32 ヒューマン・レイス




 即席チームの解散とスピード再結成から三日。俺たちは魔法と戦闘と連携の練習を続けていた。


「⋯⋯ついに、おれの能力ちからがつまびらかにされる日が来てしまったったった」


 そうぬかしてマルオは自分の能力を披露した。

 一瞬のうちに、マルオは白いふわふわもこもこの毛に覆われる。元々まるいが、それが助長されて、今はまさに毛玉だった。

 ちーんとちんまり、しかし不満のふくれ面。


 沢木雪花が笑い転げ、俺と新九郎は遠い目をして彼方を見つめた。


「きさまたちも遠慮せず笑っていいのだぞ」

「いやまずそれ何の能力? 笑う前に戸惑うわ。生えてんの?」

「なんというか、くっついてるというか、着脱自在というか、ちぎっては投げちぎっては投げ? みたいな?」


 実際に投げて見せてくれたが、たいしたスピードは無いが思いのほか遠くまでまっすぐ飛んでいく。

 どうやら魔力が羊毛(っぽいもの)に変換されているみたい。


「ほかになんかないの?」


 訊けば視線を逸らす毛玉⋯⋯マルオ。


「かわいいと思う⋯⋯ひつじさん」


 宮持環が言う。そういうことを訊いているんではない。

 マルオがむにむにと口もとを奇妙に動かしていた。


「うれしそうだな」

「だまれ」


 俺は少し考えてから毛玉を眺めつつ言った。


「たぶん⋯⋯ただ毛玉になるだけじゃないと思うんだよね」

「あったかそう⋯⋯だよ?」


 宮持環。


「うん、冬ならね。でもそういうことを言いたいのでもない。わかってないだけで、それ特有の機能があると思うんだ」

「そうなのかっ?」


 マルオが身を乗り出した。


「うん、ある。ぜったいある。間違いないね。そいつに現れた能力っていうのは無意識下にでもなにか必ず本人の影響を受けているはずなんだ。ただ毛玉になりたいっていう意識があったとは考えにくい。ちょっと真剣に考えてみてよ。それから試してみよう」


 テキトーに並べ立てた俺の言葉を受けて、生真面目に頷くマルオ。

 完全にデマを言ったが、それはラン・クザルの言葉を思い出していたからだった。


『魔法に限界はない』

『たとえ出鱈目な呪文でも、祈って効き目があればそれは本物』


 本当にただ毛玉になるだけの能力だったとして、俺の言葉を信じ込ませることで、あとから特殊な機能を付与することに繋がるかもしれない。

 ただの毛玉なんだと、マルオが自身に納得させて、諦めさせて、確定させてしまう前に。

 俺のこの考えが勘違いの見当違いで独りよがりだったとしても、マルオの意識への投げかけはしておいても損はない、と思った。


 後日、喜びのあまりマルオは毛玉になって山を転がり落ちていった「ふぅぅぅ、おぉぉぉおおお!」。毛玉であることは変わりないけれど、役に立てるとわかったことが何より嬉しいらしい。


 それは色々試した結果、元から備えていた力の使い方が判明したのかもしれないし、俺の言葉が多少なりとも影響を与えていたのかもしれない。それはわからないし、どっちだって構わない。


    ▼


 薄暗い鍾乳洞のようなフィールドに剣尖がひるがえる。

 横から迫るサビの浮いた鉄剣をスウェーバックで躱し、引き戻される剣を追うように前進。


 人間の成人の肩ほどまでの身長を持つ敵モンスターの、さらに下から間合いを詰める。


 左右に携えた投擲斧──円に近いカタチのM字型に設計デザインされたそれ──の内の赤、右手の〈紅斧コオノ〉を振るった。

 小剣との間に鋭い擦過音──切断──剣身が落ちる──その向こうの驚愕の顔。


「Pigyah !?」


 左手の〈青斧アオノ〉を顎下に滑り込ませ、「そ、──らっ!」一瞬の逡巡もろとも斬り伏せた。今度は言葉もない。半ば以上に切り裂かれた首が跳ね、頭部が背にぶつかりながら後ろに倒れていく。


