30 チーム解散
俺と新九郎は一晩中話し合い、検討し、戦術を練った。
それらの結果をラン・クザルにあげて、フィードバックしてもらうつもりでいる。
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明け方──。
無駄に力が入って凝り固まった身体をほぐすため、連れ立ってサウナに行った。
おもむろに、すちゃっと端末を身につけた俺の肩を新九郎が掴んだ。何か感じ取ったよう。
「どこに、かけようと、している?」
「いや、今度お前とサウナ行くときは連絡しなさいって、筋肉ネエさんが」
「や、め、ろ」
猛禽にも天敵はいる。
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通勤・通学の人影がちらほらと見られる頃、喫茶店でモーニングを食べる。トーストにサラダ、スクランブルエッグにはケチャップマシマシ。
食後のコーヒーを一口。
「新九郎お前、
「瞑想はしてる。しかし、そんなに簡単にわかるのか⋯⋯」
「簡単ってわけじゃないけど、集中すれば、それなりに?」
「問題だな」
「敵に筒抜けって?」
「一種、力の指標をタダで相手にくれてやることになる」
「わからなくはないけど」
「ウォルラスのようなこの先の脅威を考えれば、今お前が立っている場所が最低限必要な能力値なのかもな」
「⋯⋯たしかに。なんとなく互いの力量を感じ取った状態で、いかに油断なく、裏をかき、相手を打倒するか、か」
もちろん魔力の多寡だけで勝敗が決まるわけではない。そのために技術を磨き、小技を用意し、奥の手を準備する。
「そういう世界なのかな⋯⋯」
これから変わっていくのは。
「ゲームなら楽しいんだけど、現実にそれをやって、ヘタすりゃただ死ぬより酷いことになるってのは⋯⋯あー、」
なんだかんだ徐々に実感が伴ってくると、
「しんど」
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喫茶店を出ると、最近流行りの有名海外自動車メーカー『エアード・ガルドール』のフルサイズバンが停まっていた。
スライドドアの前に、でかいのとひょろいのが後ろ手を組んで直立不動で待っていた。
新九郎の迎え。〈-R-〉のヘッドは忙しい。
「すぐに合流する」と言い置いて、新九郎は移動する玉座に乗り込むと、〈簡易版秘訣集〉を開く。もうこちらを一瞥もしない。
玉座はあっという間に走り去った。
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いくつかある拡張現実を利用したストリートビュー・アプリの一つ。
これを通してみることで、通りの名前やビル、お店の名前、アノテーションで付けられた説明表示などがされる。
タグ付けした対象に、ユーザーがさまざまな情報を付与でき、全ユーザーに公開するか、部隊(仲間うち)にのみ公開するかも選択できる。
部隊のみで共有された情報を見つつ進んだ。
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役所裏の駐車場から直線距離にして百メートルばかり離れたマンション。白い塗装が煤けてくすんだ灰色になってる。
入り口を抜け、やけにのんびりしたエレベーターで四階へ。
外廊下を進み四階の角。表札を確かめる。黄ばんだ白いプラスチック板には何も書かれていなかった。
ヘタったインターホンを押すとすぐに応答があり、部屋の中に招き入れられた。
フローリングの廊下を歩く、途中のドアは全て全開にされている。どの部屋も雑然と机や椅子、ソファが置かれて、あるいは仮眠用のマットが敷かれていた。
リビングのテーブルでお茶の用意をしている〈-R-〉のメンバー。そのスキンヘッドの男と挨拶を交わす。
湯呑みを受け取り、茶をすすりながら奥へ。
そこにはいくつものソファや長机。タブレットや端末に向かい作業する複数の男女。その中にマルオたちオカルト研もいた。
この部屋は連携を取って網を張るために新九郎が用意した場所。
マルオを含め、辰川町出身でない者たちの借宿を兼ねた解析班の詰所といったところ。日によってメンバーが増えたり減ったりしながら噂話にバカ話、ネットからも情報を拾う。
