31 ステ




 何かトラウマを刺激してしまった感がある彼女たちに、今日は帰るよう促すと二人は素直に頷き帰っていった。

 これでおとなしくしていてくれればいいけど。


「さて──」

「おれは降りないぞ」


 おとなしくしてくれそうもないヤツをどうするか。


「俺の話、聞いてた?」

「聞いてた! だが降りない」

「ゲームじゃないんだよ」

「わかってる!」

「どうかな」


 マルオの着ているジャケットの肩を掴んだ。


〝bamf!〟


    ▼


「ぎゃああああっ⁉」


 マルオが走る。

 俺も並んで走る。


「ゲームじゃないんだよっ」

「わかってるぅぅぅうッ!」


 後ろからは黒霧世界コクムーの怪物が追ってくる。


 誤算だったのは四方に怪物のいる真ん中に現れてしまったことだった。

 マルオの頭を押さえつけ、無理矢理にかがませる。左手で頭を押さえつけたまま、右手に握った投擲斧を下から掬い上げた。〈紅斧コオノ〉が赤い軌跡を描き、迫る触手を切り飛ばす。黒い霧の彼方から、甲高くかんさわる悲鳴が聞こえた。「ピギィ――ッ!」


「走れ! あと二本来るぞっ」


    ◆


〈肉剥ぎノーム〉

 それは三本のイカの足に似た触手。腹側に吸着カップ状の口があり、小さな牙が無数に生えている。掴まれただけで肉を削ぎ取っていくような形状だ。

 黒霧世界コクムーの怪物は〈動物記ベスティアリ〉にも記載がないため、俺が勝手に仮り名をつけた。


 新九郎が映画『ミスト』を連想し、この世界を〈ミストランド〉と呼ぶことにしたのに俺も倣うことにした。

 映画のクリーチャーと共通項のある怪物に、映画の中で襲われる登場人物たちの名前を組み合わせた。


 肉剥ぎの触手、ノーム。

 サソリの力を持つイナゴ、毒尾羽サリー。

 体高2m、翼開長5.6m、四枚羽の死翼鳥トミー。

 体長15mを超える大蟹、巨大なハサミとカマキリの大鎌を備えた砦蟹蟷螂とりでかにとうろうジェサップ。

 などなどエトセトラ。


    ◆


 行く先、行く先でこいつらに出くわした。

 こんなこと今までなかったのに驚きのエンカウント率。きっとマルオがおいしそうなんだ。


「うおおお! あの歯並びとぬめりぐあいがキモすぎるぅっ」


 前だけを見て猛然とダッシュするマルオをよそに、俺は魔力マナとの共感を高め、急ぎながらも辺りを十分に警戒する。視界を黒い霧が邪魔をするため気を抜けない。


 進行方向、黒い霧が掻き回されるのを視た。「マルオ! そっちはダメだッ!」霧を突き破って現れた青黒い巨大な鋏。俺はマルオに向かって飛びかかった。


〝bamf!〟


    ▼


〝bamf!〟


 黒い霧を拡散させて、現実世界ゲンセにごろごろと転がり込む。

 役所裏の駐車場の端だ。

 荒い息をつきつつ、マルオがこぼす。


「死ぬかと⋯⋯」


 あの鋏、振われる動作自体はゆっくりに見えるため惑わされるが、実際には瞬く間に目の前に迫ってくる。身近なところで言えば、野球で予想外に伸びてくる球を目の当たりにしたような感覚に似ていた。ただし球は巨大な鋏で、死の圧力を伴って伸び上がってくるわけだけど。


