28 タコ型の正体
一部の情報番組で動画が取り上げられた。
リトル・グリーン・マンに続いて、今度はタコ型の火星人ではないか。やはり地球は火星人に侵略されている!
とかなんとか。
動画を見た人の大抵の反応は、フェイクである、というものだった。さすがにやり過ぎ、映画に期待、などのコメントが並んだ。
◆
俺はすぐに映像を持って荒廃世界(コウセ)に跳んだ。
ラン・クザルに会って確かめるために。
▼
「この件から手を引け」
ラン・クザルは映像を見るなりそう言った。
「手を引けって⋯⋯」
「我々はある災厄と戦っていると言ったことを覚えているか?」
「うん。最も古く巨大な捕食者、
「そう、大いなる歪み。それに近づいただけで正気を失い、逆さになって両手両足で虫のように歩き出す。身体の内と外が裏返り、また際限なく若返って数秒で赤子に、間をおかず消滅する。反対に年老いて腐れて落ちる。ある者は自身の腕が無数の蛆虫に変わり、ある者は頭の横に頭が生えてそれに齧られた。またある者は隣人と癒着し、危機を知らせに走った者は乗っていた馬と融合した。腐肉漁りに啄まれながら他者を喰らい、おぞましい怪物へと変質し、また眷属へと成り果てる」
「映像のこいつは⋯⋯巨神じゃないよね当然。じゃ眷属ってやつ?」
「⋯⋯⋯⋯いや、こいつらは巨神の狂気にさらされた元・吸血鬼だ。人型の。邪悪なばかりとは言えず、貴種としての旗を掲げるものども。本来は。だがこれは最早別モノだ。帝国でも最近になって一気にその脅威が知れ渡った。それも当然だろう。これまであの世界に存在していなかった生物だ。いや、どんな世界にもいなかった化け物──『
◆
そいつは
その頭部はセイウチ(=ウォルラス)に似ている。幻想世界においてもセイウチはかつて生息していた。魔物に狙われ、人にその皮と肉を狙われ、両サイドから餌食にされて、乱獲されて、やがて滅んだ。しかし最近、意外な形でウォルラスという呼称は幻想世界に復活を果たした。
世界の脅威として。
ウォルラスは髭の代わりに無数の触手がのたうち、合間から長い牙が見えている。
ゆったりした豪奢な祭服を着こみ、蒼白の腕は人間の女性のようで爪の先まですらりと長い。その肌は弾力があり、不思議な光沢がある。祭服の裾からはタコのに似た太い脚が覗き、滑るように歩く。
知能が高く、心底邪悪で極めて残忍、奴らは他者を自分の意のままに操る術に長けており、恐怖に歪む獲物を見て愉悦を覚え、脳を啜る。時に戯れに獲物の精神を破壊する。
◆
「おそらく
「そいつどうしたの?」
「一体は潰した。もう一体には逃げられた。奴らの相手はとてもではないが割りに合わない」
ラン・クザルでも仕留めきれなかった⋯⋯。
「お前に勝ち目はないぞ。そちらに渡れない以上、手伝ってやることもできないということを忘れるな。ただ死ぬならいい。だが負けた時は、死ぬより酷い。関わらぬことだ」
▼
町はつい昨日までひと目でそれとわかる〈-R-〉のメンバーがそこかしこにたむろし、巡回をしていたが、今はほとんど見られなかった。
そのため、警官も制服私服問わず、心なしかどこか拍子抜けした顔をしているかと思いきや、違った。
街の空気は張り詰めていた。
ランドマークの尖塔の鉄骨をぶっ叩いたあとのような余韻漂う金属質の緊張感。目をやった路地の隅にまでそんな空気が流れてる。行き交う視線、薄暗いとこで交わされる囁き。
全体が、ちょっとしたきっかけさえあれば癇癪を起こしかねないくらいに、テンパっていた。
▼
荒川水域の端の端。町を流れる支流に架かるアーチ橋に差し掛かる。
バタバタと報道ヘリが進行方向に飛んでいくのを見上げた。
橋を渡る。
通りがかりと近所の野次馬。報道陣も集まり始めていた。黄色の規制線とパトカーの赤色灯が周囲を彩っている。