 俺は上体を起こしつつ、半円を描く軌道に乗せて紅斧を投げ放った。

 高速で回転する紅斧は、湾曲した赤い軌跡を曳いて、近づきつつあったもう二匹の片方の首を飛ばした。


「Pugwieee !?」


 残った一方が叫び慌てて引き返していく。


 燐光を散らして紅斧が手元に戻る。


 横で、バタと倒れる音。首の裂け目からコポコポと血が溢れる。上向きに潰れた鼻を持つその魔物の濁った目が、俺を恨めしげに見つめていた。


    ▼


「慣れてきたじゃないか」


 ラン・クザルが言う。


「全っ然。気分悪いよ。おかげさまでなまじっかヤツらの言葉がわかるから余計にね」


    ◆


「⋯⋯⋯⋯オー⋯⋯ク?」


 俺がヤツらを初めて殺した時に発した最初の言葉が、そんな間抜けな質問だった。


亥人オークが聞いていたら殺されるな」

「あ、違うんだ」


 少し前のそんなやりとり。


    ◆


「学べ。奴等のすべてから学べ。そのために今お前はここにいる──死にたくなければな」

「⋯⋯りょーかい」


 人類に数えられる種は現在、人間の他に大きく分けて四つ、計五つが存在しているのだそう。


 一つ、精霊種エレメンタリカ

 一つ、人獣十二種属ゾディアック・ゲヌス

 一つ、妖精種フェアリカ

 一つ、変幻種ストレンヂア


 と言ってもその線引きはけっこう曖昧で、人類の範疇カテゴリの中だけでなく、魔物との区別さえあやふや。論争の的になること多々なんだとか。


 たとえば、人獣十二種属以外の獣人の多くは魔物にカテゴライズされているし、エルフからよく「ドワーフは精霊種ではなく、妖精種であろう」との主張がなされ、「お? ワシらがゴブリンどもと一緒だってえのか、ぶっ殺すぞっ!」と鉄拳と魔法による論争が巻き起こったり、竜人が人獣十二種属に列せられているが、変幻種へんげしゅではないのか、変幻種の鬼人アースラって何だ、見たことないぞ、などなど。


 その辺りのことはとりあえず置いておくとして、今、俺が明確な殺意を持って命を奪った者たちは、亥人オークではなく、豚鬼トンキーという魔物だった。


    ◆


豚鬼トンキー


 人間の成人の肩ほどの身長の小型の人型生物ヒューマノイド


 しゃくれた下顎、口の端から上にはみ出す二本の牙。

 上向き潰れた鼻に残忍かつ卑屈そうな濁った眼。

 汚れきってベタベタと絡み合い、半ば抜け落ちた毛髪。

 その髪の間から飛び出した小さな角、などの外見的特徴を持つ。

 角はどうやら悪魔の血が混じっているためのよう。強力な個体ほど角が大きくなるらしい。


 他に魔物とされた大きな要因は、ヒトの肉を好んで食うこと、飢えれば兄弟でも躊躇なく食うこと、襲いかかっておいて形勢不利と見るやヒトの言語で命乞いをする知能はあるのに、三秒後には忘れてまた襲いかかってくることなどがある。


 歴史の中には果敢にもわかり合おうとした人らも確かにいた。しかしそのたびにみんな思ったわけだ、『どうしよう。こいつら、どうしようもねえ』と。

 そしてオークにとっては、トンキーの呼称は最悪の蔑称になった。


    ◆


 俺は早朝や深夜に荒廃世界コウセに飛び、ラン・クザルから教えを受け、それをみんなのもとへ持ち帰った。

 モンスターとの遭遇が容易なスカイツリー迷宮をうろつく。冒険者たちによる掃除も進んでいるため、経路を外れなければ中難易度くらいには落ち着くはずだという。

 それでも俺にとっては危険すぎるが、同時に付き添いが強すぎるために、よい経験値稼ぎの場と化していた。


    ◆


『スカイツリー迷宮』

 人工の建造物と天然の鍾乳洞のパッチワーク。つぎはぎ細工の奇妙な世界。塔体鉄骨と鍾乳石がデタラメに飛び出してる。一部に見られるキレイに切り出され積まれた石のブロックは、もしかしたら〝上にある〟世界、幻想世界産の建造物の名残りかもしれない。


    ▼


 暗く、湿った空気が澱んだ通路を見回すと、自分が何もない暗黒の世界にいるのではないかと錯覚するほど、まったく光の存在しない経路に、薄ぼんやりとした魔法の光を浮かべる。