「ああ。あぶなかった」


 マルオはおもむろに俺の襟首を掴んだ。


「何すっだッ、こここ、こにょやろう!」


 恐怖と安堵と湧き上がる怒りで呂律が回っていない。

 俺は素直に頭を下げた。


「ゲームじゃないことを実感してもらおうと思ったんだけど、まさかいきなり出くわすとは思わなかったんだ。本当にごめん」


 不意の遭遇は前々から懸念していたことだったのに、軽率だった。

 遭遇した中に毒尾羽サリーがいた。あれは未知の毒を持っているはずだった。針から滴る液体とその刺激的な臭いから間違いないと思っている。

 危惧していたキケンに直面していた。マルオをそのキケンに放り込んだ。だから真剣に謝った。


「お、おう」


 簡単に謝るとは思っていなかったのか、マルオは落ち着きなくコクコクと頷いた。


    ▼


 にしても。マルオには悪いことをしたが、今のことで一つ気づかされた。

 独りでなんとかできるようにと、躍起になって薬の備え等を優先してきたが、解毒の呪文を行使できるやつが複数いれば、ある程度の安全を確保できるんだよなぁ、と今さら。

 思考が偏った方向にはまり込んでいたようだ。なにもソロにこだわっているわけではないんだから。パーティを組むことについて、この件を片付けて落ち着いたら考えてみようと思う。


    ▼


「やはりおれは降りないぞ、はろ。そもそもきさまは降りるつもりがない、そうだろう?」

「⋯⋯」

「それどころかきさまは自身でこの件のカタをつけるつもりでいるのだろ。違うか?」

「⋯⋯」


 マルオは立ち上がってコブシを握った。


「必ずおれは役に立つッ」


 俺は空気をたっぷり吸って、吐き出した。


「わかった」


 首を横に振りつつそう応じた。


    ▼


〈-R-〉が用意したマンションに戻りながら話す。


「戦闘になる」

「⋯⋯ああ」

「時間の猶予もどれだけあるか⋯⋯。敵を発見できたらすぐに動かなきゃならない」

「⋯⋯わかった」

「それまでにできるだけの準備をする。マルオにもいろいろと覚えてもらう。なにより生き残るために」

「わかってる」


 今朝、新九郎と話した、相手の力量をなんとなく感じ取るという、ゲーム的な現実の話もした。


「なるほどな。⋯⋯なんとなくか。そのうちに『鑑定』なんてものが出てこないといいがな」

「鑑定?」

「それさえ使えば人でも物でもステータスの値や解説が示されるというアレだ。ステータスなんて最高の指標だろう?」

「ああ。そんなのと対峙したら一方的にやられる未来しか見えないな」


 二人して顔を見合わせ、うへへと笑った。冗談で済みますように。


「あ、それとさんざんもったいぶってる能力についても開示してもらうからね?」


 俺は真顔になって言う。切り札とか言ってぶっつけ本番なんてアホなことは許されない。


「わわか、わかってる」


 なにをそんなに躊躇してるんだか。


    ▼


「あ、やっと戻ってきた」


 マンションの前に着いたらそんな言葉に迎えられた。停められたバイクの傍らに沢木雪花と宮持環。俺は頭を抱えた。バイクはヤマワSR500のブルーイッシュダークシルバー。いい趣味してる。たぶん沢木雪花ではなく、兄貴の趣味のお下がりだろう。


 それはともかく。


「なんで?」

「なにがよ?」

「なんでって!」

「二人で話したの⋯⋯このままじゃダメ」


 宮持環が代わって言って、沢木雪花と頷き合う。


「ダメって⋯⋯」

「見て見ぬ振りは、もう嫌」

「ヤって言ったってさ」

「なあ、いいのじゃあないか」


 庇うようにマルオが前に出る。


「お前は黙ってろよ」

「いいや黙らないぞ。おれが言うのもなんだが一度はリトル・グリーン・マン探しを了承したのじゃないか。最後まで一緒にやればいい」

「なんとかなるって? そんなわけないだろ。わかってんだろ?」

「ああ、わかってるっ。だが、考えてもみろ。勝手に動かれるより上等じゃないか。ちゃんとこうして話に来てくれたのだ。きさまが二人を心配するように、二人だってきさまを心配している。もし、彼女たちを安全だからと遠ざけたとて、知らないところできさまに何かあったら意味はない。それは決して消えないキズになる。わかってるのだろう?」


