33 繋がっていく線
雨は止まない。
薄暗い部屋のベッドで眠る小さな影を見下ろした。
コボルトはまだ目を覚さない。
▼
俺がいない時はラン・クザルにコボルトを任せ、
「捜査官に犠牲が出た?」
拉致事件の捜査にあたっていた刑事一人が死亡、一人が行方不明、一人が重傷、病院に担ぎ込まれた。それぞれ別の場所で襲撃にあった。
ここに至って完全に街は殺気立っていた。
警官も、ギャングたちも、張り詰めた空気を隠さなくなっている。犠牲者は警官だけじゃない。知り合いが、友人が、恋人が、家族が、行方知れずになっている。
「例の拉致事件ちや。変な集団でさあ、若い奴らん中にジジババおっさんおばさんが混じってんだ」
この状況でふらっとまた現れた不真面目非番巡査・国光と喫茶店で向かい合っていた。
国光が宙空で指先をくるくるやってスライドすると、俺の手首の
連行されて行く世代も生活様式もあまり接点がなさそうな集団。
夕刻の町。
カメラが下を向く。血の痕。
パトカーと救急車の回転灯。
至る所を赤が染め、サイレンがビルに乱反射。
規制線の向こうに野次馬根性丸出しのギャラリーとTVクルー。
国光は警備に駆り出されていたらしい。
「ふーん、……で、結局この変な集団ってのはなんなわけ?」
「それがまた奇妙でさあ──……」
◆
取調べを受けているスーツ姿の男が、虚ろな目で前を見つめていた。
向かいに座る取調官が、何も見逃すまいと注意深く男を見据え、口を開く。
「名前、職業、住所を教えて」
「
◆
「奇妙って?」
「質問が今回のことに及ぶと途端にマトモじゃなくなるっちや。まー、聞いてよ」
テーブルに携帯を置く。
◆
「なんでこんな事やっちゃったの? 一緒に行動していた若いのたちとはどこでどう知り合ったの?」
「……? ──ん?」
虚ろだった男の目が剣呑な光を帯びた。
「決まってるだろう。メシの時間だから座ってる」
「はあ?」
「ったく! これだから低脳は! お前の頭はゴブリン並か? いやゴブリンの方がまだ可愛げがある、いやないか、ゴブリンだしな……」
「おい、何を言っている?」
「何を言っている……? 何を言っているかだとっ? そんなこと私がわかるわけないだろうッ‼︎ ……メシはまだかい? 今日は蟲プリンはつくのかい?」
◆
「……て、感じっちゃ」
「こわっ」
「だべー」
「……」
「どした? 兄弟」
「ん? ああ……もうリトル・グリーン・マンなんて言ってる場合じゃないだろ? 国光、アンタはアンタの職務に励めよ」
「そうっ、そこなんだよっ! おれっちピーン! きちゃったよコレッ。リトル・グリーン・マンとさあ、このそのゴブリンってさあ、いっしょじゃね? もしかしてコイツらリトル・グリーン・マンの居どころ知ってんじゃね? 手掛かり見つけちゃったんじゃね?」
「チッ、余計なこと閃きやがって」
ふと、国光の顔を見て思った。
「…………てかさ、それホントにお前が今、閃いたことか?」
「え?」
「目が泳いだな」
「え?」
「あからさまにのけぞったな」
「うえー……とぉ、そのぉ」
チラリと視線が店の奥へと振られたのを見逃さなかった。俺が振り返ると、観葉植物に間仕切りされた席から立ち上がる人物。
「興島サン、アンタの差し金かよ?」
「そうだ」
▼
「ハレヲ、お前、今なにをしている? なにを掴んでる。俺に真実をよこせ。悪いようにはしないから」
警察署で俺が余計なことを口走ったのがマズかったんだろう。俺が〈-R-〉に協力を求めたとかなんとか。
それにしたってほんの少しの違和感だったはずだ。あの時だって俺の言葉を遮って言わせなかったのは興島自身だ。それでも興島は今回の一連の事件について、俺が自分たちより核心に近いとこにいると勘付いた。で、話の元となった国光にあっさり辿り着いた。で、国光はあっさりゲロった、と。
テーブルの上では国光のケータイがさっきの映像を繰り返してる。
俺たちはなんとはなしに目を合わせることなく、互いに映像を見つめていた。
「…………俺が掴んでる小さな真実に構う前に、そういうことはさ、アンタらの上が隠してるデカい事実を教えてもらってから来てよ」
「なに?」
「そしたら情報交換しよう。この間グチっていたろ? 本部は情報を取っていくばかりで、こちらにはロクに下ろさないってさ。まさか同じことしないよね?」
興島はがしがしと頭を掻いた。
「上は……お前の言う上がどこまで上か知らないが、今回の事件について知ってるのか」
「ある程度は確実に」
「……ならなぜ対処しない」
「知らねーよ。一部の人間以外には隠してるから単純に手が足りないとか? より重要なのはこの街の事件じゃないだろうからね」
「お前、本当になに掴んでやがる」
「ってか自分で上に訊けよ、身内だろ」
「まあ警察関係者としてはそうだ。だが、俺個人としてはお前も身内だと思ってるぞ。だからお前に訊いてる」
興島がニヤリと笑うが、俺はしたり顔の興島に構ってる余裕なんてなかった。
俺の視線はテーブルの上の端末に釘付けだった。今なお繰り返す映像のある一部分に。
「おい、聞いてんのか」
無視。
取調べを受けている男の首筋を拡大する。
そこにあるのは星形のタトゥー。
見覚えがあった。
──ウエスギハレヲ、だろ?
