拘束して言った。
首筋のタトゥーは〈
「このままにはできない」
「そうは言うがどうする」
「アステロは
生ける呪い。一種の魔法生物。
「生物だけど、呪文。呪文なら解呪は可能なはず」
「おお!」
「……はずなんだけど、いま力不足を痛感してるとこ」
「ふむ、できないということか?」
「一応、解呪は覚えてる。けど、コイツを剥ぎ取ることで廃人になる可能性がある。最悪の結果だと殺すことになりかねない」
「⋯⋯、どうするんだ?」
「あー、どーしよ」
たとえば〈
問題は、その人物に辿り着けるかどうか。辿り着けたとして、その時、二人が手遅れになってやしないか。もちろん、間に合う可能性だって大いにある。俺がヘタに手を出す必要はないかもしれない。
俺は一つ大きく息をついた。
「⋯⋯解呪を試みる」
▼
「
「はい?」
「負担をかけるけど、〈
「わかった」
◆
人には個人差はあれど魔法に対する抵抗力というものが備わってる、らしい。
たとえ魔力に目覚めていなかったとしても、抵抗力が全くないということはない。
単純な話、避けようもなく火の玉を喰らうとして、自身に来るぞ、耐えろ、と言い聞かせるだけで、まったくの心構えもなく喰らうよりははるかにマシな結果になる。
意志の力というのは、それだけで魔法に対する強力な防御法として機能する。だからこそ、
ゲームでいうような魔法耐性ってやつを誰しもが持っている。
魔法の中には、呪詛返し、魔法反射といった高位の強力な呪文がある。
人を対象にした精神魔術の行使は、対象の警戒感や、術を受け入れたとしても無意識の忌避感が呪詛返しとなって術者を襲うリスクを伴う。
対象に何の魔法的素養がなかったとしても、術者は
こういう話は主にマルオと話し合うことが多い。
「なんだか奇妙だな」
「なにが?」
「現実の話をしてるのに参考にするのがゲームのシステムってところがさ」
「たしかに。でも確実に意識に刷り込んでおかなければならない知識だ。こいつが生死を分けるかもしれない」
なんていう話をしたこともあった。
◆
「お前の魔力に対する感応能力は、非常に高いと言える」
睡眠時間を削り、数時間おきに世界を行ったり来たりしつつ、ラン・クザルの教えを受ける中でそう評されたことがある。
「魔力を介して、相手の感情さえ読み取れる水準に手が届いたお前の資質は大したものだ」
なんの話かと思ったが、先日のスカイツリー迷宮での
冷静に思い出してみる。
あの時のトンキーの放っていた気配は驚きと、食欲、少しの怯え。ラン・クザルはそこを指摘していた。
精神ではなく、魔力に対する、というとこがポイント。
マナとの共感、瞑想の成果がここにきて予想以上の伸びを見せているらしい。と言ってもダイレクトに思考を読み取る精神感応者とは比べるべくもないけれど。
ラン・クザルが続ける。
「そのため呪文の習熟が早い。当然、熟達するには相応の時間が必要だが、次から次へと新しい呪文を覚えてくるのには感心を通り越して少し呆れるな」
これは得意になってもいいのかもしれない、とドヤって見ようとしたところに、ラン・クザルが言う。
「それだけに殴り飛ばしたくなる」
「いやなんで?」
「……いちいち覚えてくる呪文の選択が小狡い。同じような者を知っている」
つまり俺も小狡い、と。
「小器用って呼んで。で、その人は友達?」
ラン・クザルの交友関係を初めて聞いた気がする。
「いや。殴り飛ばして以来、会っていない」
「やめてー」
微妙に質問の答えになってないし。
▼
経験値は圧倒的に足りてないが、習熟が早いと言われたことを信じ、解呪に臨む。
さらに保険をかける。
「マルオ」
「おう」
呼びかけると説明するまでもなく、マルオはコブシ大の毛玉を作り出す。それをねずみの額と、タトゥーの上に貼り付けた。
宮持環が額の毛玉に指を突っ込み、俺がタトゥーの上の毛玉ごとねずみの肩を掴む。
マルオの毛玉は魔法の効果を増幅する。
敵に毛玉をくっつけて、火球をそこに当てれば倍の威力を叩き出す。だからマルオ自身が毛玉状態になって防御呪文を唱えれば、マルオは鉄壁の毛玉と化す。ふわっふわだけど。そのための検証と練習を重ねてきた。
「解呪をかけながらタトゥー周りの皮膚組織⋯⋯あるいは肉ごとアステロを引き剥がす」
タトゥーに重ねて解呪の魔法円を展開、起動。
『やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろおお』
ねずみの声に、たぶんアステロの思念がのって、二重に聞こえる。
「じゃあ、どうやってウォルラスのところまで行くのか言え」
『わかったイう! カギだァ! ムネんとこにハイッてるゥゥゥ!』
「あっさりゲロったな」
呟くマルオに頷く。
もともと、時間が経てば経つほど誰の言うことも聞かなくなるという話だし、仲間意識だとか、義理だとか、忠誠だとか、そういうものとは無縁なんだろう。
胸のポケットから鍵を取り出す。
盛り上がったり引っ込んだりしてるタトゥーを、俺はおもむろにわし掴んだ。
『おいいい⁉︎ 話がチガ──』
引き千切ってさらに引っ張った。
『ひぃぎやがが、が⁉︎』
ずりゅ、と引き出されるのは黒いクラゲだった。
笠のてっぺんにタトゥーの模様が入り、長く歪な枝分かれした触手。深海魚のような生物発光。
ねずみが白目を剥いてひきつけを起こす。
ねずみの穴の空いた肩口に、沢木雪花が無言で
ぺいっと黒クラゲを後ろに放ると、新九郎が片手でキャッチし発火、一瞬で燃やし尽くす。
意識を失ったねずみを確認して、俺は宮持環に目を向けた。
「どう?」
「出来る限りはやってみたけど⋯⋯どうだろ?」
「いいさ。気にしなくて」
あえて軽い調子で言っておく。
失敗だったとしても、俺の責任でやったこと。宮持環がこれ以上コイツのことを考える必要はない。
脈を計り、呼吸も徐々に落ち着いてきてるのを確かめる。
国光に連絡する、が繋がらなかった。
興島に連絡。
「……ああ、外にポイしてあるから回収して? ハイハイ、ハーイ、ってか、国光は?」
『──えや、こっちも連絡つかないんだ』
「ふーん……ま、いいや。じゃ!」
『あ、お────』
なんか言ってる興島をテキトーに受け流して通話を終える。
一つ伸びをして、みんなの顔を確認して、
「そんじゃ、……行きますか」
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