 目の前の空気を殴りつけるように腕を振る。

 マルオはいい奴だ。けど、けっこう激しい奴だ。


「自分が死ぬよりはいいだろ。死にたいのか?」


 沢木雪花を睨んだ。


「死にたいなんて思ってない。あたしたちは、死なないし、足手纏いにもならない。むしろ対モンスター戦ならあたしたちの方が経験してるんじゃないか」


 それは、そうかもしれない。二人には異世界を生き抜いた経験値がある。


「冒険を求めて、ワイルドに行こうって?」


 三人が不思議そうに首を傾げた。


「あー⋯⋯もうわかったよ」


 俺がスベったコメントを誤魔化すようにそう言うと、沢木雪花と宮持環が歓声を上げた。

 俺は、がしがしと頭をかき混ぜながら、マンションの中へ。


「ありがとうマルオ氏⋯⋯それからマルオ氏、キミもだよ」


 宮持環がマルオの肩をぽんぽんと叩く。


「え?」

「ウエスギハレヲだけじゃなく、アンタにだって何かあったら意味ないんだってこと」


 沢木雪花が補足した。

 マルオは丸い目をさらに丸く見開き、


「⋯⋯ああ、そうだな」


 へへへ、と照れたように笑った。


 俺はエレベーターに乗り込むと、三人を待つことなく扉を閉めた。狭い箱の低い天井を見上げ、腹を壊したロバの背に揺られているような振動の中、[ステッペンウルフ]の『Born To Be Wild(ワイルドに行こう)』を聴いた。


    ◆


 結局チームの解散宣言からいくらもしない内に再結成と相成った⋯⋯──。


    ◆


 次の日から俺たちは、できること、できなければならないことを、徹底的に確認して組み上げていく作業に没頭する。新九郎も時間を見つけては参加した。


 すぐそこに山がある田舎では、いくつかの家が合同で山の一角を所有しているなんてのはよくあること。春になれば天ぷらの王様タラの芽をはじめとした山菜採り、秋になれば松茸を筆頭に飽きるほどのきのこ狩り。

 ウチは裏の山を丸々所有しているため、爺さんに言ってそこを借り、泥だらけ埃まみれになって動き回った。

 帰ってきた俺たちを見た母ちゃんから「わんぱくか」とツッコミが入った。


    ▼


 翌日の朝早く。

 俺はラン・クザルの戦術や借り受けた道具について、アドバイスをもらうため、荒廃世界コウセに降り立った。

 すると手首の補助端末リンカーから新着のポップアップ。

 まだ荒廃世界で使える端末は手に入れていないのに。

 驚きつつ確認すると、勝手にダウンロードされたアプリが起ち上がる。


「は?」






アナタ ノ アビリティ・スコア ハ ↓ デス











ウエスギハレヲ

【Lv.】52

【AP.】134

【STR】56

【CON】44

【WIL】66

【INT】57

【DEX】95

【AGI】48

【CHA】50

【LUC】93


【Ability】

  [特技/skill]

    ・魔法

     ・初級ベーシック)III

     ・下級マイナー

  [追加特技/extra skill]

  [特質/attribute]

    ・生得的呪文発動能力イネイト・スペルキャスティング


【Spell Slot】

  none


【Title】

 ・一万人にひとりの覚醒者アルヤール

  ・時使いクロノマンサー


 ◎ You can get skills !

   Would you like to use your AP ?



   ▼


 これはつまり──ステータス──?


「はあ?」










The Untold Fact -裏話-


──ステータスの出現により未来が変わりました。

──人間の生存数増加、生存領域が拡張されました。





GLOSSARY

 -用語集-


● ステータス

 今のところ荒廃世界でのみ確認できる謎の数値群。

 45〜50の値がこれまでの世界記録保持者や世界最高峰のトップアスリート及び学者・研究者。各分野で天才と話題になる人たち。

 

魔力とは関係ない常人、一般人の参考値

一般人 A 一般人 B 一般人 C

レベル9. レベル11. レベル12.

AP. 12 AP. 28 AP. 32

筋力度6 11 12

耐久度6 15 10

精神度15 10 11

知性度11 5 13

器用度10 17 17

敏捷度10 14 20

魅力度9 11 12

運勢度9 10 3




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