「ジッサイに自分の足で現場を歩いて場所の特定を進めることもあるからな。こういう場所があるのは正直助かる。金もないしな」とはマルオだ。
網を張っている〈-R-〉のメンバーには、今朝の段階で仮にターゲットを見つけても絶対に近づかないようにと新九郎から御達しが出ている。
俺もマルオを部屋の外へ呼び出した。
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聞けば沢木雪花と宮持環も今日はこの拠点に来ていて、今はコンビニに行っているという。マルオを連れてこちらから迎えに行くことにした。
大通り方向へ歩いてほどなく、役所付近で二人と合流。
「あー、失踪人」と宮持環。
「連絡くらいつくようにしときなさいよ」沢木雪花が顔をしかめた。
そんな二人の言葉をスルーして俺は告げた。
「ゴブリン狩りはこれにて終了、チームは解散。おつかれさま」
「は?」
「えー?」
「ちょっと⁉︎」
当然、どういうことだと詰め寄ってくる三人を抑える。
「想像以上にやばそうだってこと。ヤバそうなら手を引くって言ったでしょ? それを力強く了承したでしょ? 沢木雪花」
「う゛」
「最初に心の友にしつこいくらい念押しされたんじゃない? 宮持環」
「あー⋯⋯うん」
「フン。俺はそんな約束はしていない」
「〈-R-〉もじき撤退指示が出る。当てがなかったから俺に接触してきたんだろ? 今度は一人でどこまでやれる?」
「おまえはっ──、」
つい煽ってしまったが、マルオは昂った感情をちゃんと押さえた。
「⋯⋯⋯⋯おまえはどうするんだ? おまえも手を引くのか?」
俺はそれには答えずに話す。
「昨日、辰伏川(たつぶせがわ)沿いの高架下で、女子高生の遺体が見つかった。知ってる?」
三人は顔を見合わせて頷く。
「遺体は身体の水分をすべて失い、干涸びた状態で見つかったそうだ」
「そんな報道されてた?」
沢木雪花が宮持環を見る。宮持環がわからないと首を横に振った。
マルオがあごを撫でて「たしか⋯⋯」と続けた。
「遺体を見たという人の話では、とか、そんな情報もある、くらいの曖昧な言い方はされていたが、警察からの発表はまだなかったはず⋯⋯」
「報道ではそう。俺は刑事から直接聞いたんだ」
「よく教えてくれたな」
軽く頷いて続ける。
「警察は遺体遺棄での捜査を始めてるらしいけど、遺体の状況は明らかに異常で、警察も戸惑ってる。あれは、言わば〝食べのこし〟なんだ」
動画に映っていたタコ足の正体。ウォルラスについて知ったことを話した。
「ヤツは背中を丸めて立つが、それでも2m50ほどの上背がある。上からかぶさるように相手の目の奥、精神の奥を覗き込んでくる。腕は女の腕のようだが、人間くらい逆さ吊りにして見せる。そうして口元に生える無数の触手が、吊り上げた獲物の口と鼻と耳に殺到し、脳を啜り、身体の中から体液を残らず吸い上げる。カラカラ死体の出来上がりというわけ。それがもう四人分、見つかってる」
三人が言葉を失った。
マルオがあごに手を当てて唸る。
「⋯⋯たしかに恐ろしい。恐ろしいし、おぞましい。そうは思う、思うが、まるで現実とは思えん」
実際に魔物を見たことがないマルオはピンとこないんだろう。やはりゲーム的な想像が先行してしまうのは俺もわかる。仕方ないとも思う。
それは一度リアルを体感するしかない。生物としての熱を、臭いを感じ、圧倒的な殺意を叩きつけられて、そのサディスティックでグロテスクな様を肌で感じるしかない。
俺が荒廃世界で多く見た虫系の魔物の奇怪さは、出てくる人類側が絶対に助からないタイプのホラー映画に見るようなエイリアンを彷彿とさせるものだ。そんな俺でも、確かな実感を持ってウォルラスを見られてはいない。言葉を操ることができるゴブリンより、遥かに高い知性を備え、明確な意思のもとに残虐な行為に及ぶ怪物。
一方で、異世界からの帰還組である沢木雪花と宮持環は、青い顔を通り越し、死人のように血の気が失せていた。
彼女たちの顔を見つめて、二人はもしかしたらそのような怪物と対峙した経験があるのかもしれないと、そう思った。
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