 光源としては不十分な明かりだ。それでも問題はなかった。闇の中で五感に常にない冴えがある。

 どこからか水滴のしたたり落ちるくぐもった音と、それに驚いてかカサコソと走りだす小動物の鳴き声が聞こえてくる。それ以外はほぼ静寂に包まれ、少なくとも今この近くに生きた人間のいる気配はなかった。


   ▼


 端末ウェルを操作してステータスを表示。

 この荒廃世界では2045年製の端末はまともに使えないが、ステータス・アプリの操作だけはできる。逆に、現実世界ゲンセ)に戻ると端末は正常に使えても、ステータスはまともに表示すらされなくなる。


 ステータスについてまだわからないことは多い。しかし、小マメに確認してわかったこともいくつかあった。


 まずゲーム等で見覚えのある筋力(STR)や器用(DEX)、敏捷(AGI)といった項目に、任意に数値を振り分けたりはできなかった。

 そもそもの話、『レベル(Lv.)の上昇に伴って他の数値も上がる』のではないみたい。


 おそらくその馴染みのある仕組みとは逆で、それぞれの数値が上昇し、◯◯レベル相当となってはじめてレベルが加算されるのだと思われた。


 ただ、がっつり調べるのは後々になるだろう。

 現実世界で役に立たない以上、優先度は低い。

 そういった仕様だとかの前に、俺には非常に気にかかっていることがあった。


 なぜ今さらステータスなんてものが現れたか、だ。


 ひとつ、考えずにいられないことは、俺がマルオとの話の中で、現実にステータスがあったらと明確に意識してすぐにステータス・アプリがインストールされた、ということ。

 つまりステータスというシステムの構築に、あるいは俺自身──荒廃世界の俺自身が関わってるのじゃなかろうか。

 とすると──。


「⋯⋯⋯⋯」


 いや、マルオという線も⋯⋯?

 やめよう。今いくら考えたって答えが出るはずのない問題に思い悩むのは馬鹿らしい。これも棚上げ。


    ▼


 スカイツリー迷宮を出ると、今にも雨が降り出しそうだった。

 近くに比較的状態の良い元はホテルだった建物を見つけていたので、そこで飯にしようと向かった。状態が良いと言っても、一、二フロアのみだ。上の階層は半ば吹っ飛んでいる。


 厚く雲が垂れ込めた灰色の世界、今日は一段と〝終末もの〟的な雰囲気がする中、瓦礫の山を乗り越えたところで、通りの先に湯気を立ち昇らせた小さな動く物体、ふたつ。


「えや、煙か。燃えてる⋯⋯?」


 ラン・クザルと急いで駆け寄る。

 物体ふたつは、焼け爛れたコボルトだった。


    ▼


 水薬ポーションをぶっかけて、治癒の魔法を施しつつ、奇術キャントリップで汚れを落とし、包帯を巻いて、折れた腕を固定して⋯⋯。

 コボルトのひとりを静かにベッドに横たえた。


 もうひとりは──だめだった。


    ◆


 燻った炎が衣服から煙を昇らせ、コボルトの毛皮を、肉を焼く。

 背中一面が真っ黒に焼け焦げ、力なく四肢を垂らすひとりを、顔の右半分が焼け爛れ、右目が潰れたコボルトが、懸命にひっぱり上げていずこかへ連れてゆこうとしている。

 転んでも諦めず、離れてしまった仲間の手を再び取って、折れた腕で頭を優しくなでて、またひっぱる。


 また倒れそうになったところを、膝から滑っていって抱き止めた。

 コボルトは突き放そうとするがまるで力が入らない。グルルルと唸る声。


「大丈夫⋯⋯大丈夫。がんばったな。少し休みなよ。ちゃんと仲間も一緒に連れて行くからさ」


 コボルトの肩越しに、ピクリともしないもうひとりを見つめながら言った。

 やがてコボルトの体から力が抜けた。


 ポツポツと、いよいよ空が泣き出した。












GLOSSARY

 -用語集-


丸毛央助マルモオウスケ  人物

 愛称マルオ

【Title-称号-】

 ・一万人にひとりの覚醒者アルヤール

  ・羊毛使いラノマンサー





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