29 テーマソング




 ゴブリン狩りミッションに参加したチームの当面の動きは、あの浮気彼氏(俺は名前も顔も知らない)から映像元の端末を借り(そもそも彼の物でもないけど)、他の映像も精査して、場所の特定を進めることになっていた。


 それらの作業はマルオが率先して動いてる。動画配信者ストリーマーとして、オカルト研の友人らと活動していたことから、そういう機器の扱いや小技に慣れている、と言うので丸投げ。マルオに丸投げ。

 何かわかったら逐一連絡が来る手はず。


    ▼


 夕方、早速マルオから連絡。硬い声。


「やっと繋がった。〈-R-〉のメンバーが次々警察に引っ張られてる。オミたちも補導されたらしい」

「⋯⋯わかった」


 ついに街が癇癪を起こした。

 警察署は遠くない。


    ▼


 警察署に着くと入り口のわき、階段を駆け登る。刑事課の受付で興島の名を出した。

 カラカラ遺体の事件のせいか、フロアはごった返していた。

 奥の窓際の机で興島が立ち上がり俺に手をあげ、ゆっくりと歩いてきた。目を逸らさない。


「よう。お前はちっとはじっとしてられないのか。今度はどうした?」

「それはこっちのセリフ。どういうこと?」

「何が? なんだ、怒ってんのか?」

「ドタマにキてんだよ」

「ハア?」

「なに〈-R-〉引っ張んてんだよって言ってんだよ」

「何でお前がそんなこと気に──いや、いい。何も言うな」

「あいつらに協力を頼ん──」


 言い募ろうとした言葉を遮って、興島は俺の胸ぐらを掴んだ。


「──この馬鹿野郎が! お前みたいなチンピラが調子に乗るなッ‼︎」


 息がかかる距離で興島は俺にだけ聞こえるよう呟く。


「⋯⋯あとで教えてやる。外で待ってろ」


 数秒睨み合って、


「刑事さんっ、どうもすいませんっしたッ!」


 俺は叫ぶように言った。


「面倒かけんじゃねぇぞ。お前は今日は帰れ」

「ハイッ!」


 警察署を出た。


    ▼


 興島と連れ立って、『STY食堂』に入った。


 俺はずっと『STY食堂』と呼んでいたけど、本当は『食堂STY』らしい。STYは何なんだよと思うが、どうやら〝すげぇ定食屋〟でSTYなんだとか。かと思えば、別のところで聞いた話じゃ〝すげぇ玉子焼き〟なんてのもあって、他にもいろいろあるらしい。店の人に訊ねてもそのたびに答えが違うとも聞いた。

 ここでは真実はいつも一つではない。


 単品メニューの短冊が店中に貼ってある。

 興島は納豆餃子に瓶ビール、コップ二つ。

 俺はホテルオムレツを頼んだ。ケチャップマシマシ。


「飲むか?」

「いや、いい」


 興島がコップに注いだビールを飲み干すのを見つつ訊ねる。


「で、どういうこと?」

「ああ、頻発する失踪事件に進展があった。拉致の現場がいくつか目撃されている」

「拉致?」

「目撃された犯人ってのがその時点ではいずれも若い奴だったらしく、ここ最近急に町に増えた〈-R-〉に関連付けられた。同時に死体遺棄の方にもな」

「あいつらじゃない」

「ナメるな、そんくらいとっくにわかってる。こちらが強引なやり方になってるのもわかってんだ。だが本部から来た捜査員たちには区別がつかないんだよ。命令が来たら俺たちも調べんわけにもいかん。あちらさんは情報だけ吸い上げて、こっちの言うことは聞かんし、情報は降ろさんし」


 たまらんな、とでかいため息。


「そうだ、お前の迂闊な発言を聞かれてたら今頃取調室で絞られてたとこだぞ。気を付けろこのド素人が」

「ごめん。そこは助かったよ」


 勢いで警察署まで乗り込んでしまったが、テンパっていたのは俺の方だったかもしれない。

 少し落ち着かないといけない。


    ▼


 家に戻り、瞑想。少なくとも、日に十五分は必ずやるようにしている。神秘思想家で教育者のルドルフ・シュタイナーもなんかそんなようなことを言っている。毎日十五分の瞑想で霊的感覚がキミにも、とかなんとか。


 実際のところ、マナとの共感は実感を伴うので続けられるという面もある。その内、光と闇の側面でも感じるようになるのだろうか。


 ラン・クザルから得た情報を整理。

秘訣集アルカナム〉でお勉強。

 必要な魔法をまとめ、いくつかの習得を目指す。

 時間を作り荒廃世界へ行って、ラン・クザルに生き残るためのすべ、来たる日のための仕込みを手伝ってもらうことになっている。荒廃世界に行っている間、こちらの状況がわからなくなってしまうため、長く向こうにいるわけにはいかない。

 次の犠牲者が出る前に、カタをつけたい。猶予はどれくらい? そもそんなものがあるのか。

 ウォルラスという怪物の話を聞いて、正直、焦燥感に駆られた。勝てるヴィジョンがまるで浮かばない。

 生き死にがかかってる。これまでと決定的に違うのはまずそこだ。そこが〝前提〟にあるということだ。間に合うだろうか。やれるのだろうか。


「⋯⋯」


 集中できない。


「アレ⋯⋯?」


 ラン・クザルにデカい口を利いてしまったけど。


「早まったかな⋯⋯」


 端末に電話、新九郎だった。


    ▼


『はろ、今どこだ?』

「家、部屋」

『で?』

「あー、そうだなぁ⋯⋯」

『なんだ? あの映像は俺も確認した⋯⋯やばいのか?』

「⋯⋯かなり」


 危険度の高さを説いた。


『⋯⋯そうか。お前が消えてる間にこっちはクルマとバイクも用意して、精鋭のみ動かしてる。邪魔な警察が仕事を始めたからな。お前のチームと連携して解析した情報を元に、的を絞って網を張っているところだ』

「なに、お前が指揮とってんの?」

『ああ。とりあえず、捜索に動く人数をさらに限定する。他の奴らは任務終了だ。で、どうする? リトル・グリーン・マンも諦めるか?』


 そういやそこが出発点だった。


「あー⋯⋯どうしよ?」


 ──コンコン。


 部屋にノックの音が響いた。

 入り口を開けると、新九郎が立っていた。


「どうしようじゃねぇだろ。お前はどうしたいんだよ?」

「⋯⋯」


 新九郎は何かを確信でもしているかのように不敵に笑う。

 それを見て自覚した──ああ、そうか──って。


 ──俺は殺されたくないし、殺したいわけでもない。ビビってるし、焦ってる。どうしようかと思う。べつに国光への義理立てとかそういうのはどうでもいい。けど⋯⋯逃げたくない。俺は逃げない。負けない。


「今回の件(コレ)はぜってー負けたくねえ」


 そうさ、俺のテーマソングは[ザ・クラッシュ]の『アイム・ノット・ダウン』なんだから。

 それにしても、伊達に300人からのヘッドをはってるわけじゃないってことか。それとも人の心でも読めんのかこいつは。

 でもおかげで吹っ切れた。










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