『身につけていた制服から地域の女子高生であるということ以外、今のところ詳しい情報は発表されていません──』
そんなことをリポーターがカメラに向かって喋ってる。
学校帰りの生徒だろう、制服姿がチラホラと見える。クラスメイトなのか、抱き合って涙を流す姿もあれば、呆然と現場を見つめる姿もあった。
歩きながら
多少、現場を見下ろすカタチになる橋の上に戻る。
『いま仕事中だ』
すぐに出た。
「何があったわけ?」
規制線の向こうにいる興島と目があった。
▼
「遺体が見つかった?」
橋の欄干にもたれかかり、横の興島に訊く。
「殺人?」
「いや、遺体遺棄だ。今のところは⋯⋯」
黙ったまま興島を見つめて続きを促した。興島が嘆息する。
「同様の状況での死体発見が既に三件」
「今回で四人目?」
「発見できたのはな」
「その言い方だと、やっぱおかしいって認識ではいるわけだ。なのに殺人事件じゃない?」
「方法がわからんのだ。身体中の水分という水分を失って、干涸びてる。今回見つかったのはまだ高校生だ、気の毒に。本部も頭抱えてるよ」
「そう⋯⋯」
誰かの声、いや、叫びが聞こえ、二人して何気なくそちらを向いた。
相変わらず騒然としている現場にチラホラと見かけたのと同じ制服の男子高校生が、人を掻き分けるように走り込んできた。叫んだのは、遺体の子の名前か。家族か、彼氏なのかもしれない。
『そんな⋯⋯、そんなぁっ!』
何度も響く震えた叫び。彼の、どこか芯が折れた音に俺には聞こえた。
報道陣が彼にカメラを向け、フラッシュを焚く。
『な⋯⋯なんでっ! どうしてぇ──ッ‼︎』
「じゃあな」
そう言って興島は現場へと走っていった。あの男子生徒を無遠慮な視線から守るのも仕事なんだろう。
その声と姿を、俺はどこか遠くで聞いていた。
喧騒が、景色が、急速に遠のく⋯⋯──。
◆
──⋯⋯アイツの棺の前に立ち尽くしていたあの頃の俺が重なった。
『なんで⋯⋯、どうして⋯⋯?』
◆
俺は来た道を戻った。
橋を渡ったところで、物陰に入る。
荒廃世界に
▼
魔力による三つの輝点から小さな魔法円を展開。
すぐに【
◆
意思伝達の魔法なら【
幻想世界では【念話】の魔法は広く知られている。でも一般にそれほど普及していないのは、契約の効力が五日程度で切れてしまうかららしい。
代わりに幻想世界では、交換手がいる電話機が一般化の道を辿り始めている。
◆
『なんだ?』
ラン・クザルから【囁き】で返答があった。俺は瓦礫に座った。
「やっぱムリだわ」
『⋯⋯』
構わず続ける。
「手を引くことはできない。そういうわけにはいかないんだよ。俺の地元だ。もう被害が出てる。次にいつ誰が被害者になるかわからない。そいつが俺の家族かもしれない。友人かもしれない。それでなくても、きっとそいつは誰かの大切な人なんだろう。そのかわいそうな誰かは俺じゃないから関係ないなんて言えないんだよ。なんとかできる奴がいればそいつに任せたいけど、残念ながら心当たりがない。今のところ、ほんの少しでも可能性があるのは⋯⋯俺じゃないのか?」
「自意識過剰だな」
顔を上げると、空中からラン・クザルに見下ろされていた。
「そう思える根拠は? 時使いの能力か? お前は特別か? 個体差にもよるが、奴らは時間の魔術さえも操るぞ」
「うぐ、いやな言い方だなぁ。⋯⋯でも、俺の根拠はそこじゃないよ。一緒に行って倒してくれるのだけが協力の仕方じゃないでしょ? 俺が何か特別だと思えるとしたらそれは、ラン・クザル、アンタを味方に引き入れたってことだ」
あまり表情を動かさないラン・クザルが、ものすごく嫌そうな顔をした。
⋯⋯味方だよねえ?
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