そんなふうに話しかけてきたホスト風の若い男。ねずみ。
同じだ。
それだけじゃあない。たしかに今、星形のタトゥーの真ん中で一瞬、目蓋が開いた。
思わず椅子を倒して立ち上がる。
「おい!」
「ん、ああ」
興島へ意識を向ける。
「ハレヲ、おまえは素人なんだ、あまり危ないことに手を出すな。これは警察の仕事だ」
わかってる、と答えて店を出た。
でも違うんだよ興島サン。確かに俺は素人だけれど、こいつは警察の仕事なんかじゃない。俺たちみんなの問題だ。これから先の未来に関わる分岐点になるかもしれない問題なんだ。
▼
ゴブリンなんて単語が公の場に出てきてしまった。
拉致グループとウォルラスの繋がりを臭わせるものが。
確定したわけではないけれど、このタイミングで無関係と楽観はできなかった。
ゴブリンに襲われる動画、あの場所はすでに特定できている。〈-R-〉やマルオたちオカルト研が時間をかけて探し回った成果だ。
下町の老朽化が進んでいる格納庫のような元・製本所。雑誌の搬入搬出のため、トラックの出入りができるよう大きなシャッター。昼間でも薄暗いため、煌々と点る強力な照明が設置されていた。
しかし、残念ながら調べてみてもすでに何もなかった。〈-R-〉の幹部連中が一から足取りを追う羽目になっている。
「探偵小説や刑事ドラマのようにはいかないな」
「むしろそれっぽいだろ」
なんて話を先日マルオとしていた。
マルオに連絡を取り、ねずみの住所を調べるよう頼んでから、雨の荒廃世界に降り立った──⋯⋯⋯⋯。
▼
マンションの七階、表札に書かれた『相沢』の名前を見ながらインターホンを押す。
すぐに女性の声で応答があった。
『はい、どちら様でしょう?』
「あのー、ユウヒくんの高校時代の同級生なんですけど⋯⋯」
ガチャリとドアが開く。
アイザワユウヒ──ねずみの母親が、疲れたような顔で出迎えた。
▼
アイスコーヒーのグラスの氷が涼やかな音をたてる。
マンション近くの純喫茶でねずみの母親と向かい合う。
「実は、もうずっとユウくんと顔も合わせていないんです。あの子の、ママとしてすごく言いにくいんですけど⋯⋯二年近くお部屋から出てこなくなって、そう思ったら今度はおうちに寄り付かないようになってしまって⋯⋯声すらもう何年も聞いていないの」
「まったく家に帰ってこないんですか?」
「いえ、そういう訳でもなくて⋯⋯わたしたちが出掛けてる時に帰ってるみたいで、欲しい物があると、メモに書いて置いてあるんです。その、短いメモだけが⋯⋯ユウくんが生きてることを確認できる⋯⋯ぅぅ、わたしにとって唯一の救いなんです──っひぅっく、うう⋯⋯っごめんなさい⋯⋯」
別れ際、赤くなった目元でアイザワユウヒのママは寂しそうに笑って言った。
「また会いに来てあげてね」
◆
〈
ウォルラスが培養する星形の
悪意に反応し、そういった者に寄生させることができる。
移植に時間がかかり、不便ではあるが使い捨ての兵隊を作るにはちょうどいい。
被寄生者は異常な身体能力を発揮するようになるが、徐々に理性の歯止めが効かなくなり、正気を失っていく。それと共にウォルラスのコントロールすら受け付けない
二度と元の人格には戻れない。
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